スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

本日のキーワード「クカク」何回出たか数えよう=中江兆民「続一年有半」②

 中江兆民の「続一年有半」シリーズの2回目です。

 

 第1章(霊魂)

 

 第一霊魂より点検を始めやう、霊魂とは何物ぞ。

 

 目の視るや、耳の聴くや、鼻口の①キュウショクするや、手足の捕捉し行歩するや、一考すれば実に奇々妙々といはねばならぬが、誰かこれを主張〔宰カ〕するのである。想像の力記憶の力に至つてはその奇なることは更に甚しい。乃至今日国家社会を構造するは誰の力ぞ、諸種学科を㋐闡発し推進し、蛮野を出て文明に赴く者、皆いはゆる精神の力といはねばならぬ。もしそれ体軀はただ五尺とか六尺とかに限極せられて、十三元素とか十五元素とかを以て②ね固められて、畢竟一の②ガンニクである、しかれば霊妙なる精神が主と為りて、ガンニクなる体軀はこれが奴隷であらねばならぬ云々。

 

 ㋐〔せんぱつ〕→意味〔あきらかにする〕・「闡」の訓読みは〔ひら・く〕〔あき・らか〕

 ①〔 嗅 食 〕→「休職」「求職」「給食」ではない。

 ②〔  〕→音読みは〔ねつでつ〕→「ネツゾウ」は〔 捏 造 〕

 ③〔 頑 肉 〕→この場合の「」は「おろか」という意味。

 

 この言やこれ正に大④ビュウレイに陥いる第一⑤キトウである。精神とは本体ではない、本体より発する作用である、働きである。本体は五尺軀である、この五尺軀の働きが、即ち精神てふ霊妙なる作用である。譬へばなほ炭と焰との如きである、薪と火との如きである。㋑漆園叟は既にこの理を㋒して居る、それ十三若くは十五元素の一時の抱合たる⑥クカクの作用が、即ち精神なるにおいては、クカクが還元して即ち解離して即ち身死するにおいては、これが作用たる精神は同時に消滅せざるを得ざる理である。炭が灰になり薪が㋓すれば、焰と灰とは同時に滅ゆると一般である。クカク既に解離して精神なほありとは背理の極、いやしくも宗教に㋔せられざる、自己死後の勝手を割出しとせざる健全なる脳髄には、理会されべきはずでない。唐辛はなくなりて辛味は別に存するとか、太鼓は破れて⑦トウトウの音は独り遺つて居るとか、これ果て理義を思索する哲学者の口から真面目に言はるる事柄であろふか。十七世紀前の欧洲では、もし無神無精魂の説を主張すれば、あるいは水火の酷刑に処せられたので、やむをえぬ事情もあつたかは知らぬが、言論の自由なる道理に支配せられべき今日にあつて、なほ囈語を発するとは何たる事ぞ。

 

 ㋑漆園叟は〔しつえんそう〕と読み、古代中国の思想家である〔荘子〕のことである。「叟」は〔おきな〕と訓む。

 ㋒〔しょは〕→「」は配当外で「うかがう」という意。「看破」とほぼ同義か。

 ㋓〔じん〕→訓読みは〔もえさしもえのこり

 ㋔〔いんばい〕→「」は配当外で「長い間たしなんで、癖となり、体内の機能障害をおこす状態。中毒症」。「酒」(しゅいん)。「黴」は〔かび〕〔・びる〕と訓む。熟字訓で「黴雨」は〔つゆ〕。

 ④〔 謬(繆) 戻 〕→意味〔あやまって道理にもとる。道理と食い違うこと

 ⑤〔 紀 頭 〕→意味〔事のおこり、はじめ〕。類義語は〔 濫 觴蒿 矢 〕

 ⑥〔 軀 殻 〕→意味〔からだ、体軀

 ⑦〔 鼕 鼕 〕→意味〔とんとんという太鼓やつづみの音

 

 故にクカクは本体である。精神はこれが働らき即ち作用である。クカクが死すれば精魂は即時に滅ぶるのである。それは人類のために如何にも情けなき説ではないか、情けなくても真理ならば仕方がないではないか。哲学の旨趣は方便的ではない、⑧イユ的ではない、たとひ殺風景でも、剥出しでも、自己心中の推理力の⑨エンソクせぬ事は言はれぬではないか。

 

 ⑧〔 慰 喩(諭) 〕→意味〔なぐさめさとす。いたわり教えること

 ⑨ 『奄息・淵塞・堰塞・圜則・偃息・厭足』から選べ。

  〔 厭 足 〕→意味〔飽き足りる。充分で満足すること

 

 もし宗旨家及宗旨に魅せられたる哲学者が、人類の利益を割出としたる言論の如く、果てクカクの中に、しかもクカクと離れて、クカクより独立して、いはゆる精神なる者があつて、あたかも人形遣いが人形を操る如く、これが主宰となつて、クカク一日解離しても、即ち身死してもこの精神は別に存するとすれば、クカク中にある間は、いづれの部位に坐を占めつつあるが、心臓中に居るか、脳髄中に居るか、そもそも胃腸中に居るか、これ純然たる想像ではないか。これら⑩ゾウフはいづれも細胞より成立ちて居るからは、彼れ精神は幾千万憶の細片となつてこれら細胞中に⑪グウキョしつつあるか。

 

 ⑩〔 臓 腑 〕→意味〔はらわた。五臓六腑。心の中

 ⑪〔 寓 居 〕→意味〔仮に住む〕。「寓」は〔かりずまい〕〔やど・る〕とも訓む。

 

 曰く、精神は無形なり実質あるにあらずと。この言や正に意味なき言語である。およそ無形とは吾人の耳目に触れない、否な触れつつあつても吾人の省しないものをいふので、即ち空気の如き、科学の目にのみ有形で、顕微鏡にのみ有形で、肉眼には正に無形である。およそ無形とは皆かくの如く実質はあつても極て⑫ヨウビで、吾人これが触接を覚へないでも、その実はやはり形あるものをいふのである。彼れ精神の如き、もしかくの如くでなく、純然無形で実質がないとすれば、これ虚無ではないか、虚無がクカクの主宰なりとは、果して穏当なる言ひ事であるか。

 

 ⑫〔 幺 微 〕→意味〔小さい。細かい。価値のない詰まらないこと

 

 およそ無形といふものは、皆今日までの学術でいまだ捕捉し得ないか、または学術では捕捉されても、肉体に感得せられないものである。即ち光、温、電等の如きでも、学術ますます㋕進闡した後は、果して顕微鏡で看破し得るかも知れないではないか。彼れ精神の如きでも、灰白色脳細胞の作用で以て、その働らくごとに極てヨウビの細分子が飛散しつつあるかも知れないではないか。およそ学術上未解明の点について想像の一説を立るには、務めて理に近いものを択ぶが当然である。即ち精神の如きも、クカク中の脳神経が㋖絪縕し⑬マトウして、ここに以て視聴嗅味及び記憶、感覚、思考、断行等の働らきを発し、その都度⑭バクフの四面に沫飛散するが如くに、極々精微の分子を看破し得るに至るだらうと⑮オクテイし置ても、必ずしも理に㋗りて人の良心を怒らすが如き事はないではないか。これに反し、分子も形質もなき純然たる虚無の精神が、一身の主宰となりて諸種の働らきを為すといふが如きは、如何にも㋘悖理ではあるまいか、人の良心を怒らすべき性質ではあるまいか。

 

 ㋕〔しんせん〕→意味〔進んで明らかにすること

 ㋖〔いんうん〕→意味〔むんむんと気が天地にみなぎるさま〕。出典は「易経・繫辞上」で「天地絪縕として、万物化醇す」から。「」も「」も配当外。前者は「しとね」、後者は「もつれた麻のくず」。

 ㋗〔もと・り〕、㋘〔はいり〕→一字音訓読み分け。意味は〔道理にそむくこと

 ⑬〔 摩 蘯(盪・蕩) 〕→意味〔空を摩してうごかす。勢いの盛んなさま

 ⑭〔 瀑 布 〕→意味〔勢いのあるたき

 ⑮〔 臆 定 〕→意味〔自分の推量だけで勝手に決めてしまうこと

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

profile

char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

calendar
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
recent entry
recent comment
category
monthly archive
search form
RSS links
links
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。