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「頭数だけ揃えるんじゃねぇ!志持てよ」って言いたくなる憂国の漢詩はいかが?=「党人歎」

「消費増税する前に国民に信問え」「TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加なら解散しろ」――。相も変わらず国会論戦が低レベルの極みを続けていますね。今が勝てると思えば(国民の票が取れると思えば)、野党議員は選挙、選挙の連呼です。今の政治家は思考回路が短絡過ぎる。それは政権を獲ることだけが目的化されているからです。二大政党による政権交代が初めて現実化したばかりで「やられたらやり返す」といった怨念しかないのが見え見え。政党ってなんだろう?小選挙区制が政治家の質を落としたと今更詮方ない繰り言も聞かれますが、そんなことはない。小であれ中であれ大であれ、要は個人の資質の問題。志に関わるものです。政治家の質は、政党政治が始まった明治期から低かったのです。そんな混沌とした離合集散が繰り広げられていた創世記に、堕落した政党人を歎いた漢詩人がいました。彼の名は安井朴堂(1858~1938)。明治書院・新書漢文大系シリーズ⑦「日本漢詩」(P223)によると、「朴堂は通称の小太郎を用いて、安井小太郎と呼ばれることが多い。安井息軒の外孫。島田篁村の門に学び、明治・大正・昭和の三代にわたって子弟の教育にあたり、その講義録が主な著作になっている」という人物。

同書に所収されている朴堂の詠じた「党人歎」は、「明治三十一、二年ごろの政党人の対立、抗争、謀略に憤慨して作ったもの。この時期の政界は、伊藤博文の立憲政友会結成の前夜で、大隈重信、板垣退助、山形有朋、松形正義らが抗争をくり返していた」とあります。

【白文】
党人党人汝何職
飢則■■飽則黙
党利甚重国利軽
■■幾百尽臧獲
巧言如■■為烏
手握利権虎有翼
天子待汝以国士
盍致臣節任■■
山可抜兮鉄可磨
嗟乎党人如汝何



【読み下し文】

党人党人汝何の職ぞ、
飢うれば則ち1)ホウコウし飽けば則ち黙す。
党利甚だ重くして国利軽し、
2)トウロ幾百尽く3)臧獲
巧言4)コウのごとく5)サギを烏と為す、
手に利権を握れば虎に翼有り。
天子汝を待つに国士を以てす、
6)ぞ臣節を致して7)ホヒツに任ぜざる。
山は抜くべく鉄は磨すべし、
8)嗟乎党人汝を如何せん。



朴堂は、聊か侮蔑的なニュアンスを含みながら「党人」と呼びかけます。もちろん彼らは国民の代表である代議士でもあります。しかし、何のために政党があって議員がいるのか分からなくなる。そんな風体に呆れて「党利」と「国利」を天秤に掛けます。一体君らはどちらが重いのか分かっているのかい。頭数だけ多い国会議員に業を煮やす。まるで盆暗の奴隷のようだと扱き下ろす。口先だけ御上手。白い物までみんな黒と言い含められるテクニック。奴らは弁論のテクだけは長けているのだ。そして、いったん政権を取ってしまえば鬼に金棒、虎に翼。為虎傅翼。明治時代の風景がそのまま100年以上たった現在の姿に重なりませんか?まるで進歩がないのです。最後の四句はそのままいまの国会議員に贈りたい。天皇陛下はいまや国民の象徴ですが、国民の代表であるはずの「国士」がどこにもいないではないか。国を憂うべきであろう。そうすれば何をどうすればいいか自ずと判然とするではないか。政党や議員は単なる手段にすぎぬであろう。民主主義が数合わせのゲームにすり替えられている。志のある奴はおらんのか。気がつけば国がなくなりかねないとも限らないのに、そうした危機感のある奴は一人もおらんのか?

朴堂は子弟教育に生涯を捧げました。人材の払底こそが国力の衰退を招くとの危惧を持っていたのです。それは眼前の政治に代わる新しい政治の担い手を育てたいという一心しかなかったのではないでしょうか。日本国が大きく姿を変えた幕末維新を目の当たりにした人だからの視点だった。幕末の推進力が変形していったことが看過できなかった。経済破綻が世の中を揺るがす昨今、新しい政治が必要であるのは言うまでもない。それを担える人材を育てることこそ求められているのではないでしょうか。そんな思いを新たにさせてくれた憂国の思いに満ちた漢詩でした。


1) ホウコウ=咆哮(咆吼)。けものがほえる、たけりほえる。「咆」は「ほえる」、「哮」は「たける」。哮咆(コウホウ)、哮吼(コウコウ)もあり。哮噬(コウゼイ=怒りかみつく、反乱軍の勢いの盛んなこと)。

2) トウロ=頭顱。頭蓋骨、あたま。ここは議員の頭数だけあることを言う。「顱」は「かしら」。円い頭を言う。

3) 臧獲=ソウカク。ボディーガードの役をする、体格のいい男のどれい。「ソウ」と濁らずに読む。「ゾウ」は慣用読みですが、試験問題用には「ソウ」と覚えておきましょう。「ゾウヒ」の別解はアウトでしょう。「臧」の一字だけでも同じ意味です。臧穀(ソウコク)ともいい、「獲」は「とらえたどれい」、「穀」は「かっちりしたもののたとえ」。「臧」は「よい」の意味もあり「臧否」(物事の善悪・是非、人物の良し悪しを判断すること)、臧匿(ソウトク=隠れて物事の表面に現れない、人をかくまう)。

4) コウ=簧。笛の振動させて音を出す部分。「巧言簧の如し」は詩経が出典で、「顔之厚し」と続いて、「ことばたくみにしゃべる人は笛の音のように耳に心地よいだけで実がなく、厚顔無恥な人間である」。「巧言」は論語・学而の「巧言令色鮮し仁」で御馴染み。同じ「コウゲン」でも「好言は口よりし、莠言も口よりす」(りっぱなことばは口から出るものだが、有害なことばもまた口から出る、口は災いのもと)とは異なるので要注意。

5) サギ=鷺。全身が白い水鳥。真っ黒な「烏」と対比して用いられる。烏鷺(ウロ=黒と白、碁)、鷺序(ロジョ=朝廷で役人の席順)、鷺約(ロヤク=世俗を離れた風流の交わり)、鷺羽(ロウ=シラサギのはね、それで作った舞で使うかざし)。

6) 盍ぞ=なんぞ(~せざる)。(否定文で用いる再読文字)どうして~しないのか。相手に催促する反語の
意。盍簪(コウシン=友達同士を寄せ集めること、転じて、友達同士の集合のこと)。

7) ホヒツ=輔弼。そばによりそって天子の政治をたすける、また、天子の政治を助ける大臣のこと。輔払(ホヒツ)とも書く。「弼」は「たすける」。弼匡(ヒッキョウ=主君を助けてただす)、弼導(ヒツドウ=助け導く)、弼亮(ヒツリョウ=補佐すること、その人)。

8) 嗟乎=ああ。嘆いて発する語。「嗟吁、嗟呼、嗟哉、嗟夫、嗟来」も「ああ」。
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Author:char
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言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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