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「この恨み晴らさでおくべきか」…恐怖のどん底に落ちる漢詩はいかが?=「牛蠱行」

横井也有の「鶉衣」シリーズはまだ終えるつもりないですが、一方で満腹感も出てきたのが正直なところ。一つの作家やジャンルにこだわることなく、鶉衣も含めて、思い付くままにさまざまな文献を不定期に取り上げることといたします。過去に御紹介したものでも面白い物があれば再登場もあるかも。その中で以前連載した日本漢詩シリーズですが、明治以降の作品が疎かでした。欧米文化が浸透するにつれ隅っこに追いやられ現在に至る漢詩。その筋肉質な文体は簡にして要。言いたいことをズバズバと言える勝れ物です。敢えて言います。これを翫わわずして「漢字学習者」を語る勿れ。

今回から三回シリーズで「へぇ~、漢詩ってこんなものまで詠めるんだ」と漏らすこと必定の三作品を取り上げます。第一回は、大須賀筠軒(1841-1912)の「牛蠱行」(明治書院・新書漢文大系シリーズ⑦「日本漢詩」所収)。同書によれば、筠軒は磐城平(現在の福島・いわき市)の人。江戸・昌平黌に学び、安積艮斎の指導を受け、明治維新後、仙台に住み、第二高等学校の教授を務めました。中央に出ることはなく生涯を東北の地で過ごし、子弟の教育に当たりました。

さて、この「牛蠱行」ですが、人間の怨念に満ち満ちており、何ともおどろおどろしい内容になっています。「牛」は「丑の刻」のこと。草木も眠る丑三つ時。「蠱」は「のろい」。もともとは、まじないに用いる虫のこと。一つの器に虫を入れて共食いさせて、生き残った虫の毒気でかたきをのろう迷信から来ています。ここから転じて女性がその色香によって男性を惑わす意味が派生。蠱惑(コワク)の語が生まれました。蠱疾(コシツ)とは、「女性関係から来る心の乱れ」を言います。同じ「コシツ」でも、「煙霞痼疾」とはまた別の代物ですよ??

【白文】
草木夜眠水声冷
神灯欲死痩於星
千年■■半身朽
仄立■■鬼気腥
纏素娘子藍如面
頭戴■■手鉄釘
長髪■風鬅鬆乱
石壇無人影伶仃
泣掣鈴策拝且訴
此恨不徹神無霊
※釘響絶夜■■
■■一声山月青

※=「手ヘン」+「豕の下に一」→「うつ」と訓読。音読みは「タク」。

【読み下し文】
草木夜眠って水声冷やかに、
神灯死えんと欲して星よりも痩せたり。
千年の1)ロウサン半身朽ち、
仄立の2)コビョウ鬼気腥し。
素を纏える3)娘子藍如たる面、
頭には4)ギンショクを戴き手には鉄釘、
長髪風に5)クシケズって6)鬅鬆乱る、
石壇人無く影伶仃。
泣いて鈴策を7)いて拝し且つ訴う、
此の恨み徹らずば神も霊無しと。
釘を※つ響き絶えて夜8)ゲキセキ
9)老梟一声山月青し。



同書によりますと、鬼気迫る「丑の刻まいり」を詠んだ詩とあります。「嫉妬深い女が、人を呪い殺すために、丑の刻(午前二時ごろ)神社に参り、頭上に五徳(三脚の金輪)をのせ、ろうそくを灯して、手に釘と金鎚を持ち、胸に鏡を吊るし、呪う相手の人形を神木に打ちつけると、七日目の満願の日にはその人が死ぬと信じられていた」といいます。京都の貴船神社が有名。

前後の文脈はあるのでしょうが、この漢詩だけいきなりぽんと出されると何とも怖ろしいですね。「伶仃」(レイテイ)は「一人ぽつんと立つさま」。「零丁孤苦」(レイテイコク)という成句が李密の「陳情表」が出典であることは以前学習しました(ここ)が、この「零丁」と同義です。とにかく孤独なのです。

「此恨不徹神無霊」――。聖なる神をも威嚇する鬼気迫るフレーズ。まさに鬼の形相とはこの事を言うのでしょう。最後の「老梟一声山月青」はいかにも漢詩という一節ですが、その情景と余韻はこの詩を読み終えた人を恐怖のどん底に落し入れますね。もしも自分が誰かに恨みを買って呪われていたら…?そんな空恐ろしい妄想すら現実感を伴って襲い来ることを止められません。漢詩の持つ一定の単調なリズムが却って恐怖心を煽ります。七日目の夜の描写なのでしょうね。最後の釘を打ち終えた後、牛と出逢うらしい。そして、その牛を乗り越えた暁に願いがかなうといいます。まさに「牛蠱行」。こんなに怖ろしい漢詩を読んだのは初めてです。人の心理描写にはあまり向いていないとされる漢詩ですが、そんなことはない。かくも内面を描写できる漢詩の持つ潜在力に圧倒されました。少し寒くなってきました。この辺で終えておきましょう。

1) ロウサン=老杉。長い年月を経たスギの古木。

2) コビョウ=古廟。古いおたまや、古い神社。「廟」は「たまや」「ほこら」「やしろ」「みたまや」。

3) 娘子=ジョウシ。少女、母、妻の意味がありますが、ここは妻がもっともふさわしい。

4) ギンショク=銀燭。明るく輝くともしび。銀灯(ギントウ)ともいう。

5) クシケズって=櫛って。「櫛る」は「くしで髪をとくこと」。ここは髪がはらはらと舞う様を言う。櫛風(シップウ)は「髪が風雨にさらされるさま」。

6) 鬅鬆=ホウソウ。髪が乱れるさま。「鬆」は「髪が一本ずつばらばらになるさま」。

7) 掣いて=ひいて。「掣く」は「ひく」。他のものをおさえて特定のものだけひきぬく。籤を掣く(くじをひく)。掣電(セイデン=いなずま、短い時間のたとえ)、掣曳(セイエイ=ひっぱり引きとめる、人の行動をおさえて邪魔をする)。

8) ゲキセキ=闃寂。もの寂しく静まり返っていること。「闃」は「しずか」。人けがないさまをいう。闃然(ゲキゼン)ともいう。同義語は「静寂(しじま)」。

9) 老梟=ロウキョウ。老獪なフクロウ。「梟」は「ふくろう」。梟悪(キョウアク=性質が残忍で悪い、また、そういう人)、梟才(キョウサイ=ひとりだけ抜きんでた、きびしい人柄)、梟首(キョウシュ=さらし首の刑)、梟将(キョウショウ=勇猛な大将)、梟臣(キョウシン=勢力をふりまわす悪い家来)、梟帥(キョウスイ=荒々しい大将)、梟名(キョウメイ=勇猛のうわさ、武勇のほまれ)、梟雄(キョウユウ=荒々しく強い英雄)、梟盧(キョウロ=ばくち、サイコロの目で「梟」は「一」、「盧」は「六」、李賀の五言律詩「示弟」の一節に「抛擲任梟盧」(後は野となれ山となれ、出たとこ勝負だ)がある)。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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