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無力な人間どもよ 大自然を前に神に祈るしかないのだ=「鶉衣」(26)

江戸中期の俳人、横井也有の「鶉衣」(岩波文庫上・下巻、堀切実校注)シリーズの26回目は、「送咳気神表」(後編下一七九、下巻217~219頁)を取り上げます。「咳気神」とは「せきの神」。現代で言うインフルエンザのことでしょう。「秋の初かぜ」とあるから七月の比。この文章が書かれたのが也有、三十二歳・享保十八年(1733)のことで、インフルエンザが大流行しました。この間、所謂江戸四大飢饉の一つ、「享保の大飢饉」の真っ最中でもあり、天変地異に人々が苦しんだのです。

今年秋の初かぜ身にしみわたるより、老となく若きとなく1)エッキになやみて、注1)清涕(みづばな)の露草葉を争ひ、穂薄のかしらふらつきて、喰物の味もいさしら河のそれならずも、とめがたきA)●●に苦しみぬ。上は玉だれのひまより2)センヤクのかほりほのもるゝより、下はあやしの柴ふる人までも、かしらをからげずといふ事なし。芝居入りなうして盆狂言の3)ヤグラマクいたづらにしぼり上げ、色里客たえて夜見世の行燈かゝぐるによしなし。葛西の瓜畑も下冷に守る人なければ、隅田川の渡守も発熱にこがれこがれて、水馴竿のB)細元でを流す。祈禱の法師も長髪に4)ニンニクの姿を失ひ、注2)貴禰(きね)の祝詞の声うらがれたり。医者・売薬の門のみ賑ひて、C)きのふ剃りの匕先も、5)ショウキサンにやすむひまなく、かれらは時を得たるに似たれど、さして手柄の療治ならねば、はかばかしき薬代もよるまじ。

噫、此秋いかなればかゝる災を下して、6)リミンにくるしみをかけ給ふぞ。願はくは天神7)チギ愛愍の注3)眸(まなじり)をめぐらして、咳気の8)ジャシンを速かに西の海へ送り給へ。さらば臣等9)幣帛のむつかしきわざはしらずとも、笹の葉にしで切りかけ太鼓をならして、及ばずながらちからを合せ奉るべしと、10)タンセイを抽でて、告げ奉る。11)ビシをそれみそなはし給へ。




この文章の表題にある「表」は、「臣下が王を悟らしめるために明白に文章に表わして奏上する意」(岩波)。血気盛んな也有が神に祈って、この流行を遏めていただきたいと上申したことを含意しているのです。当時彼は江戸で勤務していました。神に祈るしか手がなかったのでしょう。それほどインフルエンザが流行し、拱手傍観するばかりだった。ちっぽけな人間たちは、自然の猛威が当時のみならず現代社会においても収まることはことはないことを身に沁みるのです。地震の揺れ、津波、大震災を受けた原子力の恐怖などもその類でしょうか。「笹の葉にしで切りかけ太鼓をならして、及ばずながらちからを合せ奉るべし」――。無力な人間はここにおいても神頼みしか手はないのか。


注1) 「清涕」の「涕」は「なみだ」。「はな」ならば通常「洟」の字を充てますが、涙と洟が一緒に出てくるのは生理上の道理。「清」を被せて、じゅるじゅると粘りがあるよりは透明感の強いさらさらの「みずばな」と訓ませている。

注2) 「貴禰」は、「禰宜」(ねぎ)をひっくり返した「宜禰」(きね)に同じ。神主の意。「巫覡」(フゲキ)を「きね」とも訓むのでここからの連想も。

注3) 「眸」は通常、「ひとみ」。目玉の意味ですが、ここは「まなじり」と訓ませています。これは「目じり」のことで通常は「眥」か「睚」を充てる。素直に「ひとみ」と訓ませていいのではないでしょうか。それとも当時は「ひとみ」の訓みはなかったのか?「ボウす」と読めば、「目を見開いてよくみる」の意。恐らくこの連想から、決眥(まなじりをケッす)を充てたものと思われます。

下線部A)●●には、平仮名で二文字の掛け言葉が入る。記せ。
下線部B)の意味を記せ。
下線部C)の意味を記せ。

■A)→「せき」。「白河の関」と「止まらない咳」を掛けている。

■B)→わずかな収入(資本)。

■C)→昨日開業したばかりの新米医師。「そる」のは頭で、当時の医者は咸、僧侶の風体でした。「匕」は「さじ」。薬を煎じる匙のこと。

1) エッキ=疫気。流行病をおこす邪気。「疫」は「えやみ」。岩波のルビは「エキキ」となっていますが、音便で読んだ方が自然でしょう。

2) センヤク=煎薬。薬草をにつめてつくったせんじ薬。

3) ヤグラマク=櫓幕。やぐらに張り渡すまく。

4) ニンニク=忍辱。仏教用語で、六波羅蜜の一つ。恥や苦しみをがまんして、うらみの心をおこさないこと。「ニンジョク」と読めば、「恥を忍ぶこと」。

5) ショウキサン=正気散。散薬の名。感冒の薬。解熱・発汗剤。「鍾馗散」の字を充てることもある。

6) リミン=官僚と民衆。官民。「吏」は「つかさ」。

7) チギ=地祇。地の神。国土の神。くにつかみ。

8) ジャシン=邪神。よこしまで人に災いを与える神。邪心、邪臣ではない。引っ掛け問題。

9) 幣帛=みてぐら。神にたてまつる物の総称。ぬさ。「ヘイハク」とも読む。

10) タンセイ=丹誠。まことのこころ。まごころ。丹心。赤誠。「丹精」は「まごころをこめて物事をすること」。

11) ビシ=微志。ほんの少しの志。寸志。微意。自分の気持ちを謙遜して言う語。
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Author:char
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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