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「しら」か?「しろ」か?That's the question!=「鶉衣」(23)

江戸中期の俳人、横井也有の「鶉衣」(岩波文庫上・下巻、堀切実校注)シリーズの23回目は、「百魚譜」(前編下四四、上巻191~204頁)の2回目です。とにかく魚、魚、魚のオンパレード。それぞれに綢わる故事来歴や伝承を交えながら魚の特徴を綴ります。今回は趣向を変えてA)~L)に当てはまる魚は何かを考えながら読んでみてください。ノーヒントではありません。選択肢は【鯖・鱒・鰆・鮟鱇・鰍・鰻・鰹・鱈・白魚・鮭・鰤・鮒】を与えますので、この中からチョイスしてください。ダミーはないので仮に分からなくても素っ飛ばして分かる物から埋めて行くと、・・・・・・・・・・・、ほ~らなんとなく浮かび上がってくるでしょう?迷ったらあとはあなたの勘次第!漢字の問題は読みの3問だけ。いずれも平易です。




A)■は近江に洞庭の名をくらべたる、鯉に似て位階おとれり。名には紅葉をかざしたれど、鱠は春の賞翫となれり。

B)■は節饗の比もてはやされ、梅咲くころ世に匂ふ。

C)■は初秋に祝はれて、空也の蓮のはに登るは、後生善処の契もたのもし。

D)■は芥子酢の風味、上戸は千金にかえむとも思ふらむを、鎌倉の海の素性を兼好にいひさがされたる、いと口おし。D)■節となりては、木の端のやふにも思はれず、その梢とも見えずして、花の名をさへ世にちらしぬる。

E)■の唐めきて子細らしきに、つるし切とはいぶせくして、桀紂が料理めきたり。かれは本汁にゑらまれ、F)■はかならず二の汁の大将にて、1)搦手をぞうけ給はりぬ。

もしは文字の理屈によらば、紫の上にはG)■をめでさせ給ひ、中宮の御膳にはことにH)■をやめさせ給ひけん。

I)■は越路に名ありて其国の雪にも似ず、色は入日の雲を染めて、うるはしく照りたるこそいみじけれ。たまたまJ)■といふものも、その色はまけじとやいどむらんを。狭夜姫は石となり、山のいもはK)■となる。かれは有情の非情となり、これは非情の有情となれり。石となりて世に益なく、K)■となりて調法多し。

牡丹は花の一輪にて賞せられ、梅桜は2)千枝万葩を束ねて愛せらる。それが勝れりとも劣れりとも、更に衆寡の論には及ばず。L)■といふものゝ世にもてはやさるゝは、かの鯛・鱸の大魚に比すれば、今いふ梅桜の類と等し。しかるに国俗のとなへ異にして、しろ魚ともしら魚ともいへり。是いづれならんといふに、されば「しろ菊ともしろ鷺ともいはねば、しら魚といふこそよからめ」といへば、かたへの童のさし出でて、「いなとよ、世にしら猫ともしら鼠ともいふにこそ」とうちこまれて、3)に物定の博士しばらく黙然たり。


続き以下に正解と詳しい解説を載せています。あしからず。


■A)→鮒。前回取り上げた「鯉」と同様に「位階劣れり」というのは、調理方法が少ないのでそれほど人口に膾炙しないということ。中国・洞庭湖の名物は鮒。近江は琵琶湖名物源源五郎鮒。秋の終り、琵琶湖で獲れる鮒の鰭が赤くなっているのを紅葉鮒と称す。鱠(なます)にすると絶品とか。琵琶湖と洞庭湖の名物を知っていれば解ける。

■B)→鰤。「節饗」は「せちぶるまい」もしくは「せちあえ」。正月に親戚朋友が集まり互いに酒食をもうけてもてなす風習。「匂ふ」は「梅」の縁語。正月の魚です。やや難問か。

■C)→鯖。ヒントは「空也の蓮のはに登る」のフレーズ。空也上人(903~972)の歌に「一たびも南無阿弥陀仏といふ人の蓮(はちす)のうへにのぼらぬはなし」(「拾遺和歌集」内に所収)があるのを踏まえています。念仏を唱えれば極楽浄土が約束されることをうたったものです。也有が「後生善処の契」と言ったのも空也を踏まえたもの。鯖はお盆のころ、塩漬けにしたものを二枚重ねにして贈り物にしました。その際、「蓮の葉」で鯖を包んでいたことから、これを食べれば天にも昇らんとするほど美味であるということを喩えたのでしょう。しかし、これは難問か。空也の歌を知っているのは勿論、鯖を蓮の葉に包んで食べる風習があることを知らなければ正解に辿り着けません。

■D)→鰹。「芥子酢」をからめて食べると酒の肴に最高とありますが、これは知らないと分からない。ヒントは「鎌倉の海の素性を兼好にいひさがれたる」。徒然草一一九段に吉田兼好が「最近は食べられるようになったがむかしは見向きもされなかった」魚として紹介しているエピソード。さらに、「鰹節」は、一見「木の端」のように見えるが、「花鰹」にも大変身を遂げるものだといっています。これはヒントが多く比較的平易か。

■E)→鮟鱇。これは平易。唐風の名前というのと「つるし切」が大ヒント。「桀紂が料理めきたり」は、古代中国の暴君、夏の桀王と殷の紂王が酒池肉林、肉山脯林の非道の楽しみを尽くしたさまに喩えています。

■F)→鱈。鮟鱇が「本汁」、すなわち正式の料理における主となる吸物であるのに対し、鱈はそれにつぐ吸物だというのですが、これは今一つすとんと落ちません。いずれも冬の鍋の二大王様だと思いますが、鮟鱇が大手門、鱈が後門と位置付けています。手に入りやすさでしょうか?ここはわれわれの感覚からすると難問かも。

■G)→鰆(さわら)。H)→鰍(いなだ)。G)とH)はセット問題ですが、これは超難問。源氏物語の「胡蝶」や「少女」の巻を知っているかどうかが問われると同時に、それを魚に喩えるだけの教養と機智が問われるからです。胡蝶巻では紫の上は春の景色を好み、中宮は秋の景趣に心を惹かれていることが対比的に描かれており、また、少女巻では、中宮が「心から春まつ苑はわがやどの紅葉を風のつてだに見よ」と歌を送ったのに対し、紫の上が「風に散る紅葉はかろし春のいろを岩ねの松にかけてこそ見め」と遣り返した場面があります。これを踏まえ、也有は紫の上が「鰆」(=「春」)を好み、中宮が「鰍」(=「秋」)を込んだであろうと見立てているのです。あえてヒントを言えば「文字の理屈によらば」のフレーズ。魚編に「春」と「秋」が対比されている文字づらを言っているのですが。。。無理か。

■I)→鮭。これは平易か。「越後」の名物と言えばこれでしょう。雪の白さと対照的に夕日の色をしているというのもヒントですね。

■J)→鱒。鮭に劣らず夕日の色をしている魚。ここは鮭との関連で何とか正解したいところです。

■K)→鰻。諺の「山の芋鰻になる」を知っていれば平易。物事があるはずのないような変化を遂げることを喩えます。普通の人が急に出世することもいいます。「狭夜姫」は、松浦佐用姫伝説のこと。姫は愛人の出征を見送りながら石となってしまいました。いずれも、生物(=有情)が無生物(=非情)になったり無生物が生物になったり、造物主の気まぐれによってこの世の物が変化することを言っています。人知で測れないのです。かたや、石は世の中の何の役にも立たず、こなた鰻となってさまざまな調理法によって人々の舌を喜ばせる。ああ、なんと儚いかな! と也有がおどけるのも面白い。

■L)→白魚。以前、弊blogでも取り上げましたが、中国では牡丹、日本では桜(梅)が持て囃される花。前者がクローズアップで楽しむのに対し、後者は離れて見て全体を賞でる。一輪挿か、千枝万葩か。也有によればどちらも甲乙つけがたい。白魚は桜、鯛・鱸は牡丹と同じ趣向。一匹一匹ではなく何匹かの集まりを嬉しむのです。ここは平易。最後のくだりは興味深い。土地土地によって「しらうお」とも「しろうお」とも微妙に呼称が異なるというのです。「白」は「しろ」ですが、場合によっては「しら」ともいう。例えば「白菊」「白鷺」は「しらぎく」「しらさぎ」。「しろぎく」「しろさぎ」とは言わない。だから、「しらうお」に決まってるじゃんと、知ったかぶりの「物定の博士」(似而非学者の代表格)に対して、子供が「ほんじゃ、猫はしらねこ、鼠はしらねずみと言うんですね」とやられて二の句が継げなかったという落ち。どっちでもいいというのが結論のようです。芭蕉の句に「明ぼのやしら魚しろきこと一寸」というのがあるのを思い出しますね。これは杜甫の「白小」という詩の一節「白小群分命、天然二寸魚、細微霑水族、風俗当園蔬、入肆銀花乱、傾箱雪片虚、生成猶捨卵、尽取義何如」(岩波文庫「杜甫詩選」P351、しらうおはその仲間に与えられた運命として、生まれつき二寸ばかりの小さな魚である。それは細微な生物であって他の魚たちのえじきとなり、土地の風習では野菜の代わりとなっている。それが市場に入ってくるときは銀の花が乱れ狂うかと見え、箱を傾けあけるときは雪のかたまりがさっと消え失せたかのようだ。ものを生育させることからいえばなお卵までは取らずに残しておくべきであり、すっかり取り尽くしてしまうのは道理としてどうであろうか)をヒントに詠んだものという説もあるようです(興膳宏の「漢語日暦」P79、岩波新書)。この「白小」は日本でいう「白魚」のことでしょうか。杜甫は「二寸」、芭蕉は「一寸」。それぞれの詠まれた季節、つまり成長時期が異なるようで面白いですね。岩波の訳は「生まれつき」となっていますが、「天然」は「どんなに成長しても」という意味でしょう。おそらく芭蕉のみた白魚はまだ若き一寸の白魚、杜甫のみた白小は成長後の白魚だったのではないでしょうか。ちょっと也有から離れて脱線しちゃいました。。「しらうお」か「しろうお」かですが、どうやら別種の魚のようです。もちろん也有と芭蕉の「白魚」は「しらうお」ですね。

1) 搦手=からめて。城の裏門、後門のこと。転じて、相手の攻めやすい側面、すなわち弱点や注意の届かない部分。「搦める」は「からめる」。遠まわしにそっと相手を押さえること。

2) 千枝万葩=センシバンパ。木の枝に花がたくさん咲いているさま、花の咲いた木々が多いさま。「葩」は「はな」「千●万×」という言い方は数多い。とにかく●や×などが多いさまを言う。しかも●と×は対比的あるいは連動的な語が入ることが多い。例えば、千巌万壑(センガンバンガク=岩山と渓谷が続くさま)、千客万来(センキャクバンライ=多くの客が絶え間ない様子、商売繁盛)、千軍万馬(セングンバンバ=多くの兵士、経験豊富な老練の人)、千荊万棘(センケイバンキョク=多くの困難)、千言万語(センゲンバンゴ=あれこれ長々とくどいさま)、千紅万紫(センコウバンシ=色とりどりの花が咲き乱れる様子)、千呼万喚(センコバンカン=繰り返し絶叫すること)、千古万易(センコバンエキ=永久不滅)、千差万別(センサバンベツ=さまざまな種類のあること)、千山万水(センザンバンスイ=山また山、川また川)、千思万考(センシバンコウ=あれこれと思いを巡らすこと)、千姿万態(センシバンタイ=種々のすがたかたち)、千射万箭(センシャバンセン=弓道で射手の心構えを説いた語)、千秋万古(センシュウバンコ=永遠の歳月)、千秋万歳(センシュウバンサイ=長寿を祝うことば)、千乗万騎(センジョウバンキ=多数の兵士と馬の軍隊)、千状万態(センジョウバンタイ=いろいろさまざまな様子)、千緒万端(センショバンタン=種々様々な事がらのこと)、千辛万苦(センシンバンク=さまざまな苦しみや難儀のこと)、千村万落(センソンバンラク=多くの村落)、千朶万朶(センダバンダ=多くの花がついた枝)、千変万化(センペンバンカ=自由自在に変化すること)。葩経(ハケイ=「詩経」の別名、韓愈の「新学解」の一節に由来がある)。

3) 爰に=ここに。ここにおいて、そこで。何度も既出です。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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