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森川許六よ、俺はお前のことが大嫌いなのだ!=「鶉衣」(13)

江戸中期の俳人、横井也有の「鶉衣」(岩波文庫上・下巻、堀切実校注)シリーズの13回目は、「贈或人書」(続編上一〇六、下巻28~36)の後半を味わいます。この書は「或人」として「吾子」を諫める形を取っていますが、どうやら、芭蕉の跡を受け継ぐのは自分だと公言して憚らず傲慢の譏りもあった森川許六の批判を展開しているようです。その許六が十歳の息子に、武士の心得を説いた遺誡としてしたためた「射御の弁」の内容が一々気に入らないようです。何故、也有が許六をここまで嫌いなのかは判然とはしません。


昔或人歌を自讃して、「この歌の心の奥はよもしらじ定家家隆も釈迦も達磨も」と読みたる返しに、「釈迦達磨定家家隆もしらぬうたくそのやくにもたゝぬなりけり」とはよみしが、其ためしも思ひ出でらる。師匠が下手ならば、弟子は師匠を越すもあるべし。只我のみにほこるは、遼東の1)イノコ也。めづらしさうにかきたるにて、「のこりの衆の思ひやられて」と云ふ或狂歌の下の句やつくべからむ。佐々木・梶原が先陣を評して、2)カラメテ数万の油断人、一騎も残らずわたしたれば、鎌倉にての荒言も少しは是にて戻りけりとは、余りに不案内なる心得違ひ也。二騎より外渡されぬ川ならば、何しに不覚の先陣して犬死をばすべき、後陣のつゞく川と見たればこそ、先登の功は立てたれ。抑武芸十万人に勝れたりとも、用ふるところ不義ならば、A)明智を誅せし土民の竹鎗にも劣るべし。しかるに功なり名とげて余力あらば、仁義五常の道を学びもすべしとは、碁・象戯も舞謡もおなじ物と覚えたるや。そもや五常の3)キクにはづれて、何を以て其功をなし、何を以て其名をとげむ。B)家を建てて後に地築せよといふがごとし。功なり名遂ぐるとは、我が行ひの仕上げを云ふ也。老子は身退けといひたる、已に暮合比ぞかし。夫から仁義の学問は、隠居してからいろは習ふに異ならず。仁義五常と云ふ詞も重言にしてくどし。外に鼓・三線にのせる五常もあるかはしらねど、先づは五常のうちに仁義はありて、仁義五常といふに及ばず。C)願人坊主がかのえ庚申かのえ庚申とよびありくとおなじこと也

我はそも俳諧はしらねど、釈迦の鼻をせゝりたる蠅が金色の光もさゝず。孔子の肌着を這ひたる蚤に道徳備はる物にもあらず。勧学院の雀が「蒙求」を4)サエズれども、「だみたる声を啼かぬ也けり」と、5)生立をほめたる鶯には及ぶべからず。されば其世に生れ合せて、6)セキトクの直弟とても、必ず上手とも極め難し。しかるに「滑稽伝」・「直指の伝」を見れば、祖翁の血脈をうけて、俳諧文章の名人は我一人也とはすゝどし。そも又翁の方からも、此一人に渡したりとの売上げ証文のさたを聞かねば、心もとなき様なれど、俳諧は定めて上手にてやありけむ。武士道は只臭くして7)しくはおぼえず。泰平の代に手ぐすね引きて、楠・村上が上に立たむと大言いふ人も、其場に臨み其ことにあづかざれば、ほかほかとはうけとられず。さるを聖賢もこり給ひて、「言を以て人を挙げず」とはの給へり。是を我里にては陰弁慶とはいふ也けり。

「文選」は俳諧の文集とこそきけ、此一篇にやさしきこと葉もをかしき語もなし。我子への異見ならば、部屋の壁にはり置くにはしかじ、何故にD)此弁はありやと、潜に謗りたる人もありしぞかし。是臭きが故に蠅のたかるがごとく、人も其非をいひたがる物なり。されば武を講ずるも兵を鍛ふも、武士には勿論と云ふ付合なれば、俳諧においてはいとうるさし。早々此号を改め給ふべし。我も武門に生れたれば、第一に先づ鼻を掩ふ。E)たゞしかくいふも則ち臭きやらん。さればこそ臭きもの身しらずといへば、少しの匂ひは8)し給ふべからず。


■下線部A)の「明智」は「明智光秀」のことである。どういう喩えか。

■下線部B)はどういうことか。

■下線部C)は何を喩えようとしているのか。

■下線部D)は何を指すか。

■下線部E)は也有自身のことをいう。どういうことか。



「新古今和歌集の撰者である藤原定家・家隆にも、釈迦も達磨も自分の歌の真髄分かるまい」と傲慢限りない歌を詠んだ人がいるけれども、その返歌では「藤原定家・家隆にも釈迦にも達磨にも分からない歌がどんな役に立つというのか」と詠んでやった。「佐々木・梶原が先陣」は平家物語のハイライトシーンの一つ「宇治の先陣」を指す。源義経勢の佐々木高綱と梶原景季の宇治川の先陣争い。佐々木は許六の祖先であるという。許六は「射御の弁」で、巧言を弄して先陣を果たした佐々木高綱のことを持ち上げているのですが、也有からすれば手前味噌。武家が功を立てるのは「功なり名遂ぐるとは、我が行ひの仕上げを云ふ也」。老子を持ちだして、引退後に初めて言えることであって、仁義の学問もその時から始めるものである。許六は「仁義五常」にも言及しているのですが、「五常」という仁義礼智信と仁義が重複しているなど怪しい言辞だと批判。ちゃんちゃらおかしいぜと言っています。許六の「射御の弁」も読んでみたのですが、武家の本分とは何かを説いているのですがどこかしら自慢に終始しており、鼻持ちならないと言われればそんな感じもします。それにしても斯くも也有が許六のことを毛嫌いしているのは何故でしょうか。芭蕉を出発する俳諧界の内紛や系統については疎いので分かりません。也有の思いが滲み出ている文章となっています。「或人」と宛も友人を装っているのですが、もしかしたら、許六その人に宛てているつもりなのかもしれません。もちろん時代は重なっておらず、芭蕉の跡を継いでいるという許六の態度が、同じ武家の出として許せなかったか。

「『滑稽伝』・『直指の伝』を見れば、祖翁の血脈をうけて、俳諧文章の名人は我一人也とはすゝどし」。也有が許六を最も痛烈に批判しているくだりです。「すゝどし」とは「わるがしこい・こすい」の意。自分の書いた書物の中で、芭蕉の後を受け継いで俳諧文章の名人は自分であると豪語した許六のことを指しています。也有自身は俳諧は下手糞で蒙求をさえずることもできないと謙虚極まりない(ある意味嫌味にも聞こえますが)半面、ぬけぬけと自慢する許六を扱き下ろします。

最後の段の「文選」とは、中国のそれではなく、許六の「本朝文選」のこと。武家が武家を誇り、本分でない俳諧にもその臭いをぷんぷんさせる態度をどうしても受け入れることができない也有の苦虫を噛み潰した顔が浮かびますね。泰平の世における武家の存在感とは何か。どんなに剣術の腕を磨こうとも、現実にそれを試すチャンスはない。武道を窮めるのは当たり前でも多くが宝の持ち腐れ。したがって、文の道も大事になってくる。俳諧の世界に目を向ける輩も多くなる。したがって、也有は、武士が俳諧を嗜む際の節度を説いているのだと思います。殊更に文武を声高に叫ぶ必要はあるまい。武の世界を俳諧に持ち込むことほど愚かしいことはない。

一つのこともできない輩がどうして二つ三つと成就できようか―。急がず慌てず寄り道せず地に足を着けた行動を規範とするよう戒めてみましょうかね。

ちょっとまとめきらなくて申し訳ないのですが、今回の「贈或人書」は也有の文章にしては個人攻撃の舌鋒が鋭すぎるきらいもあります。武家と俳諧の関係を探る上では貴重な資料の一つとなることだけは間違いないでしょう。迂生の力量ではこれ以上深めることは出来かねますのでこの辺で退散いたしましょう。。。

問題の正解続きにて。


A)→明智光秀は織田信長を本能寺で討った後、天下取りを目指したが、結局は落ち武者狩りの土民に殺されてしまった。光秀の側に立てば、本懐を遂げた後に油断するなという誡めであり、土民からすれば恩賞狙いとは言え卑怯な振る舞い。いずれにせよ、動機はどうあれ武家の本分はしっかりと守らねばならないということ。


B)→重んずるべき順序が違うということ。功を遂げて名が立つのではなく、最後に名が立てば功は遂げられたことになる。老子の教えも最後こそ大事だ。途中の出来事は軽いもの。許六の軽い言辞が許せない也有の皮肉の弁。

C)→これも許六の軽い言辞に虫酸が走っている也有の皮肉。「射御の弁」に出てくる「仁義五常」が畳語であるということ。なぜなら「五常」に「仁義」が含まれるから。「かのえ」も「庚申」も完全なダブリ。也有の許六に対する当て擦りです。


D)→許六の「射御の弁」。

E)→許六批判を展開した自分だが、こんあんことをわざわざ言うことすら既に自ら嫌な臭いを発していると言えるかもしれない。ああ、なんでこんなものをしたためてしまったのだろうか。聊かの後悔の念も滲んでいるかのようです。


1) イノコ=豕。ぶた。「遼東の豕」で「世間知らずで、自分だけ得意になっていること」。

2) カラメテ=搦手。城の裏門、敵の背面。転じて、相手の攻めやすい側面、すなわち弱点や注意の届かない部分。

3) キク=規矩。手本、規則。「規」は「コンパス」、「矩」は「差し金」。規矩準縄(キクジュンジョウ=物事の基準となる物、規則、手本、法則、のり)。

4) サエズれ=囀れ。「囀る」は「さえずる」。鳥が玉をころがすように続けて鳴く。「勧学院の雀は蒙求を囀る」は成句で「日常生活で見慣れたり聞き慣れたりしていることは自然に覚えるという喩え、門前の小僧習わぬ経を読む」。

5) 鄙=ひな。いなか、辺境にあるむら。

6) セキトク=碩徳。徳の高い人。

7) 馥しく=かんばしく。「馥しい」は「かんばしい」。かおりがゆたかにこもるさま、かおり。音読みは「フク」。馥郁(フクイク=かおりがゆたかにこもるさま、馥馥=フクフク=)。

8) 辜=つみ。重いつみ、つらいめ。「つみする」と用いて、「罪であるとしてこれを責めとがめる」の意。音読みは「コ」。無辜(ムコ=つみがない)、辜較(ココウ=取り引きを一手ににぎって利益をひとりじめにすること、全体をまとめること、あらまし、だいたい)、辜磔(コタク=はりつけにする)、辜負(コフ=相手の気持ちにそむく、かたくなにはねつける、孤負とも)。

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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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