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「俗」の中で逃げず生きてこそ本物の「隠者」なり=「鶉衣」(9)

江戸中期の俳人、横井也有の「鶉衣」(岩波文庫上・下巻、堀切実校注)シリーズの9回目は、「知雨亭後記」(後編下九七、上巻390~394頁)を取り上げます。「知雨亭」というのは以前も登場しましたが、前津(現在の名古屋市中区上前津)にあった也有が致仕後に幽棲した庵のことです。別名を「半掃庵」とも言います。宝暦四年(1754)也有53歳のえとき、かねて願ってきた引退許可が下り、城南・前津にある別宅を「終の栖」としたのです。この段の後半に、その時の心境が切実に綴られています。世俗から離れ切れない自分の葛藤。世間は斯くもお節介なのか?それとも自分に未練があるのか?…「城北の市中」に住んでいるという「おそろしきおのこ」を見習いたいと感じているようです。。。。

城北の市中におそろしきおのこ有りけり。世々薬を1)ぎて業とす。表には児玉屋の2)ノレンをうき世の風になびかせ、世わたる塵の紛々と見ゆれど、内々は孤松軒の額を3)カンテキの月に照して4)ヒッケンにあそび、詩を賦し文章をつゞりて、見ぬ世の人を友とす。此楽しみ世の俗客は夢しらず。A)吏隠・B)禄隠の類にして、C)商隠とこそいふべかりけり。昔伯休は身も名も隠して、薬を売らんとしてかへつて安く見知られぬ。今此おのこは隠れずして売る故に、其心をよく隠る。一日我が幽栖を敲いて後、はじめて其5)コウチをしれり。そもそも我は隠遁の容をまねびたれども、猶世に隣るが故に、旧識遊人に撩(みだ)されて、6)シュクシの閑を得る日少し。かれは中々7)セロに立ちて、人しれず閑を得る、8)サギと烏のうえを見るに、夏木立のしげみによれば、烏よく隠れてサギはあらはなり。雪のあしたに見わたせば、サギよく隠れて鴉は紛れず。黒白の隠見いづれをか得たりとせむ。されば我亭のもとより知雨と号する其意を汲みたりとて、頃日例の金玉の文をつらねて我に試み問ふ。文意誠に面白く、くり返して9)ゲキセツに堪へず。されども此二字を取る事、聊別に微意あり。巣居知風、穴居知雨の語あり。

つらつら我身の上を思ふに、幸に上国世臣の家に生れて、不肖の見のおほけなくも父祖の禄を伝へ、剰へこちたき官に10)ショウボウして、D)南郭が竽を吹きしも二十とせ余り、たとへば狐狸の人らしく化けて、よく尾を蔵したるが如し。程ふるまゝに、しかすがに青松葉の辱を恐れて、みづから妖の皮を脱ぎ、11)ロドンの正体を12)し、卒に13)ホウコウのもとに穴を営み、かく世の外に余齢を守るなり。知雨の因縁かくの如し。今は焼鼠にも迷はじとこそ思へるに、人やゝ穴を嗅ぎつけて、侘びたる14)も面白きやらむ、今は15)に道ふみひろげて、腹つゞみの閑を妨げらるゝ事しばしばなり。されども、しか16)イトふは17)ジンカクの事、孤松のあるじは同調相応ずるの人、E)世にいふひとつ穴の狐なれば、来ん来んといはむには、昆布に山椒の渋茶をまうけて、我も亦、快々とかたらふべし




■下線部A)~C)はいずれも所謂「隠者」の一形態。それぞれ意味を記せ。


■下線部D)はどういうことか。



■下線部E)はこの段の落ちである。也有のどういう覚悟を言おうというのか。記せ。


「おそろしきおのこ」とは、「児玉屋」との看板を掲げる薬屋の主人のこと。商人ですからまったくの俗人にしか見えないのですが、実は陰では「孤松軒」の額縁を手に、月明かりを照明にして文章を書いたり詩を詠んだりして密かに隠者の生活を送っている、まさに「おそろしきおのこ」なのです。彼の友人は古人の文章。だれもこのことを知らないというのですが也有はどうしてこの事実を知り得たのでしょうかね?堂々と薬売りをやっているが故にその本質を外に表すことがないという。これこそ隠者の鑑でしょう。招隠詩の「大隠朝市」という言葉がまさに当てはまります。真の隠者は隠れる場所や形にはこだわらないのです。心が隠れていればいいのでしょう。だから也有は「隠遁の容をまねびたれども、猶世に隣るが故に、云々」と、本当の隠者になり切れない自分の現状を嘆くのです。

かの「おそろしきおのこ」を鷺と烏の色に喩えて、「黒白の隠見いづれをか得たりとせむ」。雪の時は鷺が隠れ、夏木立の時は烏が隠れる。白黒で見え隠れするのはどちらがいい悪いではない。見え隠れするのではなく見え隠れが気にならないようにするべきである。だから、也有は穴籠もりのキツネやタヌキに喩えて「知雨亭」を構えたのです。薬屋の主人とは気が合うようで時々、訪ね合ってはお互いの文章を批評したり語り合ったりしていたようです。

後半では隠遁生活を望んだ理由とそれがなかなか叶えられない現実の相克を説いています。代々尾張藩の重臣の家に生れ何不自由はなかったのですが、自分を省みるとそれほどの才能も取り柄も無いことが恥ずかしく、分不相応な待遇に堪えられなくなったと言います。謙遜も甚だしく、或意味嫌味にとも受け取れますが、逆に言えば、生れた家を選ぶことは出来ない運命に嫌気がさしていたのではないか。過分にも大仰なお役目を戴いたがそれは決して本意ではなかった。自分は穴に籠もるキツネかタヌキに過ぎないのに。。。幸いに二十年間はその尻尾を顕すことも無かったが、年も経れば自ずと本性が現れ、身を隠すことを強く望むようになった。まさに化けの皮が剥がれた思いがする。これが知雨亭なのだ。どんなに美味しそうな餌があっても飛びつくまいぞ。。。ところが、折角の穴も次から次へと人々が訪れ休まる暇がない。孤松軒の主人だけが私の気持ちを分てくれる。こんこんと啼き合う狐の仲間なのだ。同じ穴の狐なのだ。

「知雨亭」の名の由来は実は「前編下四三 知雨亭記」に記されています。これは次回の懸案ということにいたしましょう。







A) 「吏隠」→低い官職に甘んじながらも生活する隠者。役人でありながら隠者をやっているのがミソ。
B) 「禄隠」→低い禄に満足して世間から隠れたように生活する隠者。これも「吏隠」と似たような意味。
C) 「商隠」→身は商売で生活しているが、心は商売にとらわれず、風流韻事に遊ぶ隠者。こちらは商売人でありながら隠者でもあるのがポイント。ここでは特に「おそろしきおのこ」のことをいう。

要するに市井にいながら生計を立てる手段を持ちつつも、気持ちの上では世俗から脱却し隠逸を貪っているのです。也有の憧れの存在、否、也有自身と言っていいでしょう。

■D)→「南郭」は、中国・斉の宣王の臣。竽を吹く者三百人の中に交って吹くよう装ったが、王が死んだあと一人ずつ吹くように改められ自分が吹けないことがばれるのを恐れ逃亡したという故事でこれまでも頻出。これに也有は自分をなぞらえている。何の才能も無いのに二十年間もお殿様に仕えてきた。喩えて言うなら狐狸が人間に化けて尻尾を上手く隠し通したようなものだ。「知雨亭」の名の由来である漢書の故事を踏まえ、自分を狐狸に喩えたのです。

■E)→「おそろしきおのこ」と自分は同じ穴の狐、隠者仲間である。彼が自分の庵に「こんこん」と狐が啼くようにおいでおいでと誘ってくれる。これに対して、狂言の「釣狐」に出てくる「こんぶに山椒の渋茶」を振舞い、愉快に楽しく「かいかい」と啼き返すのが自分の望みなのだ。市中にありながら隠者を続ける覚悟を狐に擬えて茶化したものです。




1) 鬻ぎ=ひさぎ。「鬻ぐ」は「ひさぐ」。売る、あきなう。音読みは「イク」。鬻獄(イクゴク=金銭・賄賂を受け取って裁判で手加減をして罪人の罪を軽くすること)、鬻爵(イクシャク=金銭を納めた者に、官位・爵位を与えること)、鬻売(イクバイ=物を売る、商売をする)。「シュク」と読めば「かゆ」の意になることに注意。

2) ノレン=暖簾。酒店や飲食店の中をあたためるため、たらしたすだれ。「唐宋音」で読み、「ノンレン」が「ノレン」になまった。日本では「店の信用」という意味も派生した。

3) カンテキ=閑適。ゆったりと心ゆくままに暮らす。間適とも書く。

4) ヒッケン=筆硯。筆とすずり。文筆を職業とする人を指すこともある。

5) コウチ=高致。高尚な趣味。最高の極致。行いが立派なおかげでよい結果を招くこと。

6) シュクシ=夙志。以前から持っていた考え。夙心(シュクシン)・夙懐(シュクカイ)・夙意(シュクイ)ともいう。宿志。「夙に」は「つとに」。夙興夜寐(シュクコウヤビ=朝はやく起き夜遅く寝る、日夜政務に励むこと)、夙賊(シュクゾク=根っからの悪人)、夙齢(シュクレイ=若い年齢、少年時代)。

7) セロ=世路。俗事、世の中の営み。

8) サギ=鷺。全身が白く、頭の後ろに長い羽毛が数本出ている鳥。嘴は長く尖り、足は黒く長い。音読みは「ロ」。鷺羽(ロウ=シラサギの羽、それで作った、舞に使う翳し)、鷺吟(ロギン=サギの鳴き声)、鷺序(ロジョ=朝廷での役人の席順、サギが順序正しく並ぶことから)、鷺約(ロヤク=世俗を離れた風流の交わり)。「烏」と対比して「烏鷺の争い」は「囲碁」。

9) ゲキセツ=撃節。「セツをうつ」とも。節(拍子をとる楽器)をうち鳴らす、歌の拍子をとる。

10) ショウボウ=承乏。「とぼしきをうく」とも。適当な人がいないので、代理として自分がその役目をやらせてもらう。任務につくことを謙遜していうことば。

11) ロドン=魯鈍。間がぬけて頭の働きがにぶいこと。愚鈍。

12) 顕し=あらわし。「顕す」は「あらわす」。あきらかにする、人の目にはっきり映るようにする。顕晦(ケンカイ=あきらかなことと、暗いこと。はっきり表面にあらわれ出ることと、隠れてよく知らないこと)、顕赫(ケンカク=きわだってあきらかである、輝かしい)、顕迹(ケンセキ=はっきりと残っているりっぱな行いのあと)、顕妣(ケンピ=亡母をうやまっていうことば、先妣=センピ=)、顕戮(ケンリク=罪人を見せしめにして殺す、死体をさらす)。

13) ホウコウ=蓬蒿。ヨモギの生えたくさむら。いなかを喩えることもある。「蓬」も「蒿」も「よもぎ」。

14) 栖=すみか。ねぐら。「棲」も「すみか」。住処。

15) 叢=くさむら。集まりはえた草。「むらがる」の意も。叢棘(ソウキョク=むらがりはえたイバラ、転じて牢屋、獄)、叢祠(ソウシ=草木の茂みの中にあるほこら)、叢芳(ソウホウ=むらがり咲いている花)、叢林(ソウリン=やぶや林、転じて、寺院)。

16) イトふ=厭ふ。「厭う」は「いとう」。しつこくていやになる、もうたくさんだと思う。音読みはこの意味では「エン」。厭人(エンジン=人間嫌い)、厭倦(エンケン=あきていやになること)。

17) ジンカク=塵客。世間の俗人。
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不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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