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下手の横好き?実ある長寿目指し「琴棋書画」を物しよう!=「鶉衣」(7)

江戸中期の俳人、横井也有の「鶉衣」(岩波文庫上・下巻、堀切実校注)シリーズの7回目は、「四芸賦」(後編上四九、上巻237~241頁)を取り上げます。「四芸」とは「琴棋書画」(キンキショガ、也有は「琴碁書画」としています)、琴を弾き、碁を打ち、書を書き、絵を描くといった、中国で古来、紳士の教養として重視されてきた嗜みのこと。「芸は身を助ける」とも言います。現代人にとっても、この四ついずれもは無理としても、四つのうち一つでも極めようという意欲を持てさえすれば、「楽しく老いる」というテーゼに対して一つの「解」を満たすことができるのかもしれませんよ。

琴碁書画は異国の沙汰なるべく、こゝにあはぬ評ながら、しばらく名をかりて論ぜむに、琴はことさら品の異なるやらむ、かしこにはもつぱら隠者1)カンジンのもてあそびにして、十三絃だに所せきに、二十五絃のいそがしきも、いかなる嶺の松風にやかよいけん。さるもA)無絃の琴を撫でて、意ありと楽しみけんは、こゝにも上戸の樽のせんを齅(か)ぎて、月みたる咄には似たりけり。

碁にすける人ほどうらやましきはなし。さしむかひたる内の無念想なる、士は金門に腰を折りしけさのつかれを忘るれば、2)ヒンソウはあすの3)コメビツのあてなき事を思はず。夏は入日の西に迫りて、膝の上までさし入れども、たゞ地を造り、はま巻尽してぞ、始めて蚊の口のかゆさを覚え、菓子盆に蟻の付きたるを驚く。冬はみづばなの露落ちて、無常を死石の上に観じ、火燵蒲団に吸物はいつの間にかこぼれけん。たゞかの蟬といふものゝ、をのれなく音にのみ心を入れ、それをねらふものは、うしろに鳥の窺ふをしらぬに似たり。その4)トウロウの斧朽ちて、七世の孫にあひし時、久しき年月の別ながら、咄すべき事のひとつもなかりけんは、大きなる損といふべし。我もとより5)フキコンにて、此楽しみをしらざるはふかき恨なり。

さて手跡のつたなからぬは、ことにあらまほしきわざなり。6)も7)上品の人は、詩歌文章にのみ筆を染め、8)ショカンもいやしからぬ文躰に、万世の後も名はとゞむべし。品下りたる人は、日用の事々にも用ゆれば、或は文庫の覚書に、何匁何分何厘、此銭何百何十文と、定家やふの筆法もいと口おしく、又は此暮、利分ばかりに御了簡偏に頼み奉ると、文徴明が跡をのこすもにげなきわざにして、心の外なる事ながら、世わたるならひいかゞはせむ。悪筆兵衛が出るまゝ口に、「手は只よめ安きこそ要なるべけれ、たとへ9)ノウヒツが書きたりとて、一字が二字の用もせず」といひたるは、ことはりに似て無下に覚えしか。

そも又画ばかり位の品々なるはなし。能画のうへはさらにもいはず、鳥羽絵の男は痩せてさびしく、大津絵の若衆は肥えて哀なり。うき世絵は又平に始り菱川に定り、今、西川に尽きたるといふべし。10)ハタゴ屋の屏風には、けしか牡丹かしれぬ花咲きて、人より大きなる鶏の、屋のむねにとまりたるこそ目さむるわざなれ。又は藪寺のふすまには、遠水に波高く、遠人の目鼻あざやかに、帆かけ舟に乗りて跡へ走る、これらも絵にあらずとはいはざるべし。俳諧師の絵は、上手下手の沙汰なしとて、翁も跡をのこし給へば、我も我流の筆ぬらしそめて、破れ鍋の11)ガサンをかけば、12)トジブタの望みありて、こゝかしこにちりぼふ。あはれ恥しらぬわざながら、「はゞからず書きちらすはよし」と、吉田の法師を無理なる13)荷担人にして、此年比、硯の海にも遊ぶ事にぞありける。




まずは「琴」。音楽ですね。楽器の弾ける人は羨ましいですな。松籟とともに奏でる琴の根は風習極致にいたるもの。しかし、たとえ弾けずとも酒を飲んでいれば自らの中に音楽を奏でることは出来ようぞという落ち。どうやら也有は音楽はからきしダメだったようですね。

続いて「碁(将棋)」。碁に没頭すれば日常の憂さも忘れられるという。蚊に刺されても有りがお菓子に群がろうともお構いなし。水洟が垂れてもお吸い物が零れていても気づかない。あまりにも無邪気だが危なくもある。蝉が一心不乱に啼き、気づいたら自分より七代も下の孫に遭ってしまうという浦島伝説。会話すら成り立たない。これは危ないぞ。幸い也有は囲碁も嗜まなかったようでセーフ?パチンコに没頭して我が子を車に放置、熱中症で死なせてしまう親もいるらしいから、やはりギャンブルや遊びは要注意か?

さらに「書」。「手跡」は「筆跡」のこと。字は上手いに越したことないですな。あとあとに残るだけに憖、下手糞だと恥ずかしさだけが伝わってしまう。「字なんざよめりゃあいいのよ、上手い下手より読みやすさこそ肝心。どんなに優れた書家でも、『あ』は『あ』、一文字が二文字分にはなるめぇ~」。也有は書にも自信はなかったようですね。

最後に「画」。絵が最も上手い下手のランキングが激しいと也有は言います。鳥獣戯画も大津絵も也有からすれば??扱き下ろしの対象。遠近法も滅茶苦茶な絵が至るところに飾られて興ざめすること甚だしい。かの芭蕉翁も俳諧師に絵の上手い下手もあるものかと書き残されている。也有も負けずに絵を書きまくっていると言います。吉田兼好も書け書けといっているのをいいことに恥を忍んで今日も私は墨を摺る~。岩波文庫を表紙を見る限り、上手いとは思いませんが軽妙な筆致でいかにも洒落者といった雰囲気は滲み出ています。絵心はあった方のようです。

齢八十二歳まで長寿を嬉しんだ人です。さまざまな体験や事物を文章に書き残すだけでは納まらず、絵をしたため続けた。下手の横好き。もしも現代人が否応も無く長寿を強いられているとしたならば、やはり「生」を謳歌してこそ本望。日々生きた証を残すのが楽しく生きるエネルギーとなるはずです。琴棋書画の何か一つくらいは取り組んでも罰は当たらないでしょう。人の価値基準は異なると雖も、古来、先人の口に膾炙してきた嗜みこそ受け継ぎ残していくべきではないでしょうか。それが自分の生にもつながるのですから。


■下線部A)は中国の詩人の重要語である。誰か。


問題の正解などは続きにて。




■下線部A)→陶淵明。酒席で淵明が絃のない琴を持ってこれを撫でて琴中の趣を知るので絃の音を立てるまでも無いと言った故事を指す。「晋書」第六十四巻「隠逸伝」に記載。



1) カンジン=閑人。「ひまジン」とも読む。用事がなくてひまだけあり、のんびりしている人。間人とも書く。

2) ヒンソウ=貧僧。貧しい僧侶。「貧相」との引っ掛け問題。

3) コメビツ=米櫃。米をしまっておく箱状の入れ物。転じて、生活費の糧、稼ぎ手。「櫃」は「ひつ」。

4) トウロウ=蟷螂(螳螂)。「蟷螂之斧(螳螂之斧)」で「カマキリが前脚(おの)を振りたてて、むこうみずに敵に立ち向かう、その前脚。すなわち、弱い者が自分の力もわきまえずに強い者に手向かいすることのたとえ」。

5) フキコン=不機根。「機根」は「教えを聞いて修行しうる衆生の能力・素質」をいい、「不機根」は、それがないこと。ここでは、何の取り柄も才能も無いことをいう。

6) 夫=それ。そもそも、さて。文の始まりや話題の転換の意を表す漢文訓読語法用語

7) 上品=ジョウボン。極楽浄土に往生する者の階位を上・中・下に三分し、そのなかの最上位。最高級。「ジョウヒン」とは読みたくない。「下品」は「ゲボン」、中品は「チュウボン」。

8) ショカン=書翰。手紙。現代語では「書簡」と書き換えていますが、もともとはこれ。ぜひともこちらを覚えておきましょう。「書状」「書信」とも書く。「翰」は「ふみ」。

9) ノウヒツ=能筆。文字を上手に書くこと。また、文字の上手な人。能書ともいう。

10) ハタゴ=旅籠。旅館・宿屋のこと。通常は「旅籠屋」。

11) ガサン=画賛(画讃)。画面の上部や余白にしるした、その絵を賞賛する詩文。ただ単に「讃」ともいう。ここでは、画賛をつけた画そのものを指す。

12) トジブタ=綴蓋。こわれたのを繕い直したふた。「割れ鍋に綴じ蓋」は諺で「夫婦はつり合う者どうしの結びつきが良い、だれにでも似合いの相手がいるものだというたとえ」。注意すべきは、自分の身内に謙って用いることは出来るが、他人に対して使うと皮肉だと取られて絶縁する恐れもある。ここは、腕前は下手クソな絵でも、それなりに欲しいという人もいるということ。

13) 荷担人=かたうど。味方、仲間。ひいきする者。ここは「はゞからず書きちらすはよし」と徒然草三十五段で下手糞でもいいから筆で書きまくれとおっしゃった吉田兼好に無理矢理「ならって」といった意か。
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不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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