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長寿を目的にすることなく楽しく老いればそれでいい=「鶉衣」(5)

江戸中期の俳人、横井也有の「鶉衣」(岩波文庫上・下巻、堀切実校注)シリーズの5回目は、「歎老辞」(後編上四八、上巻233~237頁)を取り上げます。迂生のプロフィールをご覧いただくと、「不惑以上知命未満の云々」とありますが、これは三年前に開設した時のがそのまま。迂生の齢はいまだこの範囲には納まってはいますが、いずれあと数年後には「知命以上(耳順未満)」と書き換えねばならない時が来るやもしれません。人が何年生きるのかは「棺の蓋」が閉じた時に初めて言えるものではありますが、できうるのならば事前に知りたいのが人情でしょう。

也有は常に「老い」を怖れました。五十三歳で念願の「第一線」からの引退がかなったのはいいとして、それがなんと八十二歳まで長生きします。現代に於いてもかなりの長寿となります。古来人々は不老不死へのあこがれもある半面、「寿則多辱」ともあり、「荘子」(天地)に出てくる言葉で「長生きはイコール恥をかく機会も多い」との意味で、長生きを「恥晒し」として「ネガティブ」にとらえる考え方も根強かった。也有が引退した直後に書かれたとみられる今回の文章をあじわい、長寿について考えてみましょう。但し、漢字の問題は少なくて申し訳ないです。

芭蕉翁は五十一にて世をさり給ひ、作文に名を残し難波の西鶴も、五十二にて1)イチゴを終り、「見過にしにけり末二年」の辞世を残せり。わが虚弱多病なる、それらの年もかぞへこして、今年は五十三の秋も立ちぬ。為頼の中納言の、若き人々の逃げかくれければ、「いづくにか身をよせまし」とよみて歎かれけんも、やゝ思ひしる身とはなれりけり。

さればうき世に立交はらんとすれば、なきが多くもなりゆきて、松も昔の友にはあらず。たまたま一座につらなりて、若き人々にもいやがられじと、心かろくうちふるまへども、耳疎くなれば咄も間違ひ、たとへ聞ゆるさゝやきも、当時のはやり詞をしらねば、それは何事何ゆへぞと、根問ひ葉問ひをむつかしがりて、枕相撲も2)ケンざけも、さはぎは次へ遠ざかれば、奥の間に只一人、火燵蒲団の島守となりて、「おむかひまいりました」と、とはぬに告ぐる人にも「3)カタジケナし」と礼はいへども、何のかたじけなき事あらむ。

六十の髭を墨にそめて、北国の軍にむかひ、五十の顔におしろいして、三ケの津の舞台にまじはるも、いづれか老を歎かずやある。歌も浄るりも落し咄も、昔は今のにまさりしものをと、老人ごとに覚えたるは、をのが心の愚なり。物は次第に面白けれども、今のはわれが面白からぬにて、昔は我が面白かりしなり。しかれば、人にもうとまれず、我も心のたのしむべき身のをき所もやと思ひめぐらすに、わが身の老を忘れざれば、しばらくも心たのしまず、わが身の老を忘るれば、例の人にはいやがられて、あるはにげなき酒色の上に、あやまちをも取出でん。

されば老はわするべし、又老は忘るべからず。二つの境まことに得がたしや。今もし4)ホウライの店をさがさんに、「不老の薬はうり切れたり、不死の薬ばかりあり」といはゞ、たとへ一銭に十袋うるとも、不老をはなれて何かせん。不死はなくとも不老あらば、十日なりとも足りぬべし。「神仙不死何事をかなす、たゞ秋風に向ひて感慨多からむ」と、5)薊子訓をそしりしもさる事ぞかし。

ねがはくは、人はよきほどのしまひあらばや。兼好がいひし四十たらずの物ずきは、なべてのうへには早過ぎたり。かの稀なりといひし七十まではいかゞあるべき。こゝにいさゝかわが物ずきをいはゞ、あたり隣の耳にやかゝらん。とても願のとどくまじきには、不用の長談議いはぬはいふにまさらんをと、此論こゝに筆を6)ひぬ。


也有が敬愛する芭蕉が亡くなったのは五十一歳、井原西鶴は五十二歳。とうとう彼らを超えてしまった也有の感慨が述べられています。若い人と話が合わなくなる一方。若い人の邪魔にならないように生きていくことの気詰まり。かといって、生きている者は仕方がない。自分で命を止めることもできない。それでは老いることを忘れて生きられることができるかと言えば無理なことを悟ります。不老不死。老い曝えて何かある。老いることは止められないが死ぬことは止められる薬だけあってもつらいだけ。適当な時宜で死ぬのが一番。とはいえ、四十じゃ早すぎ。杜甫が歌った古稀、七十では長く生きすぎか?ああどうしよう、どうしたらいいのか。老人の長話は嫌われるだけ。ああ、つらいやつらいや。。。

馬齢を重ねるという言葉もありますね。徒に長生きすることを愚かしいとするもの。三段落目にある「物は次第に面白けれども、今のはわれが面白からぬにて、昔は我が面白かりしなり」は身につまされる台詞ですね。年を重ねるといろいろな経験をして面白いことの妙味が分かるようにはなるのだけれど、自分自身は全然面白い人間ではなくなる。若い頃は魅力たっぷりの人間であったのだが。。。年を重ねるということの本質を言い当てていると思います。長生きは素晴らしいことなのです、屹度。長い時間を生きるということはそれだけ、経験をするということ、もちろん楽しいことばかりじゃない、辛いこともたくさん経験するのでしょう。大地震なんて経験した日にはこんなに長生きするのでは無かったと思う御老人も少なくはないでしょう。関東大震災と東日本大震災を二つとも経験した人はいるのでしょうか??

しかし、長生きをするということは老いるということでもあります。体の節々が老化し、思うように動かなくなり、病気に陥り寝たきりにすらなることもある。そんな状態になってまで長生きして何の得があるのだろうかとも考えてしまうでしょう。四段落目にある「されば老はわするべし、又老は忘るべからず。二つの境まことに得がたしや」。この二つの課題を抱えて生きなければならないのは辛いですね。老いることと長生きすることはイコールなのです。片方だけ都合よくなくしたり、片方だけ都合よくしたりすることはできない。長生きするのは老いること。老いた結果が長生きになる。となれば、老いることを恐れないで生きるしかない。その結果が長生きというのがいい。長生きを目的にはしたくないですね。老いることが不可避であるならきれいに老いたい。健康的に老いたい。也有が達した結論です。長寿社会を造ってしまった現代日本の抱える様々な課題を解決するヒントがありはしないか。長寿は目的ではないのです。楽しく生きることの帰結が長生きである。

実はこのあと、也有は「後編 中六七」に「六十齢説」というのも書いております。いわゆる還暦を迎えて認めた文章。愚かにも年だけ重ねて長生きしてしまったと述懐するのですが、半面、長寿は目出度いことでもなんでもないと実感する。恥ずかしいことなのだ。六十まで生きてしまった感慨と後悔にも似た思いに苛まれています。しかし、寿命は自分で決められないんですよね。どうやら也有は生涯、老いを恐れ、生と闘った人のようですね。


上寿は百歳、中寿は八十、下寿は六十とかや。7)ホリュウ多病の身の、いかで六十の齢に至り、かの寿の数にはつらなりけん。けふは長月の四日、我生れたる日なりけり。世の人の賀とてもさはぐは此日なり。妹あり妻あり男女の子どもあり。かれらが心にはうれしともめでたしとも思はゞ思ひもすらめ、只8)ケンバの年老いたるにこそあれ。もしはかなたこなたに詩を乞ひ和歌もとめなどして、世にしられ顔なる、我に於てはいと恥かし、必ず音なせそとかねていましめてさる事せず。げにや古人の恥多しといひけん、我は愚に知らずとも、人はかぞへても笑ふらんを。



1) イチゴ=一期。生まれてから死ぬまで。一生涯のこと。

2) ケンざけ=拳酒。こぶしを打ち負けたものに酒を飲ませる遊び。「ケンシュ」とも。「こぶしをうつ」とはじゃんけんのことか、殴り合いではないでしょ~。

3) カタジケナし=忝し(辱し)。身にしみてありがたい。もったいない、畏れ多い。

4) ホウライ=蓬莱。三神山のひとつ。中国の伝説で、東海中にあり仙人が住み不老不死の地とされる霊山。蓬莱山のこと。よもぎがしま。

5) 薊子訓=ケイシクン。人名。中国・斉の時代、三百年の長寿を得て、不思議なことがあったと伝えられる人。岩波によると、「神仙伝」に「顔色老いず、人之を怪しむ。好事の者之に追随し、其の常服する所の薬物を見ず。性清澹を好み常に間居して易を読む」とあるとあります。「薊(あざみ)」の音が読めるかどうかを問いました。薊丘(ケイキュウ=地名)などもあります。

6) 拭ひぬ=のごひぬ。「拭う」は「のごう」。もちろん「ぬぐう」も正解ですが、問題にした甲斐がないな~。

7) ホリュウ=楊柳の異名。体質の弱いことのたとえ。蒲柳之質。

8) ケンバ=犬馬。無能で年老いる。自らの加齢を謙遜する言い回し。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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