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お臍にもいろんな顔がありまして悪さをするのもいるのです=「鶉衣」(4)

江戸中期の俳人、横井也有の「鶉衣」(岩波文庫上・下巻、堀切実校注)シリーズの4回目は、「臍説」(後編上五五、上巻258~262頁)と「臍頌」(同五九、上巻272~276頁)の豪華二本立てです。どうしてお臍があるか?そんな根源的なことを考えたことありますか?「蓬生のかげにかくれて、表のかざりともならず、何の益なき道具」(臍なんてあってもなくても同じだ)―。也有は、「臍説」では無用の長物だといいます。翻って、「臍頌」では臍を友達として大事にしようと称賛します。この変わり身は何なのでしょうか?迂生にとって臍への思いはもっと深いものがあります。というのも、今から何年も前のこと、臍の病気を患い手術をしたことがあるからです。意外でしょ?臍にも臍特有の複雑な病気があるのです。普段、何の存在感も無いはずの臍なのですが、その存在感の無さが極めて重要なのです。人知れず体の真ん中でしっかりと上下左右のバランスを保っているのです。しかし、この臍がいったん「火」を吹くととんでもない事態を引き起こすことに多くの、いや殆んどの人々が気付いていない。。。ま、気付かなくて正解なんですが、ともかく臍の話を読み進めましょう。

「臍説」

世を捨てたる法師の、物くるゝ人をよき友にかぞへたるは、にげなき心地するに、げに思へば、其庵に一鉢のまうけも1)ガイキにさへられ、あつものゝ2)も冬がれては、物くるゝ友のことにうれしき日もありけるか、もしは又くるゝものをよろこばねども、くるゝ心の慾なきをよろこぶや。我はかく世は捨てたれど、かしこきめぐみの禄を世々にして、そのかげにやしなはるれば、もとより3)トウタイの患ひはいはず。たゞ虫干も煤はきも世話なからむ事を思ふには、無用のものをたくはへず、うちある調度も事足るを限として、只A)一用に物の多からむをいとひ、一物にして多用ならむを思ふに、4)シャクシは定規にならざれども、煙草箱は枕となるべく、頭巾に酒は漉さずとも、火燵のやぐらは足代に足りぬべし。

そも一物にして多用の省略は、天地5)カイビャクよりその沙汰あり。今見よ、鼻は呼吸をかよはし、物6)ぐ用を兼ね、口は飲食をしながら、言語の用をかねたり。天もし人を尊からしめんとて、二つの鼻をあたへ、目を三つも四つも付けたらば、『因果物語』にのせられて、開帳芝居の見せ物となるべし。これ天の長物をとらざる所なり。又は鼻ばしらを眼鏡の台とし、耳を笠紐のたよりとする類は、天の理に則つて、聖人是をおしゆるもの7)。その中に臍といふものゝ、蓬生のかげにかくれて、表のかざりともならず、何の益なき道具にして、久しく不審の晴れざりしが、今此身にしてはじめてしりぬ、8)に天地カイビャクの時、余義なき方よりの貰物なるべし。その理いかにといはんに、我かく物の不用をいとふに、飲んでしまひ喰うてしまひ、又は遣ひてのこらぬ料紙やふのものは、得て嬉しき折もあらんか。さもなき調度のたぐひ、是は仕出しの風流なり、これは細工の面白しなどいひて、人のくるゝものあるに、のぞみてとらざれば心を破る、さすがにうれしき顔してもらへば、一つ二つと物のつもる、いとほゐならず思へどもいかゞはせむ。

こゝに世のためしを思へば、むかし西行の鎌倉にとゞめられて、銀の猫を給はりしを、やがて門前の童にうちくれてさりしとぞ。されば其人の身を思ふに、何ぞ王侯にも将軍にもへつらふ心あらむや。しかるを猫はいらぬともいひ難くて、其座は取りていたゞきければこそ、門前までは携へ出でけめ。是をもつて彼を思ふに、我はましてB)斗擻の身にもあらず、わが子の禄に命をかくれば、さすがに人の心をもやぶりがたし。是たゞかの臍と思へるなりけり。豈臍此理にあらざらむや。されば今我において、よき友三つと数へむには、物くれぬ人・物たのまぬ人・物とがめぬ人、面白からぬ友三つ、辞義ふかき人・一向物のわきまへなき人・利根に見られたがる人、是也。面にあらはさねども、世を遁れし上にてはいとむつかし。心は9)ハクガンにて向ふ友といふべし。



「臍頌」

臍を不用の物なりとは、我も謗りし人の数なり。されば他の一寸は見えて、わが一尺は見えずとか。世にやくなきものくらべせむには、まづ我こそは先なるべけれ。そもかの臍は物やは食ふ、10)ソサンの謗もなし。さらば物やはいふ、11)サンカンの警にも及ばず。わが世にありて物を費すには似るべからず。人の支体に不用を論ぜば、男の乳ばかりこそ、いかなる益のあるとも見えねど、C)今更これらをとり払はゞ、腹は混沌王の面かげして、世にすげなきものなるべし

いでかの臍は、12)トンシ急症のせんかたなきにも、まづとて是に灸する時は、13)センカの14)首途を留むるためしも多し。扨こそ腹のさしも草、「只たのめ」ともよみ給ひけん。たとへD)項羽が山を抜く力も、此垢を取れば忽に落つとぞ。15)ツウカイ臍をかむとは漢文の古語にして、我朝に人を嘲りては臍が笑ふともいへりけり。しかるにつましき隠居ありて、臍がねといふを溜められしより、天津空の鳴神もこのもしがりて、いかで是16)むとし給ふより、女こわらべの気づかふ事は、17)ジャコウの狩人を恐るゝにもこえたり。むかし祖翁の古郷にかへりて、「臍の緒に泣く年の暮」と、18)カイキュウの袖をぬらさせしは、E)耳も及ばじ鼻も及ばず。かれはかく風雅にも大功あれば、今は我身を何にたとへん。されば臍はわが下に立たむ事かたくとも、F)われも又臍の下といはんは、何とやらむ場所よからず。かれにならばむとするに、天に二つの日なく、腹に二つの臍なきためし、しかれば上下の品定はやめて、けふより只かれをそしるまじとぞ

友とせむ臍物いはゞ秋の暮





まず「臍説」で也有は、臍が何の役にも立たないことを言います。喩えとして、鼻や口にはさまざまな機能があって有益であることを挙げていて、臍の役割が何もないことを強調します。隠者にとって物がたくさんあることは厭わしい。できるだけ数は絞っておくのがいい。一つの物でいろんな機能を果たせるのが好都合。サバイバルキットとか。。。その論法で行けば臍は役立たずで、不用のものであるのですが、その不用であるところが今の自分と同じであることに気付きます。余計な機能が一切ない。あってもなくてもいいのであればあってもいいのではないか。ただし、あれこれ騒がず、あるのかないのか識別できないぐらいの存在感であるのがいい。邪魔にすらならないというか。これぞ隠者の奥義。

そして、「臍頌」では「無用の長物」と謗ったことを反省し、自分こそが無用ではないかと思い直します。それどころか、実は臍は大事なところであることをあらゆる諺や故事来歴を挙げて礼賛しはじめます。最後の句では隠者の生活は孤独であることを臍を友に見立ててうたっている。会話する者は誰もおらず黙考する毎日だが、もし、万が一、臍君がしゃべってくれたらこんなに楽しい毎日はないだろうね。臍とは、付かず離れずの関係を結んだ瞬間です。何の邪魔もしなければ。。。

さて、迂生の患った病気のことです。病名は「尿膜管遺残」(検索すると幾例か引っ掛かるはずです)。臍は母親の胎内にいるときに大いなる役割を発揮するのですが、生れてしまえばまさに「無用之長物」。芭蕉が泣いたという臍の緒がその証拠で、この管を通して栄養のやり取り(もちろん母→子の一方通行)をする。逆に、胎児は排泄物を母親側に送らなければならないのですが、これは臍の緒にある管(尿膜管、臍の入り口と膀胱を繋ぐ管)を通してやり取りするのです(もちろんこれは子→母の一方通行)。そしてこの管も生まれてしまえば何の必要性も無い物。殆んどの人は閉じてしまっているのですが、稀にそのまま管状で残っているケースがある。もちろん、これそのものは管状であれ、閉じているものであれ、なんの害を及ぼすものではありません。ただし、管状ということは黴菌などが忍びこみやすいということで、いったん菌が入ってしまったら化膿してしまう。閉じていればそんな心配がない。菌さえ入らなければ問題はないが、どうしても入ってしまう。迂生の場合は、突如として化膿してしまったのです。地獄の苦しみでした。ここからは詳細を省きますが、いずれにせよこの残ってしまった尿膜管を切除しなければならない。しかし、化膿状態を静めるのは容易ではなく膿を出しきらなければならない。激痛の極み。まともに歩けないのですから。体の真ん中にある臍だけに全身麻酔の手術となりました。

この時ほど臍の重みを感じたことはありません。抜山蓋世の項羽も萎えるという臍の垢ですが、つまり、臍を弄くると黴菌が入って化膿する場合があるよという昔の人の体験から生まれた諺なのだと思います。「臍の胡麻を取ると云々」も同じだと思います。医者によると、何人に一人の確率だと言っており、かなり珍しい病気のようです。尿膜管が閉じていないケースでも化膿さえしなければ何の問題もないのですから。さらに医者によると、尿膜管が閉じているのか開いたままなのかは病気が発症して初めて分かるという。したがって、現在は何もないあなたもいつか発症するかもしれませんよ。。。臍は大事ですよ。だから、臍を小馬鹿にしたり、変に弄ったりしないで、也有のように無言のお友達として一生お付き合いするのがよろしいですよ。。。病気というのは何時なんどき我々を襲うか知れないのです。窃かに潜行しているかもしれない。日ごろの摂生だけが身を救うのです。


■下線部Aを解釈せよ。

■下線部Bは「トソウのひと」と訓む。どういう人のことか。

■下線部Cはどういうことか。

■下線部Dの「項羽」は漢代の英雄、「項羽と劉邦」の「項羽」のことですが、ここで也有は何を言いたいのか、記せ。

■下線部Eを解釈せよ。

■下線部Fはどういうことか。

その他、問題の正解は続きにて。。。






■A)→あれこれとたくさんの物があるのは煩わしく、できるだけ物の数は少ない方が良いので、一つの物であれこれの機能が兼用できればいいということ。いかにも物臭な也有の発想ですね。

■B)→頭陀をかぶった人。すなわち、僧侶のこと。「斗」は「抖」(トウ、ふるえる)と同じ。「擻」も「ふるえる」。「抖擻」(トウソウ)は「僧侶、世捨て人、衣食住などこの世のわずらいを払いおとす意から」この言葉を知らなくても前後の文脈から西行法師のことを想起できるかどうかがポイントです。

■C)→臍が無用のものだからと言って、いまさら取ってしまうとしてももはや混沌の王様が七つの穴だらけののっぺらぼうなのでどうしようもないところ。つまり、臍如き取ってもどうにもならないということ。「混沌」の話は荘子に出てくる七竅のお話です。

■D)→「史記」に出典があり、楚王項羽が、劉邦軍に包囲されて、四面楚歌の状態となったとき詠んだ「力は山を抜き、気は世を蓋ふ、時に利あらず、騅逝かず」と慨歎した。抜山蓋世(バツザンガイセイ)の成句が残り、自分の力は、動かないはずの山をも動かすのだとじまんしているのですが、そんな項羽も臍の胡麻を取ってしまったら折角持ち上げた山も再び落ちてしまうということ。それほど臍の胡麻は大事なのだということを言いたいのです。

■E)→松尾芭蕉が詠んだ句に「臍の緒」が出てくる。古里に帰り、自分の臍の緒をみたら、昔の幼いころの記憶がよみがえり、懐かしくて亡き父母を思い出し泣いてしまったという趣旨。昔を思い出すのは耳でも鼻でもない、ほかでもない臍の緒。自分の原点を思い出すのなら、こんなに存在感のある物もあるまいということ。

■F)→臍と自分を比べると、自分は臍よりも劣っていることは明らか。しかし、臍より下の位置だとすると、ちょっと「まずい部位」に当たってしまうので恥ずかしい限りだ。下ネタ風にちょっとおどけている也有です。だから、臍と比べて上だ下だと論ずるのはやめようじゃないか。単に同等の友達だよ、ということ。臍への敬愛の情が見受けられます。



1) ガイキ=咳気。せき。しわぶき。特に、せきが多く出る病気、風邪。咳嗽(ガイソウ)とも。

2) 藜=あかざ。食用の野草ですが粗末な食べ物の代表でもあります。音読みは「レイ」。藜羹(レイコウ=アカザの吸い物、粗末な食べ物)、藜杖(レイジョウ=アカザの茎でつくったつえ。軽いので老人が用いた)。

3) トウタイ(トウダイ)=凍餒。凍え、飢えること。衣食が欠乏すること。凍餓(トウガ)・凍飢(トウキ)ともいう。「餒」は「うえる」。音読みは「ダイ」。「タイ」は慣用読みか。餒饉(ダイキン=うえでからだが衰える)、餒虎(ダイコ=うえたトラ、危険なもののたとえ)、餒士(ダイシ=うえた人、民間で貧しい生活をしているが、すぐれた人物)、餒斃(ダイヘイ=うえて、行き倒れになって死ぬこと)、飢餒(キダイ=うえること)。

4) シャクシ=杓子。汁などをすくうのに用いる食器。ひしゃく。杓子定規(シャクシジョウギ=物事の形式にこだわって融通がきかないこと)。

5) カイビャク=開闢。天地ができた、世界のはじまりのとき。「闢」も「ひらく」。「ビャク」は呉音、漢音読みは「ヘキ」。闢闔(ヘキコウ=ひらくこととおおって閉じること)、闢発(ヘキハツ=人に知られていなかった物事をあらわす)。

6) カぐ=嗅ぐ。においをかぐ。音読みは「キュウ」。嗅覚(キュウカク=においの感覚、鼻でかぐ感覚)。

7) 歟=か。文末につけて疑問・反問の語気をあらわす助辞。音読みは「ヨ」。

8) 慥に=たしかに。おそらく、多分。

9) ハクガン=白眼。しろめ。「青眼」に対して、人を軽蔑した目つき、冷淡な目つき。晋の阮籍が気に入らない客に対しては白眼を見せたことから。例の竹林の七賢です。

10) ソサン=素餐。仕事もしないで俸禄を受けること、功労もないのに高位高官についていること。尸位素餐(シイソサン)。「粗餐」ではないので要注意。引っ掛け問題です。

11) サンカン=三緘。やや難問でしょうか。「三緘の警」(サンカンのいましめ)、「金人三緘」が成句で、「緘」は「口を封じること」。三重に口を封じるいましめ。岩波によると、孔子家語巻三「観周第十一」に「孔子、周廟を観る、遂に太祖后稷の廟に入る。廟堂の右階の前に金人有り。其の口を三緘す、而して其の背に銘して曰く、古之慎言の人なり」があるという。「金人」は金属で作った人物像。その像の口は三重に封じられていたのです。そして、こう記されていました。「この像は古のことばをつつしんだ人の像である」と。孔子がこれをみて弟子たちに言葉を慎むべきことを教えたのです。「三緘」…ネット上に軽い言葉が横行する現代だけに重みを持ちますね。

12) トンシ=頓死。にわかに死ぬこと。突然死。

13) センカ=泉下。人が死後にいくというところ、あの世、よみじ。泉界(センカイ)・泉路(センロ)とも書く。

14) 首途=かどで。首塗。「シュト」とも読みますが熟字訓を覚えましょう。旅行や戦争などに出発すること。首路(シュロ)ともいう。

15) ツウカイ=痛悔。ひじょうに後悔すること。これは引っ掛け問題。「痛快」ではないので要注意。一般には「後悔噬臍(コウカイゼイセイ)」で知られますが、也有に拠れば「痛悔噬臍(ツウカイゼイセイ)」というようです。

16) 抓む=つまむ。指先でつかむ。音読みは「ソウ」ですが熟語例は知りません。

17) ジャコウ=麝香。ジャコウジカの性腺分泌物。強い刺激臭を放ち、高度に希釈すると芳香に変化する。香料、薬用になる。麝熏(ジャクン=ジャコウのかおり)、麝煤(ジャバイ=においのよい墨、麝墨=ジャボク=)。

18) カイキュウ=懐旧。自分の生涯の過去のことをしのぶ。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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