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蓼花の巷にようこそおいで下さいました=横井也有の「鶉衣」(1)

あやしくはへもなききれぎれをあつめつゞりたるを、「うづら衣」とはいふなり。げにその鶉ならば、たゞふか草のふかくかくろへて、かりにだも人にはしらるまじきものにこそ。

                                             也 有


江戸時代中期の俳文人、横井也有(1702―83)の文集「鶉衣」の「前編」冒頭に掲げらた自身の序文です。鶉という鳥が体全面小さな羽根で覆われて宛も「襤褸」を纏っているかのように見えるさまを「うづら衣」と称し、自分が認めた文章の数々もそれと同じ愚にもつかない襤褸切れのようなものだと諷喩しています。鶉の生息する名所として有名な山城国(京都)深草の里にひっそりと鶉が姿を隠しており、人にその存在を知られるべくもないように、仮初にも自分の雑文は人に向けて書いたものではない。自分でこっそり楽しむだけのものだというのでしょうか。

岩波文庫シリーズから横井也有の「鶉衣(上)(下)」(堀切実校注)が今年になって再刊行されました。かつて書肆で手に取りいつかはblogネタにと温存しておりました。その「機」が漸く到来したようです。同書の表紙裏にある解説文によると、「和漢の古典と民間里謡に精通し、修辞的技巧を凝らしながら、機智に富んだ温かなまなざしを身の回りの器物や動植物に注ぐ」とあります。

前編・後編103篇(上)、続編・拾遺119篇(下)の多量の雑文は、軽妙洒脱な筆致の中に、謙虚に生きることを教えてくれる箴言が盛り込まれています。決して美文とは言えないが、漢籍や古典の裏付けがないと味わい尽くせない。漢字よりも仮名が多い古文は意味をとらえるのに聊か時間もとられます。それでも、じっくりと読みこなしてその奥深い味がしみ出し始めるや、ユーモアのセンスに満ちた也有の人柄の俘にならざるを得ないのです。

ボリュームがあり、いまだ全てを読み尽くせていない段階でblogに認めるには早計の謗りは免れないかもしれません。ただ、「古人の糟粕を嘗める」という弊blogのコンセプトに基づき、できるだけ現代人が生きるヒントを獲る視点で掲載していこうと思います。もう一つの「漢字」という切り口で言えば恐らく明治期の文人たちと比べてそれほど難解な語彙はない。しかし、奇を衒うことのない古代中国の故事来歴に裏打ちされた「王道の語彙」はたっぷり。改めてスタンダードを思い出す、このblogを始めた原点に回帰するという意味からも、也有の文章を繙く価値は決して低くはなさそうです。正直申しますと、現在迂生が抱え悩んでいる「マンネリ」の打破につながればとも、淡い期待も籠めております。

順不同でつらつら文章を掲載し、適宜、岩波文庫の注釈を借りながら、自分なりの解釈や漢字や語彙の問題を織り交ぜつつ読み進めて行くこととします。漢字学習を強く志向される読者からすれば若干の期待外れとなることはご容赦ください。ただし、古人の糟魄を嘗める上ではこの上ない珠玉の文章が陳ねられていることだけは請け負います。

記念すべき第1回は前編・上の「二 蓼花巷記」(岩波文庫「鶉衣(上)」23~25頁)を取り上げます。

一もとの芭蕉、五株の柳の、其人の徳にてらされて、枯れぬ名をとゞめしもあるに、不仕合なる榎木は、ある僧正の号に呼ばれて、つゐに斧の怒をかうぶり、なを切杭・堀池の名をさへ流しけむ。我剣冠の1)シトに身を置きながら、一ッの隠家あり。これを蓼花巷と名づく。蓼花にむつかしき心はなけれど、夕日・朝霧の気色心ゆくばかり、その一もとのゆかりなきにもあらず。「松茸ざふの声きけば」と、俊成卿の庭もせもなつかしく、世にわびたるさまのおかしげなれば、みづからこれが名とせり。

そも此2)ユウセイ、3)ムカウの郷にとなりて、山に向ひ海にそひ、河あり野あり、月雪花鳥は四の時の4)ナガめを供し、時わかぬ松の夕風、竹の夜雨の音までも、きくにいとはず、見るにとぼしきものあらず。5)ジョウシを出でて遠からねど、人たゞ杖・6)ワラジをもてとはせむとせば、たとへ方士がまめはふみ出すとも、三輪の山もと杉立てる門に迷ひて、ふせ屋のはゝ木々の昼狐に化され、うつの山辺の道とふべき人にもあはで、ふたゝび桃源に棹さすごとくならむ。たゞ梅の色も香もしりて、思ふ事いふべき人ならば、今も壺入にたづねあたらん7)ボウモンとはしるべしとなり。

 物ずきの虫はきてなけ蓼の花



細かな解釈や注釈は岩波文庫を参照してください。内容や語彙、漢字はそれほど難解ではないでしょう。也有が致仕後に隠棲した廬を「蓼」の花に擬えて称しています。さりながら、この短い文章の中は、松尾芭蕉、陶淵明や徒然草、古今集、荘子、長恨歌、伊勢物語、桃花源記、後漢書など和漢の古典を踏まえた件のオンパレード。そうした知識がないと読んでも何のことやら判然とせず、その上、掛け言葉や捩りが多いため、上っ面の意味が取れても心底味わうことができません。迂生とて岩波文庫の注釈があるから判じたものも多いです。ただし、全てとは言いませんが、弊blogが題材として触れてきたものもあり、例えば、弊blogの一発目のネタである陶淵明の「桃花源記」や白居易の「長恨歌」など、多少なりともここ数年間の学習の成果が生きるのかなとも感じました(あくまで手前味噌です……)。

そういう意味では也有の「鶉衣」は一見すると平板で澹泊なようですが、さらりと読み流すのではなく、じっくり立ち止りながら玩味することこそ必要です。これまでの学習内容なども振り返りながら、急がず地に足を着けて読みたいですね。一直線ではなくいわば螺旋状に進むことで、新たな方向性が見えてくるかもしれません。

取り上げた文章では、隠遁した隠れ家の名前を「蓼花巷」と名付けた由来が書かれています。音読みで読んでくださいね。「リョウカコウ」。也有にとっては「ユートピア」。四季折々に姿を変えて歌を歌いたくなる。お城からはそう遠くないところにあるが訪れる人々は迷ってしまう。陶淵明の桃花源記の漁師が二度と辿り着けなかったように。咲き匂う梅の花をめでに来たいならお出でなさいませ。壺中天に迷うが如く粗末な庵ですが、そう「蓼食う虫も好き好き」と言うではないですか。一緒に梅を賞でて歌を歌おうじゃありませんか。

風流ですな~。宝暦四年(1754)53歳にして御役目から引退、82歳で没するまで30年間弱も余生をここで過ごしました。羨ましい限り。四十代半ばにして引退を請うていたがまだ尚早と許されず、知命過ぎて漸く念願がかなったのでした。松尾芭蕉や陶淵明に憧れつつ独自の也有ワールドを築きました。今回のシリーズでその一端でも咬ることができれば幸甚です。連載はいつまで続くか知れません。飽きが来るまでゆっくり進みますのでのんびりと付いてきて下さい。


(問題の正解などは続きにて。。。)

1) シト=仕途。役人になるという進路。仕塗とも。「仕」は「役人としてつかえること、役目につくこと」。対義語は致仕(チシ)。その前に「剣冠」とありますから、剣を帯び、冠をつけて君侯に仕える身分を言います。実際に也有は尾張藩の重臣、由緒ある武家の家系でした。それにしても、この言葉に出会うたびに、中江兆民の「再論干渉教育」を思い出しますね。こんな簡単な漢字にかくも深い意味があると思い知らされました。

2) ユウセイ=幽栖。俗世間から離れて静かに暮らすこと、また、その住まい。ここは也有が隠居して住んでいる廬のこと。隠栖。幽居、幽処、幽棲ともいう。

3) ムカウ=無何有。「無何有之郷」と用いて、荘子・逍遥遊に出てくる理想郷。形ある物のない世界、無辺無涯の仙境。岩波の注釈には「人為を加えない仙郷」とあります。これも数多くの文人が望んで求めてきました。也有も例に漏れません。「ムカユウ」とも読む。

4) ナガめ=詠め。声を引いて歌うこと。くちずさみ。これは引っ掛け問題ですが良問でしょ?「眺め」、「長め」などではない。「詠」で「ながめごと」とも訓む。

5) ジョウシ=城市。城下町のこと。案外書けないのでは?

6) ワラジ=草鞋。熟字訓訓みですが音なら「ソウアイ」。「鞋」は「くつ」。草=わらで編んだくつのことです。鞋韈(アイベツ=くつと、くつした)。

7) ボウモン=茅門。かやぶき屋根の門。転じて自分の家を卑しめていう言い方。「茅」は「かや」「ちがや」。茅棟(ボウトウ=かやぶきの家)・茅屋(ボウオク)・茅舎(ボウシャ)・茅庵(ボウアン)・茅宇(ボウウ)・茅廬(ボウロ)・茅簷(ボウエン=かやぶきの軒、その家、茅軒=ボウケン=)とも。茅塞(ボウソク=かやが生い茂って路がおおわれふさがる、欲のために本心がおおわれること)、茅司(ボウシ=便所、かわや)、茅亭(ボウテイ=かやぶきのあずまや)。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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