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登山ワールドをありがとう烏水氏=「鎗ケ嶽探険記」(32)・完

明治のアルピニスト、小島烏水の「鎗ケ嶽探険記」(岩波文庫、「山岳紀行文集「日本アルプス」所収、近藤信行編)シリーズの「拾遺」の二回目は、いよいよ大団円、オーラスです。

◎鎗ケ嶽表裏の登降中、功一級に値ひするものは足袋(念を入れて能ふだけ、丈夫に刺繍したりしといえへども)なり、始終足を保護して凱旋を獲るに至らしめたるもの、たとひ僅にこの山の上下にて、破れて再び用を為さざるに至りたりといへども、身を殺して仁を成す、殊勲として特筆すべし、而して最も罪を論ずべきものは麦稈帽子なり、風に落ち、枝葉に触れて落ち、絶壁を下れば落ち、拾へば落ち、紐して肩に担へば喉を捉ふ、厳に1)チュッチョクを加ふべし。もしそれ近視眼鏡に至りては、これがために森林の緑闇を物色するを得たれども、またしばしば熊笹や灌木に刎ね飛ばされて、捜索に時を2)やしたること3)きにあらず、故に曰く、功罪相半す、互に償ふて止むべし。

◎凡そ鎗ケ嶽、穂高山附近、濶大の葉に富める樹木甚だ多し、即ちトチ、カシハ、ナラの類これなり、けだし4)フキン入らざること久しく、秋季以後は、落葉厚く5)マンチを掩ひ、能く、地湿の蒸散を防ぎ、地味を6)ホウジョウならしむる故ならむ、この間に生を托する万虫の夢の安らけさは、いかばかりならむ。

◎鎗ケ嶽は、ウヱストン氏一たびその著『日本アルプス』に紹介してより、かへつて外人の間に多く知られ、年々7)タイゴを組みて登山する外客頗る多し、明治三十六年には新来の英人三名、同氏の紹介を以て猟師を傭ひ、信州口より登山を試み、赤岩の小舎まで達したれど、豪雨のため、ここに二泊して8)ソシを遂げず、下山したりと、三十七年にも登りたる英米人あり、余が英人メーソン氏より親しく聴くところによれば、今三十八年に登山したる外客の一隊は、雨のため山中に三昼夜を費やし、天色9)清瑩の朝を待ちて、絶巓をきはめ、写真数葉を獲、下山に方り、大雨のため路を誤まり、谿澗を彷徨して10)コンパイをきはめ、漸く救はれたりと、邦人の登山は、三十七年に、松本なる新聞社の発企に係れる鎗ケ嶽登山会ありしと記憶す、11)ジゴ博物学者の同山にて、講習会を開けるものもあり、登山者漸く多からんとするの傾向あるは悦ぶべし、登山道は、信濃南安曇郡島々村よりするを、最も便利とすること、本文に述べたる如し、この道、近来大に拓け、山麓梓河畔に涌ける温泉の傍には、宿舎さへ建ちて、客を容るに至りしと聞く、これらのものは、余が登山の時には、全く無かりしものなり、されば島々村より鎗ケ嶽を上下するに、おそらく探険なる文字を12)ふ用なからむ、余が白骨温泉を発足の起点として、霞沢を徒渉し、霞沢山を上下し、更に梓川に入り、鎗ケ嶽を上下して蒲田谿谷を13)ギョコウするに至りたる歪線は、これらの厳しき三角塔及びその台礎なる谿谷を、縦面的に踏断したるものにして、日本山嶽の跋渉としては、自ら探険(エキスプロレーシヨン)と称するとも、舞文誇張を以て目せらるる虞れなきを得むか、我は単に鎗ケ嶽の表山を片面的に上下したるのみにあらざればなり、この附近の山嶽と谿谷とを熟知するものは、余が言に首肯すべきを信ず。


烏水ワールドは聊か過剰と思えるほど咀わい尽くしました。

次回は新シリーズです。御期待下さい。




1) チュッショク=黜陟。功績のないものをしりぞけ、功績のあるものを昇官させる。黜升(チュツショウ)ともいう。ここは比喩的表現で、鎗ケ嶽登山で大活躍してくれた足袋を大いに重用する一方、役立たずだった麦わら帽子を扱き下ろすことを言っています。「黜」は「しりぞける」の意。黜遠(チュツエン=しりぞけ遠ざける)、黜責(チュツセキ=しりぞけて責める)、黜罰(チュツバツ=無能の役人をしりぞけて罰する)、黜否(チュツヒ=無能の者をしりぞける)、黜免(チュツメン=官職をはずし外へしりぞける、黜棄=チュツキ=・黜斥=チュツセキ=・黜放=チュツホウ=・黜廃=チュツハイ=・黜遣=チュツケン=)。

2) 耗やし=ついやし。「耗やす」は「ついやす」。すりへらす。すこしずつ減らす。音読みは「コウ」。耗竭(コウケツ=へってなくなってしまう)。慣用読みの「モウ」では消耗(ショウモウ)。

3) 尠き=すくなき。「尠ない」は「すくない」。音読みは「セン」。尠少(センショウ=少ないこと)。

4) フキン=斧斤。おのと、まさかり。斧戉(斧鉞)ともいう。

5) マンチ=満地。地面いっぱいになる、地上残らず。

6) ホウジョウ=豊饒。地味が肥えていること。豊穣(ホウジョウ)だと、「作物が豊かにみのる」の意。微妙ですが、「地味」とあるので「豊饒」がベター。

7) タイゴ=隊伍。軍隊の列。きちんと並んだ列・くみ。「伍」は「兵士五人を一組とするくみ」。

8) ソシ=素志。日ごろのこころざし。

9) 清瑩=セイエイ。きよくうつくしくひかりかがやくさま。「瑩」は「ひかり」「あきらか」。瑩潤(エイジュン=つややかなさま)、瑩徹(エイテツ=明らかですきとおっている)。

10) コンパイ=困憊。ひどく疲れてしまうこと、疲れきって動けない。

11) ジゴ=爾後。あることがあってのち、以後。「しかるのち」とも。

12) 倩ふ=もちふ。「倩う」は「やとう」で、当て字訓み。人に代理をたのむ。

13) ギョコウ=魚行。魚が水の中をすいすい進むさまを比喩的に表現したもの。縦横無尽のニュアンスが含意されているかもしれません。
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2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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