スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

人に物を頼む時にする「シショウ」とは?=鎗ケ嶽探険記」(27)

明治のアルピニスト、小島烏水の「鎗ケ嶽探険記」(岩波文庫、「山岳紀行文集「日本アルプス」所収、近藤信行編)シリーズの27回目は、ラストの章「その十 鎗ケ嶽裏山越えの記」の四回目です。

既にして導火者は漸く材木小舎を発見しぬ、余ら雀躍疾駆してこれに就けば、栃の木を井桁に高く組みたるものにして、人の1)セキエイを見ざるに聊か失望したれど、既に材木の在るところ蒲田と相距る遠からざるや知るべきのみと、狂気2)ベンブす。

しかも悦びはあだなりき、水は益す深く、崖は益す峻しく、森は益す密やかに、迷ひに迷ひてあるひは瀑布を乱り、あるいは栗の梢に懸りて悶えつ、地を離るること三尺ばかりの空を逍遥ひ、3)ホウコウ一、二時間、各人ともに多少の手傷を負はざるなく、余の洋服の如きは鍵裂きにて胴に口を呿(ひら)き、岡野氏の4)半穿袴は5)カンピョウの如く白条となりて叩頭す、互に見交はすとき、人々の唇は蒼うして血の通ふともおもはれざりき。

されど人里の近きたる嬉しさには、林もやや路らしく細径を有するに至り、路の尽くるところにはことさらに枝を折りて迷途の標を作る、6)コウリョウ無人の山中に「枝折り」を作れるなんど、太古の7)イフウを見るべし、これのみならず谿澗に下りて、往々洲を幾処に作れるところに到れば、何人のすさびにや、8)ドマンジュウ形に円石を積み累ねて「この方面へ」と導くに似たり、余かつて乗鞍嶽に登れるとき、同じ石の積みさまを見て、指南車の便を得たりしが山国無人の境を跋渉するものは、これらの些細事を看過すべからず。

この時、草鞋は扯(ちぎ)れて踵に穴を生じたれども、他の準備したるものは燃料に、もしくは穿き換へに用いつくしたれば、今如何ともしがたし、漸く林尽くるに及びて、山中隔絶の一孤屋に行き当り、覗へば荒くれ男三、四人、9)フルイ(材木のままにては険流を搬ぶこと能はざるを以て、製品として牛に積み、人里に出だすなり)を作りゐたり、市三郎10)シショウして草鞋を11)らむことを乞ひたるに12)アイニク持ち合せなしといふ、しかもこの先にまた小舎あればそこにて尋ねられよと、至つて懇ろなり。


1) セキエイ=隻影。物の、ほんの一つの影。かたかげ。

2) ベンブ=抃舞。手をたたいて舞う。非常に喜ぶさま。抃踊(ベンヨウ)・抃躍(ベンヤク)ともいう。歓抃(カンベン=歓喜抃舞の略)。

3) ホウコウ=彷徨。さまよいあるく。

4) 半穿袴=ハンズボン。丈が膝までしかないズボン。「ズボン」はフランス語の「jupon」から。表記は他に、「下服、服筒、洋袴、細袴、股袴、下袴、袴服、短袴」などもある。

5) カンピョウ=干瓢。ユウガオの果肉を、細く薄く長くむいて乾した食品。栃木県産が名高い。「乾瓢」とも書くのでこれも正解。「瓢」は「ひさご」。

6) コウリョウ=荒寥。あれはてて物寂しいさま。荒涼でも正解。

7) イフウ=遺風。昔から伝えられている風習。余風ともいう。遺韻も同義。

8) ドマンジョウ=土饅頭。土をまんじゅうのようにまるく盛りあげた墓。つか、土墓。

9) フルイ=篩。粉や砂などをせまい網目を通してよりわける道具。

10) シショウ=抵掌。手をたたく。「たなごころをうつ」とも訓読する。慇懃に人に接する場合の形容。やや難語か。戦国策に「抵掌而談」(たなごころをうちてだんず)がある。注意すべきは、「抵」が「うつ」の意の時は「シ」が音読みということ。

11) 售らむ=うらむ。「售る」は「うる」。物をうる、あきないをする。音読みは「シュウ」。售価(シュウカ=うり値)。

12) アイニク=生憎。期待や目的にはずれて、都合のわるいさま。折悪しく。「アヤニク」の転。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

profile

char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

calendar
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
recent entry
recent comment
category
monthly archive
search form
RSS links
links
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。