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空の雲には形や高さで分類して十種類あるそうです…=「鎗ケ嶽探険記」(23)

明治のアルピニスト、小島烏水の「鎗ケ嶽探険記」(岩波文庫、「山岳紀行文集「日本アルプス」所収、近藤信行編)シリーズの23回目は、「その九 鎗ケ嶽二回登山の記 下 第二回の登山」の四回目です。


おののく足を踏みしめつ、三角測量標を建てたる一1)皴峰に蝸附して上る、絶巓より突兀たること約二百尺、胆沮みて幾回か落ちむとしてはしがみつき、瞑目して漸く攀ぢ了りたるところ、我が鎗ケ嶽の最高点にして、海抜実に一万一千六百五十二尺、山は遠く遠く2)ジンケンを隔てて、高く高く3)シュウビンに入り八月炎帝の威、今果していくばくぞとばかり……。

見よ。

西の方蒲田谿谷を控へて、大屏風を截りて立てたるは笠ケ嶽にして、直径僅に何十町、臂を伸ぶれば彼の膏なげなる兀頭を撫するを得むのみ、その一帯の蜿蜒する上に、4)の簇生する如く、向背相望んで立てたるは、横嶽、高辻山、薬師嶽などにして、その北肩より揺る落されたる5)霏蕪は数十里の外に飛び、尖端茫として烟らんとし、富山平原に至りては、はや水平線下のものたり、有耶無耶。

正東には一万尺余の常念ケ嶽あり、我去年松本平原より鎗ケ嶽と、この山とを仰観して、その荘厳に打たれたることありしが、今は霧のためにかの欖黄色を以て代表せられたるトウ画的平原を、波底に6)ボッキャクされたるを憾むのみ。

さはれ遥に遠く、浅間山はこの銀に閃く霧の海より烟を吐ける――あるいは雲なりしやも知るべからず――小7)トウショの如くして、はてはおのが吐ける雲か烟の中にすがれゆく。その附近の群山は紫の穂を立つるもあり、藍の8)を露はすもあり、南の方我と隣りて比肩せる穂高山と、大に隔たりて仁王立ちたる御嶽とは、乗鞍嶽を両腋に夾みて、三巨人相笑みて、我を招くが如し、南東に方りては甲斐の駒ケ嶽を初めとして、これに列なれる鳳凰山、地獄嶽などは、別派の聚落を作りて、その多角形なる大塊は、波を踏んで、今にも9)ビウの間に迫り来る如く、そぞろに手を額に加へしむ、もしそれ赤石山、白峰の磽确を尖峰として、水か空かを弁へざるスカイラインに一朶の藍靛(ランテン=あいいろ)色を潜める甲斐以南の山に至りては、層々としてこれ宛如たる10)ウンキュウ図。

頭を回らせば正北には越中群山の覇王たる立山は、当面搶目(ソウモク=目をつく)に屹立し、雲底を撫でて、意気頗る雄なり、恨むらくは西境の大君たる加賀の白山を瞰るを得ざりしことや、しかも万山の中、幾何学的円錐形を整へて、端厳微妙、我をして11)ハイキせしめたるものこそあれ、誰かは讃せざらむ、ああ、大慈大悲の不二の山!

この間、欲弁已忘言(べんぜんとほつしてすでにげんをわする)。

おもへらく、自然は地に在りて絶大至高なる紀念碑を建てぬ、美なるかな12)蜻蛉洲、その嵩高美は一に萃めてここなる中央大山系に存ず、しかもその大観を、一目に縦にせしむるため中央にいや高き聖壇を築くにあらざりせば、そはあまりに統一を欠きたらずや。

故に鎗ケ嶽は、一片孤聳的に臨座すべき運命を負ひ、生れてここに13)トクリツしぬ。




1) 皴峰=シュンポウ。この言葉は辞書に記載がありません。これはおそらく「峻峰」の紕繆でしょうかね。読めるかどうかだけを問うため敢えて問題にしてみました。ちなみに、「皴」は「しわ」。「皴法」(シュンポウ)というのがあって、絵画の技法の一つ。

2) ジンケン=塵圏。けがれた世の中、俗世。塵界(ジンカイ)・塵境(ジンキョウ)・塵寰(ジンカン)ともいう。

3) シュウビン=秋旻。秋の空。秋天。「旻」は「そら、てん」。

4) 菌=きのこ。「くさびら・たけ」とも。菌蕈(キンシン=キノコ類の総称)、菌耳(キンジ=木に生えるキノコ類の総称)。

5) 霏蕪=ヒブ。雨や雪などが入り乱れて降るさま。霏微(ヒビ)・霏霏(ヒヒ)ともいう。やや難語。「蕪」は「あれる」。ごたごたとみだれるさま。

6) ボッキャク=没却。なくすること、無視すること。

7) トウショ=島嶼。島、大小の島々。「嶼」は「小さい島」。

8) 鋩=きっさき。刃の先の細い切先。鋩子(ボウシ=刀のきっさきの焼き入れをした刃)。

9) ビウ=眉宇。まゆのあたり。「宇」は「家の屋根、眉の位置は家で言えば屋根のひさしにあたるため」。

10) ウンキュウ=雲級。雲の高さや形による世界共通の分類表。十種に分けられる。巻雲(けんうん) ・巻積雲・巻層雲・高積雲・高層雲・乱層雲・層積雲・層雲・積雲・積乱雲。海洋気象台が雲の絵や写真を載せて解説したのが「雲級図」(ここ参照)。


11) ハイキ=拝跪。ひざまずいて礼拝する。

12) 蜻蛉洲=あきつしま・あきずしま。大和国。本州。「蜻蛉」(あきつ・あきず)は「トンボ」の古名で、「秋津」とも書く。

13) トクリツ=特立。衆の中で抜きんでていること。挺立。他に頼らないこと。前にある「孤聳」と呼応しています。


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2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
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