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「ヨウチョウ」は「窈窕」でないことは分かるのですが…=「鎗ケ嶽探険記」(11)

明治のアルピニスト、小島烏水の「鎗ケ嶽探険記」(岩波文庫、「山岳紀行文集「日本アルプス」所収、近藤信行編)シリーズの11回目です。今回は「その七 霞沢の急湍を渉る記」の四回目です。

このをりより水尽きて河原――むしろ石原となり、大石小石起伏重畳したる上を踏んで、石壁を登りゆくに、伏流の1)リンロウたるを聴く外には、峰より峰をわたる老鶯の声のみ。

石壁半にして顧れば、我が徒渉し来る霞沢は、山流の特徴なるS字形に曲折して、銀鎖を繋ぎ合せたる如くに畝ねり、両山倚仄したる間を悠々として蛇行す、はじめ谷の底より仰ぎたるときは、聳ゆる大嶺は細皺波の如く、2)ワキョクには3)スイガイ藍光を宿して、万緑雲の如くなるを覚えたりしが、今ここまで登りてみれば、遠近の山は雲の如くよどみ、その雲の上に立つまことの雲は、西側に沿ひて段々上層に向ひ、山上更に尖山奇峰を乱立兀立、その低きものは二重三重にして御供へ餅の如く、高きものに至りては竜巻の天を衝いて騰る如く、或ものは潤ひの中に火色を銜みて、まことの山を焼かんとす、その状観世音菩薩が逆さに建てたる五本の指柱の如く、およそ三千米突より七千米突ばかりはあらむとおもはるる高さに在り、望むべくして翼ありといへども飛行すべきにあらず、葉にあらずして4)ウッソウたるものは、それ雲か、しかもこの裡自ら大熱情を蔵す。

いよいよ霞沢山の頂に近づくまで、路ならぬ路――5)ヨウチョウといふはなほ路あるなり、これは則ち然らず――を草分にして上る、前人の足は後人の額と相6)ぎ、石身7)ヘキレツ圭角稜々、草鞋を嚙み、峻嶮三十度にも及ぶところを、汗みづくになり、喘ぐ息と悶ゆる声と相交はりて上る、8)羅漢柏翠緑滴らんとし、9)山毛欅の木亭々、石松その下に舗き、赭岩は鳶色の秋の日光を浴びて10)素袗を纏ひたる如く、密枝は横斜直上して鍵を掛け合せたる如くこんぐらかり、万葉は海の如く、水の如く、空気の如く、我らは葉にも埋もれて、この中に呼吸する二手三足の11)ヨウビなる虫の如く、かしこに這ひて、ここに懸り、時には岩罅にへたばり伏して石長生に頬を擦りつけ、心臓の早鐘を衝くばかりなる鼓動を抑へてまた上り、蔓には巻いて攀ぢ、枝には擁いて僵れ、人は互に呼べども面も見ず、ただ振かへれば白檜の枝を揺り動かして、緑葉の波に黒鍋の底を上にして浮沈するを見て、導者の12)き到りたるを知るのみ。

漸く霞沢の絶頂に這いつきたるは午後一時、山頂は白檜帯の諸樹13)オウウツとして白日を穿透せしめざるを期したりしが、さすがに、山高ければには、木も漸く14)キソとなり白雲裂けて自ら文を成すところ、15)タイランの尖山奇峰――かれこそは穂高山よ、その肩に頤を載せて尖れる額を突き出せるは、我が鎗ケ嶽にあらずや――隅々を縫ひて、その縫ひ目の鮮やかに16)を成せるところより、天日は光の脚を十方に注ぐ、手を額に加へて17)カンカするに、さきの天壁の如く、雪山の如くなりし雲の峰は、あるいは歪み、あるいは頽れかかり、あるいは五分十分と見る間に飛び去んぬるあり、ああ、時かくの如く侵掠す、「千年」「万年」これ何物を充たすべき、あだし名なるぞや。

膝を投げ出せる我らの上を覆ふものは、白檜の短木にして、その枝より枝へと蜘蛛の巣の如く禽の網をかけ放しにしたるは、何年前のものなりや知らねど、その上に高低出没せる信濃の高山、その中にひと際雄なるは穂高山、その下に銀を敷きつめたる如き狭長き平原を串通して、一文字に流るるは、問はでも知るき梓川、導者指点していふ、かしこの白沢を過ぐれば、神河内にして、則ち今夜我らの野宿するところなりと。

どつかと尻を据ゑて弁当を開く、実に第二回目の昼餐なり、日高けれど木蔭なれば露いまだ乾かず、手の触るるところ、露顆凝つて瑠璃の如きもの、大粒小粒墜ちて声あり、清いかな18)「自然」の涙、何を恨みて人間の掌へはふりかかりけるぞ。

この時この処、日光三分、蔭七分。



問題の正解は続き以下にて。。。






1) リンロウ=琳琅。玉がふれあって鳴るさわやかな音の形容。琳宇(リンウ=水のさわやかな音の形容)、琳闕(リンケツ=美しい玉で飾った宮殿の門)。

2) ワキョク=窪曲。くぼみ。くぼんで低くなったところ、くぼち。「窪」の音読みは「ワ」。窪下(ワカ=くぼんで低い所)、窪樽(ワソン=くぼめて拵えた酒を入れる器)、窪隆(ワリュウ=くぼみと盛りあがり、衰えることと盛んになること)。注目すべきは「ワ」といういわゆる、音読み。常用漢字はもちろん、漢字検定の対象となる字のなかでは「和」「輪」「話」「杷」「琶」「倭」に「窪」くらいしかないのです(訓読みなどではほかに「我」「吾」「環」などもあることにはあるが…)。したがって「ワキョク」という聞きなれない音にどの漢字を当てるかは前後の文脈が重要になる。「はじめ谷の底より仰ぎたるときは」などから「くぼち」をイメージできるかどうか。「キョク」は難しいかもしれないが「ワ」は「窪」を想起できてほしい。この問題は「ワ」が「窪」であることを突き止められるかどうかを問うているのです。この問題は「曲」の方が難しい。これは「くま」とも訓み、「まがりくねっているところ、すみっこ」の意。

3) スイガイ=翠蓋。みどりのかさ。カワセミの羽でつくったおおい。緑色の美しさを形容するきれいな言葉。

4) ウッソウ=鬱葱。うすぐらいほどに樹木が生い茂っているさま。鬱蒼でも正解。

5) ヨウチョウ=羊腸。ひつじのはらわた、転じて、曲がりくねったもののたとえ。羊棗(ヨウソウ=ナツメの別称)、羊角(ヨウカク=つむじ風、ナツメの別称)、羊裘(ヨウキュウ=ヒツジの皮でつくった衣服)、羊羹(ヨウコウ=ヒツジ肉のあつもの、和菓子なら「ようかん」)、羊歯(シダ・ヨウシ=ワラビ・ゼンマイ・スギナなどのシダ類)、羊車(ヨウシャ=宮中で用いる美しい小車)、羊酒(ヨウシュ=ヒツジの肉と酒、礼物に用いる)。

6) 踵ぎ=つぎ。「踵ぐ」は「つぐ」。すぐあとに続く、あとを追う。音読みは「ショウ」。踵武(ショウブ=前の人の業績を継ぐ、「武」はあしあと)、踵接(ショウセツ=人がたえまなく続いて行くこと)。「あくと」「かかと」「きびす」「くびす」の訓みも要注意。

7) ヘキレツ=劈裂。ぱくっとさけめがあいて、横にさけること。「劈」も「裂」も「さける」。劈砕(ヘキサイ=こなごなに割り砕く)、劈開(ヘキカイ=さけるように開く、横にさけて割れる)、劈歴(ヘキレキ=雷が急になりひびくこと)。

8) 羅漢柏=ひば。「あすなろ」の異称。檜葉とも書く。ヒノキ科の常緑高木。木曾五木の一つ。「あすはひのき」。

9) 山毛欅=ぶな。ブナ科の落葉高木。椈とも。

10) 素袗=ひとえ。ひとえもの・ひとえぎぬ。要は下着ですな。

11) ヨウビ=幺微。小さい、細かい。価値のないつまらないこと、そのような人。「幺さい」は「ちいさい」。幺麼(ヨウマ)とも。

12) 跟き=つき。「跟く」は「つく」。つきしたがう。人のすぐ後に付いて行くこと。「くびす」の訓みもあり。音読みは「コン」。跟随(コンズイ=人のすぐうしろにつきしたがう、従者)、跟肘(コンチュウ=かかととひじ)。

13) オウウツ=蓊欝。草木がこんもりと茂るさま。「蓊」は「こんもりと茂るさま」。蓊蓊(オウオウ)とも。蓊勃(オウボツ=物事のさかんなさま、蓊然=オウゼン=)。

14) キソ=稀疎、稀疏・希疏。まばらなこと。

15) タイラン=堆藍。山が聳つさまを、うずたかく積み上がった藍色だと形容している。なかなかの難語。辞書に掲載無し。漢詩で用いられるっぽい言葉ですね。「タイラン」では「頽瀾」という言葉もある。くずれおちるなみのしずく。

16) 皹=ひび。あかぎれ。寒気で皮膚がくっついて生じるかさ。「皸」の異体字です。音読みは「クン」で「皸裂(クンレツ=寒気のためにひびやあかぎれができること)」は読み書きとも必須です。

17) カンカ=瞰下。みおろすこと。かぶさるようにして、上から下の物をみる。俯瞰(フカン=みおろす)、瞰視(カンシ=高い場所から見下ろす)、瞰臨(カンリン=かぶさるようにして上から見下ろす)、鳥瞰(チョウカン=鳥のように高くから下をみる)。

18) 爾=なんじ。近くにいる相手を指す第二人称のことば。爾輩(ジハイ=おまえたち、なんじら、爾曹=ジソウ=)。
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Author:char
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言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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