スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鎗ケ嶽にも人が棲んでいたぁ。。=「鎗ケ嶽探険記」(10)

明治のアルピニスト、小島烏水の「鎗ケ嶽探険記」(岩波文庫、「山岳紀行文集「日本アルプス」所収、近藤信行編)シリーズの10回目です。今回は「その七 霞沢の急湍を渉る記」の三回目です。人に遇う事はないだろうといった矢先に早速裏切られます。鎗ケ嶽にも人が棲んでいたのです。

また1)トセツして磧に下る、導者絶叫して曰く、人あり人ありと、オーイと呼べば彼の同語を2)ゆる、げに山彦にはあらざりけり、ざんぶとばかり水を乱りてその声する方に辿りつく、大石磊々たる間に小舎あり、ここに髯むしやにして面は銅色に燬け、アイヌ人の如き風采ある岩魚釣一人棲めり、この小舎の建てざまは、大木の枝あるものを柱とし、枝より枝へと3)やうの細き生木を懸けわたすこと横に六本、縦に八本、樹皮の縄にて結び(藁縄の如く腐りやすからざればならむ)更に一、二尺ばかりの木を何本となく天椽より吊るし、その尖の枝を鉤形にして「自在」竹に代ふ、また柱より柱へと薄板の棚を釘付けに釣り、茶碗鍋なんどを並べ、毛皮にて作りたる胴着や袴を隅に押し丸めあり、床もなく茣蓙二枚、その間に焚火するだけの空地を剰せるのみ、入口のみは開け放したれど、四周には逆茂木的の丸木塀を囲ひたり、殊におもしろきは手作りの下駄にて、杉板を豆腐形に鋸り、焼火箸にて三ツ穴を無造作に明け、縄をすげて鼻緒となす、この小舎を借りて4)チュウサンすることに決し、市三郎は山刀を揮つて5)ソダを削り、瞬めく間に四人分の箸を作り終りしが、やがてかの槻の皮袋より、乾魚を三、四枚取り出し、予めちぎり置きたる★冬の葉に盛りて、饌に備ふ、「旅にしあれば椎の葉に盛る」の古歌人を欺かず、この間に大石屋の主人は、小舎の裏を捜索して木耳を採り来り、火に炙りて我にも勧めたれど、これのみは気味悪しかりければ肯はず、茶の如き贅沢品はなき代りに、鍋を提げて前の渓流より、水を一杯溢るるばかりに汲み来り、茶碗にてすくひ飲みに飲む、光景真に原人時代のもの、この小舎は6)キョウアイなれど一木一縄皆純潔にして、「いぶせき」といひ、あるいは「賤の伏屋」といふたぐひの感は起らず、岩魚釣の主人は猟を以て本業となす、聞く、この山には蜂蜜多きためにや、熊もまた多く「野猿ボ」などは平常に来ると、かかる深山に独居して怖しきことはなきやと問ひたるに、彼は友公の怪談を物語りぬ。

友公はこのわたりの山村に生れたる壮佼(わかもの)にして、岩茸採りを以て7)ナリワイとなす、岩茸のものたる、見あぐるばかりなる断崖絶壁に生ずるをもて、これを採るものは縄を腰に結び、その一端を岩石または立木に括りて、猿の如く下りゆくなり、時には仲間を語らひ、モツコに座して虚空に吊されながら、庖丁にて掻き取ることあり、彼はこれに妙を得て、人にも推され自らも許したりしが、或日例のごとく岩茸採りにと出でゆきたるまま、帰らざること一週日にも及びたれば、はじめは疑はざりし村人も、こはただごとならじと、手を分けて百方捜索したるに、無残やな、この谿にて屍となりたる彼を発見しぬ、8)ヤツガレもそのをり頼まれたる一人なりしが、今もなほ夕になりて水音の澄みわたるをりは、彼が人を喚ぶ声、しんしんたる木魂に響いて、このときのみ毛穴の立つおもひぞするといふ、我は結飯を囓ぢりながら、この話に耳傾けゐたりしが、山中の気味漸く人に迫るを覚えぬ。前の渓流は9)ソウソウとして花崗の白礫活きて走り、10)筧声の如く、11)杼機(   )の咿啞(イア)たる如く、村女の12)私語の如く、荒涼なる山村を琳々として駅鈴の渡るが如し。

飯し了りて立ち出づ、これより渓澗の石燕を追ひ、流水をZ字形に横斜断し、灌木13)ソウモウの間に出没して、絶壁の下、14)紫蕨の山葵の世をすねたる冷嘲者(サタイリスト)の如く、眼前15)シセキの天地を領して、16)アンジョたるを見ては無性におもしろがりぬ。

なほ登る、導者は叫んで曰く、熊の足痕足痕足痕。

と。就いてこれを見る、杭を抜き去りたる跡の柔土の如く、掘り上げられたる恐ろしさに思はず足を停めたりしが、しかも余窃に信ぜず、なほ行くこと七、八町ばかり、独活の六尺以上なるもの、人身を没するばかりに満山に簇生したるが、こはいかに、野分に吹き撓められたらむ様に、右に左に捩じ伏せられて、17)カイにて爬き去られたる後の蒼海原に、皺の痕を止めたる如くなるさへあるに、その独活の或ものは茎の半よりポツリと嚙み截りたる痕あざやかなるにおどろかされ、独活は最も熊が嗜むものなりと聞くに及び18)ショウゼンとして気色ばむ、熊出でたらいかにすると問ひたるに、市三郎は19)カカ豪笑して曰く「出れば占めたもんだ」と。その状、頑童が土竜を狙ふより無造作なり。

★=「草冠+款」。ふき、蕗。



問題の正解は続きにて。。。






1) トセツ=斗折。川や道が、北斗七星のように折れ曲がっていること。斗折蛇行(トセツダコウ=北斗七星)。

2) 酬ゆ=むくゆ。相手のしたことに応じてお返しする。転じて、欠けめなくやりとりする。ここは声が木霊のように返ってくることをいう。

3) 桷=たるき。家の棟から軒にかけ渡して、屋根・ひさしなどをささえる角材。かどばっている。「榱・椽」(たるき)は形状が丸い。

4) チュウサン=昼餐。ひるごはん。

5) ソダ=粗朶。切り取った細い木の枝。たきつけなどにする。

6) キョウアイ=陜隘。地形などが両側がはさまれていてせまいさま。せまくて通れないさま。「陜」も「隘」も「せまい」。狭隘でも正解ですが、折角なら「陜隘」を覚えましょう。陜小(キョウショウ=せまくて小さい)、陜薄(キョウハク=土地がせまくてやせている)。

7) ナリワイ=生業。世渡りのための仕事。すぎわい、よすぎ、なり。家業。

8) ヤツガレ=僕。自分の謙称。

9) ソウソウ=淙々。水がさらさらと縦に流れ下るさま。また、その音の形容。「淙」は「たき」の意もある。淙潺(ソウセン=さらさらと水の流れる音の形容)。

10) 筧声=ケンセイ。かけひを流れる水の音。「筧」の音読みは「ケン」とそのまま。珍しい用例。

11) 杼機=おさ。当て字。通常は「筬」と書く。

12) 私語=ささめごと。ひそひそ話、ささめきごと。多くは男女間の睦言にいう。

13) ソウモウ=叢莽。くさむら。「ソウボウ」とも読む。「叢」も「くさむら」。

14) 紫蕨=ぜんまい。当て字。通常は「紫萁」か「薇」と書く。渦巻状の「の」の字を描いている。

15) シセキ=咫尺。非常に短い距離。・長さ。すぐそばまで近づく。「咫」は「あた」「た」とも訓む。約十八糎。

16) アンジョ=晏如。安らかなさま、落ち着いているさま。晏然(アンゼン)とも。「晏らか」は「やすらか」。晏朝(アンチョウ=安らかにおさまっている朝廷、朝遅く朝廷に出仕すること)、晏晏(アンアン=おだやかなさま)、晏寧(アンネイ=安らかなさま)。

17) カイ=櫂。船をこぐ道具。音読みは「トウ」。櫂歌(トウカ=船頭が船をこぐときにうたう仕事歌、ふなうた、櫂唱=トウショウ=)、櫂舟(トウシュウ=かいで船をこぐ)。

18) ショウゼン=悚然(竦然)。おそれおののきぞっとするさま。「ショウゼン」は同音異義語が多い。悄然(しょぼしょぼと元気ないさま)、蕭然(ものさびしいさま)、瀟然(こざっぱりとおしゃれなさま)、聳然(たかくそびえるさま)、鏘然(金石のなりひびく音)。前後の文脈から熊が側にいるのですからビビっている様子を言う言葉です。

19) カカ=呵々。水戸黄門のようにからからと大笑いするさま。「呵呵大笑」なら簡単でしょう。「呵呵豪笑」は、その応用形です。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

profile

char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

calendar
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
recent entry
recent comment
category
monthly archive
search form
RSS links
links
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。