スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「その五 檜峠を踰ゆる記」から抜粋です=「鎗ケ嶽探険記」(5)

明治のアルピニスト、小島烏水の「鎗ケ嶽探険記」(岩波文庫、「山岳紀行文集「日本アルプス」所収、近藤信行編)シリーズの5回目です。今回は「その五 檜峠を踰ゆる記」から抜粋です。

(前略)

脚下の崖1)ソクリツすること百尺、藤の青葉、2)零余子、山葡萄の蔓など、3)ケンジョ纏綿して、相互に牽き合ひ、吊り合ひ、スルスルと長く累なれる堆翠、谿を望みてまつしぐらに頽るるところ、大白川の一水、白木綿を霧中に翻へして、かしこに展び、ここにひろごり、4)ヨウとしてその没するところを知らず、ただ霧中火を点ずる如くなるものは、皆崖側に根を托せる百合の花、白百合は一も見るところなかりき、また絶えて畑を見ず。

(中略)

なほ山路を往くに、白骨温泉への新旧二道は、ここにて5)る、新道は近くして行々梓川の別派なる寒流に沿うて溯り、風色6)ジンカンにあらずとは聞くものから、過日来の風雨にて悉く敗壊したれば、7)ユメ近き迷はされて、渉りたまふな、半に到りて引返す悔あらむと、路に行脚僧に訊ねて8)ジュンジュンと誡められ、更に村嫗に質してその確かなるを知りぬ、果して新道に入るところに、薔薇を根こそぎにして路を塞ぎあり、9)チビフデに10)ボウショして曰く、この道入るべからずと、けだし稲核より白骨温泉に至るには、新道五里、旧道は高くして迂廻したれば、遠きことなほ三里を加ふといふ。止むなく旧道に随ふ。

(中略)

また上るに前の峠ほどは急ならざれど、いよいよ高し、頂上には休み茶屋ありて、乗鞍嶽湯の花売所の看版を懸けたり、この峠の絶頂ほど、殊に山景に富みたるはあらざるべし、中央大山脈は11)キョシ状に聳えて、12)四壑のために鉄より13)ケンロウなる14)タガを匝ぐらしたるもの、曰く鍋冠山、曰く霞沢山、曰く焼嶽、或ものは緑の15)サヤを破りて長く、或ものは紫の穂に出て高きが中に、殊に焼嶽(この山の頂には硫気孔ありて、16)に烟を噴くといふ)は、常春藤の17)ジョウテンせる三角塔の如く、黄昏は、はや寂滅を伴ひて、見る影薄き中に18)キツリツし、照り添ふ夕日に、鮮やかにその破断口の鋭角を成せるところを19)コハク色に染め、山腹以下に屯む積層雲に、沈まむとしては昂々然としてまた半肩を20)モタぐ、初めは焼嶽を指して乗鞍と誤認したるほどなりき、乗鞍に至りては、久しき離別の後に会合したる山なり、今日大野川に見て、今ここに仰ぐ、帽を振りて、21)キュウカツを叫びしが、峰飛びて谿蹙まる今も、山の22)シュンショウ依然として「余の往くところ巨人在り焉」(My giant goes wherever I go)とそぞろに人意を強ふせしめぬ、幸ひに縦なる23)ドンランを許せ、余は乗鞍の懐かしき山容を観するごとに、自己の山なるが如き感を24)め能はざることなほ深夜を独行する人が、天地を自己の領と思ふがごとく然るなり。

(後略)





1) ソクリツ=仄立。かたむいて立っていること、やまの斜面が急な様子。この「仄」は「かたむく」の意。傾仄(ケイソク=横にかたむく、物事が一方にかたよっていて正しくない)仄日(ソクジツ=夕日のかたむいた太陽、夕日)、仄目(ソクモク=目をそらして正視しない、側目)、仄径(ソッケイ=傾斜の急な小道、仄逕)。

2) 零余子=むかご。珠芽。腋芽の変形したもので、ふつう小さな球塊となり、養分を貯蔵し、たやすく植物母体から離れて、無性的に新個体を生じるもの。ヤマノイモ・ムカゴイラクサ・オニユリなどの葉の付け根に形成される。肉芽とも。

3) ケンジョ=巻舒。まいたり広げたりする。衰えたり盛んになったりする、才能を隠したり外へ出したりする。「舒」は「のべる、のびる、のばす」の意。舒展(ジョテン=手足などをゆったりとのばす、くりひろげる)、舒巻(ジョケン=ひろげることと巻くこと、時勢や物事に応じて進退すること)、舒遅(ジョチ=態度などがゆったりとして落ち着いているさま)。

4) ヨウとして=杳として。「杳として~ない」で、行方などがはっきりとしない。「杳」は「はるか」。遠くにかすかに見えるさま。杳邃(ヨウスイ=奥深いさま)。以前見た「杲」(あきらか)とは「日」が「木」の上にあるか、下にあるかの違いです。つまり、日が木の上にあればあきらかに明るいのに対し、日が木の下にあれば、くらく行方が知れないのです。

5) 岐る=わかる。枝状にわかれること。「ちまた」とも訓む。哭岐泣練(コクキキュウレン=もとは一つなのに先に行くとさまざまに異なったものになることをなげいた楊子の故事、淮南子・説林訓)。岐途(キト=分かれ道、岐塗・岐路)。変わり種の熟語では岐嶷(キギョク=幼いころから才知が人よりすぐれていること、詩経にあることば、「嶷」は「さとい」の意、読みに注意)。

6) ジンカン=人寰。人の住む区域、俗人が住む世間のこと、人境。

7) ユメ=努。「努~するなかれ」と用いて、けっして~するな。

8) ジュンジュン=諄々。よく分かるように教えるさま。「くどくど」と訓めば、同じ事を何度も繰り返していうようす。

9) チビフデ=禿び筆。毛先のすりきれた筆。「トクヒツ」ともいう。禿毫(トクゴウ)も同義。

10) ボウショ=榜書。たてふだに記してかかげ示すこと。「榜」は「たてふだ」「ふだ」。榜眼(ボウガン=科挙の進士科の試験に二番目の成績で合格した者)、榜帖(ボウチョウ=科挙に合格したという通知、公に知らせる掲示)、標榜(ヒョウボウ=看板や題目など内容をあらわしたもの、主義・主張をはっきり示すこと)。

11) キョシ=鋸歯。のこぎりの歯。鋸牙(キョガ)ともいう。鋸屑(キョセツ=大鋸屑、おがくず、どんどんこぼれでることから、ことばや文章がよどみなく出ることにもたとえる)。

12) 四壑=シガク。四方が谷で囲まれているさま。「壑」は「たに」辺りが穴だらけの様子を形容する。

13) ケンロウ=堅牢。かたくてこわれない。堅固。

14) タガ=箍。割った竹を編んで輪にして、おけのまわりをしめつけるもの。音読みは「コ」。

15) サヤ=莢。豆類の種子を両方からはさむ外皮。

16) 熾=さかん。かがり火がかっとめだって燃えること。さかんにおこること。さかんなさま。音読みは「シ」。熾灼(シシャク=火がさかんにもえる、転じて権勢のさかんのこと)、熾盛(シセイ=物事の勢いなどが非常に盛んなこと)、熾烈(シレツ=火や光がやきつけるように強いこと、戦争やいくさなどの勢いが盛んではげしいこと)。

17) ジョウテン=繞纏。まつわりつく、からみつく、まといつく。以前、纏繞(テンジョウ)を見ましたが、逆もあり。しかし、辞書には記載なし。烏水独特の用語か。

18) キツリツ=屹立。山やがけがそびえたつ。「屹」は「そばだつ」。

19) コハク=琥珀。宝石の一つ。太古の松やになど樹脂の化石。黄色で透明、または半透明のものが多く、貴重品として珍重。琥珀の光。

20) モタぐ=擡ぐ。もちあげる。「もたげる」の方が現代語。音読みは「タイ」。擡挙(タイキョ=持ち上げる、人物を登用する)。

21) キュウカツ=久闊。長い間あわなかったり、たよりがなかったりすること。「闊」は「間があくこと」。

22) シュンショウ=峻峭。高くそびえてけわしい。

23) ドンラン=貪婪。非常に欲がふかい。「タンラン」の方が正確。「貪る」は「むさぼる」。貪位(タンイ=実力もないのに地位をあせり求める)、貪汚(タンオ=欲が深く心が汚い、汚職する)、貪猾(タンカツ=欲が深くてずるい、貪獪=タンカイ)、貪冒(タンボウ=むりをしてむさぼり求める)、貪名(タンメイ=名声やよい評判をむりして求める)、貪利(タンリ=利益をむさぼる)、貪吝(タンリン=欲深くけちなこと、貪悋とも)、貪狼(タンロウ=欲深なオオカミ、えげつない欲張り根性)。

24) 遏め=とどめ。「遏める」は「とどめる」。おしとどめる、さえぎる、おさえて防ぐ。音読みは「アツ」。遏雲(アツウン=すぐれた音楽や歌声の形容、遏雲の曲)。遏絶(アツゼツ=一族を残らずほろぼす、おしとどめて物事をさせない)、遏密(アツミツ=鳴り物をやめて静かにする)、遏悪揚善(アツアクヨウゼン=勧善懲悪)。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

profile

char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

calendar
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
recent entry
recent comment
category
monthly archive
search form
RSS links
links
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。