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漢字学習に最適の1級品テキストと確信=「鎗ケ嶽探険記」(2)

明治のアルピニスト、小島烏水の「鎗ケ嶽探険記」(岩波文庫、「山岳紀行文集「日本アルプス」所収、近藤信行編)シリーズの2回目です。雄渾な漢文体をじっくりと味わいましょう。今回は、鎗ケ嶽の「地理的概念」について。

富士帯の本州を横さまに断つや、その東側は山なきにあらずといへども、児孫の頫首(フシュ=首をたれてうつむく、俯首と同義)して1)アヤを2)ハイキするに止まる、ただ西辺には急峻なる斜度を成し、富士帯を凌駕して3)コウショウせる大連山あり、今この大連山を南北に別たむか、南なる一万尺以上の赤石山を盟主とせる赤石山脈なれど、こは本編に関係薄ければ4)ジョセツせず、北なるものをまた二分して一を千曲山脈といひ、その西に当りて駢行せるを飛騨山脈といふ、いはゆる千曲山脈なるものは、千曲川と犀川との間に聳えたる山嶽の総称にして、かの善光寺もしくは北国街道の衝に当れるをもて知られたる猿ケ馬場峠、冠着山、姥捨山などはここに連鎖せり(第三章「千曲山脈横断記」参照)。その層向の次第に西するに随ひて、飛騨山脈と並行す、余が今回の旅行は実にこの千曲山脈と飛騨山脈とを5)串通6)バッショウしたるものにして、殊に飛騨山脈に至りては、富士帯と7)キカクして殆んどこれを圧倒するばかりの高山深谷にして、我が鎗ケ嶽はその中枢に処るを以て、なほ精説するの要あり。

飛騨山脈は日本無比の最高峰を以て比肩8)セッショウせらる、日本の横切面を三角形なりとすれば、その尖点に立ち、日本の垂直面を浮城なりとすれば、その9)オクリョウに坐す、10)シキョウ皆一万尺前後の天柱、森々然として雲を截り、空に挿む、殊にその信濃、飛騨、越中、越後国境に至りては、山中また山を包み、山上また山を架して頭を改むるも山ならざるはなく、面を換ふるもまた山ならざるはなく、天上より瞰れば緑芽の土を11)ぐる如くなるに過ぎざらむも、下界よりこれを12)センギョウすれば、雲を抉りて13)レッシュクの14)ベンブするが如きを見るべし、まことにこれ天の成せる自然の大関門にして、15)ヒキンなほ翔けるを難ずる霊境なり。

この山脈は主として花崗岩、安山岩及び玢岩(ヒンガン)などより成り、南より北に連なる、その短き鬣なる草木を天風に逆立てて、今にも大地を爪に飛動せむとする山勢の、因つて起るところを16)ぬるに、かの一方は木曾川、一方は天竜川及び豊川流域の境を成して、南の方伊勢の海に至りて止むなる木曽山脈(最高点は信濃の駒ケ嶽八千四百尺にして美濃の恵那山七千三百尺これに次ぐ)に接続し、畝りに畝りて北に奔り、一万尺以上の御嶽となりて、天球に凸突一点を加へたるもの、継子嶽、長峰峠、栃洞山となりて、大蛇の半空に懸るが如く、野麦峠に至りて少しく凹みたれども、また乗鞍嶽となり、高峻雄大、八面を睨まへて仁王立ちとなり、17)サンイはここに一旦18)を合せたる如くなりてまた阿弥陀形に開き、東北行するものは霞沢山、鍋冠山、有明山となり、北向するものは阿房山となり、硫黄嶽、焼嶽となりて、穂高山に列なるや、その名の自詮に背かず、一万尺以上の尖塔を半天に攙入(サンニュウ)して、濶葉樹の森林は永劫に太古の夢緑なり。

而して穂高山と比肩して、なほ一頭地を高く抜くものは、実に我が鎗ケ嶽にして、列嶂牆を作せる上に、巉々兀々、雪白天に参して、四周の碧嶙峋(リンジュン)駭き仆る、即ちその背に足踏みかけて、あたかも似たり、我は一切天の中において、最尊最貴の王なるぞや、と19)れるが如し高らかに!


げにさもありぬべし、鎗ケ嶽の四周を匝ぐりて侍れるは、笠ケ嶽、烏帽子嶽、焼嶽、抜戸嶽、屏風嶽などにして、鎗ケ嶽はその中に安処すること、皮を堅くして自ら禦げる核子の如く、一剣天に倚りて重い哉、威。かくして20)ゴウトウ重畳の万山を21)サシマネきて、北の方針木峠は針葉樹の尖れる如く余波を虚空にのた打ちて、餓鬼ケ嶽、祖父ケ嶽、それより漸く低くして古世紀層の山となり、延びて糸魚川泊間の急崖懸壁に至り、横断して日本海に22)汨没し了す。

(中略)

かくの如く高山の棲所なるが故に、この脈の東側は姫川谷松本平に急斜し、その西側は濃飛高原(美濃の大半、飛騨の全部、これに接する越中、加賀、越前、近江の僅少なる部分を23)エンユウす)に接す、もし人あり、盛夏この飛騨山脈に並行せる地辷線に沿ひ、24)シンケイ幽谷を南北に串通せむか、およそ三十里の間両崖いよいよ迫りて、その雄壮峻抜なること二個の屏風を折り繞ぐらしたる如く、水流は雲根に激して千山を揺り倒さんとし、千山は青を縈ひ蒼を繚ひて、25)モクショウの間に飛び、時に恠禽26)ヒソウの声、帽を圧して落ち来るとき、始めて自然の子に帰らむ。



山登りに興味津々の方は是非原典に当って読みこなしてください。翻って、あまりご関心の高うない方は書いてある内容はともかく、鏤められている語彙の数々に浸り、是非とも物にするよう心掛けてみてください。漢字学習のテキスト(1級受験者)しては一級品であることを確信いたしております。




1) アヤ=阿爺。父を親しんでいうことば。阿父(アフ)とも。阿蒙(アモウ=子供)。

2) ハイキ=拝跪。ひざまずいて礼拝する。

3) コウショウ=高聳。山が高くそびえているさま。

4) ジョセツ=絮説。くどくど語る。絮語(ジョゴ)とも。絮煩(ジョハン=くどくどしいこと)。「絮」は「長々と続くさま」。

5) 串通=カンツウ。貫通。「串」は「つらぬく」。「貫」に当てた用法。串戯(カンギ=おどけ)。

6) バッショウ=跋渉。原野をこえて川をわたる。あちこち歩き回ること。「渉」は「河川を渡る」の意。「跋」は「いく、ゆく」。

7) キカク=掎角。前と後ろの両方から敵に当ること。「掎」は「ひく」。鹿をとらえる際にその足をうしろからひくこと。「角」は、前から鹿の角をつかまえること。掎角之勢(キカクのいきおい=前から鹿の角をおさえ後ろから鹿の足をひくような陣構え)。

8) セッショウ=接踵。「くびすをセッす」とも訓読する。前の人のかかとに後の人の足先がつく。あとからあとから人が続いてくるさま。また、物事が絶え間なく続いて起こること。陸続。

9) オクリョウ=屋梁。やね、やねを支えるはり。うつばり。屋梁落月(オクリョウラクゲツ)と言えば、杜甫が李白を夢に見て詠んだ「夢李白」に出てくる成句で「友を思う気持ちの深いこと」。

10) シキョウ=四疆。四方の国境。四境とも。

11) 掀ぐる=あぐる。高く上にあげる。音読みは「キン」。掀起(キショウ=さっとたちあがる)、掀掀(キンキン=高くあがるさま)。

12) センギョウ=瞻仰。みあげること。「瞻」は「みる」。瞻依(センイ=尊敬してつき従うこと)、瞻視(センシ=目をあげてみる、その目つき)、瞻前(センゼン=前方をみる、今後に行うべき事がらについてよく考えること)、瞻慕(センボ=人を尊敬して慕う)、瞻望(センボウ=はるかにあおぎみる、尊敬して慕う)。

13) レッシュク=列宿。大空につらなる多くの星。列星ともいう。

14) ベンブ=抃舞。手をたたいて舞う、非常に喜ぶさま。抃踊(ベンヨウ)・抃躍(ベンヤク)とも。「抃」は「うつ」。両手をぱんぱんとうち合わせる。歓抃(カンベン)。

15) ヒキン=飛禽。空を飛んでいる鳥。

16) 原ぬる=たずぬる。「原ぬ」は「たずぬ」。もとにさかのぼって考える。原点をもとめていくことです。易経に「原始要終」がある。

17) サンイ=山彙。山系または山脈をなさず、孤立している山岳の集まり。山群。「彙」は「あつまる」「たぐい」「はりねずみ」。一つ所にあつまる同類の仲間をいう。

18) 鑷=けぬき。音読みは「ジョウ」。鑷子(ジョウシ=毛抜き)。

19) 宣れる=のたまわれる。「宣う」は「のたまう」。天子が意向をのべ知らせる。

20) ゴウトウ=合沓。集まり重なりあう、群がる。山などが高く大きなさま。「沓」は「幾重にもかさなるさま」。

21) サシマネき=麾き。「麾く」は「さしまねく」。手の先をまげて人を呼んだり、さしずしたりする。音読みは「キ」。麾鉞(キエツ=さしず用の旗と、まさかり。ともに大将が用いる)、麾下(キカ=大将に直接さしずされる部下、将軍直属の兵士)、麾召(キショウ=まねき招く、呼び寄せる、麾招とも)、麾扇(キセン=軍をさしずする扇、軍配うちわ)、麾幢(キトウ=軍をさしずするのに使う旗、麾旌=キセイ=・麾節=キセツ=)。

22) 汨没=コツリョウ。水が流れて大海に注ぐこと。汨羅(ベキラ)の「汨」とは微妙に違うので要注意。「日」の「真ん中の横棒の右端が縦棒に接しない」。汨没(コツボツ=水中に沈み隠れる、世にうずもれる)。

23) エンユウ=掩有。おおうように残らず自分のものにする。「掩」は「おおう」。

24) シンケイ=深谿。ふかい谷。深渓・深谷とも。

25) モクショウ=目睫。目とまつげ。転じて、非常に接近していること。

26) ヒソウ=悲愴。かなしみいたむ。悲痛・悲悵・悲悼・悲傷ともいう。「悲壮」だと「かなしくも勇ましい感じがある」の意で微妙な差がある。要注意。「愴」は「いたむ」。
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char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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