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ぴりりと引き締まった形容詞の連続は注意力を倹約する=麗水の紀行文を評す(10)

明治のアルピニスト、小島烏水の「『日本名勝記』を読みて麗水の紀行文を評す」(近代デジタルライブラリー、「銀河」所収)の10回目です。簡潔な漢文表現は「倹約」だという。さまざまで意妙な変化のある物を的確に言い表すには便利だとも見ている。麗水はそのスペシャリストなのです。このあたりには烏水も敬意を表しています。例えばということで「石」を引き合いに出しています。

 こゝに石ありとせよ、一切の形容を1)カンせられて文を作るとせよ、数は何百何千、大なるものは縦横何尺何寸、形は方、円、楕円、尖、平、色は何に何を配合し、位置は何との間にありなどゝ書きては、明瞭は或はあらむ、正直もあるべし。而も字句を累ぬること徒に多く、想像力は左扯右牽せられ、幾多の諸元素を追加し随伴するに忙はしく、石といふ題目は忘却せらるにあらずんば微弱に了らんのみ。寧ろ「石皆2)蠢然として起ちて羊となる」的に無生を有生にして、「石の形3)缺甕を立てたる如し」と誇大にすることの倹約なるに如かず。麗水氏さすがに能く兵を知れりといふべし。

 或はいはむ、くだくだしき形容、4)佶屈聱牙なる難文字を用ゐずして自然を描けるもの橘南谿の「東遊記」以下、貝原益軒の「木曾路記」の如き、其例に乏しからずと。試に易軒先生の「木曾路記」より一文を5)バッショウせむ。

 寝覚の床の大岩は、西の方木曾川に臨みて、其の石岸屏風をたてたるが如し、むかひにも大岩あり、両岩の間、水の幅は三間、瀬ありて瀧の如くみなぎり流る、大河かくの如くせはく流るゝ故、深きことはかり難し。その両岩のせはき所、長五十間ばかりあり、上の水の落口の岩を上岩といふ、河中にまな板石とて一の石あり、川むかひの大岩の上に三の穴あり、一の大なるを大釜といひ、二の小さきを小釜といふ、皆そらに向かへり、むかひに屏風岩とて屏風を立てたるが如き岩あり以下岩の名を略す川向ひに岩山あり、其の上に檜、6)モミ、7)ツガ、松など茂りてうるはし、およそこの地は他所の勝れたる風景にもこえて奇妙なる風なり、いつくしく潔きこと心にもしるしがたく、ことばにものべがたし。

まことに簡浄明瞭、水石の配置形状掌を指すが如くに白描せられたるものから、石の奇恠の状をなして起倒せるさま、水勢の雹狠雨狂せるさまは、この文に活現せりやと人の問ふあらば、古人に8)ネイする僕の如きも手を額に加へて9)シュンジュンせざるを得ず、而して寝覚の床を撮影する所以のものは実にこの石と水とに活を入れることにあらざりしか。所謂活を入れるもの、形容詞を借らずして他にありや。若しあらば其人必ず絶代の大詩才、大詩才一人の故を以て修辞学の一原理を抹殺することを得ず。藍より青きもの出づるとも、藍の青きは永久に失はざるなり。

麗水の特技は形容詞にあること前にいひき。「不二の高根」の一節。

 静に起ちて扉を推せば落月袂に在り、寒星人親しむ。微茫のうち物あり、簇々として来りて石室を去ること数尺のところを過ぎる、白衣冠して白馬に騎するものあり、素車に乗るものあり、白幡をくるものあり、庵を度りて声なく寂として行く、岳上の鬼物、この夜闌け10)ジンライ絶ゆるの時に出でゝ遊ぶなからんや。燈を執りて之を照せば馬や幡や車や忽ち消え、青紗の如きもの袖辺を掠めて飛び、一気あり、水より冷かに来りて燈を吹き滅し、一団の白気上峰に向て去る。蓋し夜雲の行くなり。

の如き、張喩、活喩の11)キンショウ自在、光彩12)リクリたるものあるをおぼゆ。初めよりして雲をいはず、只だ「物あり」といひて雲といふ実体を確定せず。一読して之を「岳上の鬼物」に繋ぎ、再転して所謂岳上の鬼物を読者の心中に負い行きて漸く雲らしき想像を形成せしめ、遂に「葢し夜雲の行くなり」と憂然白し去る。人は明かに教へらるより、教へられるゝあるものを辿らんとする好奇心あるものなり。故に説明する形容は、説明せらるゝ物体の前に立ちて読者をおびき出さゞる可らず、或は言はむ、かくの如く長く複雑なるは倹約にあらずと。形容詞或場合にありては時間の倹約にはあらざらむ、然れども確に注意の倹約たるを失はず、感触の倹約たるを妨げじ。この漸層法によりて確に雲なる物体を活躍せしめ、13)ハイゼン禦ぐ莫らしめたるは数千言の水蒸気の講釈に勝る。


☆左扯右牽(サシャユウケン)=「扯」は「ひく、ひっぱる」の意。左に右にふらふらゆれるさま。ここは、自分の想像力が一定しないことをいう。


事物、風景を言葉で描写する上で形容は便利。麗水はこの勘所を心得ていて自在に言葉を操って形容するのが大得意なのです。いささか「くだくだしい」感は否めないが。。。

これに対して貝原益軒を引き合いに「難文字を用ゐずして自然を描いた」例として挙げています。
「まことに簡浄明瞭、水石の配置形状掌を指すが如く」と絶賛。しかし、形容詞が一切ないため水の動きが「活写」されていないという。これに対し麗水の「不二の高根」。形容詞のオンパレード。あまりに多いので鍵鑰ではないと言われるかもしれないが、確かに時間を倹約できていないが、読者の注意力は倹約できている。麗水の「漸層法」はまさに読むものをして文章に入りこませる効果は絶大である。だらだらと述べるよりはびしっとしまった漢語による形容によって、美文か麗水の真骨頂がここにあるのだと喝破します。しかし、烏水は麗水の紀行文は嫌いなのですが。。。。





1) カンせられ=緘せられ。「緘する」は「カンする」。口をしめる、口をつぐむ、中に物を入れて封をする。「緘じる」は「とじる」。緘口(カンコウ・くちをとず=口をとじて何も言わない、だまる、緘唇=カンシン=・緘黙=カンモク=)、緘札(カンサツ=封をした手紙、封書、緘書=カンショ=・緘翰=カンカン=)、緘愁(カンシュウ・うれいをとず=心配事を手紙に書き、封をして送ること)、緘制(カンセイ=敵の城などを封じ込める、閉じ込める)、緘秘(カンピ=秘め隠す、緘密=カンミツ=)、緘封(カンプウ=封をして閉じる)。

2) 蠢然=シュンゼン。虫がうごめくさま、わけもわからずに騒ぎ立てるさま。「蠢かす」は「うごめかす」。「蠢」は「無知でおろか」の意もある。蠢蠢(シュンシュン)、蠢爾(シュンジ)、蠢動(シュンドウ)ともいう。ここは石の様子をいう擬人法です。

3) 缺甕=ケツオウ。一部が欠けたかめ。「缺」は「欠」の旧字で「ケツ」。「欠」は「ケン」。欠伸は「ケンシン」。

4) 佶屈聱牙=キックツゴウガ。文章が難しくて理解しにくいこと。「佶屈」は「文字などがむずかしくて堅苦しい」、「聱牙」は「やかましくて聞きにくい」。「佶」は「きっとひきしまったさま」。佶栗(キツリツ=寒さがきびしいさま、勇猛なさま)。「聱」は「他人の意見を聞き入れようとしない」「でこぼこして平らでないさま」。聱叟(ゴウソウ=人の話を聞き入れない頑固な老人)。

5) バッショウ=抜抄。他書から抜き書きすること。「跋渉」ではないので要注意。

6) モミ=樅。縦にまっすぐ伸びる、クリスマスツリーに最適。籾、粟、紅ではない。

7) ツガ=栂。とが。建築用材。

8) ネイする=佞する。口先上手く取り入る、おもねる。佞給(ネイキュウ=口先上手くへつらう)、佞媚(ネイビ=こびへつらう、そのような人)、佞諛(ネイユ=こびへつらう)。

9) シュンジュン=逡巡。たちすくむ、ぐずぐずしてためらう。逡循・逡遁とも書く。「逡く」は「しりぞく」。たちすくむこと。

10) ジンライ=人籟。天籟や地籟に対して、人の吹きならす鳴り物の音。たとえば、笛の音や歌声など。世間一般の物音。人の気配を指す場合もある。

11) キンショウ=擒縦。とりこにすることと、放して自由にすること。「擒える」は「とらえる」。「擒」は「とりこ」。擒生(キンセイ=とりこになったもの、いけどり)、擒捉(キンソク=つかまえる、捕捉)。

12) リクリ=陸離。多くの物が長短入りまじって不揃いなさま。参差。ここは、光がキラキラと断続的に輝くさま。光彩陸離は四字熟語で要注意。オール常用漢字ながら、簡単そうでなかなか書けない。

13) ハイゼン=沛然。水が激しく流れるさま。ぱっと吹き出るさま。雨が激しく広がって降るさま。顚沛(テンパイ=ころんだり足をはねたりしてあわてふためく)も要注意。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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