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そのアバウトさが鼻持ちならぬのだ=「日本名勝記」を読みて麗水の紀行文を評す」(2)

明治のアルピニスト、小島烏水の「『日本名勝記』を読みて麗水の紀行文を評す」(近代デジタルライブラリー、「銀河」所収)の2回目です。小説家であり紀行文家である遅塚麗水は1898(明治31)年8月、「日本名勝記」上巻を発刊しました。明治期後半の紀行文の大家として知られており、大ベストセラーともなったのです。全国を旅した麗水の文章は当時の庶民の憧れの的でもあったのです。自宅に居ながらにして全国各地を曾遊の地に出来るというまさに紀行文が持て囃されたのでした。ところが、そこに陳ねられている文章は漢文の美辞麗句に過ぎない。真の風景を叙したものではないと反感を持ったのが小島烏水でした。彼自身も漢文素養たっぷりであったのは前回の文章の冒頭を瞥見しただけでお分かりだと思います。だからこそ、漢文体の限界をも体感していたのでしょう。麗水の「日本名勝記」に真っ向から反論する文章が続きます。まずは誤りが多すぎることが看過できなかった。


 然れども是れ恐らくは、多く著者の知ろし召さゞるところ、1)は只だ本書にあるべし、延いて著者に繋ぐ可らず。往々地名などにこそ、著者の誤聞とおぼしきものあれ、純粋に麗水氏を評論せんと欲せば文を以てすべし、殊に紀行文を以てすべし。僅に「不二の高嶺」「富士川の急瀬を下る記」「松島に遊ぶ記」の三篇に過ぎざれども、仔細に検すれば、他も氏の旧稿を2)センサイし潤色し、首尾を綜合して長短緩急順排序列その宜しきを得しめたるに似たり。余、麗水氏の文を読むこと多からざれども、「多摩川の西岸」なる一章が全然「多摩の左岸を下る記」を借り、「碓氷の東」が「上毛の三山」より3)ひ来りたるを指すに難からずとせば他は知るべきのみ。されば本書は麗水氏の紀行文に於ける技能を代表するものと見て不可なかるべし。たゞし白河関北は編纂の順序より捨つ可らずして之を収めたれど、実は著者親しく4)トウシュウの地にあらざりしか、或は気懈り骨弛び急遽匆忙筆を騙りしか、斎藤竹堂、橘南渓、川田甕江、幸田露伴諸家の紀行を抄したるに過ぎず。されば最も多く油の乗りたる前半につきて言を立てたり。

 凡そ紀行文は新体詩や、小説の如く全く空想の大自在を許されてその上に土台を据ゑられたるものにあらねば、或点までは地理や歴史と親類附合の関係なかる可からず。瑣細なることながら江の島の龍窟を「造化の巧みを弄するに驚き」とは不詮索なるを免れず。江の島の龍窟なるものは人工に成れるのみ、或はいふ、古代金を採掘せる跡なりと。其証は今見当らねど、藤原惺窩先生の由井ケ浜偶成の引に曰く「今日見由比之堀金、沙汰5)簸揚唯謹、曰似者多。而真者少。故択之精一。不精一、則終日営々。不得秒忽云々」詩に曰く「寂寞貧窮由井浜。平生嘗尽幾酸辛。民択黄金君択士。吾干心地要求珍。」と。されば由井ケ浜より江の島一帯は今日の金崋山の如くなりしに、其後採掘し竭くして止めたるならむ。6)任他、麗水氏は詩人なり、三保の松原に天女の7)ゲイショウを掛けたるを伝へて「秀麗の地由来神話多し、故らに穿鑿せざるを妙とす」と庇ふに至りては氏の脳髄は乾にあらずして湿、区々たる事実は頓着せで止みたるものゝごとし。さればにや腰越の満福寺を満願寺と誤り、鎌倉の紀中円覚寺の妙香池「今尚紅蓮白蓮の妙香を放つ」といひて一ページを翻へせば頼朝の墓を叙して「屍蟬落葉多し」とある、かなたは夏、こなたは凩吹きすさぶ冬景色なり。素より首尾を通したる紀行にあらざれば、物に依りて季を定め、景を換へ、人の感触に易からしめたるなり。大人気なくこれらを8)ツイジョウするは余の好まざるところ、氏の本意にあらざるべし。



地名の誤りはもともと土地の人などから間違ったものを聞いていた可能性がある。地名の誤りよりも紀行文としての価値を論評した方がいいと烏水は考えました。「日本名勝記」に採録された数々の文章は麗水のかつての文章を寄せ集めたものであり、中には紀行文として名を馳せた他の文人のものを参考にしたものも多いと見破っています。今で言うなら盗作すれすれのパクリと言うところでしょうか。参考と模倣は別ですからね。そうした作品は論評に値しないとして、前半の脂の乗ったころに書かれた作品を中心に論考していきます。

まず、紀行文の最大の特徴は空想で書いてはいけないということです。自分の眼で見、耳で聞き、肌で感じたことをそのまま書く。地理や歴史の事実と符合していなければならないことを説きます。しかし、麗水の日本名勝記では事実に即していない部分が散見され、細かい点には無頓着であることを指摘しています。風景描写でも夏と冬が混在していて一貫性がないことも論います。しかし、麗水が「小説家」でもある点を斟酌して、多少の換骨奪胎的な季節性の置き換えなどは大目に見ようといいます。読者を意識して読者のお気に入りになるように迎合した部分は多少は仕方ないということでしょう。

ここまでの烏水の批判はどうやら紀行文とは兎に角、徹頭徹尾「正確」であらねばならないということですね。麗水のいわば、アバウトな記述に対しては鼻持ちならなかったようです。烏水と麗水の性格の違いが浮き彫り出ている感じもします。鷹揚とした麗水に対し、神経質なまでに細かい烏水。この対比はこの論文の最後まで続きますねで気に留めながら読み進めていきましょう。


問題の正解は続きにて。。。






1) 咎=とが。過失。「とがめる」とも訓む。音読みは「キュウ」。咎殃(キュウオウ=さしさわり、災難)、咎悔(キュウカイ=とがめと後悔、さしつかえ)、咎罪(キュウザイ=罪、過失、とがめる、咎過=キュウカ=・咎愆=キュウケン=)、咎徴(キュウチョウ=天のとがめのきざし)、既往不咎(キオウフキュウ=過ぎたあやまちの罪は問わない、キオウはとがめず)。

2) センサイ=剪綵。あやぎぬを裁断して衣服を作ること、文章に手を入れて直すこと。剪裁、翦綵、翦裁でもOK。「剪」は「きる」。「綵」は「あやぎぬ」。

3) 倩ひ=やとひ。「倩ふ」は「やとふ」。人に代理を頼む。ここは文章を借りること。

4) トウシュウ=蹈襲(踏襲)。前の人のやり方などをそのまま受け継いで行うこと。蹈常襲故(トウジョウシュウコ=従来のやり方を受け継いでそのとおりにしてゆくこと)。「蹈」は「ふむ」。蹈海(トウカイ、うみをふむ=海に身投げして死ぬ)、蹈義(トウギ、ギをふむ=物事の正しい筋道をふみ行う)、蹈践(トウセン=ふみつけてだめにする、蹈藉=トウセキ=)、蹈敵(トウテキ=敵地に踏み入る)、蹈鞴(トウビ=足をふんで空気を送る大形のふいご)、蹈履(トウリ=人として行うべき道理を実行する)。

5) 簸揚=ハヨウ。箕で穀物をあおりあげて、ぬかやもにがらを取り去ること。「簸」は
ひる」で「箕を左右に傾け、穀物の中にまざっているぬかやちりをあおってとりさる」の意。簸蕩(ハトウ=箕であおったように、はげしくゆれうごくこと)、簸弄(ハロウ=もてあそぶ、おもちゃにする、翻弄、おだててそそのかして問題を起こさせる)。

6) 任他=さもあらばあれ。「ニンタ」とも。他にゆだねてなるままにまかせること、ままよ、どうとでもなれ。遮莫。

7) ゲイショウ=霓裳。にじのように美しい裳(スカート)。「霓」は「にじ」。雌の虹です。霓裳羽衣(ゲイショウウイ=うすい絹などでつくった、女性の美しくて軽やかな衣装のこと、舞曲の名称、唐の玄宗皇帝と楊貴妃の故事、長恨歌には欠かせないアイテム)。

8) ツイジョウ=追躡。「躡」は「ふむ」。先行した者の足あとをふむ、足あとをつけて追いかける、足あとをたどりあとから追いかける。躡足附耳(ジョウソクフジ=他人に悟られないようにそっと耳打ちすること、足を躡み耳に附す)、躡蹻(ジョウキャク=わらぐつをはく、旅に出ること)。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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