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腹七分目が丁度いいペース、人間関係もね…=「旅の心得」(3)

幸田露伴の「旅の心得」の3回目です(近代デジタルライブラリー所収、「露伴叢書」から)。旅先の恥は搔き捨てとも言います。日常を脱出したがために平生と違った振舞いをしがち。特にお金の使い方が荒くなったり、しみったれたりする。お金の価値は変わらないのだから、下手に使うと手痛い竹篦返しを食らうのです。露伴先生(翁はやめます)は自らの失敗談を基に敢えて旅の箴言を認めています。今回も数々のお言葉が陳ねられています。


一。旅に在りては、みだりに他人の事に関はること勿れ。思ひのほかなることの出来て身を1)退かんにも退きがたく、心にもあらず時日金銭を費し心を苦めては已みがたきことに遇はんも知るべからず。すべて我が予想もせざりし事に深く立入らんは、面白きことに遇ふ源ともなるべけれど、好ましからぬことに遇ふ源となるかた多しと知るべし。

一。脚を傷めては旅の興を失ふこと極めて大なり。2)マメといふものは、皮の擦れて熱するより生ずるとおぼし。心して生ぜざる前に防ぐべし。人によりては、これの生じやすき皮膚を有てるものありと見ゆ。既に生じたらんには、睡る前に先だちて、飯糊に煙草の灰宝丹などを練り交ぜ、厚く紙につけて貼るべし。靴ずれは、木綿の靴襪を用ゐるか、毛糸のにても汚れ3)アカづきたるを用ゐるより生ずるものなり。これも予め防ぐべし。石鹸(しゃぼん)を解きたるを靴襪にも足にもしたゝかに塗れば、まさに靴ずれの生ぜんとするをも防ぐ功あり。既に生じたるには、また例のマメを治する法を用うべし。マメ靴ずれなど足にありては歩むことを4)イトふのみに心取られて、彼の名高き付句にいへる如く、5)サンリと聞いて行かぬ松島といふやうなることにもなるものなり。

一。奇を好むに過ぎて、あらぬ路などに踏み入らむこと然るべからず。我のみならむには猶可なり、ゆめ他人と共によしなき山中などにさまよふべからず。

一。旅にては酒を過ごすとも大抵二日酔などはせぬものなり。されど多く用ゐんは愚なるべし。特に午の休憩に酒を多く飲まんは、おもしろからぬ事を生ずる源たるべし。心すべきなり。

一。十分の力を用ゐて路を貪り行かんは風雅も薄く心も忙しく無下に拙き旅の仕方なり。旅にては常に七分の気力を用ゐて三分の気力剰し置くべし。十里行くべきを七里行きて宿り、五里歩むべきを四里歩みて休むほどにすれば、心もゆたかに身も苦まぬまゝ見ることも聞くことも自然詳しく6)やかになり、旅行の興も多く益も多く、また万一の事起るとも気力乏しからねば能く之に応ずるを得べし。然るに我が気力の有らん限りを費さんには、事に当るに余地といふもの無ければ、おのづから万般(よろづ)の事を7)くのみおぼえて見るも聞くもおろそかにするに至るべく、また万一の事など起らんには精神まづ8)イビして身もまた変に応ずるに堪へざるべし。朝に多く語る人は夕に勢ひ弱るものなりと旅に慣れたる人は言ふ。味ある言なり。




旅先ではむやみに他人と関わろうとしてはいけない。旅は脚が命。まめや靴ずれは厳禁。怪しげな場所に足を踏み入れてはいけない。酒も大概にして二日酔いはもってのほか。100%全開で歩くな。70%くらいがちょうどよい。朝方からしゃかりにきなって元気な人は夕方には一挙にしおれるもの。ペース配分を一定に一日は二十四時間、万人に平等にあるのだから。

旅は非日常を演出するものです。知らない土地で知らない風景や人間と出あう。それが醍醐味。かといって一生そこで暮らすわけではない。いわば一見。冷やかしと言ってもいいかもしれません。だから、一定の距離を保つことが肝要だと露伴先生は考えている。その距離感こそが長続きの秘訣なのです。不即不離。70%というのはいいところでしょう。これは旅に限らないかもしれません。人と人の付き合いにも当てはまる。べったり突っ込んでしまうといいときはいいが、いったん拗れるともう戻れない。70%くらいの付き合いが長続きする。特にblogなどネットの世界は顔が見える付き合いではないからより一層そう思えますね。

旅の心得はもしかしたら人生の心得かもしれません。

問題の正解は続きにて。。。







1) 退く=のく。居た場所から引きさがる。今までの関係を離れる。「退っ引きならない」(のっぴきならない)と用いれば、「避けることもしりぞくこともできない、進退窮まる」。退嬰(タイエイ=あとへひきさがって進んで物事をしようとしないこと、消極的であること)、退遁(タイトン=その場をはなれて危険な物事をよける、退避=タイヒ=)、退耕(タイコウ=官職をやめ、郷里で農耕に従事する)。

2) マメ=肉刺。履物との摩擦や荒仕事、あるいは激しい運動などのために手足にできる、豆のような水腫。

3) アカ=垢。活力を失った皮膚の表皮や、脂・汗・ほこりの混合したもの。比喩的に、よごれ、けがれ。「垢づく」で「あかで汚れる」。

4) イトふ=厭ふ。好まないで避ける。

5) サンリ=三里。灸のツボ。膝の関節の下のくぼんだ部分に在り、ここに灸を据えると健脚になれるとされる。言わずもがなの松尾芭蕉「奥の細道」の冒頭のくだりに出てくる「三里に灸すゆるより、松島の月先心にかゝりて」を踏まえたパロディー。誰しも旅に出る場合、これが見たいというものがあるはずです。芭蕉の場合は、それが「松島の月」でした。脚に若干の不安があったのですが、熱い熱いお灸をすえてでも見たいものだったのです。敢えて「渇望」と置き替えましょう。折角の渇望をも打ち砕くのが「肉刺」や「靴ずれ」。旅先での歩行を困難にし、旅を台無しにする。芭蕉翁のアドバイスに倣って、是非ともその予防策、対処策は心得ておくべきでしょうね。

6) 密やか=こまやか。すきまもないほど親しいさま。密緻(ミッチ=こまやかでしっかりとしていて抜け目がない)、密邇(ミツジ=すぐ近づいていること、ぴったりと寄り添う)、密洽(ミッコウ=細かい所まで行き届いていて欠ける所の無いこと、往来密洽=オウライミッコウ、しょっちゅう行き来して仲が良い=)。

7) 懶く=ものうく。「懶い」は「ものうい」。ものぐさなさま。「おこたる」の訓みもある。音読みは「ラン」。懶惰(ランダ=ものぐさでだらしないこと、懶慢=ランマン=)、懶婦(ランプ=不精のおんな、コオロギ、嬾婦=ランプ=)、懶困(ランコン=ものうくてつかれる)

8) イビ=萎靡(委靡)。しおれてちぢむ、衰えてげんきがなくなる。萎縮(イシュク)。萎靡沈滞(イビチンタイ=物事の動きに活気や勢いのないこと)。「萎」は「なえる」「しぼむ」「しおれる」。萎禾(イカ=枯れてしおれた苗)、萎黄(イコウ=葉がしおれて黄色くなること)。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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