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唐めきたる名称が彫られたる十の名勝=木曾道中記「日本道中記」(11)

遅塚麗水の紀行文集「日本道中記」(近代デジタルライブラリー所収)から、「峡雲蘇雲・木曾道中記」の11回目です。諏訪湖をめぐり、それを源とし駿河、遠江の国を歴て太平洋に注ぐ天龍川の峡谷を嬉しみます。

四 諏訪湖と天竜峡

 周囲五里と註せられたる諏訪の湖は、湖の心深く、大威徳明王の姿のまゝに1)カッチュウに2)を3)んで、4)しへに石棺のうちに眠れる機山大居士の其の名を負へる信玄袋のさまにして、其の口を括りたる碧の緒と見えたるは、駿遠の間を流れて東海に入る天龍川なり、天龍峡の勝を看めんには、辰野駅より赤穂まで電車に乗り、更に飯田まで八里を馬車又た自動車、飯田より時又まで二里にして天龍峡なり、姑射橋、龍角峯、帰鷹山、烏帽石、溶鶴岩、爛柯石、仙牀磐など、峡を夾んで峭碧尖青の奇峯多く、奔流は雷と鳴る、一景ある毎に其の名を石の面に彫られたるは唐めきたり、筆者は日下部鳴鶴翁と聞く、辰野に行かずして、諏訪湖南の諏訪神社に5)サイし、杖突(つゑつき)峠を踰へ、高遠町を歴て、仁科信盛が寡兵をもつて織田氏の大軍に当り、一族の6)カンタンを泥に委して武田氏の7)シャショクに殉したる兜城の跡を看て、信野の国の枕詞となれる美薦の村を過ぎ、伊那の町に入るも亦た趣き多き旅路なり。


「機山大居士」は武田信玄の法号です。「信玄袋」とは、布製の手提げ袋、身の回りの物一切合財を入れることから合切袋とも言う。その名の由来は麗水が記したとおりです。諏訪湖の形が似ているというのです。

麗水が「天龍峡」の峭碧尖青の奇峯として挙げた姑射橋、龍角峯、帰鷹山、烏帽石、溶鶴岩、爛柯石、仙牀磐はいかにも中国っぽい名称です。読めますか?敢えて問題にはしませでしたが、順に「コヤキョウ」「リュウカクホウ」「キヨウザン」「ウボウセキ」「ヨクカクガン」「ランカセキ」「センショウバン」。それらの奇峯のいちいちの名称を彫ったのが日下部鳴鶴翁。Wikipediaによりますと、明治の三筆の一人で近代書道の確立者。中国、特に六朝書の影響を受けた力強い筆跡が特徴。それまでの和様から唐様に日本の書法の基準を作り変えた。加えて数多くの弟子を育成、現在でも彼の流派を受け継ぐ書道家は極めて多い。芸術家としても教育者としても多大な功績をあげたことを称えて「日本近代書道の父」と評されることもある。鳴鶴の流派は鶴門と呼ばれ、その門下生は3000人を数えたと言われる。また揮毫した碑は1000基とも言われ、全国に数多く見られる。中でも大久保公神道碑は鳴鶴の最高傑作といわれる。

天龍峡の石碑は天龍峡十勝と呼ばれ、この1000基に含まれるのでしょうね。麗水が記したほかに、垂竿磯(スイカンキ)、烱烱潭(ケイケイタン)、樵廡洞(ショウブドウ)、芙蓉峒(フヨウドウ)というのもあります。天龍ライン下りで一度見てみたいものですな。


問題の正解などは続きにて。。。








1) カッチュウ=甲冑。よろいとかぶと。「冑」(かぶと)と「胄」(世継ぎ)は別字です。部首が違う。前者が「どうがまえ(けいがまえ)」、後者が「肉月」。冑甲(チュウコウ=かぶととよろい)、冑臍(チュウセイ=かぶとの鉢の中央のあな、かぶとの星)、冑題(チュウダイ=かぶとの正面、この「題」はひたいの意)。

2) 骸=むくろ。骨組みだけ残った死人のからだ、なきがら。音読みは「ガイ」。骸軀(ガイク=からだ)、骸骨(ガイコツ=死人のからだ、しかばね)、乞骸骨(ガイコツをこう=君主に仕えている自分だが、その老いさらばえた骨だけはいただいて帰りたいと願い出る、辞職を願うこと、乞身=キッシン=・乞骸=キツガイ=)。「軀」も「むくろ」。

3) 裹んで=つつんで。「裹む」は「つつむ」。そとからまるくつつむ、くるむ。音読みは「カ」。裹革(カカク=戦死した人の遺体を馬の革でつつむ)、裹屍(カシ・かばねをつつむ=戦死した人の遺体をつつむ、以馬革裹屍)、裹足(カソク・あしをつつむ=ためらって前に進まないこと)、裹頭(カトウ・こうべをつつむ=頭髪をつつむ、出征のために黒い絹布でずきんのように頭髪をつつむこと)。

4) 長しへ=とこしへ。「とこしなえ」とも。永遠、永久。長纓(チョウエイ=高貴な身分)、長筵(チョウエン=盛大な宴会の席)、長駕(チョウガ=車や馬に乗り遠くまで行くこと)、長喙(チョウカイ=話す必要のないことをしゃべること)、長跪(チョウキ=両膝を地面につけて腰をのばし、上半身を直立させてするうやうやしい礼)、長鋏(チョウキョウ=刃の長いはさみ、刀身の長い刀)、曳長裾(チョウキョをひく=衣服の長いすそをひきずる、官吏になること)、長衢(チョウク=長く続いている町並み)、長裙(チョウクン=長いスカート)、長頸烏喙(チョウケイウカイ=長い首と烏のくちばしのようにとがった口、忍耐強いが残忍で欲深く疑い深いので、困苦は共に出来ても安楽は共にすることができない人の人相とされる)、長庚(チョウコウ=宵の明星)、長嗟(チョウサ=深く溜息をついてなげく)、長策(チョウサク=長いむち、すぐれた計画、先々を見通した遠大な計画)、長殤(チョウショウ=十六歳~十九歳までに死ぬこと、若死に)、長嘯(チョウショウ=踰えを長く引き伸ばして詩歌を歌う、うそぶく)、長嘶(チョウセイ=長く声を曳いていななく)、長戚(チョウセキ=長い間続く憂い)、長鎗(チョウソウ=ながいやり、米)、長太息(チョウタイソク=ながくてふとい溜息)、長途(チョウト=旅などの長い道のり、長旅、長程=チョウテイ=)、長鞭不及馬腹(チョウベンバフクにおよばず=長い鞭でも馬の腹までは届かない、強大な勢力でも及ばないことがあることのたとえ)、長揖(チョウユウ=両手を組み合わせ前方にあげて下におろす礼をすること)、長鬣(チョウリョウ=もじゃもじゃした長いひげ)、長を挟む(チョウをさしはさむ=自分が年長であることを鼻にかける)。

5) サイ=賽。「賽す」と用いて、神から福を授けられた、そのお礼としてまつりをする、お礼参りをする。賽神(サイシン=神に収穫を感謝するまつり)、賽社(サイシャ=秋の収穫が終わり、田の神に感謝するまつり)、賽会(サイカイ・サイエ=大勢の人が集まり曲芸などを行って神を迎えてまつりをすること、賽神のまつり)。

6) カンタン=肝胆。肝臓と胆嚢。あい応じて体力を保つ大切な器官。ここは「肝胆を泥に委す」で「死ぬこと」の意。この場合の「委」は「すてる、おちる」の意。胆も胆嚢も切り落とされてそのままに捨て置くの意。肝胆塗地(カンタンチにまみる=むごたらしく切り殺されて肝臓や胆嚢も泥に塗れる)という成句もあります。

7) シャショク=社稷。土地の神と五穀の神。国の守り神として必ずまつった。ここは社稷之臣(シャショクのシン=国家の大任を果たす大臣、国家の重臣)の意で「武田家の重要な家臣」の意として用いています。「社」は「土の生産力をまつった土地の神」。
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不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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