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高砂や~、この浦舟に~、帆を上げて~…=木曾道中記「日本道中記」(7)

遅塚麗水の紀行文集「日本道中記」(近代デジタルライブラリー所収)から、「峡雲蘇雲・木曾道中記」の7回目は、「三 金泉湯と瑞垣山」の「その2」です。山梨の秘湯、金泉湯を目指す麗水ですが、前日の八ケ岳登山で疲労困憊し、歩くのがやっと。歩が進まない彼を見かねて同行の友人が一足先に宿に行き、若い者を迎えによこす算段をつけました。冒頭はその迎えの少年と出くわすシーンから。。。

 小尾の山の懐へと辿り入り、深き谷の崖路を行く折しも、湯の宿より迎ひに来れる一少年に1)ホウチャクせり、一渓噴白、圮橋(しきょう)を渡れば一楼の山を背にして立てるあり、渓に2)める小窓より明かく燈の射すは、友の賃せる室なるべし、此処は小尾の山奥に唯一軒の温泉の宿なり、嬉しくも門に入る、黒檀のごとく黒光りせる大黒柱に懸けたる八角時計の、鍼は二時半を指して停まれり、山中暦日なし、先づ風呂の事、釘の頭の光る古廊下を、3)テショクに導かれて友と浴室に赴く、浴池の広さは八畳敷もあるべし、微温の泉は、4)エイエイとして湛えらる、5)サンレイにして久しく居りがたし、傍に熱く湯を沸かしたる鉄砲風呂あり、それに入りて温まりて二日の疲労は全く解脱す、膳には大なる岩魚の塩焼あり、山中の6)チンセンこれに越したるものはなし、7)ソンロウの淡泊にして酔ふに足るものあり、給仕の白頭翁、8)は六十ばかり、A)■■(ちよんまげ)を戴きて、甚平を被りたるさま高砂の9)のごとし、頻りに紅葉の時の美観を説いて、俺等(わしら)、毎年、秋が楽しみでござります、朝から晩まで、山の紅葉を観てゐても飽きるといふことはござりませぬと曰ふ、夜雲水のごとく軽き寒さを載せて窓より入る来る、蛍も共に訪れて、燈火を掠めて行くなり。


和訓語選択の問題。

A) 「ちよんまげ」 ビンパツ・アケイ・ツイケイ・ソウカク・ニッケイ



金泉湯は山梨・小尾の山奥にある一軒宿です。日が暮れる寸前にようやく到着しました。八角時計のはりは「二時半」。時が止まったまま。「山中暦日なし」。タイムスリップしたかのよう。ただそこには温泉があるだけ。時間の流れは温泉の有無とは無関係なのです。サイトにもあったんですが、今泉湯はかなりの低温のようです。寒くて体が冷えて長くは入っていられないと麗水も記しています。だからこそ、しゅんしゅんに沸いた鉄砲風呂がありがたいのです。使った瞬間、彼は昨日来の困憊から解放されました。夕食は山の珍味で溢れています。宿の主は白髪であたかも仙人、とは書いていませんが、ちょんまげに甚平は「高砂の尉」の若し。夫婦和合の、めでたい好好爺です。


ところで、最後が興味深いのですが、白頭翁の発話をみてください。「俺等(わしら)、毎年、秋が楽しみでござります、朝から晩まで、山の紅葉を観てゐても飽きるといふことはござりませぬ」と、直接話法になっていて話ことばの言文一致体となっています。全体が漢文調の文語体の中でやや違和感がありますが、二葉亭四迷に始まる言文一致を使い分ける風潮は、明治後期から大正期にかけて次第に混淆していったのでしょう。麗水の紀行文でも実は漢文調と口語調の文章が対比できるかのように並べられている、面白いものがあります。彼の頭では恐らく読者やTPOで使い分けていたのだと思います。新聞の読者層の広がりが背景にあると思われ、文語文だけでは読者ニーズにこたえられなくなったのではないでしょうか。この辺りの「文体論」は迂生も興味があり、いずれ詳細な分析を試みたいと考えています。

問題の正解は続きにて。。。

1) ホウチャク=逢着(逢著)。ふと出くわす。「逢」には「両方からつまみよせてぬいあわせる」という変わった意味もあります。「縫」に当てた用法です。逢掖之衣(ホウエキのイ=たもとが大きくてゆったりと広く縫い合わせた着物、逢衣=ホウイ=)、逢原(ホウゲン=みなもとを見つけ出す、徹底して見極める)、逢遇(ホウグウ=思いがけなく出会う、逢会=ホウカイ=)、逢遇(ホウグウ=相手に調子を合わせてへつらいおもねる、迎合する)。

2) 枕める=のぞめる。「枕む」は「のぞむ」。「臨む」と同義ですが、物の上に乗って下を観るというニュアンスがあります。「枕河」は「かわにのぞむ」。これは訓めるか?

3) テショク=手燭。柄が付いていて手で持てる燭台。「てショク」と湯桶読みもあり。「手套を脱す」は「本来の力を発揮すること」の意。

4) エイエイ=盈盈。水がいっぱいに満ちるさま。「盈」は「みちる」。盈溢(エイイツ=みちあふれる、盈羨=エイセン=)、盈厭(エイエン=みちたりる、満足する)、盈科(エイカ・あなにみつ=水の流れが穴いっぱいになってから先に進むように、学問も一足跳び高い所に至ろうとせず、順を追って進めるべきであるというたとえ、盈進=エイシン=とも)、盈貫(エイカン=弓をいっぱいに引き絞ること、罪に罪を重ねること)、盈虚(エイキョ=みちることと欠けること、盈虧=エイキ=)、盈月(エイゲツ=満月)、盈縮(エイシュク=みちることと縮むこと)、盈満之咎(エイマンのとがめ=物事が極点に達すればかえって災いをまねくということ、盈ちれば欠けるのが道理)。

5) サンレイ=酸冷。ひどく冷たい。冷たさが身にしみるさま。この「酸」は「つんと鼻をついて涙を促すような辛い感じがするさま、つらさ、わびしさ」の意。酸鼻(サンビ=鼻がつんとして涙を流す、目頭が熱くなる)、酸寒(サンカン=酸味や寒さのように、身にしみるつらい貧乏)、酸嘶(サンセイ=つらくて声をかすらせてうめく)、酸然(サンゼン=鼻がつんとするさま、しみじみと心にこたえるさま)、酸楚(サンソ=悲しくてつらい、酸痛=サンツウ=・酸愴=サンソウ=)、寒酸(カンサン=貧しくてわびしい)、辛酸(シンサン=つらさ、酸辛=サンシン=)。

6) チンセン=珍饌。珍しくておいしいごちそう。珍羞(チンシュウ)・珍庖(チンポウ)・珍味(チンミ)・珍膳(チンゼン)ともいう。珍卉(チンキ=珍しい草、珍草=チンソウ=)、珍肴(チンコウ=珍しい酒のさかな)、珍什(チンジュウ=珍しい道具、珍器=チンキ=)。

7) ソンロウ=村醪。いなかづくりの酒。村酒(ソンシュ)・村醸(ソンジョウ)とも。村墅(ソンショ=いなかにある別荘、村荘=ソンソウ=)、村墟(ソンキョ=村ざと)、村巷(ソンコウ=村の道、村里)、村夫子(ソンフウシ=見識の狭い学者をあざけってい言う言い方、田舎の学者、村学究=ソンガッキュウ=)、村閭(ソンリョ=村の入り口にある門、むらざと)。「醪」は「もろみ」「にごりざけ」。醪醴(ロウレイ=にごりざけ)、濁醪(ダクロウ=にごりざけ)。

8) 齢=とし。よわい。うまれてからその時までの年数。

9) 尉=じょう。能楽で老人をかたどった面。「尉と姥」(じょうとうば)。音読みは「イ」。官名。
時計の「鍼」(はり)。通常は縫い「針」のことですが、ここは柱時計の針という面白い用法。もともとかこの字を当てたのかもしれません。音読みは「シン」。鍼艾(シンガイ=いましめ・教訓)、鍼石(シンセキ=いましめ・教訓)、鍼線(シンセン=針仕事、物事の手引き、鍼縷=シンル=)、鍼芒(シンボウ=非常に小さいたとえ)、鍼薬(シンヤク=病気の治療)。


A) ツイケイ=椎髻。かみをうしろにたれ、たばねたまげ。「椎」は「つち」。椎鑿(ツイサク=つちとのみ、大工道具)、椎殺(ツイサツ=つちで打ち殺す)、椎剽(ツイヒョウ=人を打ち殺し金品を奪い取る)、椎埋(ツイマイ=人をうちころして埋める)、椎輪(ツイリン=素朴で飾り気のない物、不完全な物の喩え)、椎魯(ツイロ=愚かで鈍い、鈍重で間が抜けている、椎鈍=ツイドン=)。「髻」は「もとどり」「たぶさ」「みずら」。髪を頭上でぐっとたばねたところ。髻華(うず=古代、小枝・花・造花などを髪や冠にさして飾りとしたもの、かざし)、髻子(ケイシ=もとどり)、肉髻(ニッケイ=仏の顔かたちを規定する三十二相のうちの一つ、頭頂の部分がすこし丸く高くなっており、まげを結ったような形になっている)、丫髻(アケイ=あげまきに結った髪、転じて、そうした髪の少女・小間使い、丫頭=アトウ=・丫鬟=アカン=)。
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言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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