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九死に一生、山を侮る無かれ=木曾道中記「日本道中記」(5)

遅塚麗水の紀行文集「日本道中記」(近代デジタルライブラリー所収)から、「峡雲蘇雲・木曾道中記」の5回目は、「二 八ケ岳の絶頂」の「その3」です。物事は成就する目前が危ない。絶頂期も危ない。登山とはそんな基本を体感を伴って教えてくれます。でも、その教訓を生かすことができるのは命が無事あってのものだね。

 友と余とは、絶頂さして偃松の中に分け入りたり、靱軟の枝、1)センジュウの葉、浅きを分て行くに易かりしが、やがて枝椏縦横に石の上に2)サクソウして、3)はの幹は余を跳ね上げ、剛き枝は余を鞭うつ、深さは身を没するに余りあり、偃松の下は、例の霉爛せる花崗石の、彼の四日市の三菱の七筒庫(ななつぐら)も押倒したるやうなるが磊磊として累り、石と石との間には底知れぬ4)を開いて、雪と氷とを蔵せるなり、A)■■といふ間もあらず、余はその偃松の枝を踏み外して跳ね飛ばされ、B)■■うつて石と石との間に堕ちたり、深さは二丈ばかりもあるべし、堕つるはづみに、窟内の雪は頽れて、膝より以下を埋め去りたり、この時若し余の冠りゐし麦稈帽子が、偃松の枝に掛りて、余の堕ちたる処を同行の人に覚らしめざりせば、余は終にこの黒沈々たる氷窟裡に凍て死すべかりしなり、危いかな。

★靱軟(ジンナン)=しなやかでやわらかいさま。
★枝椏(シア)=枝がじぐざぐなさま。「椏」は「枝のくぼみゆがんだところ」。


和訓語選択の問題。
A) 「あなや」
B) 「もんどり」

コウシュ・トキン・トッサ・サテツ・キント・フクシャ


 海抜八千余尺の絶頂に立てば、前、駒ケ岳と気息を通じ、後、乗鞍、御岳を睨し、雲気の5)ソウモウたる日本アルプスの連山を望む、脚下の諏訪の湖は、掌よりも小さく見ゆ、飽かぬ看めに耽る折しも、天風急に6)りて、雨ふらんず気色なるに、先達の査公と村人とは、偃松浅き路を開いて、余等を7)いで一驂に8)走せ降る、奔雲、9)ヒョウを挟んで襲へり、ヒョウの大いさ10)スモモのごとく、面を向けがたし、辛くも白樺の林に逃げ入れば、ヒョウはまた氷雨となりて、烈しく降る、寒さ甚だし、人の顔するもの一人もなし、樺の皮を剝ぎ取りて、焚火を作り、辛うじて暖を採る雨やがて晴れたり、終に山を降る。朝の八時に山に入り、午後二時に絶頂、黄昏六時に小淵沢の旅館に帰る。

★一驂(イッサン)=いっしょに、そばにいて。「驂」は「そえうま」「そえのり」。四頭立ての馬車の、外側の二頭の馬。護衛として身分の高い人の車に同乗する人。



山を侮ってはいけません。絶頂に至れば絶景を楽しませてくれますが、そうやすやすとは見ることができません。麗水は目前にして偃松をかき分けて進みますが枝や葉が石を隠して生えている中に、大きな窪みのあることに気付かず、足を滑らせ落ちてしまいます。深さ二丈。およそ6メートル。氷や雪が融け残る。暗い穴。「危いかな」。流石の麗水も観念したと述懐しています。脱げてしまった麦藁帽子が彼の居る場所を教えて助けを呼んでくれたのです。正に命の恩人でした。淡淡と書き進めていますが、本当に死の寸前まで行ったのです。

かと思えば、無事、絶頂に辿り着いて辺りの絶景を楽しんでいたところ、突然、天候が急変します。大粒のひょうが降り襲いかかります。今度は冷たい雨。白樺の林で暖をとりながら麗水は思ったことでしょう。この過酷さがいいのだ。だからおれは旅を続けるのだ。懲りませんよね。彼のフットワークの軽さはまさに自分の目で見、耳で聴くことを信じる「飛耳長目」。そして、博識。明治から大正にかけて希有なジャーナリスト。命を賭けて旅をして文章をものしたのですから。

問題の正解は続きにて。。。




A) トッサ=咄嗟。なげく声、ため息をつく。

B) キント=筋斗。蜻蛉返り。身をさかさに返して立つこと。翻筋斗とも。



1) センジュウ=繊柔。ほっそりして柔らかなさま、しなやか。

2) 撓は=たわは(たわわ)。たわむほどのさま。おされてまがる、しなう、ゆがむ。音読みは「ドウ」。撓曲(ドウキョク=たわめ曲げる)、撓屈(ドウクツ=たわんでへっこむ)、撓擾(ドウジョウ=乱して困らせる)、撓北(ドウホク=戦いに敗れること、撓敗=ドウハイ=)、撓乱(ドウラン=乱す、乱れる、擾乱=ジョウラン=)。

3) サクソウ=錯綜。たくさんのものが複雑に入り混じってい集まること。

4) 窟=いわや。ほら、あな、まるくほりあけた所。

5) ソウモウ(ソウボウ)=蒼莽。草木のあおあおと茂っているさま。草莽・叢莽とは意味が違うので区別しておこう。

6) 簸り=あおり。「簸る」は「あおる」。波のようにあおりあげる。音読みは「ハ」。簸蕩(ハトウ=箕であおったようにはげしくゆれ動くこと)、簸揚(ハヨウ=箕で穀物をあおりあげて、ぬかやもみがらをとりさること)、簸弄(ハロウ=もてあそぶ、おもちゃにする、おだてそそのかして問題を起させる)。

7) 麾いで=さしまねいで。「麾く」は「さしまねく」。手の先をまげて人を呼んだり、さしずしたりする。音読みは「キ」。麾鉞(キエツ=さしず用の旗と、まさかり)、麾下(キカ=大将のさしずばたのそば、将軍直属の部下)、麾召(キショウ=まねき寄せる、呼び寄せる、麾招=キショウ=)、麾扇(キセン=軍をさしずする扇、軍扇)、麾幢(キトウ=軍をさしずするのに使う旗、麾旌=キセイ=・麾節=キセツ=)。

8) 走せ降る=はせくだる。走りおりる。

9) ヒョウ=雹。凍ったまま雷雨などに伴って降るもの、あられ、音読みは「ハク」であることの留意。「ひょう」は訓読みです。雹霰(ハクセン=あられ)。降雹(コウハク=ひょうが降ること)。

10) スモモ=李。桃に似た甘酸っぱいくだもの。音読みは「リ」。李耳(リジ=虎の別名)、李唐(リトウ=唐王朝のこと)、李径(リケイ=スモモの咲いている道)。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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