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応挙ゆかりの寺にある「金襖子」はげろげろと鳴かない?=山陰道五日の旅「日本道中記」(2)

遅塚麗水の「日本道中記」(近代デジタルライブラリー所収)から「山陰道五日の旅」シリーズに2回目です。城崎温泉エリアを後にして兵庫・香住にある応挙寺へ。正式名称は大乗寺ですが、円山応挙の襖絵が名高いようです。香住と言えば蟹だよなぁ。。。しかし、麗水の旅は真夏です。暑そう。。。

二 応挙寺

竹野浜に遊びし翌日、香住の応挙寺、亀居山(きこざん)大乗寺に詣りたり、門前の清き流れには1)の行くこと多く、境内の老楠には蝉の啼くこと頻りなり、先づ大書院に入る、書院を繞る金襖子(きんぶすま)に瀟湘八景の図を描く、応挙の筆なり、正面の床には晃(あきら)親王の台筆天機所到の四字額を掲げ、王羲之、左右龍虎の三対幅を掛けたる、亦た応挙の筆なり、次は芭蕉の間、これも金襖子に郭子儀の児孫と戯るゝ図にて、隣の本堂孔雀の間には、金地十二枚の大襖子を聯ねて老松と孔雀とを絵がけり、伝へいふ、この絵成りて後、堂前の鳩見て真樹となし、飛び来りて襖子を損傷せりと、皆応挙の筆なり、この外、呉道士の原図を摹せる十六羅漢、応瑞、呉春、源綺、蘆雪守礼の絵も多し、応挙いまだ顕れざる時、この地に2)リュウグウして密英和尚に識られ、銀三貫を恵まれて京都の石田幽汀の門に遊ぶことを得、応挙の3)セイメイ天下に布くに及び、自から門弟子を率てこの寺に遊び、和尚の恩に4)ホウシャすべく、5)エンリュウ数月にしてこの絵を描がきしなりと伝ふ、6)ウグイスバリの長廊下、徐(しず)かに度れたば、其の禽(とり)の少々(さゝ)啼す、寺後の7)スイショウ間毎(まごと)々々の青嵐(あおあらし)、人はこの巨匠の世に留めたる墨の香に酔ひて、8)とばかり黙して看め且つ歩むなりき。

★晃親王は、幕末維新期の宮廷政治家である山階宮晃親王。東京遷都に反対した。

★「金襖子」には「きんぶすま」の和訓が振られています。しかし、これは「かじかがえる」と訓む。「きんぶすま」なら「金襖」でしょう。「子」はいらないはずです。麗水の誤りか?それとももともとは「きんぶすま」と訓み、「かじかがえる」が派生したのか?「かじかがえる」は熟字訓問題にいかにも出そうですが、「きんぶすま」と書いたら不正解でしょうね。なぜなら、熟字訓じゃないから。。。「大書院」「芭蕉の間」「本堂孔雀の間」。

★「瀟湘八景」(ショウショウハッケイ)は「中国宋代の宋迪が描いた瀟湘(現在の湖南省、瀟水と湘江)付近の景色のよい八つの場所、琵琶湖近江八景の原型」。

★郭子儀は中国唐代の軍人。玄宗皇帝期の安禄山の乱を平定。

★呉道士は唐代の画工。

★応瑞、呉春、源綺、蘆雪、守礼=いずれも本邦円山派や四条派などの画師たち。

★密英和尚=麗水の記述にあるように、応挙がまだ京都で苦学をしていた頃、住職の密英上人がその才能を認め、援助。後年、名声得た応挙が、大乗寺が再興されたときに、息子や門弟ら一門を引き連れ、襖・屏風などに名作を描き残し、そのうち現在、165点が重要文化財に指定されているといいます。応挙がこの寺に籠って筆を執ったのは江戸中期の天明7年(1787)と言われています。

★「摹」は「モ」。「まねる、てほんのまねをする」の意。摹刻(モコク=原本に似せて版木を刻むこと)、摹拓(モタク=石碑などに書かれた文字を紙にすり写すこと、摹搨=モソウ=)、摹勒(モロク=原本に似せて版木を刻むこと)。

無名だった応挙の出世ストーリーは面白い。いつの世も「親切」は大事。しかも、見返りを期待しないでするのが真の「投資」ですね。

 寺を出でゝ矢田川に傍ふて下り、鮎狩を看、船に上りて岡見の公園に行く、江を吸ふの9)の背に乗りて、静なる10)漁蜑の村、11)せる天草の香り高き磯に着く、岡見山の老松は、山の姿を蓬萊のさまに見せたり、日本海の12)テイボウは竹の浜に勝りて面白し。


 翌日(あくるひ)は鳥取に行く、鎧駅を過ぎて余部(あまるべ)の大陸橋あり、山陰第一と称せらるゝ桃見峠(ももみとうげ)の長き13)ズイドウ(とんねる)あり、居組(ゐぐみ)の駅の錦浦、雪の白浜、岩美の駅に近く浦富(うらどめ)の奇勝あり、沙一湾、松一湾、花さくや黄金の島の夜も光る菜種島あり、千貫松の島もあり。


★余部の大陸橋=山陰本線鎧(よろい)駅と余部駅の間にあるトレッスル式鉄橋。明治45年(1912)に総工費33万1千円をかけて完成。長さ309.42m、高さ41.45m 当時は東洋一とされた。鎧駅方面から列車で行くとトンネル(麗水のいう桃見峠の長き隧道、全長約2キロ)を出てすぐ鉄橋をわたるので空中にほうりだされたように感じたといいます。老朽化などの理由で2010年7月16日に供用を中止。現在はコンクリート製の二代目橋梁が供用されています。絶景ビューだそうです。

★菜種島=野生化した菜の花が春に満開に咲く。

山陰本線の汽車に乗って海岸沿いを進む麗水です。絶景ポイントの連続に圧倒されているようです。伯耆の国、鳥取に入りました。


問題の正解は続きにて。。。






1) 鮠=はや。はえ。コイ科の淡水魚、アユに似る。オイカワとも。中国ではナマズに似ており、長江産が有名。ただし、訓は「きす」が振られています。鱚は淡水魚ではないなぁ。

2) リュウグウ=流寓。ところどころにさすらいとどまること、流浪して他国に住むこと。

3) セイメイ=盛名。さかんな名声、立派な評判。

4) ホウシャ=報謝。恩に報い徳を謝すること、物を贈って報いること。

5) エンリュウ=淹留。久しくとどまること。淹久=エンキュウ=・淹泊=エンパク=ともいう。

6) ウグイスバリ=鶯張(り)。踏むとウグイスの鳴くような音を発するように張った廊下などの板、京都・知恩院が名高い)。

7) スイショウ=翠嶂。青々としたきりたった峰。「嶂」は「みね」。衝立のように遮り立つ山。層巒畳嶂(ソウランジョウショウ=いくえにもたちはだかる山々)。

8) 唖=おし。口がきけないこと、口のきけない人、啞者(アシャ)、「おうし」ともいう。

9) 蘆=あし、よし。イネ科ヨシ属の多年草、茎に丸い穴が通っている。音読みは「ロ」。蘆葦(ロイ=アシ)、蘆花(ロカ=アシの花)、蘆芽(ロガ=アシの芽、蘆牙、蘆錐=ロスイ=、蘆筍=ロジュン=)、蘆管(ロカン=アシの茎)、蘆洲(ロシュウ=アシの生えている州)、蘆絮(ロジョ=アシの穂綿)、蘆雪(ロセツ=アシの穂が雪のように白いこと)、蘆汀(ロテイ=アシの生えているみぎわ、蘆渚=ロショ=)、蘆笛(ロテキ=アシの葉を巻いてつくったふえ、蘆笳=ロカ=)、蘆荻(ロテキ=アシとオギ)、蘆苻(ロフ=アシの茎の中にある薄)。

10) 漁蜑=ギョタン。漁師、漁夫。「蜑」は「あま」。海に潜って海藻や貝を取る。「蜑」は「エン」ではない。読み問題注意。蜑戸(タンコ=あまの家)、蜑叟(タンソウ=蜑人の老人)。「蜑」は中国・福建省、広東省に住む水上生活者。家は舟で社会的に差別を受けていた時代があった。

11) 晒せる=さらせる。「晒す」は「さらす」。外に出して日光に当てさっぱりとよごれなどをとること。音読みは「サイ」。晒書(サイショ=書物を虫干しにすること、曝書=バクショ=)。

12) テイボウ=騁望。けしきなどを思う存分眺めること。「騁」は「はせる」。自由に考えたり述べたりする。また、思いのままに行う、ほしいままにする。騁懐(テイカイ、おもいをはす=遠くを思いやる、自由に思いめぐらす)。「騁」は「ヘイ」ではなく「テイ」。読み問題にも注意。

13) ズイドウ=隧道。「スイドウ」が正しい。もともとは陵など丘状の大きな墓で、棺を埋めるため平地から墓穴へ通じている道をいう。転じて、地下や山などを掘って通した道、トンネル。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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