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荷風の「掃墓」は懐かしい日本女性の鑑も対象なのです=「礫川徜徉記」(9)

永井荷風の「礫川徜徉記」(岩波文庫、「荷風随筆集(上)」・野口富士男編)シリーズの9回目です。小石川金富町は少年時代を過ごした家のあった場所。そこで家政婦として働いた女性がいました。荷風の追憶はさらに広がり深まります。

 金剛寺坂の中腹には夜ごとわが1)センコウの肩揉みに来りし久斎とよぶ按摩住みたり。われかつて卑稿『伝通院』と題するものつくりし折には、殊更に久を休につくりたり。久斎姓は村瀬名は久太郎といへり。その父寅吉といへるは幕府の御家人なりしとか。わが家金富町より一番町に移りし頃久斎は病みて世を去り、その妻しんといへるもの、わが家に来りて2)スイサン3)カンデキの労を取り、わづかなる給料にて老いたる姑と幼きものとを養ひぬ。わが父三たび家を徙して、終に4)エンソクの地を大久保村に卜せられし時、5)コウモンの傍なる6)皀莢の樹陰に7)カヤブキの廃屋ありて住むものもなかりしを、折から久斎が老母重き病に伏したりと聞き、わが母上ここに引取り、やがて野辺のおくりをもなさしめ玉ひけり。しん深くこの恩義に感じてや、センコウ8)カンシャを捐てられし後は、一際まごころ籠めてわが家のために立ちはたらきぬ。大正七年の暮われセンコウの旧居を人に譲り9)キンショを築地の僦居に移せし時、しんは年漸く老い、両眼既におぼろになりしかば、その忰の既に家を成して牛込築土に住みたりしをたより、次の年の春暇を乞ひてわが許を去りぬ。去るに望みて、御用の節にはいつにても御知らせ下さりましさしづめ来月の大掃除にはお手つだひに上りませうと言ひゐたりしがそのかひもなく、一月あまりにして突然身まかりし趣、忰のもとより言越し来りぬ。享年六十余歳。流行感冒に10)カカりて歿せしといふ。しん逝きて後ここに幾年、わが家再びこれに代るべき良婢を得ざりき。しんは武州南葛飾郡新宿の農家に生れ固より文字を知るものにもあらざりしかど、女の身の守るべき道と為すべき事には一として11)くところはあらざりき。良人にわかれて後永く寡を守り、姑を養ひ、児を育て、誠実の心を以てよく人の恩義に報いたり。われ大正当今の世における新しき婦人の為す所を見て翻つてわが老婢しんの生涯を思へば、おのづから畏敬の念を禁じ得ざるも豈偶然ならんや。しんの墓は小日向水道町なる日輪寺にありと聞きしのみにて、いまだ一たびも行きて弔ひしことなければ、この日初夏の晷のなほ高きに加へて、寺は一12)ギュウメイの間にあるをさいはひ杖を曳きぬ。路傍に石級あり。その頂に寺の門立ちたり。石級の傍別に道を開きて登るに易からしむ。登れば一望忽13)コウゼンとして、牛込赤城の嵐光人家を隔てて14)スイショク滴らむとす。供養の卒塔婆を寺僧にたのまむとて15)を通ぜしに寺僧出で来りてわが面を熟視する事16)良久にして、わが家小石川にありし頃の事を思起したりとて、ここに端なく四十年のむかしを語出せしもまた奇縁なりけり。


荷風は永井家に尽くしてくれた家政婦しんに日本女性の真髄を見抜き、胸底から畏敬の念を表します。一度も弔ったことがなかったのですが今回の小石川散策で水道町なる日輪寺にある墓を初めて訪れ、長年の懸案を一つクリアできました。荷風の「掃墓」は古の文人墨客ばかりが対象ではないのです。自分の身内とも言うべき親しい人をも訪れ、対話をするのでした。


問題の正解は続きにて。。。





1) センコウ=先考。死亡した父、亡父。「考」だけで「亡くなった父」の意。亡母である「先妣(センピ)」が対義語。亡父・亡母のセットでは考妣(コウヒ)。考功(コウコウ=死んだ父が残した仕事)、考降(コウコウ=父の死)。

2) スイサン=炊爨。飯を炊くこと。「炊」も「爨」も「かしぐ」。炊金饌玉(スイキンセンギョク=黄金をていて食べ珠玉を食べ物にする、贅沢な食事)、爨室(サンシツ=飯を炊く部屋、くりや)、爨炊(サンスイ=飯を炊くこと、書き取りではこっちが狙われる)、爨婦(サンプ=飯を炊く女、撒布=サンプ=との同音異義語が狙われる)。

3) カンデキ=浣滌。あらいすすぐ。ここは掃除洗濯のこと。浣濯(カンタク)・浣染(カンセン)・浣洒(カンサイ)ともいう。「浣」も「滌」も「あらう」「すすぐ」の訓みがあり。浣衣(カンイ=衣服をあらう、浣服=カンプク=)。

4) エンソク=燕息。安息すること。「燕」は「くつろぐ」「やすんずる」。燕居(エンキョ=家でくつろぐこと、燕処=エンショ=)、燕娯(エンゴ=くつろいで楽しむ)、燕語(エンゴ=酒盛りしてくつろいで語り合う、打ち融けた談話)、燕好(エンコウ=なごやかにもてなす、酒宴をひらき引き出物を贈ること)、燕室(エンシツ=休息するためのへや)、燕室(エンシツ=天子の休息する部屋)、燕朝(エンチョウ=天子の休息する御殿)、燕服(エンプク=日常、くつろいだときに着る服、普段着、ジャージーか)。

5) コウモン=衡門。二本の柱の上に横木をかけ渡してつくった粗末な門、かぶき門。「衡」は「よこぎ」の意。転じて、俗世を避けた隠者の粗末な家のこと。陶淵明が帰った田園の自宅にもありました。

6) 皀莢=さいかち。マメ科の落葉高木。高さ三~五メートル、山野・河原に自生。茎・枝に多数の棘があり、葉は複葉。夏に緑黄色で四弁の細かい花が開く。秋に長さ三十センチメートル余りの莢を垂下。果実はサポニンを含む。洗濯用、漢方生薬の皀角子として解毒・調和剤。若芽は食用。材は器具材、細工物などにする。皀莢虫(さいかちむし)はカブトムシの別称。

7) カヤブキ=茅葺。かやで屋を葺くこと。茅は、チガヤ・スゲ・ススキなど。萱とも書くが、榧(かや)はイチイ科の常緑高木。

8) カンシャ=館舎。大きな屋敷。館宇(カンウ)とも。「捐館舎」(カンシャをすつ)と用いて、住んでいる家を棄てて去る、転じて身分の高い人が死ぬことをいう、ここは亡き父上の死去をいう。語選択で捐館(エンカン=貴人の死)が狙われる。

9) キンショ=琴書。琴と書物、ともに知識人必携のアイテム。

10)カカり=罹り。「罹る」は「かかる」。病気になること、災難に遭うこと。音読みは「リ」。罹災(リサイ=災難にあう、罹厄=リヤク=・罹難=リナン=・罹禍=リカ=)、罹疾(リシツ=病気にかかる、罹病=リビョウ=・罹患=リカン=)。

11) 闕く=かく。完全に備わっているべきものが足りない。「かける」とも。音読みは「ケツ」。闕如(ケツジョ=かけて不完全なさま、闕焉=ケツエン=・闕然=ケツゼン=)、闕漏(ケツロウ=かけて不足している部分)。

12) ギュウメイ=牛鳴。「一牛鳴地」(イチギュウメイチ)が正式な言い方で「きわめて距離の近いこと」。牛の鳴き声が聞こえるほどに近い距離にあるというたとえ。のどかな田園地帯をいうこともある。一牛吼地(イチギュウコウチ)ともいう。指呼の距離、至近距離にあるということ。

13) コウゼン=曠然。広々として何もないさま。「曠」は「むなしい」と訓み、「広々として何もないさま」の意。曠達(コウタツ=心が広々として物事にこだわらないこと)、曠塗(曠途、コウト=広々とした道)、曠蕩(コウトウ=広々と開けているさま、度量の大きいこと)、曠望(コウボウ=広くながめ渡す、遠くをながめる)。

14) スイショク=翠色。みどりいろ、みどり。

15) シ=刺。名刺。「刺を通ず」が成句で「名刺を出す、相手に面会を求めて名前を知らしめて都合を尋ねる」の意。「刺を投ず」ともいう。

16) 良久=しばらく。当て字訓み。漢文訓読語法では「ややひさし」と訓む。しばらく、かなり名がいこと。時間が長時間経過する意を示す。「良」は「やや」とも訓む。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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