スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

とにかく坂が多く文人たちが好んだ町なんです小石川は…=「礫川徜徉記」(6)

永井荷風の「礫川徜徉記」(岩波文庫、「荷風随筆集(上)」・野口富士男編)シリーズの6回目です。少年時代を過ごした思い出の地、小石川の探索が続きます。冒頭の「博文館の印刷工場」は現在の共同印刷。この工場のことは迂生もはっきりと覚えています。千川通りを挟んで小石川植物園の正面にあり、ここから伝通院まで小高い丘になります。とにかく坂道の多い町でした。荷風の文章と地図を並べてみているといちいち坂に名前があるのが分かります。今も残るものもあれば、名前が変わっているのもあります。紀行文の楽しみはこのように今の地図を辿りながら読むと倍増しますね。荷風も再訪した当時、その40年前と比べ変わっていないものと変わっているものとが如実にコントラストされ感慨に耽っています。


極楽水の麓を環りし細流のほとりには今博文館の印刷工場1)ソビえ立ちたれば、その頃仰ぎ見し光円寺の公孫樹も既に望むべからず。小家の間の小道を上りて久堅町より竹早町の垣根道を過ぐるにかつて画伯浅井忠が住みし家の門前より、数歩にして同心町の2)コウクに出づ。電車砂塵を捲いて来徃せり。道の向側は切支丹坂に通ずる坂の下口にて、旧丹後舞鶴の藩主牧野家の黒板塀、玄関先の老樹と共に四十年のむかしに変る所なければ、なつかしさのあまり覚えず歩を止む。切支丹坂より茗荷谷のあたりには知れる人の家多かりき。今はありやなしや。電車通を伝通院の方に向ひて歩みを運べば、ほどなく新坂の降口あり。新樹の梢に遠く赤城の森を望む。新坂にはわが稚き頃大学総長浜尾氏の邸、音楽学校長伊沢氏の邸、尾崎咢堂が3)僦居、4)モンショウを連ね庭樹の枝を交へたり。この坂車を通ぜざりしが今はいかがにや。電車通を行くことなほ二、三町にしてまた坂の下口を見る。これ即金剛寺坂なり。文化のはじめより大田南畝の住みたりし鶯谷は金剛寺坂の中ほどより西へ入る低地なりとは考証家の言ふところなり。嘉永板の切絵図には金剛寺の裏手多福院に接する処明地の下を示して鶯谷とはしるしたり。この日われ切絵図はふところにせざりしかど、それと覚しき小径に進入らんとして、ふと角の屋敷を見れば幼き頃より見覚えし駒井氏の家なり。坂路を隔てて仏蘭西人アリベーと呼びしものの邸址、今は岩崎家の5)ベッショとなり、短葉松植ゑつらねし6)ドショウは7)ジョウサイめきたる石塀となりぬ。岩崎家の東鄰には依然として思案外史石橋氏の居あり。遅塚麗水翁またかつてこのあたりに鄰を卜せしことありと聞けり。正徳のむかし太宰春台の伝通院前に7)トバリを下せしは人の知る処。礫川の地古来より文人遊息の処たりといふべし。さてわれは駒井氏の門前より目指せし小路を西に入るに、ここにもまた幼き頃見覚えたりし福岡氏の門あり。福岡氏は維新の功臣なり。門前の小径は忽にして8)ケンガイの頂に達し紐の如く分れて南北に下れり。8)ガイカに人家あり。鶯谷は即このあたりをいふなるべし。さるにても南畝が遷喬楼の9)キュウシはいづこならむ。文化五戊辰の年三月三日、南畝はここに六秩の10)ガエンを設けたる事その随筆『一話一言』に見ゆ。


「礫川の地古来より文人遊息の処たりといふべし」。「遊息」とは「のんびりくつろぐ」の意。政治家、ジャーナリスト、思想家、経済人、学者ら名だたる名士が居住し、あるいはセカンドハウスを建てた土地が小石川なのです。そんなイメージは全くありませんでしたが、表通りから一歩径に入ると確かに閑静な街であったことは覚えています。さまざまな名士を持ちだしていますが、その中で一人だけ遅塚麗水に触れておきます。遅塚麗水〈チヅカ・レイスイ、1868年12月27日~1942年8月23日)本名は金太郎、別号は松白。作家・ジャーナリストで、明治・大正期の紀行文の大家として知られる。大衆小説には菅原道真を主人公とした「菅丞相」やアイヌに題材をとった「蝦夷大王」などがあり、また大正7年(1918年)には日本の初期の無声映画「乳屋の娘」(日活向島制作)の脚本も務めている。遅塚麗水は東京の下町の庶民に広く読まれた「都新聞」(昭和17年=1942年に国民新聞と合併して現在の東京新聞となった)の記者であり、「照日の松」は麗水生名義で都新聞で連載された大衆小説である。

彼の紀行文はいいですよ。書物として手に取ることは難しいですが、さすがネット時代。近代デジタルライブラリーによってかなりの作品を繙くことができます。荷風シリーズの後にでも弊blogで採り上げることも検討します。紀行文は前にも申し上げましたが、行ったことのない土地も曾遊の地にしてくれる肩の凝らない読み物です。

「六秩」は「六十歳」の意。「秩」には「十年」の意があります。十年を一秩という。大田南畝(蜀山人)が還暦のお祝いを、鶯谷(現在の小石川春日近辺)にある「遷喬楼」と名付けた邸宅で催したことが、彼の随筆『一話一言』に書かれているというのです。荷風は大田南畝の住んだ楼の跡を探し求めています。

ちなみに遅塚麗水の「幣袋」という紀行文の一節が以前、漢字検定1級試験の文章題に採用されたことがあります。charのmix日記で追いかけたことがあるのでIDのある方は→のリンクから2009年2月で入ってみてください。その冒頭のくだりだけコピペしておきます。長いですよ~。


【一 東海道】

 書き出しはこうです。

 鼻眼鏡に黒眼鏡、つれ立ちて月の晦日の宵浅き三等急行車にて新橋を立つ、七日ばかりの旅なるを、銀座へ物買に行く序とて家を挙げて送り来る、共に行くもの思案外史、

 ■「晦日」

 =「みそか」と宛字訓み。「晦」一字でも「みそか」。漢検辞典の見出し語にあり。

 ■「序」

 =「ついで」と表外訓み。

 白と青との階級を撤して、一切平等無差別の赤切符、納々たる客車の榻子に背を靠せ肱を交へて、パナマも、台湾も、お釜帽子も、麦稈も、上布も、浴衣も、絽も、透綾も、兵児帯も、三尺も、長き短き旅の路伴、折からの月明の、水より寒き夜涼のうちに友懐かしく譁やかに、知るも知らぬも打ち解けて語り合ふ、絶えて白と青とに見るところの倨傲矜驕、城府を作りて相睥睨する慢態なきは心地よし、

 ■「階級」

 =「しな」と宛字訓み。漢検辞典には音読みしかないが、表外訓みで「階(しな)」はあるので要注意。一等車、二等車といった列車車両の階級のことだろう。

 ■「納々」

 =「のうのう」は簡単だが耳慣れない。人で一杯といった意味ではないかな。

 ■「榻子」

 =「とうし」は、長椅子、寝台のことか。「臥榻の側(かたわら)、豈他人の鼾睡を容れんや」が想起される。

 ■「靠」

 =「もたせる」と訓む。よりかかること。「靠れる」「靠りかかる」「靠る」は漢検見出し語。「凭」も同様の意味。靠れ合いの関係。

 ■「麦稈」

 =「むぎわら」と訓読みで。むろん「ばっかん」の音読みもありだが、、麦藁帽子のこと。漢検辞典小文字にあり。「稈」は「わら、イネ・麦などの穀物の茎」。「稈心」(かんしん)、「禾稈」(かかん)などがあり。

 ■「絽」

 =「ろ」。縦または横に小さな織り目の透いた薄い絹織物。「絽羽織」(ろはおり)が漢検見出し語。ほかに「絽刺」(ろざし)。

 ■「透綾」

 =「すきや」と訓む。「すきあや」が転じた。透けて見えるような薄い絹織物。肌触りが良く、夏の婦人用衣服に使用。「数奇屋」ではない。漢検辞典見出し語。

 ■「兵児帯」

 =「へこおび」は、男子や子供が着物に締めるしごき帯(http://www.iisilk.net/hekoobi.htm)。漢検見出し語にあり。もともと薩摩の兵隊さんがしていたことから由来する。生地が柔らかく幅太。温泉宿にあるふと~いあれですね。熟字訓ではなく表外訓みとして訓めるようにしたい。いや、書けるようにもしよう。

 ■「路伴」

 =「みちづれ」と宛字訓み。「路」は「みち」の表外訓みがあり。

 ■「譁」

 =「にぎ・やか」と訓ませている。宛字っぽい。通常は「かまびす・しい」。「喧譁」=「喧嘩」(けんか)、「譁笑」=「嘩笑」(かしょう)、「譁然」=「嘩然」(かぜん)。要は「嘩」と書き換えが略可能かな漢字です。「譁しい」は見出し語にあるが、「やかま・しい」とも訓めるかも。

 ■「倨傲」

 =「きょごう」は漢検見出し語。おごりたかぶること。威張って気儘であること。類義語は「傲慢」(ごうまん)。「倨」は「おご・る」。足を投げ出して坐る、無礼な態の意もあり、「箕倨」(ききょ)、「傲倨」(ごうきょ)も必須だ。書き問題での基本語でしょう。

 ■「矜驕」=「きょうきょう」も同様の意。ほこりたかぶる、自信過剰。「驕矜」(きょうきょう)もあり。「矜伐」(きょうばつ)も押さえよう。麻生太郎が用いてプチ流行したのは「矜持」「矜恃」(以上きょうじ)。敢えて言います、似非プライドのこと。

 ■「睥睨」

 =「へいげい」。基本的な漢検見出し語。周囲をにらみをきかすこと。前段に「城府」とあるので、威容を誇る城に譬えて見下ろす態を言ったものでしょう。

 ■「慢態」

 =「まんたい」。増長慢。人をあなどる態度。簡単な漢字だが、書き問題で出されて書けるかどうか。一発変換はされないから一般的ではないだろう。


 食堂に入りて先づ盞を挙げて幸多き旅の首途を祝福すれば、微醺はやがて美睡を勾引し来りぬ、短か夜の明け易く、残月依稀の弁天島、暁縹き岡崎刈谷、天主の金鯱にまだ朝日の射さぬ時、名古屋に降りて亀山行きの汽車に乗換ふ、

 ■「盞」

 =「グラス」と宛字訓み。これは面白い。「酒盞」(しゅさん)だけでいいだろうが、こういう訓みもあることを知ると言葉に奥行きが生まれる。もちろん「さかずき」もあるのでお忘れなく。。。見出し語なので必須です。

 ■「首途」

 =「かどで」。熟字訓だがしっかりと見出し語にある。「門出」と書くよりこっちがいいだろう。旅立ちの「門出」より「首途」の方がお洒落だろう。奥の細道に「夏山に足駄を拝む首途(かどで)哉」の句がある。(http://members.jcom.home.ne.jp/michiko328/natuyama2.html

 ■「微醺」

 =「びくん」。見出し語。「微酔」。ほろよい。対義語は「泥酔」「宿酔」「酩酊」。

 ■「美睡」

 =「びすい」はぐっすりとよく眠ること。また、気持ちよい眠り。「甘睡」ともいう。まどろみと熟睡の間ではないかな。「微醺」と「美睡」を対比させている。

 ■「勾引」

 =「こういん」は見出し語。裁判の尋問で証人等を強制的に呼び出す意だが、ここではもちっと軽い意味で「かどわかす」(勾引す)という意味でしょう。ついつい誘われてしまうということ。

 ■「依稀」

 =「いき」は見出し語にあり。ぼんやりとしてはっきりしないさま、よく似ているさま。きっとそうなんだろうけどはっきりしないときに使う語。残月の明かりで辛うじて弁天島だろうと分かるんだけどちょと自信もないなぁ、くらいの意味か。

 ■「縹」

 =「あお・い」と宛字訓みっぽい。「縹」は「はなだ」で、薄い藍色、そらいろのこと。要は「縹色」(はなだいろ、http://www5e.biglobe.ne.jp/~e-kaori/houi/iro3.htm)のことなんでしょう。「縹色」は見出し語。「縹緻」(きりょう)は熟字訓、「縹緲」「縹眇」「縹渺」(以上ひょうびょう)はどれでもいいから絶対に書けるように。

 ■「鯱」

 =「しゃち」。「金鯱」で「しゃち」と訓ませています。通常は「しゃちほこ」で国字の基本語。



1) ソビえ=聳え。「聳える」は「そびえる」。山などが高く立つ、そそり立つ、そばだつ。
2) コウク=康衢。四方八方に通じる道路。往来の激しい大通りのこと。「衢」は「ちまた」「よつつじ」とも訓み「四つ辻」。康荘(コウショウ)・康達(コウタツ)とも読む。この「康」は「太い道路」の意。
3) モンショウ=門墻。門と土塀。学問をおそわる尊敬すべき師匠にも喩えます。「墻」は「かき」「へい」。「牆」の異体字。牆垣(ショウエン=かきね、土塀、牆籬=ショウリ=)、囲墻(イショウ=周囲を取り巻いたへい)。
4) 僦居=シュウキョ。借家。僦屋、僦舎ともいう。「僦」は「やとう」とも訓み、手付金を払って物を借りたり、人をやとったりすること。僦人(シュウジン=やとい人)、僦載(シュウサイ=車をやとって物を運ぶ)、僦費(シュウヒ=運送費、家賃)。
5) ベッショ=別墅。本宅のほかにつくった家、別荘。あるいは妾宅の意も。「墅」は「しもやしき」とも訓み、「郊外などに設けた別邸」「休息用の小さな家」の意。山墅(サンショ=山中の別荘、山荘)、村墅(ソンショ=いなかにある別荘、村荘=ソンショウ=)。「荘」も「しもやしき」「いなかにあるかりずまい」の意。
6) ドショウ=土墻。土塀。↑の「門牆」を参照。
7) ジョウサイ=城塞。とりで。城砦(ジョウサイ)・城塁(ジョウルイ)・城寨(ジョウサイ)ともいう。
8) トバリ=帷。周囲を取り巻いて垂らす幕のこと。ここは、帷を下す(とばり=イ=をくだす)と用いて「塾を開いて子弟を教える」の意。下帷(カイ)と熟語でも用いる。
9) ケンガイ=懸崕(懸崖)。切り立ったがけ、断崖。崕下(崖下)。がけした。「崕」は「崖」の異体字。
10) キュウシ=旧址(旧趾)。昔、歴史上有名な建物や事件のあった場所。旧跡、旧地、旧墟(キュウキョ)ともいう。「址」は「あと」とも訓み、建物の迹の意。
11) ガエン=賀筵(賀宴)。祝いの宴会。「筵」は「むしろ」の意から転じて「宴会」をいう。宴会の席で敷くものから。筵席(エンセキ=宴会の座席)。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

profile

char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

calendar
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
recent entry
recent comment
category
monthly archive
search form
RSS links
links
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。