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微妙な漢字の誤りが一か所あるのですが…=「礫川徜徉記」(3)

永井荷風の「礫川徜徉記」(岩波文庫、「荷風随筆集(上)」・野口富士男編)シリーズの3回目です。旧友、大田南岳の追慕がまだ続きます。本日は短めで。。。。その代わり特別問題を用意しておきます。一か所だけ漢字の誤りがあるので正してください。微妙ですよ…。

閑居自適し、時に薬草を後園に栽培して病者に与へ、また『田うごき草』と題する一冊子を刊刻してその1)コウケンを説く。人戯に呼んで田うごきの翁となせり。南岳また年々土中に2)カメを埋めて鈴虫を繁殖せしめ、新凉の節を待つてこれを知友に頒つ。南岳を知るものの家秋に入つて草虫3)リンロウの声を聴かざる処なし。知友また呼ぶに鈴虫の翁を以てす。南岳は弓術の達人にしてまた水府流遊泳の師たりき。大田南畝が先人自得翁の墓誌を見るに、享保二十年七月、将軍吉宗公中川狩猟の時徒兵の游泳を閲するや自得翁水練に達したるを以て4)カショウする処となりしといふ。されば南岳の水練に巧なるけだし5)ライユウする所ありといふべきなり。大正四、五年の頃南岳四谷の旧居を去つて北総市川の里に徒り寒暑昼夜のわかちなく釣魚を事とせしが大正六年七月十三日白昼江戸川の水に溺れて死せり。人その故を知るものなし。あるひは言ふ水中にあつて卒中症を発したるならんと。時に年四十6)三なり。その配中村氏は南畆先生が7)ガイコの後裔なり。容姿艶麗そのいまだ嫁せざるや近鄰称するに四谷小町の名を以てしたりしといふ。某男某女あり。嗣子名は大。家を継ぎしが本年の春病んで歿したりしと。われこの日始てこれを寺僧に聞得て愕然たりき。因にしるす南岳が四谷の旧居は荒木町8)ゲンカの地と接し今岡田とかよべる酒楼の立てるところなり。この日兼てより写し置かんと思ひゐたりし南畝が室富原氏の墓誌を手帳にしるす。墓誌の終に9)トウボウの詩六首を刻したり。『蜀山集』に出でたればここに録せず。



改めて思うのですが、荷風はこうした生硬な漢文の随想録にこそ真骨頂が発揮されている作家ではないでしょうか。「荷風随筆集(上)」の編者である野口富士男氏の解説(P297)によると、荷風の父=永井久一郎は禾原という号をもっていて漢詩をよくしたが、久一郎の妻、すなわち荷風の生母は尾張藩の藩儒=鷲津毅堂の息女で、毅堂は久一郎の経学の師であったと言えば、永井家が漢学一家であった、とあります。荷風は外語学校の清語科に籍を置いたことがあるばかりか、十六歳のころには岩渓裳川に漢詩作法をまなんでいるともあり、生まれながらにして漢文の素養が身につき、その育った環境で深められていったと言っていいでしょう。それほど難解ではないものの、さらさらと書きすすめられているのが分かります。口語体、漢文体のもいずれの文体をも駆使できて、気分で自在に使い分けていたのでしょう。かの有名な断腸亭日乗も簡潔な漢文体です。本作品も太田蜀山人・南岳の墓参りが主眼である肩の凝らない内容ですから、自然と漢文体を用いたものと思われます。漢文の方が気持ちをストレートに表せるのではないでしょうか。正直、こちらの方が読みやすいですね。リズムがあります。

問題の正解は続きにて。。。



1) コウケン=効験。はたらきかけた結果のしるし、ききめ。「効」も「験」も「しるし」。「コウゲン」とも読む。

2) カメ=甕。みか。酒や水を入れる大がめ。音読みは「オウ」。酒甕(シュオウ=酒がめ)、甕天(オウテン=かめの中の天地、見識の狭いたとえ)、甕裡醯鶏(オウリケイケイ=酒・酢などを入れたかめの中にわく醯鶏=ヌカカの類=、転じて世間知らず)、甕頭(オウトウ=その年にはじめてできあがった酒)、甕牖(オウユウ=こわれたかめの口でつくった窓、貧しい家の象徴)、甕牖縄枢(オウユウジョウスウ)・蓬戸甕牖(ホウコオウユウ)とも。

3) リンロウ=琳琅。玉が触れあって鳴るさわやかな音の形容。ここは鈴虫の声。琳琅満目(リンロウマンモク=美しいもの、すばらしいものが満ち溢れていることのたとえ)、琳琅珠玉(リンロウシュギョク=非常に美しい玉、すぐれた人物や美しい詩文のたとえ)。

4) カショウ=嘉賞。ほめる、ほめたたえることば。嘉称でもOK。

5) ライユウ=来由。よって来たわけ。いわれ、由来。「ライユ」とも。

6) 又=ユウ。数字の表記で、加えることを示すことば。プラスして。数詞の端数の上につける。十又五(ジュウユウゴ)は「十の上にさらに五、つまり十五」。四十又三は「シジュウユウサン」は「四十三」。表外音読みが珍しいので採録しておきました。取りあえずさらりと読めるようにしておきましょう。「有」を用いることもある。「ユウ」の読みはここから来ているか?論語・為政の有名なフレーズ「十有五而志于学」でイメージしましょう。

7) ガイコ=外姑。外舅(ガイキュウ)に対して、妻の母。しゅうとめ。

8) ゲンカ=絃歌。弦楽器(主に琴)にあわせて歌う、また、その歌曲。弦歌とも書く。ここでいう荒木町は現在の新宿区四谷近辺にありますが、当時から渋い花街として名高い。

9) トウボウ=悼亡。人の死をいたみ悲しむ。ここは特に妻の死を弔う意。晋の詩人、潘岳が妻の死後、「悼亡詩」三首をつくったことからいう。


■誤字訂正の答え。

×「徒」→○「徙」


両字は確かに似ていて誤りやすいですね。「土」と「止」という微妙な違いです。指摘されないと見過ごす可能性大ですが、「徒」に「うつる」の意味はないので気が付いてほしいところです。「徙」は「シ」で「うつる、うつす」の意。場所を変えるという意味です。遷徙(センシ=うつる)、徙倚(シイ=すこし動いては立ち止まりうろうろする)、徙宅(シタク=タクをうつす=住居の場所をかえる、転宅、徙居=シキョ=、徙木之信(シボクのシン=政治をする者は人民に対してうそをつかないことを明らかにすること)、移徙(わたまし=転居、とのうつり)。
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「政柄」は扱っていませんが「権柄」なら…

白魚一寸さま

こちらこそご無沙汰しております。mixiコミュのご紹介は何の問題もないです。ありがとうございます。弱小blog故、少しでもアクセスしていただける方が増えるのは嬉しいことです。本日もmixi経由で何人かの方がお越しになっております。常連になっていただければ幸いなのですが、いきなり弊blogのようなマニア系に来られると引いてしまわれる方も多いかと。。。「慣れ」と「根性」が必要ですから致し方ありません。他人はどうあれ自分が好きなように地道にやるしかないです。いつか分かってくれるのではないか…

>漢検

難化というのはそそられますが、受検する気がわき起こる感じはないようです。最近は漢検をあまり意識していないというのは仰る通りですが、まったく意識しないこともありません。でなければ斯様な問題形式にすることはないですから。それに、弊blogで扱った言葉などが実際に出題され、解く際のヒントになったと仰っていただけると大変に励みになり、新たな記事を書こうというインセンティブにはなります。

文章題の素材はいつも気になっております。幕末の文章が出ることが多いようですから、橋本左内なども恰好かと思われます。いつか出るんじゃないかな?

本当に実生活でも散人になってしまいたいのは山々なんですよ。しがらみがなくなれば。。。。

ま、冗談半分ですが、貴blogの記事にも大いに期待しております。

今後ともよろしくお願いいたします。

ご無沙汰しております

いつも拝見しております。ものすごい筆力ですね。

>徙木之信

22-3の1級で出題されました。この記事を読んでいたので、難なく書けました。
あと、今回出題された纏繞も、別のところにありますね。
最近、漢検1級は頓に難化しており、こういうときこそ、貴ブログと思いましたので、mixiのコミュにご紹介いたしました。差し障りがありましたら消去します。

今後も愉しみにしております。
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char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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