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ノスタルジー訪ねて“タイムスリップ”の旅へ=「礫川徜徉記」(1)

実際行かなくても当地に行った気になる錯誤感を与えてくれ、恰も曾遊の地を増やしてくれるかのような「紀行文」は、迂生の好きな読書ジャンル。橋本左内の後、ネタを何にしようかと思案した挙句、ほとんど思いつきで明治、大正、昭和の耽美派作家である永井荷風(1879~1959)を扱うこととします。荷風は江戸文化を愛し、かの成島柳北先生を私淑し、柳北研究の大家でもあります。また、彼の作品の多くは、花柳界や妓女を舞台としており、恐らく柳北の代表作である「柳橋新誌」や「京猫一斑」「花月新誌」などをモチーフにしたであろうと推察されます。映画化された「東奇譚」もその一つですが、この「」は「墨田川」を表し、柳北が好んで用いた漢字であり、いかに柳北を心酔していたかが伺えます。荷風は、そんな東京下町を中心とした江戸周辺各地を歩き回り、紀行とも随筆とも言える文章も残しています。有名なところでは「日和下駄」(東京散策記)。岩波文庫から刊行されている「荷風随筆集(上)」(野口富士男編)に採録されています。この他にも多くの紀行文もどきが採られており、しばらくはここから幾つか文章を味わうこととします。まずは「礫川徜徉記」を取り上げます。

「礫川」は漢読みすれば「レキセン」ですが、「礫」は「こいし」の和訓があり、「こいしかわ」と訓みます。東京・文京区に所在する地名です。徳川家康の生母、「於大の方」(おだいのかた)の墓がある寺として有名な伝通院があります。実を申しますと、迂生が某田舎から上京して東京での大学生生活を始めたのがこの礫川、もとい小石川・伝通院のごく近所だったのです。荷風の随筆を読んでいてこのくだりに出逢い旧懐の念に駆られると同時に、荷風の生きた当時はこの「礫川」を当てていたということを初めて知り感慨が極まりました。迂生が小石川に住んだのは十八~十九歳のたった一年間です。もう三十年近くも前のことであり、正直言ってそれほどの思い入れも記憶も乏しいのですが、荷風翁に誘われてタイムスリップしてセンチメンタルジャーニーに連れて行ってもらいましょう。

ちなみに、聊か難しい「徜徉」(ショウヨウ)ですが「気ままに歩き回る」の意。「ぎょうにんべん」をとって「尚羊」とも書きます。こちらはお馴染みの「逍遥」と同義ですね。英語でいれば「rambling」。ぶらぶら無目的のそぞろ歩きも迂生の趣味の一つです。

本日は冒頭の一節。荷風はまず寺社墳墓巡りの要諦を説きます。


 何事にも倦果てたりしわが身の、なほ折節にいささかの興を催すことあるは、町中の寺を過る折からふと思出でて、その庭に入り、古墳の苔を掃つて、見ざりし世の人を憶ふ時なり。

 見ざりし世の人をその墳墓に訪ふは、生ける人をその家に訪ふとは異りて、1)カンケンの辞を陳るにも及ばず、手土産たづさへ行くわづらひもなし。2)此方より訪はまく思立つ時にのみ訪ひ行き、わが心のままなる思に耽りて、去りたき時に立去るも強て袖引きとどめらるる虞なく、幾年月打捨てて顧ざることあるも、軽薄不実の3)を受けむ心づかひもなし。雨の夜のさびしさに書を読みて、書中の人を思ひ、風静なる日その墳墓をたづねて更にその4)ヒトトナリを憶ふ。この心何事にも喩へがたし。寒夜ひとり茶を煮る時の情味聊これに似たりともいはばいふべし。


 わが東京の市内に残りし古碑断5)ケツ、その半ば6)癸亥の歳の災禍に7)ウユウとなりぬ。山の手の寺院にあるもの、幸にして8)ブバの災を免れしといへども、移行く世の気運は永く9)シテン繁華の間に金石の文字を存ぜしむべきや否や。もしこれ10)キジンの憂ひにあらずとなさんか、掃墓の興は今の世に取残されしわれらのわづかにこれを知るのみに止りて、われらが子孫の世に及びては、これを知らんとするもまた知るべからざるものとはなりぬべし。

 掃墓の事業(迂生注:正確には閑事業=不用不急の実用に適さない事業、暇にまかせた手慰み)は江戸風雅の遺習なり。英米の如き実業功利の国にこの趣味存せず。たまたまわれ巴里にありてこれあるを見しかど、既に二十年前のことなれば、大乱以後の巴里の人士今なほ然るや否や知るべくもあらず。江戸時代にありて普く探墓の興を世の人に知らしめし好奇の士は、『江戸名家墓所一覧』の一書を著せし老樗軒の主人を以てまづはその11)ビソともなすべきにや。『墓所一覧』の12)リソウに上せられしは文政紀元の春なること人の知るところなり。

 春秋の彼岸は墓参の時節と定められたり。しかれども忘れられたる古墳を尋ね弔はんには、秋の彼岸には晷(ひあし=地上にうつった柱のかげ)既に傾きやすく、やうやうにして知れがたき断碑を尋出して、さて寺の男に水運ばせ苔を洗ひ13)を剝して漫漶(マンカン=字の迹形が消えかけて読み取れないさま)せる墓誌なぞ読みまた写さんとすれば、衰へたる日影の14)くも15)ウスヅきて16)の啼きしきる声一際耳につき、読難き文字更に読難きに苦しむべし。春の彼岸には風なほ寒くして雨の気遣はるる日もまた多きをや。花見の頃は世間さわがしければ門をいづる心地もせざるべし。八重の桜も散りそむる春の末より牡丹いまだ開かざる夏の初こそ、17)ロウク杖をたよりに墓をさぐりに出づべき時節なれ、長き日を歩みつづけて汗ばむ額も寺の庭に入れば新樹の風ただちにこれを拭ひ、木の根石の端に腰かくるも藪蚊いまだ来らず、18)醜草なほはびこらざれば蛇のおそれもなし。苔蒸す地の上には落花なほみだれてあり。日の光にかがやく木の芽のうつくしさ雨に打れし墓石の古びたるに似もやらねば、亡き人を憶ふ心落葉の頃にもまさりて一段の深きを加ふべし。


文中にある「掃墓」は墓参りのことですが、中国では春の清明節の行事です。本邦では春秋の彼岸が一般的。しかし、荷風は何も御先祖様や身内の墓を訪うというわけではありません。世間の人から忘れられた古人の墓を訪ね、独り墓誌を鈔しとったり、心の中で対話したりするのです。「探墓」とも言っています。いわば冒険ですね。思わぬ発見もあるようです。これをやるには人がいないシーズンがいいそうです。


問題の正解は続きにて。。。。






1) カンケン=寒暄。時候の挨拶。主人と客とが取り交わすあいさつをいう。「暄」は「あたたかい」。暄寒(ケンカン)ともいう。暄煦(ケンク=あたたかいこと、暄暖=ケンダン=)、暄妍(ケンケン=あたたかでけしきが美しい)、暄和(ケンワ=あたたかくのどか)。

2) 此方=こなた。こちら側、自分の方。「そなた」は「其方」。

3) 譏=そしり。悪し様に言うこと、非難、ケチをつけること。音読みは「キ」。譏揣(キシ=人の長所も短所も非難してもみくしゃにする)、譏誹(キヒ=きつくそしる、譏謗=キボウ=)、譏讒(キザン=そしり)、譏呵(キカ=きつくそしりしかる、非難し責めること、譏訶=キカ=)。

4) ヒトトナリ=為人。うまれつきの人柄・性質。もちまえ。「人為」と誤らないように留意。

5) ケツ=碣。いしぶみ、丈の高い石碑。「碑」も「いしぶみ」ですが、こちらは「平らで四角い」。二つ合わせて「碑碣」(ヒケツ)ともいう。「断碣」は「こわれかけたいしぶみ」。

6) 癸亥=みずのとい、キガイ。ここは関東大震災のあった大正十二年(1923年)。

7) ウユウ=烏有。全然ないこと。「烏んぞ有らんや」(いずくんぞあらんや)という反語で「どうしてそんな事があろうか、何もありはしない」の意。特に、火事で丸焼けになった場合に言うことが多い。ここは多くの碑碣が関東大震災の火災に遭い燃えてなくなってしまったことをいう。

8) ブバ=舞馬。馬が舞踏すること。「舞馬の災」で火事のことをいう。中国晋代の黄平が馬の舞う夢を見たのでその吉凶を索紞(サクタン)に尋ねると「火災の前触れだ」と言われた。果せるかな黄平が火災に遭ったという故事が「晋書・索紞伝」にあります。漢検四字熟語辞典には載っていますが、あまり辞書には掲載がなく珍しい。しかし、荷風にとってはこれくらいの故事は当たり前か。迂生は寡聞にして知らす、勉強になりました。

9) シテン=市廛。店のある繁華な町、市街地。「廛」は「みせ」。

10) キジン=杞人。「杞人之憂」(きひとのうれい)と用いて「無用の心配、取り越し苦労」。これを略した杞憂(キユウ)の方が定着しており、これならば誰もが答えられると思いますが、「キジン」ときてこの字が浮かぶかどうか。案外難問になるのでは?杞人天憂(キジンテンユウ)ともいうので要注意です。呉牛喘月(ゴギュウセンゲツ)、蜀犬吠日(ショッケンハイジツ)、懲羹吹膾(チョウコウスイカイ)などが類義語にあげられます。

11) ビソ=鼻祖。物事を最初に始めた人。「鼻」が難しい。人体の先端に突き出ていることから「最初、はじめ」の意があります。鼻子(ビシ=はじめてうまれたこども、長子)。

12) リソウ=梨棗。転じて、梨と棗(なつめ)はともに版木に用いられるところから、版木、また、版木にして出版すること。「梓」も同様で「上梓」(ジョウシ=あずさにのぼす)は出版すること。荷風も「梨棗に上せられし」と用いています。とすると、「上梨」(ジョウリ)や「上棗」(ジョウソウ)という言い方もあるように思われますが、寡聞にして見たことはありません。いつの日か出逢えることを信じましょう。「禍棗災梨」(カソウサイリ)というのもあって、「無用の書物を刊行することをそしる語」。棗や梨は版木の材料ですが、くだらない書物を刊行することは、その基である棗や梨の木にはとんだ災難だということ。

13) 蘿=つた。かずら。ツタ類の総称。音読みは「ラ」。蘿衣(ライ=コケの一種)、蘿月(ラゲツ=つたかずらごしに見える月)、蘿径(ラケイ=つたかずらの生い茂っているこみち)、蘿蔔(ラフク=ダイコン、すずしろと読めば春の七草)、蘿薜(ラヘイ=つたかずら、蘿蔓=ラマン=・蘿蔦=ラチョウ=)。

14) 蚤くも=はやくも。時間的にはやいこと。つとに。「早」に当てた用法。音読みは「ソウ」。蚤歳(ソウサイ=若い年頃、弱年、年の初め)、蚤作(ソウサク=朝早く起きて働く)、蚤知(ソウチ=物事をいちはやく知る、事前に知る、蚤見=ソウケン=)、蚤知之士(ソウチのシ=先見之明のある人、気を見るに敏感な人)、蚤晩(ソウバン=はやいこととおそいこと、はやかれおそかれ)、蚤暮(ソウボ=朝と日暮)、蚤夜(ソウヤ=朝早くから夜遅くまで)、蚤夭(ソウヨウ=年が若くて死ぬこと、わかじに、蚤死=ソウシ・蚤世=ソウセイ=、絶対的には言えませんが橋本左内は蚤夭したと言えるでしょう)。

15) ウスヅきて=舂きて。「舂く」は「うすづく」。夕日が山に入ろうとする、日が暮れること。「臼づく」とも。音読みは「ショウ」。舂炊(ショウスイ=穀物をうすでつき、飯をたく、食事の支度をすること)、舂簸(ショウハ=穀物をうすでつき、箕でぬかやかすをふるってとり除く)、舂容(ショウヨウ=うちたたいてこねる、うすでつきならしたように打ち解けたさま)。

16) 蜩=ひぐらし。カナカナと鳴く。秋の季語。さて、ここが本当の問題。音読みは?さあ、「チュウ」なのか「チョウ」なのか迷いますよね~。「チョウ」が正解です。蝉の総称をいうこともあり、寒蜩(カンチョウ=ツクツクボウシ)、茅蜩(ボウチョウ=ヒグラシ)、蜋蜩(ロウチョウ=アブラゼミ)。蜩甲(チョウコウ=セミの抜け殻、蜩蛻=チョウゼイ=)、蜩蟬(チョウセン=ミンミンゼミ、やかましいセミの声、蜩螗=チョウトウ=)、蜩螗沸羹(チョウトウフッコウ=セミが鳴き、湯がわき立ち、あつものが煮え滾る、非常にやかましい音のたとえ、詩経・大雅・蕩に出典があります)。

17) ロウク=老軀。歳とったからだ、老体。

18) 醜草=しこくさ。みにくい草、きたない草。「醜」は「しこ」。「醜女」は「しこめ、ぶおんな」、「醜男」は「しこお、ぶおとこ」、「醜名」は「しこな」。醜の御楯(しこのみたて=天皇の楯となって外敵を防ぐ防人が自分自身を卑下する言い方、使用例・けふよりはかへりみなくて大君の醜の御楯と出で立つわれは=祁布与利波 可敝里見奈久弖 意富伎美乃 之許乃美多弖等 伊O多都和例波=、万葉集巻二〇、四三七三 今奉部興会布)。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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