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上っ面を齧るだけの猿真似…手厳しい言辞に覚醒=「学制に関する意見箚子」(3)

幕末の越前藩士、橋本左内の「学制に関する意見箚子」(講談社学術文庫「啓発録」、伴五十嗣郎全訳注)シリーズの3回目です。古の学問を真似るのはいいが上っ面だけ齧る猿真似ではだれも教育できない。。。。耳の痛い言葉の連続です。本日のくだりは心して熟読しましょう。


■…さすれば、今の学校にては、有用の人材を造成するの望みはさて置き、かへつて他日1)紛挐の論を来し、人材を2)ひ候大害を胚胎いたし候3)エンゲンと相成り申すべく存じ奉り候。この義は、ただ明道館に限り候義には御座なく、従来の諸藩の学校、ことごとく太平を飾る文具と相成り候も、西土の学校後世に至りては、あるひは興し、あるひは廃し候も、全くこれよりの義にて、一言に申し上げ候はば、学務を督する教官、その人に非ざるにより候と存じ奉り候。

(要旨)このようなことから、現在の明道館では有用の人材育成の望みはさておき、将来の紛争の議論を生じ、貴重な人材を失う結果が深く根ざしているのであります。これは我が藩に限らず、諸藩の藩校が、太平の世のうわべだけを飾るどうぐとなったことや、中国の学校が後世、興隆したり廃絶したりした訳も同様なのであります。つまり一言で言えば、教官の質。人材が堪えなかったためなのです。


■…しかしながら、推して論試候へば、右様傑出の材を養成する道を知らざる義は、あながち当今の教官のみ責め申すべきことにても御座なく候。その訳は、本朝において儒学に志し、経済大作用のところに、卓見確識御座候もの、慶・元御治世以来二百五十年の間、熊沢了介・新井白石・頼山陽等、わづかに数輩のみに止り申し候。その故は、元来儒者の学に志し候は、もとより天下有用の事を起し候深慮・遠志これあると申すにて御座なく、また自分深慮・遠志これあり候へども、4)バンガクなるか、または官職相当ならざる等より、5)イッコにては事なしがたき義を洞察し、何とぞ傑出の材を造成して、己の宿願を遂げさせたしと申すにてもこれなく、または最初はさまでの志これなくとも、おひおひ道理純熟・義理精明なるに随ひ、6)シュクゼン旧非を覚り、勇猛に省察して、道に進み、徳積り、天下国家のことを担当いたすと申すにてもなく、畢竟その家学にて拠なくいたしをり候か、または癃疾・癈病・身体7)尫弱等にて、人並みの操作力役に堪へざるにつき、自然やむを得ず書物嗜に相成り候義に御座候へば、国にこそ治国の、平天下のと申しをり候へども、その腹は本来無一物にて、事業作用の上に施行候やうの確見等はこれ無く、いたづらに古人の糟粕をなめ、文字上にて8)コウコツに、いささか相覚え候口真似にて、すなはち9)オウム藝とも申すべきものに御座候。

(要旨)昨今の教官ばかりに非があるのではありません。徳川幕府草創のころより二百五十年間で学問を究め卓抜した見識を示したのはほんの数人にすぎず、儒学者というのは元来、深い思慮があってのことではないケースがほとんどなのです。多くの学者は父祖以来の家に生まれたために過ぎないか、虚弱体質か何か体の事情でやむなく志したかのどちらかなのです。ですから、口でこそ国家を治めるにはとか、天下泰平の世のためにはなどと言うが、その実何の見識も持っていない。彼らの学問は酒のかすをなめているようなもので、古の聖人・賢人の教えを文字の上でなぞり一人でうっとりしているに過ぎず、暗記して口真似する猿真似とも言うべきものなのです。



■…いかほど利口に言ひ廻し候ても、下地オウムに御座候ては、人の説き及ぼし、人に解得せしめて、徹底いたさせ候ことは望みがたく候。まして造材の道は、いたづらに口舌に挙げ候のみにては、こと足り申さず、第一に我が身に卓行ありて、衆心を服し、衆耳目を10)かし候ほどのことなくては、相叶ひ申さず候。

(要旨)どんなに利口な言い回しでも、精神の伴わない口真似では人を説き諭し論旨を理解させることができようもない。優秀な人材を育て世に送り出し活躍させるには単に文字上のことでは効果なし。第一に教官自身に誰が見ても納得する優れた行いがあってその耳目を驚かすようでなくてはとてもかなわないでしょう。




左内の言辞は手厳し過ぎる。古人之糟魄を嘗めるのみ、鸚鵡藝。。。口や文字や言葉で飾ってもその中身がないことを見抜いている。儒学者がその家に生まれただけで儒学を治め将軍家に偉そうなことを説いているが自分自身は何もできないというのは現実かもしれないが、これを御殿様に具申するというのは相当な感奮興起がないとできないでしょう。心底から抱いている不満だということです。彼自身、医者の家に生まれたものの、どうやら医学には向いていないことを悟り、政治の世界を志し方向転換。運よく上司に恵まれ若くして相応の地位を得ましたが、それに慢心することなくむしろ現状を冷静に見詰め、必要な改革を即座に断行すべしと説いている。学問の世界の厳しさはこんなものではないだろう。儒学界に鉄鎚を食らわしている。ある意味、爽快に思う人もいるでしょうが、翻って自分自身に置き換えてみれば耳が痛いことこの上ない。弊blogも古人之糟魄を嘗めることを目論んで続けていますが、上っ面だけではないのか?猿真似ではないのか?お前は人の意見ばかり論っているが、それではお前自身はどうできるかアイデアがあるのか?そう問われて堂々と反論できるかどうかは自信がありません。左内の弁はそうした矛盾点や自己反省の心を突いて、慙じ入り覚醒させてくれます。


問題の正解などは続きにて。。。



1) 紛挐=フンダ。いりみだれて相撃つこと。争乱。「挐」は「つかむ、ひく、とらえる」。紛揉(フンジュウ)、紛擾(フンジョウ)、紛争(フンソウ)・紛競(フンキョウ)と同義。

2) 戕ひ=そこなひ。「戕う」は「そこなう」。刃物で殺傷すること。「戕」の音読みは「ショウ」。戕害(ショウガイ=刃物で切り傷をつける)、戕虐(ショウギャク=刃物でむごたらしく傷つけ、痛める)、戕賊(ショウゾク=刃物で傷つけて殺す、本来の姿や性質をきずつける)。

3) エンゲン=淵源。物事の根本になるもの。

4) バンガク=晩学。年をとってから学問を始めること。

5) イッコ=一己。自分一人。

6) シュクゼン=倏然。すばやいさま、さっと、たちまち。

7) 尫弱=オウジャク。からだがまがって弱い、虚弱。尫羸(オウルイ)ともいう。「尫」は「まがる」「よわい」。尫闇(オウアン=からだが弱く、知能が劣ること、その人)。「癃疾」(リュウシツ)は、「佝僂病」、「癈病」(ハイビョウ)は、「不具者(不治の病)」。

8) コウコツ=恍惚。ある物に気をとられて、うっとりするさま。また、ぼんやりするさま。

9) オウム=鸚鵡。人の言葉を真似する「インコ」とも訓む。猿真似。

10) 竦(や)かし=そびやかし。「竦やかす」は「そびやかす」。「聳やかす」と同義で、高く起して立てるさま。「そばだつ」の訓みの方が馴染みありですが、これもありです。棒立ちになってせいいっぱい背伸びする。竦竦(ショウショウ=高くそびえるさま)、竦峙(ショウジ=細長くそびえたつ)。「すくむ」「おそれる」「つつしむ」の訓みもありなかなか厄介な漢字です。竦懼(ショウク=おそれおののく)、竦企(ショウキ=つまさきだちになって待ち望む)。
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不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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