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「真の友」を饑渇して追い求めよ!=学習継続の決意へ「啓発録」(5)・最終回

あけましておめでとうございます。新しい2011年が訪れ、またひとつ無事に年を重ねることができました。今年の弊blogの運営方針はマンネリ打破。鳶肩、厭倦、偃蹇という、三つの「エンケン」を排除しながら、恬淡として更新を続けることを旨とさせていただきます。3月末には3年目に入ることから、自己内部に於いて何かしら“変化”があることを期待しつつ。

さて、昨年末来連載しております幕末の越前藩士、橋本左内の「啓発録」(講談社学術文庫、伴五十嗣郎全訳注)シリーズは5回目、最終回を迎えました。左内の漢詩を日本漢詩シリーズで味わったことがあります(ここ)。安政の大獄に連坐し可惜二十六年の命を失いました。彼の国家観、愛国心を今一度現代人も学ぶことには閉塞感打開の一幇助となりはしないか。彼や吉田松陰がもし幕末維新を乗り切っていたなら新たな歴史が刻まれたのは想像に難くないです。彼の死後、その考え方は幕末の志士達の精神的支柱となったことは間違いない。そうだとしても実際に政権を担う場合は全く異なるでしょうから、それを想像することしかできないのは忸怩たる思いに拉がれてしまいます。

左内の原点とも言える、十五歳に自らを奮い立たせるために認めた「啓発録」。書かれていることは一々基本的なものばかり。それほど奇を衒ったものではありません。厳しい自己統制を求めているだけなのです。国民一人一人がそれぞれの学びについて今一度、この2011年の年頭に当たり黙考してみる価値はありそうです。あまりにも経済優先で発展してきたこの国の限界が見えている。それではどうすればいいのか。結論は簡単には出ないが、その機会すら避けようというのであればもはや存在する意味はないのかもしれません。左内の激励でインスパイアされるかされないか。そこから「岐」は分かれるのです。

左内が最後に訴えるのは「択交友」。学びを継続する上で、学びから外れた時に叱咤してくれる朋友を選びなさいという。これは待っていて得られる存在ではありません。飢渇し求めなければ手に入らない。能動的な渇望、葛藤からしか生まれないものなのです。


■交友を択ぶ(択交友)

 交友は、吾が連・朋友の事にて、択ぶとはすぐり出す意なり。吾が同門同里の人、同年輩の人、吾と交りくれ候へば、何れも大切にすべし。さりながら、その中に損友・益友あり候へば、則ち択ぶと申す事肝要なり。損友は、吾に得たる道を以て、その人の不正の事を矯め直し遣すべし。益友は、吾より親を求め、事を1)り、常に兄弟の如くすべし。世の中に益友ほど有り難く得難き者はなく候間、一人にてもこれ有らば、何分大切にすべし。

 総て友に交るには、飲食2)カンゴの上にて付合ひ、遊山・釣魚にて狎合ひ候は宜しからず、学問の講究、武事の練習、侍たる志の研究、心合の吟味より交りを納れ申すべき事に候。飲食遊山にて狎合ひ候朋友は、その平生は腕を3)り肩を拍ち、互に知己知己と称し居り候へども、無事の時、吾が徳を補ふに足らず、有事の時吾が危難を救ひくれ候者にてはなし。これは成り丈屡出会致さず、吾が身を厳重に致し付合ひ候て、必ず4)コウジツ致し吾が道を5)さぬやうにして、何とか工夫を凝して、その者を正道に導き、武道学問の筋に勧め込み候事、友道なれ。

さて益友と申すは、兎角気遣ひな物にて、折々面白からざる事これ有り候。それを篤と了簡致すべし。益友の吾が身に補ひあるは、全くその気遣ひなる処にて候。「士、6)ソウユウ有れば、無道と雖ども令名を失はず」と申すこと経にこれ有り候。ソウユウとは即ち益友なり。吾が過ちを告げ知らせ、我を7)キダン致しくれ候てこそ、吾が気の付かぬ処の落ちも欠けも補ひたし候事相叶候なり。もし右の益友の異見を嫌ひ候時は、天子諸侯にして、諫臣を御疎みなされ候と同様にて、遂には8)ケイリクにも罹り、不測の禍をも招く事あるべきなり。

 さて益友の見立て方は、その人剛正9)キチョクなるか、温良篤実なるか、豪壮英果なるか、10)シュンマイ明亮なるか、11)カッタツ大度なるかの五つに出でず、これ等は何れも気遣ひ多き人にて、世間の俗人どもは、甚しく12)エンキ致し居り候者なり。彼の損友は、13)ネイジュウ善媚・14)アユ逢迎を旨として、15)フソウ弁慧・軽忽16)ソマンの生質ある者なり。これは何れも心安く成り易き人にて、世間の女子小人ども、その才智や人品を誉め居り候者なれども、聖賢豪傑たらんと思ふ者は、その択ぶ所自ら在る所あるべし。





交友にも損友と益友がいることに留意する必要があると左内は言います。損友だと分かったら自分の力でいい方向に導いてあげるべきだし、益友と言うべき人に出遭ったら、積極的に交際を求めて相談に乗ってもらい、兄弟のように交わるべきである。しかし、益友に遭う確率は相当に低いことを覚悟しておかねばならない。

飲み食いや歓楽の為に付き合う友を択ぶべきではない。学問を極め、武芸に励み、武士として備えるべき志や精神を求める中でこそ交わりを深めていくのがいい。快楽の為だけに付き合う友はやはり損友。いざというときに助けてはくれない。出来る限り正しい方向へ導いて上げ、自分と一緒に武道や学問の道を志すように歩むのがいい。

損友は一見、すぐに仲良くなれて気楽でいいように見える。一方、益友は時として気難しく面白くないことも多い。「孝経」にある「争友があれば、無道の人物でも名声を失うことはない」とのフレーズこそ噛み締めるべきである。争友とは自分の悪い点を遠慮会釈なく指摘して正してくれる益友のこと。益友の指摘は真摯に耳を傾けねばならず、耳に痛いかもしれないが、思わぬ災難から身を救ってもくれる。

どうやって益友を見分ければいいのでしょうか。五つの点があると左内は言う。厳格で意志が強いかどうか、温和で人情厚く誠実であるかどうか、勇気があり果断であるかどうか、才智が冴えわたっているかどうか、小事に拘泥せず度量が広いかどうか――。正直言っていずれも付き合うには気難しい要素かもしれません。世間の人からは嫌われがちの人物とも言えるでしょう。それに対して、損友は、他人に諂い媚び、気に入られるように阿ることばかりに専念して、小悧巧で落ち着きもなく、軽々しくていい加減な性質である。だから、かえって心安くなれるので一見付き合い上手とも言える。世間一般には褒められがち。しかし、聖賢豪傑であれば看破ることができるはずだ。友人として選ぶべきはどちらかということを。

左内の言辞は単純明快と言えるでしょう。恐らく現代の学校教育でもこうしたことをあらゆる機会を通じて教えているはずです。しかし、それが実際に出来ているかどうかは甚だ疑問です。友達を選べというのはなかなか難しい。孤独を避けるため、安易な交わりを結んでしまうのは致し方ない所でしょう。いずれ気が付くのですが、若いうちは仕方ないでしょうか。真の友人、益友はそうそう簡単に見つかるわけがないです。見つかればいいが見つからない。したがって、いろんな人と付き合ってみることも大事だ。自分の眼で耳で肌で感じる益友を自ら見つけるというプロセスが大事になるのです。失敗の中から成功を導きだす以外に道はない。「A friend in need is a friend indeed.」という格言はまさに至言。困った時こそ友人の一言に助けられることは多い。安易な爾汝の交わりもいいが、そろそろ本格的に自分を律するために何をどうしたらいいかを能動的に考え追い求めるように変えるべき時期に来ているのではないでしょうか。安佚の有効期限は短いのですから。。。。



 以上五目、少年学に入るの門戸とこころえ、書き聯ね申し候者なり。

 右、余、厳父の教を受け、常に書史に渉り候処、性質疎直にして柔慢なる故、遂に進学の期なきやうに存じ、毎夜17)ガキン中にて18)テイシにむせび、何とぞして吾が身を立て、父母の名を顕し、行々君の御用にも相立ち、祖先の19)イレツを世に輝かし度しと存じ居り候折柄、おひおひ吾が身に解得致し候事どもこれ有り候やう覚え申すに付き、聊か書き記し、後日の遺亡に備ふ。敢て人に示す処にあらず。

嗚呼、如何せん、吾が身20)トウケイの家に生れ、21)センギに局局として、吾が初年の志を遂ぐる事を得ざるを。然れども所業はここに在りても、志すところは彼に在り候へば、後世必ず吾が心を知り、吾が志を憐み、吾が道を信ずる者あらんか。
 嘉永戊申季夏
                       橋本左内誌



嘉永五年(1848)、十五歳で思いを書き連ねたもの。左内の後悔の跡が偲ばれる文章になっています。怠け者で気が弱いため、将来学問で身を立てたいと考えているが進歩できないのではないかと夜ごと枕をぬらしたという。成長するにつれて悟るものがあり、改めてこの「啓発録」を書きとどめて自分の胸に刻もうとしたのです。だから、世間に示す目的ではない。
医者を継ぐ宿命を背負って生まれてきた自分だが、これは本意ではないという。いつか本当の自分を理解してくれる人が現れて認めてくれることを祈願しつつ。。。

右「啓発録」は今を22)つること十許年前、余が手記するなり。その言浅近なりと雖も。当時を顧みるに憤恌の奮ひ且つしき、反つて今日の及ぶ所にあらざるなり。近頃たまたま旧「竹+貢」を撿してこれを獲たり。因りて一本を浄写し、愛友子秉及び弟持卿に示し、以て啓発の地と為す。嗚呼十年前、既に彼の如し、而して今日此の如し。則ち今よりして十年の後、それ将た何如ぞや。23)ハンエツの間、覚えず24)タンゼンたり。

 丁巳皐月

      景岳紀識す
時に年二十又四


安政四年(1857)の跋文です。十年前を振り返り認めた幼稚な文章ではあるが、その気概の激しさに於いては現在の自分を完全に凌駕している。たまたま古い書類を整理していて見つけたので新に清書してみた。ああ、思えば十年前、十五の私はこのような気概に溢れていたのだ。しかるに今の自分の体たらくには恥ずかしい思いでいっぱいだ。さあ、これから十年後の自分はどのような自分になり果てているのか。それを思うと赤面するしかない。



むろんその思いは叶えられるべくもなく散り果てます。しかし、明治維新のうねりの中で左内のスピリットは確実に精神的支柱となりました。西郷隆盛です。彼は左内の考えを受け継いで江戸から明治への政権交代を結実させました。愛国心です。西郷ほど国を愛した人を知りません。自らが生まれた国を愛せない奴がどうしてこの世に存えることができましょうか。もっと足元を見詰めましょう。足元がない奴にどうして先を見通すことができましょう。いまこそ左内の言辞に着目する意味はありそうです。
1) 詢り=はかり。「詢る」は「はかる」。音読みは「ジュン」。みんなに相談する、ひとわたりたずねる。詢察(ジュンサツ=たずねて調べる、詢按=ジュンアン=)、詢謀(ジュンボウ=問いはかる、相談する、はかりごとを問う)、詢訪(ジュンポウ=たずねてまわる、相談する)。

2) カンゴ=歓娯。にぎやかによろこび楽しむ、その楽しみ。歓予(カンヨ)・歓愉(カンユ)。

3) 扼り=とり。「扼る」は「とる」。これは当て字っぽい。「おさえる」が通常の訓です。音読みは「ヤク」。扼腕(ヤクワン・ワンをヤクす=自分の腕をおさえて残念がったり意気込んだりすること)、扼喉(ヤクコウ・のどをヤクす=のどをおさえる、急所をおさえて敵の動きを取れないようにする)、扼殺(ヤクサツ=のどをおさえて絞め殺す)、扼襟(ヤッキン=えりもとをしめつける)。

4) コウジツ=狎昵。なれ親しむ。「狎」も「昵」も「なれる」「ちかづく」「なじむ」。昵近(ジッキン=近くにいる者と親しむ、親しみちかづく)、昵狎(ジッコウ=なれなれしく親しむ)、昵懇(ジッコン=親しく心安いこと)、昵比(ジッピ=ちかづいて親しむ)。

5) 褻さぬ=けがさぬ。「褻す」は「けがす」。からだにつけてけがれる、よごす、よごれている。音読みは「セツ」。褻狎(セッコウ=近づきなれる、過度になれなれしくする、褻慢=セツマン=)、褻衣(セツイ=今まで着ていてよごれた普段着、褻=はだぎ=)、褻翫(セツガン=なれもてあそぶ)、褻器(セッキ=便器、御虎子)、褻臣(セッシン=身近に仕える家来)、褻涜(セットク=身近に置いておろそかにする、なれてあなどる)、褻服(セップク=はだにつける普段着)。

6) ソウユウ=争友。あやまちを責めていさめてくれる友。考経・諫諍。

7) キダン=規弾。おしえてただす、こうしてはいけないと戒める。規切(キセツ)。

8) ケイリク=刑戮。刑法によって処罰する。「戮」は「ころす」「死刑」「殺害」の意。戮笑(リクショウ=人に笑われること、物笑い)、戮辱(リクジョク=ひどくはずかしめる、恥・恥辱)、戮没(リクボツ=罪にしてころす、戮殺=リクサツ=)、戮力(勠力、リクリョク=協力する)。

9) キチョク=毅直。意思や態度強くまっすぐなさま。

10) シュンマイ=俊邁。才知が人よりもすぐれていること。邁は「前へ踏み出すこと」。

11) カッタツ=闊達。気持ちが大きくて小さなことにこだわらないこと。豁達もあり。

12) エンキ=厭棄。忌み嫌い捨てること。

13) ネイジュウ=佞柔。口先で取り行ってへつらうこと。佞媚(ネイビ)。

14) アユ=阿諛。おもねりへつらう、人の気に入るようにふるまう。「阿」は「へつらい迎合する」の意。「諛」は「へつらう」「おもねる」。諛悦(ユエツ=人に気に入られようとしてこびへつらう、こびへつらって喜ばせる)、諛言(ユゲン=こびへつらうことば、諛辞=ユジ=)、諛臣(ユシン=こびへつらう家来)、諛佞(ユネイ=くねくねとして相手にこびへつらう、諛媚=ユビ=・諛諂=ユテン=)、諛墓(ユボ=ことさら死者の生前の実際の事がらと違った墓誌をつくって死者を賛美すること)。

15) フソウ=浮躁。うわっ調子、軽率なさま。「躁」は「さわがしい」。躁急(ソウキュウ=気短でせっかちなこと、性急な)、躁競(ソウキョウ=心に落ち着きがなく地位・財産をきそいあうこと)、躁擾(ソウジョウ=あわててかきまわす、いらだちさわいで乱れる)、躁心(ソウシン=落ち着かずいらいらする心)、躁進(ソウシン=いらだって進む、高い官位につこうとしていらいらとあせる)、躁人(ソウジン=落ち着きのない人)、躁静(ソウセイ=さわがしいこととしずかなこと)、躁然(ソウゼン=落ち着きがなくさわがしいさま)、躁暴(ソウボウ=いらだって荒々しいこと)。

16) ソマン=粗慢(疎慢)。やり方が荒っぽく雑でいい加減である、うとんじてあなどる、大事にしない。

17) ガキン=臥衾。寝床。臥榻(ガトウ)・臥床(ガショウ)・臥牀(ガショウ)ともいう。「衾」は「ふすま」「かけぶとん」とも訓む。衾褥(キンジョク=かけぶとんと、しきぶとん、夜具一般)。

18) テイシ=涕泗。たれるなみだと鼻水、涕洟(テイイ)とも。「涕」も「泗」も「なみだ」。涕泣(テイキュウ=なみだを流してなく)、涕涙(テイルイ=流れ落ちるなみだ)、涕零(テイレイ=なみだをこぼす)。

19) イレツ=遺烈。故人が生前にたてた、すぐれた功績。「烈」は「りっぱな仕事」。

20) トウケイ=刀圭。薬を盛るさじ、薬匙。転じて、医術。刀圭家(トウケイカ=医者)

21) センギ=賤技。自分の技術・技量を謙遜する言い方。

22) 距つる=へだつる。「距つ」は「へだつ」。くっつかないように間をあける、幅を開けて寄せつけない。距逆(キョギャク=こばみたがう、さからう、距違=キョイ=)、距戦(キョセン=ふせぎ戦う)。

23) ハンエツ=繙閲。書物を読んで調べる。「繙」は「ひもとく」。巻物の形の書物を広げて読む。また、広く書物を開いて読む。繙繹(ハンエキ=書物を読みその内容をたどって理解する)、繙読(ハンドク=本を開き読む、書物をひもとく)、繙訳(ハンヤク=ある言語で表現された内容を、他の言語になおして表現すること)。

24) タンゼン=赧然。恥ずかしくて顔を赤くするさま。赧赧然ともいう。「赧」は「あからめる」とも訓む。火であぶったようにあかくなるさま。総じて恥じて顔を赤くすることをいう。赧愧(タンキ=恥ずかしくなって顔を赤くする)。「タンゼン」は「坦然、端然、湛然、澹然、丹前」があるのでそれぞれ意味の違いを区別しておきましょう。
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char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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