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稚心を捨て去ることから始めよう=学問の道を志す「啓発録」(1)

本日から数回にわたり、幕末の越前藩士、橋本左内の「啓発録」(講談社学術文庫、伴五十嗣郎全訳注)を取り上げます。これは嘉永元年(1848)左内が十五歳の時に、偉人英傑の言行や精神を学んで、自らを鞭撻するための「戒め」としてメモっておいた文章ですが、あらゆる学問を志す者のための「手引書」とも言える単純明快な内容です。「啓発」の二字は「論語」述而篇に見える孔子の言葉「憤せずんば啓せず、悱せずんば発せず」から取られたものです。いまここに学習者としての原点に立ち返るために味わってみることにします。2010年も終わり、新しい2011年を新たな気持ちで迎えることを祈念してしたためます。啓発録は五つの内容で構成されています。まずは学問に対する甘えの心を棄て去るために「去稚心」を説きます。


■稚心を去る(去稚心)


 稚心とは、をさな心と云ふ事にて、俗にいふわらびしきことなり。菓菜の類のいまだ熟せざるをも稚といふ。稚とはすべて水くさき処ありて、物の熟して旨き味のなきを申すなり。何によらず、稚といふことを離れぬ間は、物の成り揚る事なきなり。

 人に在りては、竹馬・紙鳶・1)ダキュウの遊びを好み、或ひは石を投げ虫を捕ふを楽み、或ひは糖菓・2)ソサイ・甘旨の食物を貪り、怠惰安佚に耽り、父母の目を窃み、藝業職務を3)り、或ひは父母によしかゝる心を起し、或ひは父兄の厳を4)ハバカりて、兎角母の5)シッカに近づき隠るゝ事を欲する類ひ、皆幼童の水くさき心より起ることにして、幼童の間は強ひて責むるに足らねども、十三四にも成り、学問に志し候上にて、この心毛ほどにても残り是れ有る時は、何事も上達致さず、とても天下の大豪傑と成る事は叶はぬ物にて候。源平のころ、並に元亀・天正の間までは、随分十二三歳にて母に訣れ、父に暇乞して初陣など致し、手柄功名を顕し候人物もこれ有り候。これ等はみな稚心なき故なり。もし稚心あらば、親の6)の下より一寸も離れ候事は相成り申すまじく、まして手柄功名の立つべきよしは、これなき義なり。
 且つまた稚心の害ある訳は、稚心除かぬ時は士気は振はぬものにて、いつまでも腰抜け士になり居り候ものにて候。故に余稚心を去るをもつて、士の道に入る始めと存じ候なり。




「わらびしき」とは「わらべしい(童しい)」の俗語。子供じみた、おさないという意味。物が熟して美味しくなる前、すなわちまだ完成しない水っぽい感じであることをいう。遊びばかりに夢中になり、食べ物も甘い者や好物ばかりをお求める年頃です。親の眼を偸んでは勉強や稽古事をなまけて母親の陰に隠れて甘える甘ちゃん。これらはすべて「稚心」から生じていると左内は言う。しかし、十三四歳にもなって学問を志すとき、この心がちょっとでも残っていたら何をしても上達しない。源氏や平氏が活躍した時代、織田信長ら戦国武将が群雄割拠したころまでは子供も親元を離れ初陣に参加し、敵を討ち取っては武名を轟かせる者も多少はいたものだ。それは稚心がすっかり取り払われていたからである。腰抜け侍から一生脱しきれなくなる。学問を志すにはまずこの稚心を棄てるべきだ。孤独な学問に身を投じる覚悟を問うています。だれに頼ることもできない。信じるのは自分だけ。成功しても失敗しても自分の責任であり手柄である。人に凭り掛かる姿勢を根本から拭い去らなければ学問をやる価値がない。適当に遊びでお茶を濁せばいい。それは単なる飯事でしかないのだが、それはそれで遊ぶ価値はある。一生甘えていれば楽だよね。左内は最後武士道に入る覚悟が稚心と永訣することが第一歩だとしていますが、武士道は現代社会にそぐわない。やはり学問でしょう。厳しい道を選ぶべきであり、一歩入ったが最後戻ることは許されない。誰も助けてはくれない。政治家にも与えたい言葉です。「稚心を捨てよ」。
1) ダキュウ=打毬。まりをつえで打って飛ばす遊戯。ポロ。

2) ソサイ=蔬菜。野菜、あおもの。菜蔬(サイソ)とも。「蔬」は「な」の訓みもある。

3) 懈り=おこたり。「懈る」は「おこたる」。だらける、気を緩めてなまける。音読みは「カイ」。懈怠(カイタイ=心がゆるんで物事をおろそかにする、おこたる、なまける、懈惰=カイダ=・懈慢=カイマン=)、懈弛(カイシ=心がゆるんでなまける、おろそかになる)。

4) ハバカり=憚り。「憚る」は「はばかる」。びくびくと気にする、心配して差し控える、遠慮する、気にして避ける。音読みは「タン」。憚畏(タンイ=畏れはばかる、おどおどして慎む)、憚赫(タンカク=勢いがはげしく、恐れふるえさす)、憚避(タンピ=はばかり避ける)、憚服(タンプク=恐れて服従する)。

5) シッカ=膝下。ひざもと、主君や親のそば近く。膝癢掻背(シツヨウソウハイ=ひざがかゆいのに背中をかく、見当違いのことをするたとえ)。

6) 臂=ひじ。肩から手首に至る腕全体の部分。「うで」もあり。音読みは「ヒ」。臂環(ヒカン=腕環)、臂使(ヒシ=腕が手の指を使うように、思いのままに人を使うこと、臂指=ヒシ=とも)、剋臂(ひじにコクす=ひじにきざみつけておく、かたく約束すること)、把臂入林(ひじをとりてはやしにいる=親しい者といっしょに俗世間からはなれてすむ)。
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Author:char
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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