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打算の無い愛なんて無いさ…

本日の岩波文庫「菜根譚」(今井宇三郎訳注)は、親子であれ友人であれ、組織であれ、人間関係の要諦を説きます。人と人の間に介在する物質的なつながりと精神的なつながり。恩恵、打算、無償、有償。世の中金で買えない物はないと嘯いた者もいましたが、金は物は買えるが、その価値は金の額面通りとは限らないのです。金銭の多寡に価値を見出すのではなく、人とつながれることに大いなる有り難さを感じ取るべきでありましょう。


【前集五二】

施恩者、内不見己、外不見人、即■■可当■■之恵。利物者、計己之施、責人之報、雖■■難成一文之功。

恩を施す者は、内に己を見ず、外に人を見ざれば、即ち1)トゾクも2)バンショウの恵みに当たるべし。物を利する者は、己の施を計り、人の報を責むれば、3)ヒャクイツと雖も一文の功を成し難し。



【解釈】 人に恩恵を施す者は、心の中に施す自分を意識せず、施される相手の感謝を期待しないようであれば、たとえわずかな恩恵であってもその価値は莫大である。ところが、人に利益を与える者は、自分の与えた利益を計り、その報いを要求する心を起こすようであれば、喩えどれほど莫大な大金を得たとしても一文の価値もない。

人は人と関係を持とうとするもの。そのアプローチの仕方は千差万別ですが、本当に相手のことを思えば滅私の行為となる。なかなか簡単ではないでしょう。無償の愛というのもそれだけ空しいことか。相手が応えてくれないことほど憎いものはない。たとえ親子間であっても打算貫の関係は本当にあり得るか。親は、期待にこたえてくれない子供に愛情を注ぎ続けることができるのだろうか。よしや利益を期待する心が少しもないと言えるかどうか。自分の胸に問いかけて自信満々で諾することができるでしょうか。お為ごかしという言葉は、情は人の為ならず。自分の為に情をかける。このくだりは当たり前のことを説いているのは間違いないですが、本当にやれるかどうかは怪しいものです。

政治の世界で言えば選挙のマニフェストというのがこれにあてはまります。みなさんのためにと公言し、当選の暁にはお約束しますと言いながら、選挙民、国民とかかわろうとする。お約束?お為ごかしですね。自分の当選と行為を計りにかけている。こんなことやっているからオネダリ国民が生まれてしまうのです。国民の生活の為になどと偽らないで正直に自分が当選したいから票を入れてくれという潔さの方がよほど美しい。恐らく当選はしないでしょうけれど。とどのつまりはマニフェストは絵に描いた餅でしかなく、そんなものを政治家の側に書かせるから信用のできないものになってしまう。国民自らが描かなければだめだ。そんな打算の産物であるマニフェストは何の価値もない。どんなに大勝しようとも、オネダリ国民をつくるだけのものでしかない。ほんとうに国民のことを思うのなら、なぜにあれほどの高い歳費が必要なのか。政治に金がかかると云うのも詭弁だ。何百人もの議員なんていらない。国民は怒りを通り越しているのです。その諦めがオネダリという歪な方向に向いているのです。これは政治家はもとより国民が肝に銘じなければなりません。ほんとうに純粋なほどこし、ああ、してあげているんだわという打算など無い社会をつくりたい。歴史に名を残したいという名誉欲、総理大臣、国務大臣に成りたいだけの輩。一兵卒という奴ほどお山の大将だという現実。嗚呼、この邦の行方に未来はあるのでしょうか。



問題の正解は続きにて。。。






1) トゾク=斗粟。一斗ほどのアワ。転じて、わずかな量をいう。斗米(トマイ・トベイ)、斗斛(トコク=ます、わずかな分量のたとえ)、斗酒(トシュ=一斗の酒、微酒)、斗卮酒(トシシュ=一斗入りのさかずきについだ酒)、斗筲(トショウ・トソウ=一斗入りのますと、一斗二升が入る竹製のかご、量の少ないたとえ、転じて、度量のせまいこと)、斗胆(トタン=一斗ほどの大きさのもの、度量・気持ちの大きいこと)、斗禄(トロク=わずかな給料、薄給)。「ゾク」で「粟」を想起できるかどうかがポイントです。粟散(ゾクサン=アワをまきちらしたように、小さいものがたくさん散らばる)、粟散国(ゾクサンコク=小さな国のこと、転じて、日本をいう)、粟帛(ゾクハク=アワと絹織物)、粟膚(ゾクフ=寒さ・おそろしさなどのため、表面にあわ粒状のものができた皮膚、鳥肌)、粟米(ゾクマイ=アワとコメ、主食となる穀物のこと)。

2) バンショウ=万鍾。多くの穀物・俸禄のこと。この「鍾」は周代の容量の単位で「一鍾は約50立」。通常は「あつめる」の意。鍾愛(ショウアイ=愛をあつめる、非常にかわいがること、鍾憐=ショウレン=)、鍾馗(ショウキ=疫病神を追い払うという神、その像は目が大きくひげが多く、黒い衣冠をつけている)。

3) ヒャクイツ=百鎰(百溢)。多額の金銭。「鎰」は「金の重さの単位、一鎰は二十四両」。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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