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我が儘に生きることの難しき未練残さぬ人生送る=「自祭文」(5)

陶淵明の「自祭文」(岩波文庫「陶淵明全集」、松枝茂夫・和田武司訳注)シリーズの5回目です。淵明先生は、老荘思想にある不老不死を求めなかった。彼が隠遁したのは、仙人になりたかったのではなく、自分でありたかったがために、田園に帰ったのです。終わった人生に未練なく、これからの人生に向き合うために。。。

【第5段】

運を識り命を知るも、1)か能く2)ること3)からん。4)れ今5)に化す、以て恨無かる可し。寿、百齢に渉り、身、6)ヒトンを慕う。老より終を得、7)の復た恋うる所ぞ。

【解釈】 生ある者は必ず死ぬ、それが人の運命だとよくよく知ってはいるものの、いざという間際になると、誰しもこの世に未練が残ってうしろを振り向かぬ者はいない。しかし私は今こうして死んでしまうが、もはや何の悔いもないつもりだ。私は一生百年の間、隠遁の生活にあこがれてきた。かくて老いて死ぬことができるのだから、何をいまさら名残りを惜しむことがあろうか。

1) 疇か
2) 眷る
3) 罔からん
4) 余れ
5) 斯に
6) ヒトン
7) 奚




死ぬのは恐いが逃げることは出来ぬ。後悔を残さずに死ねることこそ理想の人生。人生終盤局面における人の生き方が問われる時代です。自分が何歳まで生きて、どのような形でこの世を去るのかは、そうなってみて初めて分かる、否、そうなってみなければ絶対に分かり得ないものです。毎に未練、後悔を残さないためにも、その瞬間瞬間を燃焼し尽くすことが求められる。分かってはいるけど…という奴ですね。

淵明先生の節目節目の決断は羨ましいが、己の気持ちを最も優先させるという点で倣うべきです。否、見習えるでしょう。「我が儘」というのは現代社会ではネガティブなニュアンスが強い言葉でが、否、擅、誕、淫、蕩、驕、恣、縦、肆に生きることがどれだけ難しいか。決して自分中心勝手という括りだけで捉えるべきではないと思う。自分の思うがままに生きる生きるためには、どれだけの準備と心構えが必要か。人生を思うがままに生きることができれば終盤局面で慌てることはない。h肥遁して恬淡としてやりたいことをやればいい。淵明先生の言葉から得られる訓誨です。

問題の正解は続きにて。




1) 疇か=たれか。「疇」は「たれ」で不定の物をさすことば。あるだれか、あるとき。誰、孰と同義。やや特殊ですが「うね」「さきに」の訓みは必須です。音読みは「チュウ」。疇咨(疇諮=チュウシ、だれかいるか、転じて誰か優れた人材はいるかね、出典は「書経」尭典の「疇咨若時登庸」)、疇日(チュウジツ=昨日、先日)、疇人(チュウジン=代々の家業を継ぐ人、また、天文学者・数学者も)、疇生(チュウセイ・ともにショウず=同種類の物が集まって生える)、疇昔(チュウセキ=昨日、過日・むかし)、疇輩(チュウハイ=仲間、同輩、疇匹=チュウヒツ=)、疇隴(チュウロウ=畑のうね、田畑)。

2) 眷る=かえりみる。首をまわしてふりかえる。音読みは「ケン」。眷焉(ケンエン=いつまでも気にしてかえりみるさま、眷然=ケンゼン=)、眷遇(ケングウ=特別に目をかける、手厚くもてなす)、眷顧(ケンコ=ふりかえりみる、情をかけてひいきする)、眷想(ケンソウ=かえりみて思う)、眷眄(ケンベン=目をかける)、眷命(ケンメイ=天子などが人民の為に慈しんでいたわりのことばを下す)、眷恋(ケンレン=思い慕う、心に思っていつも忘れない、拳攣)。

3) 罔からん=なからん。「罔い」は「ない」。無し・莫し。罔象(モウショウ=もやもやとただようさま、水中に居るとされる怪物)。

4)余れ=われ。一人称の代名詞。「あまる」「のこり」。「余~」の熟語は、余威(ヨイ=死んだあとも影響を及ぼしている威勢、先祖の威光)、余蘊(ヨウン=余分のたくわえ、余り)、余裔(ヨエイ=子孫)、余贏(ヨエイ=必要以上に余ったもの)、余殃(ヨオウ=余慶に対して祖先の犯した悪事によって子孫にまで及ぶわざわい)、余暉(ヨキ=夕日の光、日没後も空に残っている光、はるかに遠くまで行きわたる恩恵や偉人・偉業などの名残り)、余醺(ヨクン=まださめきらない酒の酔い)、余孼(ヨゲツ=滅びた家の子孫)、余妍(ヨケン=あふれるばかりのあでやかさ、女性の内面に秘められた奥ゆかしい美しさ)、余姿(ヨシ=おちぶれたみすぼらしい姿)、余饒(ヨジョウ=余るほどたくさんあって豊かなこと)、余燼(ヨジン=たきぎなどの焼け残ったもの、もえさし、戦争に負けて生き残った兵)、余喘(ヨゼン=死ぬ間際の、途切れ途切れの息づかい、虫の息)、余輩(ヨハイ=われ、わがはい)、余夫(ヨフ=十六歳以上、二十歳未満で、まだ一家を構えていない人)、余瀝(ヨレキ=杯に余った酒のしずく)。

5) 斯に=ここに。「~斯に…」と訓み、「~ならば…である」「~したら…する」と訳し、前後の句をつなぐ役目がある。

6) ヒトン=肥遁。心に余裕を持って、俗世間を離れて住むこと。肥遯とも。「肥」は「ゆったりと余裕のあること」。「遁」は「のがれる」。肥衍(ヒエン=土地が肥えて水もじゅうぶんにあること)、肥甘(ヒカン=ごちそう)、肥勁(ヒケイ=からだが肥えて頑丈なこと、肥強=ヒキョウ=)、肥磽(ヒコウ=土地が肥えていることと、やせていること)、肥瘠(ヒセキ=からだが肥え太っていることと、やせていること、土地にも言う)、肥碩(ヒセキ=肥っていて大きい、肉が付いて太っている)、肥肉(ヒニク=肥った鳥・獣などのうまい肉、髀肉=ヒニク=とは違うので要注意)、随肥馬塵(ヒバのちりにしたがう=金持ちや身分の高い人にこびへつらい従うこと)、肥美(ヒビ=地味の肥えた土地、おいしい食物)。


7) 奚の=なんの。どのような。あるいは反語の意で「どうして~しようか、いやしない」。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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