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幻の草稿よ何処に眠っているのか?=「柳橋新誌」三編・自序

成島柳北の「柳橋新誌」には第三編の草稿があったことが岩波文庫(塩田良平校訂)の解題(101頁)に記されています。それによりますと、「現に自序及び学海の叙まで存し、且つ本文が公表されようとしたことは、『花月新誌』十九号に『第二十号ヨリハ新橋佳話ヲ順次ニ採録シ其レヨリ柳橋新誌三編京猫一斑二編ヲ追々掲載ス可シ』とある事でもわかる。右の中、新誌だけ載せられなかつたのは官に憚つたのであらうか。年譜には官不許公之とある。尚此の三編の一部を見たといふ人もあり、柳北遺子復三郎老人は、大橋家に譲つたと筆者に語つたが、同家では所蔵されてなき由、今は不明である」と経緯があります。残念ながら日の目を見なかった第三編。航西日乗の米国編も散逸した(その時詠じた漢詩だけは別に残っている)のですが、この二つの原稿なり写した物がもし今見つかれば大きな発見と言えるでしょう。貴重極まりない。柳橋新誌三編については「解題」にあるように、幸いに自序と学海(依田)の叙が記されています。柳北がどうして三編を思いついたのかの一端を知ることができます。


柳橋新誌三編序


木猶ほ此の如し、人何を以て堪へん。是れ桓宣武金城柳に1)ヨジるの語。彼一代の2)カンユウを以て、猶ほ且つ斯の歎有り。況や多情多恨余の若き者をや。余の始めて柳橋新誌を著するや、年二十有三、幕朝未だ其の師を喪はざるの時に当る。而して、柳橋の繁華大に観るべき者有り焉。第二編を著するに及びては、則ち、皇室鼎を東京に定め、百事維新、余も齢三旬四を加ふ。而して当時柳橋の3)キラ妍を競ひ糸竹嬌を闘はす。其の気焰殆んど幾度の4)シネツを添ふるが如し。而して其の実衰兆を其の間に5)タイする者有り。爾来6)シュクコツ七7)■■(トシ)、全都の光景、転変驚くべくして余亦衰ふ矣。花晨月夕、時に舟を呼び酒を命じ、以て歌を燈紅水碧の間に聴く。而して教坊の8)ソウシキ、以て旧を話すべき者、皆四散して尽く。復た往昔の歎無し。偶々一二新鬟雛裙の飲を侑るに足る者有るも、亦乍ち来り乍ち去り、竟に9)リョウリョウに属す。頃日、島原浅草の私窩毒を鬻ぎ遂に黒夜白梃の禍を招く。余威10)いて花柳11)ジョウリに及び、12)チョウムを香房に驚かし、13)エンキンを水楼に割くの変、比々新聞紙上に現出す。而して柳橋最も多きに居ると云ふ。其の冷索寂寞、脂粉の気をして全然14)チョウイせしむる者、亦異しむに足らず焉。浮屠氏の所謂色即是空なる者、安んぞ柳橋今日の事の為にして道ふに非ざるを知らん也哉。噫東京第一風流の地にして業に已に是の如し。其の他推して知るべき也。吁人情無ければ則ち已む。果して情有らば則ち安んぞ之が為に愀然たらざるを得ん乎。昨偶々古柳橋を過ぐ、天晩れんとす。霜気凄涼、寒月樹に在り、15)リュウジョウ痩尽して糸の如し。唯残葉数片16)ショウショウ水に点ずるを見る已。余蹰躇去る能はず。忽ち一老妓有り、顔17)シボみ衣薄し。余を捐して問ふて曰く、曩時何有仙史なる者有り、柳橋新誌を作る、蓋し其の盛を記する也。而して今衰頽此に至る、知らず仙史も亦健在猶善く18)キゴを作すや否やと。余為に泫然として涙下る。書して以て第三編の序と為す。

明治丙子十二月二日


1) ヨジる=攀(じ)る。腹をつけてからだをそらせるようにして木に登る。よじのぼる。攀桂(ハンケイ=月の世界にはえている桂をとる、科挙に合格するたとえ、立身出世)。

2) カンユウ=姦雄。悪知恵の非常にすぐれた者、奸雄とも。

3) キラ=綺羅。うつくしい着物。

4) シネツ=熾熱。物事の勢いなどが非常に盛んなさま。熾烈(シレツ)・熾盛(シセイ)とも。火や光がやきつけるように強いこと。

5) タイする=胎する。はらむこと。物事のもととなるもの、はじめ。子や芽ができる。胎孕(タイヨウ=子をみごもること、妊娠)、胎夭(タイヨウ=胎内の子と、うまれたばかりの赤子)、胎禽(タイキン=鶴)。
6) シュクコツ=倏忽。時が非常にはやく過ぎるさま、時間が非常に短いさま。倏焉(シュクエン)・倏然(シュクゼン)ともいう。

■戯訓語選択

7) 「トシ」→一年。

シュウカツ・ジュウカツ・ジョウカツ・キュウカツ・チョウカツ




■正解

7) キュウカツ=裘葛。冬に着るかわごろもと、夏に着るくずかたびら、衣服。転じて、一年間をいう。夏から冬まで。



8) ソウシキ=相識。知り合い、知人。

9) リョウリョウ=寥々。うつろでひっそりしているさま、空虚なさま、数が少ないさま。「寥」は「さびしい」とも訓む。「寥たり」は「すきまだらけで詰まっていないさま、まばらなさま」の意。

10) 施いて=しいて。「施く」は「しく」。平らに伸ばす施粉(シフン=おしろいをのばしてぬる)、施采(シサイ=色彩を塗る)。

11) ジョウリ=場裏(場裡)。ある場所のうち。そのことが行われる範囲内。

12) チョウム=蝶夢。自他の区別を忘れた境地のこと。胡蝶之夢(コチョウノユメ)。ただ単に夢をいうこともある。

13) エンキン=鴛衾。一対になったかけぶとん(被・衾)。夫婦が共に寝る寝具。鴛鴦被(エンオウヒ)・鴛鴦衾(エンオウキン)ともいう。鴛鴦は「おしどり」。雌雄仲がよく、いつも寄り添っているので夫婦仲の睦まじいことにたとえる。匹鳥(ヒチョウ)ともいう。鴛鴦瓦(エンオウのかわら=一対になっている瓦、鴛瓦=エンガ=)、鴛行(エンコウ=朝廷に並ぶ文官のこと、行は行列の意)、鴛侶(エンリョ=オシドリのつがい、つれあい・配偶)、鴛鷺(エンロ=オシドリとサギ、朝廷に居並ぶ文官たち)。

14) チョウイ=凋萎。なえしぼむこと。凋零(チョウレイ)・凋落(チョウラク)とも。

15) リュウジョウ=柳条。やなぎのえだ。柳枝(リュウシ)とも。柳眼(リュウガン=ヤナギの新芽)、柳陌(リュウハク=ヤナギのあるあぜみち、いろざと・花柳街、柳巷=リュウコウ=)、柳態(リュウタイ=ヤナギの枝ぶり、しなやかな姿)、柳塘(リュウトウ=ヤナギの生えている土手、柳堤=リュウテイ=)、柳眉(リュウビ=ヤナギの葉のように細い眉、美人のまゆのたとえ、柳葉=リュウヨウ=)、柳腰(リュウヨウ=ヤナギのしなやかな枝、柳のようにしなやかな腰、やなぎごし、美人のたとえ)。

16) ショウショウ=悄々。しょんぼりして心配するさま、ひっそり静まったさま。悄は「うれえる」。悄然(ショウゼン=心配してしょんぼりとしたさま、寂しくひっそりとしたさま)、悄愴(ショウソウ=気がめいって心を痛めるさま、惨愴=サンソウ=・悲愴=ヒソウ=)、ひっそりと寂しいさま)。

17) シボみ=凋み。「凋む」は「しぼむ」。しおれること。凋槁(チョウコウ=しぼみ枯れる、凋枯=チョウコ=)、凋残(チョウザン=枯れ残り、枯れ損ない)、凋謝(チョウシャ=しぼみ落ちる、人が死ぬこと)、凋弊(チョウヘイ=衰えてだめになる)。

18) キゴ=綺語。詩文などで用いるうつくしいことば。いつわり飾った言葉。狂言綺語。特に、小説や物語などをいやしめていう言い方。表面だけを飾ったというニュアンスが強い。









明治丙子は明治九年(1877年)。柳北四十歳。既に朝野新聞社長になり、操觚界で其の名声を高めていたころのことです。七年前に柳橋新誌二編を書き終えています。這の間、欧州米国旅行で見聞を広げています。花月新誌の創設は翌明治十年のこと。たったこの短い七年の間に柳橋の凋落ぶりが鮮明になった。知り合いも少なくなり、新しい芸妓のお披露目に呼ばれることもめっきり減った。島原浅草の私窩(=女郎)が毒を売ったとありますが、何のことやら今一つ不明。毒と言えば黴毒のことか?これが花街凋落の引き金になったというのでしょうか。朝野新聞紙上でも何度か花街のことを取り上げて柳橋が一番だと喧伝したのですが、釈迦の説いた色即是空は柳橋にこそ当てはまるのかもしれない。熱気が冷めて人が来なくなってしまった。東京第一の風流の町ですらこうなのだから、ほかの土地の苓落ぶりも推して知るべし。人の情けがなくなれば寂れる一方なのである。

暫く足が遠のいており耳で聞いていたが、ある日の夕方、偶然、寄ってみたところ、一人の老妓女に袖を引かれて「むかし何有仙史(=柳北のこと)というお方がおられて柳橋新誌を書かれました。まだ活気のあったころの柳橋のことを書かれました。しかし、今は寂れております。御存じではないですか?あのお方はまだ文章を書かれているかどうかを」。

さめざめと涙をこぼす柳北。これが柳橋新誌三編を思い立ったきっかけとなったのです。彼も四十、不惑に乗せた。ジャーナリストの感覚が研ぎ澄まされていった。その筆致は何を描いたのか?三編を読んでみたかったというのは迂生だけではないでしょう。返す返すも残念無念です。どこかに眠っていないのか?
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不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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