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「業は勤むるに精しく嬉むに荒む」韓愈の教誨を肝に銘じよ=「柳橋新誌」二編(40)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの40回目です。二編「本文」の最後のくだりです。妓女とて幼いうちから芸に精進して一人前になるというのに、今の明治新政府の役人どもは安佚を貪るばかり。ましてや自分はどうか。幕府の中央から在野の一変人にに堕した柳北の忸怩たる思い。そして、憂国の嗟き。切歯扼腕し、心のうちの震えから湧き起こる悲痛な慟哭が聞こえてきます。


余1)■■(ムカシ)、晴簑、楊江諸子と毎に二州に会飲す。当時(ソノコロ)見る所の女児皆十歳前後(アトサキ)、2)ガビ未だ書くことを知らず3)■■(ミヅハナ)口端に垂れ泥孩(ニンギヤウ)を抱いて4)シュンゼンとして遊戯する者、今皆成立し紅裳を褰げ金絃を按ず。其の態度(ナリフリ)見るべく其の歌謡聴くべし。余之が為に5)セイゼンとして感ずる所有り。夫れ業は勤むるに精しく嬉むに荒む。昌黎諸を千載の前に言へり。蓋し娼妓は賤女子也、歌舞は小技也。然れども勉励して之を学べば則ち数歳にして以て其の生を養ふに足る矣。今夫れ国の大政を執る者、6)コウシャクを賜はり7)タイロクを食ひ、8)カッカク権有つて、而して9)レイキョウ未だ国に立たず10)トクタク未だ民に流れざるは何ぞや。其の人11)■■(ボンクラ)にして其の職に勝へざるには非ず、人々12)ショウヘイの沢を楽み一日の安を偸み、賢を挙げ能を使ふに急にして卻つて13)アユの臣失節の士を取るに因る矣。是れ他無し、治を為すに勤めずして14)■■(ナゲヤリ)風を為すの故に非ず耶。徳川氏15)キセイに当つて、16)シュンサイ卓識の人無きに非ず、而して政教頽廃して振はざるは、其の失亦14)■■の二字に在る也。夫れ古今治を為す者、未だ17)リッコウに成りて而して14)■■に壊れざる者は有らず矣。14)■乎、■乎。在位の君子其れ諸を戒めよ。余も亦其の14)心を■し其の業を■うち漠然として顧みざる者、早晩(イマニ)将に食を道路に乞はんとす。余大に賤女子に慙づるある哉。


■戯訓語選択。

1) 「ムカシ」
3) 「ミヅハナ」
11) 「ボンクラ」
14) 「ナゲヤリ」


ロウカイ・ホウテキ・シスイ・ヨウレツ・ドウジツ・シイ・ビイ


■正解


1) ドウジツ=曩日。さきごろ、以前、むかし。曩昔(ドウセキ)・曩時(ドウジ)・曩者(ドウシャ)ともいう。

3) ビイ=鼻洟。鼻じる、鼻から滴れる液。鼻涕(ビテイ)・鼻液(ビエキ)ともいう。「洟」は「はな」「はなじる」とも訓む。涕洟(テイイ=涙と鼻汁)。

11) ヨウレツ=庸劣。愚かでくだらない。庸愚(ヨウグ)とも。

14) ホウテキ=放擲。なげやりにする、うち捨てる。「擲つ」は「なげうつ」。


2) ガビ=蛾眉。蛾の触覚のように、細長く曲がって、くっきりと目立つように描いた眉。細長く美人の代名詞でもある。蛾黛(ガタイ)・蛾翠(ガスイ)・蛾揚(ガヨウ)とも。

4) シュンゼン=蠢然。虫がうごめくさま、転じて、わけもわからずに騒ぎ立てるさま。蠢蠢(シュンシュン)とも。「蠢」は「無知でおろか」という意。蠢動(シュンドウ=無知の者が騒ぎ立てる)。

5) セイゼン=悽然。いたましいさま。「悽」は「いたむ」。悽惻(セイソク=悲しみ、心がいたむ、悽傷=セイショウ=、悽楚=セイソ=、悽悼=セイトウ=)。

6) コウシャク=高爵。高い爵位。公・侯・伯・子・男の五階級。

7) タイロク=大禄。高い俸禄、高給取り。禄爵(ロクシャク=官吏としての俸給と、爵位)。

8) カッカク=赫々(赫赫)。あかあかと光り輝くさま、勢いが盛んなさま、功績が著しいさま。赫赫之光(カクカクのひかり=激しく輝く光、盛んな威勢や名声にたとえる)。「赫」は「あかい」「あきらか」とも訓む。勢いが盛んなさま。赫奕(カクエキ=光り輝くさま、物事が盛んで美しいさまにたとえる)、赫曦(カクギ=光り輝くさま、勢いが盛んなさま、赫戯・赫羲=カクギ=)、赫喧(カクケン=人格や畏犠が堂々としていてりっぱなさま)、赫灼(カクシャク=あかあかと光り輝くさま、かっかともえさかるさま)、赫然(カクゼン=かっと怒るさま、光り輝くさま、物事の勢いの盛んなさま)、赫咤(カクタ=かっと激しく怒る)、赫怒(カクド=まっかになって怒る)、赫烈(カクレツ=激しく輝くさま、非常に盛んなさま)。

9) レイキョウ=礼教。人間の言行をひきしめる教え、儒教のこと。

10) トクタク=徳沢。よい恵み、恩恵。恩沢とも。

12) ショウヘイ=昇平。世の中が穏やかにおさまっていること、平和の世。升平(ショウヘイ)とも書く。

13) アユ=阿諛。おもねりへつらう、人の気に入るようにふるまう。

15) キセイ=季世。道徳・風俗が乱れ、すたれた時代。末世。この「季」は「すえ」とも訓む。季節や時代の最後という意味。

16) シュンサイ=儁才。ひときわ優れた人。駿才・俊才でもOK。「儁」は「すぐれる」の意。

17) リッコウ=力行。力の限り努力して行う、自分で実際に行う。「リョッコウ」も読む。








十年前に柳橋で飲んだとき、十歳だった女の子。化粧もうまくできないおぼこかったのに、いまや立派に着飾りお座敷を勤めあげている。その立ち居振る舞いや観て立派。その歌曲の美しいことや聞いて感動。感慨深いものがあると柳北はある意味己の存在の小ささにしょんぼりとしています。

「業は勤むるに精しく嬉むに荒む」

これは、韓愈の「進学解」(813年)の冒頭の一節。「学業は勤めることによりくわしくなり、遊ぶことによりすさんでしまう」の意。このあとには「行いは思うに成りて随うに毀る」と続きがあり、「行いは思い求めることにより出来上がり、気ままに任せることによりダメになる」。下手糞でもいいから脇目も振らず一歩でも前に進めば、自ずと己の道が成り立っているであろう。韓愈の至言を持ちだしたのも、妓女の世界の厳しさを目の当たりにしたからにほかなりません。いかに賤しい女と雖も、芸の道は生半可なことではものになるべくもない。刻苦勉励あるのみ。立派に独り立ちして生きていけるだけの手立ては身につく。

翻って、政治の世界だ。ここが大いに問題。位だけ高くて、給料だけ多くて偉そうな権力だけを振りかざして、そのくせ儒教を修めてもいないし、天子のお恵みが人民に行き渡らないのはなぜか。才能がボンクラで職責に堪えないというのではない。天下太平の安佚に溺れ、賢人能吏の登用を性急にしたせいで、おもねりへつらう節度に劣った人材しか育っていないからである。ここのくだりは幕末維新の人材を言い当てています。若いながらも好素材はたくさんいるはずだが、いかんせん世の中の変化が速すぎ。人材の中身が備わっていないのに中央政界で持て囃されてしまい、為政者たるもの、なげやりにいい加減に振るまっているからであろう。徳川幕府にだって俊才がいなかったわけではない。ところが、あっという間に瓦解してしまった其の理由は一にも二にも政を御座なりにしていい加減にしてしまったからに他ならない。放擲という言葉を何度も何度も繰り返し用いている。ここに柳北の悔恨の情が言い表されている。古今、為政者は自ら修めるに放擲に負けて散っていったものは多い。明治天皇も戒めなされなければならない。この柳北とて人のことを言えた義理ではない。放擲に堕してしまえば、いつ何時路上の乞食に身を窶してしまわないと限らないであろう。その意味では妓女の生長した姿には感服すると同時に、恥ずかしい気持ちでいっぱいになるのである。

これが「柳橋新誌」二編の「本文」の掉尾を飾る一節です。妓女に対する尊敬の念に溢れています。彼は妓女と遊びまくったのでしょうが、決して物として扱ったわけではない。寧ろ「同志」として付き合ったのだと思います。時代の動きが手で抗いようがないほど速い。変化を余儀なくされた者同士。妓女も生きるために知恵を絞り、芸を磨き、どうやってこの世に生を享けた証を残そうか呻吟している。そこには共感を覚えている。しかしながら、魂の抜け殻のようにふわふわとする自分の存在の軽さに嫌気がさし、なんとか新たな道を模索しようとして、彼女たちのことをいわば切瑳琢磨する同志として視ているのではないか。柳北はこの二編を刊行した後、例の欧州米国旅行に出かけ、朝野新聞社長に引っ張られ、大いなる論陣を張りジャーナリストの道を歩んでいくのです。
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2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
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