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「錦の御旗」を立てられちゃあすごすごと退散するしかあるめぇよ=「柳橋新誌」二編(31)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの31回目です。贔屓の客であった士族の、これまでの厚意に対して感謝の意を示すとともに、永遠の別れを宣言したい妓女。それは、もう一人付き合っていた商人の元へ身請けを決めたからです。こっそり逃げ隠れるのではなく、その背景や経緯をきちんと説明しており、筋が一本通っている。しかしながら、士族の方は未練たらたら。じっと妓女の話を聞いていたのですが、堪え切れずに口を開きます。白居易の長恨歌の一節、玄宗皇帝と楊貴妃の誓いのフレーズである「天に在りては願わくは比翼の鳥と作り、地に在りては願わくは連理の枝と為らん」を持ちだして、あの言葉は嘘だったのかぁあああよぉおおお。。。。




士人1)■■(ムツトシテ)色を作して曰く、卿(オマヘ)曾て僕と誓ふ、天に在つては比翼、地に在つては連理。僕も亦刀を鼓し(キンチヤウ)以て誓ひを神に献ぜり。今卿盟に背き言を2)み、僕を棄てゝ以て情郎(イロオトコ)に嫁す。僕何ぞ黙して之を遣るに忍びん。且つ僕が心之を肯(キク)ずるも此の双刀を若何、彼の3)ジンギを若何。卿若し果して往かば則ち僕も亦策有り、我が藩に精兵十大隊有り、僕将に指揮して卿の家に迫らんとす、若何。妓曰ふ、君も亦無理、妾今身を売り以て活す。妾は売り君は買ふ所謂売り物買ひ品、妾唯々君の命に之れ従ふ。妾一朝4)■を脱すれば(ヒキコム)則ち賤しと雖も一家(ケン)の嬢子(ムスメ)也、5)■(ゲンプク)も亦随意(カツテ)、嫁ぐも亦随意自由自在、君何ぞ6)らん焉。縦令貴藩の兵何十隊有るとも将に妾を奈何せん。且各藩以て兵を養ふ所は豈大少参事の私情を成し私威を張る為に用ひん哉。若し兵来つて妾に迫らば、妾将に一走(ヒトハシリ)諸を官に鳴(ウツタヘル)さんとす。知らず君の藩大と雖も君の兵強と雖も安んぞ能く王家に抗することを得ん哉。7)キンキ一たび出ては亦8)□□□)へん而已と。9)咥然として大笑し、10)を下りて去る。

「刀を鼓す」に「キンチヨウ」の戯訓を当てていますが、正確には「金打」と書く。堅い約束を意味しており、「江戸時代に約束を違えぬ証拠に、武士が両方の刃または鍔などを打ち合わせて、また小柄(こづか)の刃で刀の刃を叩いたこと。かねうちともいい、女子は鏡、僧侶は鉦を打ち合わせたという」。あとにでてくる「双刀」が「両方の刃」。

■戯訓語選択。

1) 「ムツトシテ」

ブゼン・フツゼン・ボウゼン・キゼン・ショウゼン






■正解

1) フツゼン=怫然。むっとするさま、ぷりぷりおこるさま。憤然・忿然ともいうが、憮然は間違いですので要注意。「作色」は「顔色を変えること」。



2) ■に入れるべき常用漢字一字を記せ。ヒントは「言」が目的語となっていること。





正解=食。食言(ショクゲン・ゲンをショクす=いったん口に出した言葉を食べたように無くしてしまう。いったことを実行しない)と用いる。ここは「は・む」と訓ませている。



3) ジンギ=神祇。天の神と、地の神。天神と地祇。仁義や神器ではないので要注意。





■戯訓語選択、一字音読みヒントヴァージョン。

4) 「ヒキコム」=■を脱す→セキ・コウ・チ・ジョウ・ショウ

5) 「ゲンプク」=カイ・ケイ・セイ・マイ・レイ



■正解

4) セキ=籍。「籍を脱す」で「女郎の足抜け、遊郭の世界から足を洗う」。席ではない。

5) ケイ=笄。髪を留めるこうがい。戯訓の「ゲンプク(元服)」と言えば二十歳。女の「笄」は成人の徴です。とくに江戸時代、女子が嫁してのち、眉を剃り、歯を染め、丸髷に結うことを言いました。「笄年」(ケイネン)で既出。男なら「冠」。ここは、成人になったあかしとして初笄(ういこうがい)や鬢そぎ・髪上(かみあげ)などの儀式を挙行することをいうが、後ろにある「嫁ぐ」と連動して嫁入りを含意しているかもしれません。





6) 関からん=あずからん。「あずかる」は表外訓みでもやや特殊か。「かかわる」が普通。物をつなぐように関係する。

7) キンキ=錦旗。赤地のにしきに太陽と月を象った旗。天皇の旗印とした。所謂、「錦の御旗」のこと。これを立てた方が「官軍」で、立てられた方が「賊軍」となってしまいます。

8) 潰える=ついえる。戯訓は「クズレ」。くずれさる、戦争に負けて隊列が崩れる。音読みは「カイ」。潰散(カイサン=戦争に負けて軍隊がちりぢりになる)、潰走(カイソウ=戦いに負けて軍隊の陣形がくずれて逃げる)、潰瘍(カイヨウ=皮膚や粘膜がただれくずれたもの)。

9) 咥然=キゼン。ひっひっひと鼻で笑うさま。「咥」は「くわえる、かむ」と訓む場合は、「テツ」。毅然、喟然とは違うので区別できるように。

10) 階=きざはし。階段のこと。「きざはし」はほかに「段、陛」とも書く。







士族は恨み節の連続で止まりません。別れを切り出された男としては見苦しいことこの上ない。第一、自分は妻がいるのに妓女の相手を「情郎」と称するのはいかがなものか。相手の方には妻がいないのだから、寧ろあんたの方こそ「情郎」でしょうが。ところが士族は言うに事欠いてとんでもない台詞を吐きます。

「刀を叩きあった誓いをどうすればいいのか。神様へのお誓いは嘘だったと申し開きしなければならないのか。もしも、お前が俺の元から去るというのなら、俺にだって考えがあるぞ。俺の藩には精兵隊が十隊もあるのだ。俺が命令すればお前の家に攻撃を仕掛けようぞ」。

妓女も負けてはいない。反撃開始です。「無理無体なことをおっしゃる。あちきは芸妓。お金で旦那に買われている身だけれども、この世界から足を洗った暁には身分は低くともただの一人の娘ですわよ。誰と結婚しようが自由じゃないですか。あなたさまには関係ありゃしませんよ。たとえあなたの藩がどれだけの兵隊さんを抱えているかは知りませんが、一体あちきをどうしようというのでしょう。藩の軍隊とはお偉い方の私情、私怨を晴らすために用いるものなのでしょうか。もしも貴藩の兵があちきの家に攻撃しようというのなら、政府に駆けこんで訴えますとも。いいですか。貴藩がいかに明治政府樹立に功のあった雄藩であろうとも、天皇家に反旗を翻していいものですか。もしも錦の御旗を立てられてしまえばあなたがたは賊軍となって討ちとられてしまうのですよ」。

最後の一言は効いたようです。鳥羽伏見の戦いや戊辰戦争で薩長両藩は、錦の御旗を盾に旧幕府方の会津藩や奥羽越列藩同盟を賊軍として位置付けました。皮肉にも妓女は錦の御旗を立てたであろう薩摩か長州のお偉方である士族に対して錦の御旗を持ちだすことで自分の事を諦めさせる作戦に出たのでした。最後の一文は、もちろん士族が主語です。大笑いしながら妓楼から去っていった。しかし、恐らくはその目には涙が溢れていたことでしょう。意外と純真だったのかもしれませんね。したたかな妓女には薩長如きの士族は勝てませんのよ。さっさと身を引くのが得策さ。幕府側の中枢から一挙に下ろされた柳北の意趣返し、快哉を叫んだエピソードだったのでしょうね。
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Author:char
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言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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