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どう言えば伝わる?妓女を身請けする遊客の赤心=「柳橋新誌」二編(25)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの25回目です。柳橋に遊びに来る客の狙いは芸妓と寝ることですが、懇ろになった挙げ句に妓女を身受けしたくなるというのも人情です。通いに通い詰めて人と為りや生い立ちを知るにつれて情に絆されていく。お前のおっかさんも一緒に面倒見るからさ。一緒になろうよ。妓女の側からしてもさまざまな事情によって斯界に入らざるを得なかった。そのオファーをありがたく受け入れる者もあれば、勿体を付けて数ある男を値踏みして最も高く買ってくれる奴を択ぶのもいるでしょう。ところが、本日の主役である妓女は男の申し入れに頑として拒絶の姿勢を見せます。男も本気です。夜更けの楼閣の一室で気まずい沈黙の中、男は最後の一押し。さてさて、その頑固さの“秘密”とは一体何でしょう。。。。


天心月高くして楼丁(ワカイモノ)楼を鎖し、水面風涼にして舟子(センドウ)舟に眠る。夜発(ヨタカ)蕎麦(ソバ)鏦鏘(チリン)の鈴已に遠く、茶飯豆腐1)■■(ボンヤリ)の燈全く滅す、2)シガイ寂たり矣。狗も亦声無し。一小楼内酔客床に在り、睡らんと欲して睡らず、語らんと欲して語らず、懊悩の気有るが如し。一妓3)ショウゼンとして枕頭(モト)に4)■■(カタクスワル)す。客壁に向つて煙を吹き5)唾壺(□□□□)を撃つ。一撃説き出して曰く、日来(コノゴロ)僕汝の為に多少の思慮を費し、汝の為に多少の金を擲ち、縷々6)■■(ココロノウチ)も亦吐き尽し明白なり。昨来又此の楼の主婆(カミサン)に託(タノミ)し、懇切に説論して汝肯んぜず、汝も亦事を解せざる哉、何ぞ其れ7)■■(ゴウジヨウ)の甚しき。現今天地間一人の汝が如く愚を守り(バカリチギ)古を師とする(ムカシフウ)者有らず。汝若し8)ホンゼン慮を換へば(リヨウケンヲカヘル)則ち特り汝便宜(ツガウヨク)を受了するのみならず、9)■■(オフクロ)も亦老境の楽を得ん。汝盍ぞ諸を思はざる。妓首を俯して黙す。双眼涙を堆し10)コウシ袖を嚼む。11)久くして曰く、主公(ダンナ)何故に心を醜悪妾の如き者に注(カケ)し、屡々12)■■(シンセツノオハナシ)を賜ふ。妾豈13)ボクセキならん哉。寔に公の情に感じ公の恵を14)ふ、奉謝するに辞無し。而して肯て命を奉ぜざる所以の者は抑抑亦故有り、具さに以て告ぐ。

「夜発」は「やほち」。夜、辻などに立って通行人の袖を引き売春する女のこと。夜辻・夜鷹のたぐい。「鏦鏘」は「ショウショウ」。「鏦」も「鏘」も「金属の鳴る音の形容」。チリンとあるのはサイコロの音。つまり、博奕でしょう。



■戯訓語選択。

1) 「ボンヤリ」
4) 「カタクスワル」
6) 「ココロノウチ」
7) 「ゴウジヨウ」
9) 「オフクロ」
12) 「シンセツノオハナシ」

コンカイ・チュウジョウ・アンタン・シツヨウ・タンザ・ジケン



■正解


1) アンタン=黯淡。うすぐらいこと。黯湛・黯澹とも書く。「黯い」は「くらい」。黯靄(アンアイ=うすぐらくたちこめたもや)、黯惨(アンサン=くらく陰気なさま)、黯然(アンゼン=陰気でどす黒いさま、くらいさま、胸が塞がるさま、気がめいるさま、黯爾=アンジ=)。

4) タンザ=端坐。行儀正しくきちんとすわる。正坐・危坐とも。「端」は「ただしい」と訓み、「両側に垂れた布のはしがそろうように、左右の均斉がとれているさま」の意。端愨(タンカク=きちんとしてまじめであること、端誠=タンセイ=)、端揆(タンキ=宰相のこと、もろもろの政治をととのえ(端)、はかり(揆)処理することから)、端拱(タンキョウ=きちんと姿勢を正して両手をからだの前で組む、天子が何もしないで徳によって天下をおさめること)、端倪(タンゲイ=物事の糸口を見てとろうとする、転じて、おしはかる、揣摩すること)、端月(タンゲツ=正月のこと)、端妍(タンケン=行儀正しくきちんとしていて容貌が艶やかなさま)、端行(タンコウ=きちんと整った行い、対義語は乱行)、端章甫(タンショウホ=礼式用の衣服と冠)、端人(タンジン=行いや心のきちんとした人、品行方正の人、端士=タンシ=)、端黙(タンモク=だまって正座する)、更端(タンをあらたむ=話題を変えて別のことを話し始める)。

6) チュウジョウ=中情。こころのなか。衷情だと「本心・まごころ」の意。

7) シツヨウ=執拗。どこまでも自分の考え方を押し通そうとすること、うるさくまつわりついてしつこい。

9) ジケン=慈萱。母親の美称。慈母をさらに美化する言い方。「萱」は本邦では屋を葺く「かや」のことですが、中国では「ワスレグサ」。この草を眺めると憂いを忘れるという言い伝えがあり、母親の居住する北の座敷が臨む庭に萱草(カンゾウ・ケンソウ=ワスレグサ)を植えたという。母親のことを萱堂(ケンドウ)ともいう。逆に父親のことは「椿」という。こちらは長寿を願う言葉。二つ合わせて「椿萱並茂」(チンケンヘイモ)、「椿庭萱堂」(チンテイケンドウ)は「両親の健康を祈ることば」です。孝養の意識を高めるためにもぜひとも覚えておきましょう。

12) コンカイ=懇誨。ねんごろに教え諭すこと、心を尽くしてさとすこと。懇諭(コンユ)ともいう。ここは妓女に対して身受けを受け入れてくれと熱心に説くことをさす。「誨」は「おしえる」の意。誨淫(カイイン=みだらなことを教える)、誨化(カイカ=おしえさとして感化する)、誨言(カイゲン=わからない者におしえさとすことば)、誨示(カイシ=わからない者におしえ示す)、誨諭(カイユ=わからない者におしえさとす、教誨=キョウカイ=・訓誨=クンカイ=)、誨誘(カイユウ=わからない者におしえさとして、よいほうへ導く)。





2) シガイ=四街。まちじゅう、あたり一面。ここは「市街」とはしたくないところ。

3) ショウゼン=悄然。心配してしょんぼりとしたさま。「悄」は「うれえる」とも訓む。悄悄(ショウショウ=しょんぼりして心配するさま、ひっそり静まったさま)、悄愴(ショウソウ=気がめいって心を痛めるさま)。

5) 唾壺=はいふき。この戯訓は当て字ですからやや難問か。「はいふき」は「灰吹き」と書き、「煙草の吸殻をたたき入れるために莨盆についている筒、多くは竹製」。「唾壺」(ダコ)は「つばきを吐き入れるつぼ、たんつぼ」の意が普通です。音読みは「ダ」。唾棄(ダキ=つばを吐き捨てるように捨てて顧みない、さげすむこと、いみきらうこと)、唾手(ダシュ・てにつばす=手につばを吐いて物事を行う、物事が簡単にできることのたとえ、勇んで物事を始めることのたとえ、唾掌=ダショウ=)、唾罵(ダバ=つばを吐きかけてののしる)、唾面(ダメン・メンにつばす=人の顔につばを吐きかける、人を非常にはずかしめることのたとえ)。

8) ホンゼン=幡然。くるりと裏返しになること、ひらひらとひるがえるさま。「ハンゼン」とも読む。手のひらを返すように翻意するさまをいう。「翻然」の方が一般的か。

10) コウシ=皓歯。真っ白い美しい歯。美人の形容。明眸皓歯(メイボウコウシ)・皓歯明眸(コウシメイボウ)で用いることが多い。「皓」は「しろい」。皓月(コウゲツ=白く輝く月)、皓皓(コウコウ=明るくてあざやかなさま、潔白でけがれのないさま、心が空しいさま、川などが広々としたさま)、皓首(コウシュ=白髪のあたま、老人をいう)、皓白(コウハク=真っ白なさま、純白)。

11) 良=やや。ずいぶんと。「頗」と同義。「漸」や「稍」よりは程度が大きいニュアンスか。

13) ボクセキ=木石。人情を解しない人の喩え。

14) 荷ふ=になふ。「荷う」は「になう」。肩の上に物をのせてかつぐ、重荷や仕事を引き受ける。荷眷(カケン=人の好意や恩恵をうける、荷恩=カオン=)、荷戴(カタイ=君主の恩恵をうける)、荷任(カニン=任務をひきうける)、荷禄(カロク=俸給をもらう、福徳を身にうける)。






今回はちょっとドラマ仕立て。わおぉ~ん、わおおおおおん。犬の遠吠えも聞こえぬ丑三つ時か。時あたかも天高く満月が耿耿と輝いている。夜鷹の袖引きも蕎麦屋の屋台も店じまい。茶飯豆腐の看板もしまわれて夜のしじまに一楼閣。一人の客が睡ろうにも睡られぬ風情。語るでもなく悶々として床に横たわっている。妓女が独り端然と枕元に正坐している。客は煙管をひと吹きこんこんと灰を灰吹きに撃ち当てながら重い口を開いた。「ぼくは君のことをひいきにしてきた。金も使った。心を開いて付き合ってきたつもりだ。嘘を言ったことはない。この店の女将にも訳を話してお前のことを説得してもらった。それなのにどうしてそうまで強情なのかい。お前のような分からず屋はいないよ。素直に僕の言うことをお聞き。おっかさんも面倒見るからさ。今一度考えなおしておくれでないか」。どうやら男は本気で妓女を妻に迎えようという考えである。妓女は黙って俯いていた。両方の目には涙をたたえ、真っ白な歯で袖を嚼む。しばらくしてようやく話し始めた。「だんな、あちきのようなバカ女にお心をかけてくださって、身請けまでしてくださるという御親切。あちきとて人情が分からぬ馬鹿ではありません。だんなのお気持ちは感謝してもしきれません。ですけれど、其のお気持ちに報いきれないのには訳があるのです。これからいささかくどいですがお話しさせてくださいませ」。

どうやら訳ありの様子。妓女の過去が明かされます。妓女の凛とした生きざまに感動を余儀なくされる次回を待っておくれ。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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