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花に譬えた芸妓たちよ何処へ消えた?居所を教えておくれ=「柳橋新誌」二編(22)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの22回目です。幕末から明治維新という大変革を経て、伝統ある花街、柳橋にも新風が吹き訪れている。柳北の「憂慮」は十年前に自らが拵えた“芸妓図巻”に載せた二十四人の今の姿を目の当たりにして、現実のものとなっているのです。


蓋し人材1)■■(マサリオトリ)有るに非ざ也、世態変移有る故也。方今2)セイギ上等に位する者、皆一月獲る所概ね五六十金、諸を往年に比すれば3)■■(テンチ)の異(チガヒ)有り。妓籍も亦4)■■(フエテ)して二百余名に及ぶ、然れとも其の精を択べば則ち大半は5)■■(カス)耳、壬戌の夏、余柳春三と戯れに柳橋二十四番花信評を作る。阿金梅花に比し、阿幸桜花に比す、阿久は李花、小勝は杏花、美代は海棠、阿紺は桃花、阿兼は菊花、阿清は牡丹、小繁は拒霜(フヨウ)、阿竹は蓮花、菊寿は6)紫薇(□□□□□)、梅吉は藤花、政吉は7)燕子花(□□□□□)、千吉は芍薬、阿蓮は水仙、小照は躑躅、其の他増吉、小糸、阿常、三代吉、阿軽、久吉、阿角、阿直、亦各衆芳に比す。而して当今存する者は唯阿幸、菊寿、政吉〔今阿郁と称す〕阿蓮四人耳。阿清、千吉、久吉、三個は既に艶名を8)■■(カコチヤウ)に載す。余は皆9)シサンして其の在る所を知らざる者亦多し。噫嘻(アア)十年の久しき、一浮一沈一枯一栄、豈独り10)コウクンのみならん哉。



■戯訓語選択。

1) 「マサリオトリ」
3) 「テンチ」
4) 「フエテ」
5) 「カス」
8) 「カコチヤウ」→過去帳。


ウンジョウ・キロク・ケンチ・ヒコウ・ハンショク



■正解

1) ケンチ=軒輊。物理的な高い低いだけでなく、質的な優劣をも包含する言葉です。いずれも古代中国の天子らの乗る車(馬車)について、「前高後低」(前の部分が高い)状態を「軒」(ケン)、「前低後高」(前の部分の低い)状態を「輊」(チ)という。不分軒輊(フブンケンチ=優劣が付かない、実力伯仲)。

3) ウンジョウ=雲壌。雲と大地、非常に違っていることのたとえ。雲壌月鼈(ウンジョウゲツベツ=月と鼈)。雲泥の差ともいう。「雲擾」なら「雲がもやもやと乱れるように世の中が大いに乱れること」の意。

4) ハンショク=蕃殖。繁殖の書き換え。「蕃」は「しげる」ですが「まがき」の意もあります。蕃衛(ハンエイ=周囲をおおうかきねのように、王室をまもること、守り)、蕃衍(ハンエン=草木がしげりひろがる、しげりふえる、子孫繁栄)、蕃国(ハンコク=中国の外にあるあびすの国)、蕃祉(ハンシ=幸福の多いこと、多幸・多福、蕃釐=ハンリ=)、蕃昌(ハンショウ=草木がしげり栄える、国家繁栄)、蕃息(ハンソク=穀物がしげり、家畜の子が増える、繁殖)、蕃廡(ハンブ=草木が盛んに茂ること、蕃蕪=ハンブ=)、蕃屏(ハンペイ=外側をとりまくかき、防ぎ守ること)、蕃茂(ハンモ=草木がさかんにしげる)、蕃籬(ハンリ=外側をとりまくかき、まがき、転じて外部から王室を守る)。「えびす」と訓む場合は「バン」が多い。蕃夷(バンイ=教化の及ばない遠隔地の人民、えびす、蕃民=バンミン=、蕃戎=バンジュウ=、蕃客=バンカク=、蕃人=バンジン=)、蕃薯(バンショ=サツマイモ、蕃藷)、蕃椒(バンショウ=トウガラシ)、蕃生(バンセイ=外国人の捕虜)、蕃舶(バンパク=えびずの船、外国船)。

5) コウヒ=糠粃(糠秕)。ぬかと、かす米(しいな)。つまらないもののたとえ。糟糠(ソウコウ)ともいう。「粃」「秕」は「しいな」で「皮ばかりで実のない穀物」。粃糠・秕糠(ヒコウ)とひっくり返してもOK。秕政・粃政(ヒセイ=誠実さのない悪い政治、悪政)。

8) キロク=鬼録。死んだ人の名前や死亡の年月日などを記録しておく帳面。過去帳。鬼籍(キセキ)ともいう。この場合の「鬼」は「あの世、死後の世界、人の住まない異様なところ」の意。「点鬼簿」の言い方もある(芥川龍之介の小説題名にもあり)。



2) セイギ=声妓。うたいめ、げいしゃ、歌妓。

6) 紫薇=サルスベリ。「シビ」もOK。幹の皮が滑らかで猿も滑ることから。そのまんま「猿滑」とも書く。百日紅とも。

7) 燕子花=カキツバタ。「エンシカ」もOK。杜若とも。顔佳草(かおよぐさ)ともいう。

9) シサン=四散。四方に散る。離れてちりじりになること。

10) コウクン=紅裙。あかいもすそ、転じて芸妓のこと。弊blogの読者氏ならもう書けますよね。校書(コウ
ショ)という言い方もOKですな。「紅裙≒校書≒芸妓」。類義語問題に最適ですが、さすがに色街系の語彙は出題困難でしょう。





金七百両で請け出された若き芸妓の話は久々に明るい話題を柳橋に提供してくれました。あの阿幸が金五百両の申し出を断った豪快な話が懐かしく思い出されるが、柳橋の芸妓もまだまだ捨てたものではないと。そのレベルが上がったわけでも下がったわけでもない。しかし、確実に世の中が変わった。月に獲得する給金を見ると、トップクラスで金五十~六十両になるという。昔に比べて格段に下がった。妓女の数だけ増えて二百人を超すのだが、そのなかを仔細に見ればほとんどは中身のない娘たちばかりだ。壬戌(1862年、文久二年)の歳、柳北25歳の時、友人の柳河春三(1832~70、やながわしゅんさん、洋学者)と「柳橋二十四番花信評」を作成したという。二十四人をそれぞれ花に喩えており、屹度、艶やかな図巻だったのでしょう。ところが、その後現在に至り、その二重四人の中で今も現役であるのはたったの四人にすぎません。阿幸、菊寿、政吉(阿郁)、阿蓮。既に亡くなった者もいれば、柳橋を去ってしまった者がほとんど。この十年の変化は世の中が変わっただけではない。こんな花街にも影響を与えている。栄枯盛衰、諸行無常、望月も欠ける。芸芸だけではないこの俺も。。。そんな柳北の痛哭の叫びが聞こえてくるようです。天地間無情の人を宣言しているものの、その心の中はいつもどこかしら充たされない思いが占めていたのでしょう。
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Author:char
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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