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百鬼丸の体は四十八体の妖怪に売られたが俺の体は十人+αの父親が造った=「柳橋新誌」二編(18)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの18回目です。子を宿した妓女の“怪奇譚”の続きです。彼女は十人の情夫と定期的な交際があったため、その父親が誰だかを判別できないでいます。困った挙げ句に、加藤清正公の祀られている社に往き神のお告げを乞いました。その夜、夢に出てきた清正公からは「父親のことはお腹の子本人に直接聞け」とのアドバイスをもらいました。さあ、子供は何を誥げるのでしょうか?


妓醒めて悟る。夜深て人無し。妓1)■■(ウガヒチヨーズ)し香を焚き坐して其の腹を撫で、俯して――従容として語つて曰く、神、命有り、汝をして我に語るに汝の父の名を以てせしむ。汝其れ其の実を告げよと。忽ち2)■■(ハラノウチ)声有つて曰く、3)■■(カカサン)何ぞ疑ふ。カカサン十夫有り、児が体(ワタシノカラダ)は則ち十人の力を4)せて造る所に係る。一人首を造り、一人腹を造り、胸を造る者有り、背を造る者有り、両人両手を造り、両人両脚を造り、5)と陽茎と亦各分けて之を造る。故に児が父は十人有る也。豈諸ら一人に帰するを得ん耶。而して児の十指は別に之を造る者有り。カカサン之を忘れたる耶、未だカカサンの室に入らずして徒らに指をカカサンの鼎に染むる者6)オウオウ有り焉。是れ吾が指の父也。

■戯訓語選択の問題。

1) 「ウガヒチヨーズ」
2) 「ハラノウチ」
3) 「カカサン」

カンバツ・アジョウ・トリ・ゴジョウ・ムシ・ヤジョウ・カンソウ・ムリ・ゼイセイ


正解



1) カンソウ=盥漱。手を洗い、口をすすぐこと。「てあらい」と「うがい」。「チヨーズ」は「手水」(チョウズ=柄杓で水をかけて手を洗うこと)。「盥」は「たらい」の和訓もあり。盥耳(カンジ=汚れた耳を洗い清める)、盥櫛(カンシツ=手を洗い、髪をくしけずる、身じまいをする)、盥濯(カンタク=手を洗い、足をすすぐ)、盥沐(カンモク=手や髪を洗い清める、湯浴み)。「漱」は「嗽」ともかき「くちすすぐ」。「うがい」の和訓もあり。漱浣(漱澣、ソウカン=すすぎあらう)、漱玉(ソウギョク=玉をすすぎあらう、滝などの水しぶきの飛び散るさまの形容)、漱石枕流(ソウセキチンリュウ=負け惜しみの強いこと、sour grapes)、漱滌(ソウデキ=すすぎあらう、洗滌=センデキ=、漱濯=ソウタク=)、漱流(ソウリュウ・ながれにくちすすぐ=水の流れで口をすすぐ)。

2) トリ=肚裏。はらのなか、心の中の考え。心中。小肚(ショウト=下腹)、肚裏涙落(トリなみだおつ=心の中で泣く、表情にあらわさないで悲しみ嘆くこと)。

3) アジョウ=阿嬢。かあさん。母を親しんで言う言い方ですが、阿母(アボ)の方が一般的でしょう。お父さんは「阿爺」(アヤ)・阿父(アフ)。



4) 協せて=あわせて。「協せる」は「あわせる」。力を一つにあわせる。協心(キョウシン=心をあわせる、物事を行うために考えを同じくする)、協諧(キョウカイ=調和する、仲よくする)、協扶(キョウフ=力をあわせて助けること)、協比(キョウヒ=力をあわせ仲よくする)、協睦(キョウボク=力をあわせて仲よくすること、協穆=キョウボク=)。

5) 臀=しり。しりの肉。これに対して「尻」は「しりの穴」。音読みは「デン」。臀部(デンブ=しり)、臀困于株木(デンシュボクにくるしむ=木の切り株に腰掛けて、しりがいたくなること、困窮のどん底に陥り、安住するところのないたとえ)。

6) オウオウ=往往(往々)。しばしば。汪汪、嚶嚶、翁媼、鞅鞅、怏怏ではない。





夢から覚めた妓女は早速、夜更けに手を洗い口をすすいで身を清めます。お香を焚いて自分のお腹を撫でます。「神様のお告げがありました。あなたのお父さんの名前はだれですか?教えて下さいましな」。すると、腹の中から姿無き声が聞こえてくるではありませんか。さあ、耳を欹ててお聞きください。

「おかあさん、そんなに悩まないでください。おかあさんには十人の旦那さんがいるのです。したがってわたしのからだは十人の協力があってできたものなんですよ。わたしの首、腹、胸、背中、両手両足、お尻に陰部。これらはみんな一人一人の手によるものなんです。だから、わたしには十人のおとうさんがいるのです。どうしてこの中から一人にすることができましょうぞ。さらに言います。わたしの手の指はさらに別の人がつくったものです。おかあさん、お忘れになったようですが、お母さんの体の中にはまだ入っていませんが、指だけお母さんの大事なところに何度も何度も辷り込ませた人がいるではありませんか。これがわたしの指をつくったお父さんなんですよ」。

さまざまな感想はあろうかと思いますが、迂生がまず想起したのは我が国を代表する漫画家の故手塚治虫氏の「どろろ」に登場するどろろの兄貴分である「百鬼丸」のことです。彼は父親によって栄達と引き換えに母親のお腹の中にいる間に、そのからだのパーツ一つ一つを四十八体の妖怪に売られてしまいます。ほとんどのパーツがないままにこの世に生まれ、化け物と忌み嫌われ棄てられましたが、ある医者に助けられ、その欠けたパーツすべてが義足や義手、義眼などの人造物に置き換えられました。そして、成長した百鬼丸は、己のパーツを取り戻すべく、妖怪を一体また一体と倒していく。一体倒すごとに一つずつパーツが蘇るのです―。

そんな不気味なストーリーなんですが、くだんの妓女のお腹にいる子供は生まれる前から、彼のパーツが一つ一つ違う父親によって造られたというのですから、百鬼丸とは逆のパターンですが、おどろおどろしいことこの上ない。人体の発生における細胞分裂の過程で異なる精子が次々と浴びせられた結果、パーツのできあがるたびに違う父親のもので発生したとでも言うのでしょうか。それとも、卵子を最初に発芽させた精子はたった一種類のはずですが、次々と浴びせられてどれが発芽させたのか分からないとでも言うのでしょうか。そんなことはあり得ないはずですが、妓女の乱れた性生活をこれでもかと揶揄する意図があるのでしょう。そして、その結末が、十人では収まらない男の存在です。しかも、精子はかかっていないが、指だけ入って子供の指を形づくったとも言う。なんと際どい表現でしょうか。エログロそのものですね。妊娠という人類の神秘を弄んでいるようでいささか引き気味にならざるを得ません。このくだりは柳橋新誌二編の中でもストーリーは破天荒で面白いけれども、その評判を貶めるものだったのではないでしょうか。柳橋の妓女の名声をも貶めたに違いありません。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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