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李白の風流な「遊び」を曲解する野蛮な士族ども=「柳橋新誌」二編(12)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズの12回目です。花街に遊びに来る我が儘で無粋な客を如何にあしらうか。我が儘なだけ、無粋なだけ、或いはその両方までならいいのですが、御一新後の昨今は猛々しく乱暴者が多くて厄介です。成り金の田舎侍が俄かに力を得たからなのでしょうが、腐ってもお客様。そんな奴儕を相手に柳橋の芸妓たちも殆手を焼きます。本日は宴席における客の正しい酒の飲み方を問いかけます。


某藩の1)■■(ブシ)数名某楼に2)■■(サカモリ)す。殽核排列し絃歌沸騰す。興太だ高く気太だ旺す。隊長特に令して愛する所の妓を招く。至らず。屡屡諸を楼婢に促す。婢曰く、3)■■(ゴヒイキ)今日客に陪して舟行す、4)キキ或は慢(オソ)からん。公宜しく他を択ぶべしと。隊長5)■■(ムツトシテ)鉄扇を投じて曰く、西京の妓若し6)■■(ナジミ)の招に遇へば則ち他席を辞し(コトハリ)速々来り侍す。柳橋何ぞ独り律無きこと此の如き。婢曰く、東西風を殊にし俗を異にす、且つ柳橋校書(ゲイシヤ)或は私事(ナイシヨノコト)有るも西京の公然忌まざるに同じからざる也。

戯訓語選択の問題。

1) 「ブシ」

2) 「サカモリ」

3) 「ゴヒイキ」

5) 「ムツトシテ」

6) 「ナジミ」

エンゼン・チシュ・ロウラク・コウカク・フツゼン・ブゼン・レイチョウ・ブベン



正解

1) ブベン=武弁。さむらい。

2) チシュ=置酒。酒盛りをする、酒宴。

3) レイチョウ=令寵。お気に入りの人の敬称。「令」は「よい、相手の人の妻や兄弟姉妹を尊んでいうことば」。「寵」は「ひいき」。

5) フツゼン=怫然。むっとするさま、ぷりぷり怒るさま。「怫」は「いかる」。怫異(フツイ=気持ちが食い違う)、怫鬱(フツウツ=気がふさいでむかむかする)。

6) コウカク=狎客。親しく付き合っている客。「狎」は「なれる」。狎翫(コウガン=なれなれしくしてもてあそぶ)、狎恰(コウコウ=遠慮も無しにからだをくっつける、押し合いへしあいする)、狎昵(コウジツ=なれ親しむ)、狎猟(コウリョウ=さまざまに飾ったさま)、狎侮(コウブ=なれてあなどる、狎弄=コウロウ=)。

4) キキ=帰期。帰る時、帰る時期。





西国藩出身の武士、恐らく薩摩か長州でしょう。数名で張った宴会も闌のころに常連で通い詰めている芸妓を呼んだのですが、「御贔屓の旦那の舟宴会で呼ばれております。もしかしたらお帰りは遅いかと」と下女の返事に激高します。くだんの隊長は鉄の扇を投げつけて「京都の芸者なごて常連の客の招きには他の席を断って駆け付けるもんぞ。柳橋の芸妓にはかような決まりごとはありもはんのか?」(薩摩藩と勝手に設定したのは宜しいかと思われますが、薩摩弁がいかにも怪しい。迂生の勝手訳ということでご勘弁を)

「京都と東京じゃやり方も違いますよ。柳橋の芸妓は人様の秘密を暴くような真似はいたしません。京都の芸者さんがあけっぴろげなだけですわ」。下女も気の強いこと。負けていません。まさに「売り言葉に買い言葉」状態。“開戦”間近です。

隊長怒気勃発し大喝して曰く、賤婢(メロウ)何ぞ多言する、失敬失敬。〔方今ノ通語。〕巨盃を取つて婢の面上に擲つ。誤つて燈台に中り7)■■(チン)一声盃砕け燈滅す。婢愕いて逃る。隊長将に刀を執つて之を追はんとす。衆皆吃驚(ビツクリ)、壮腕前を遮り8)センシュ後を抱き且つ慰め且つ謝し、震雷漸く収まり怒浪僅に定まる。婢脱して厨下に到り9)■■(リヨウリバン)に語つて曰く、当今の客多くは是れ狂暴、酒を使ひ無道理の論を吐き或は碗碟(ワンサラ)を擲ち或は刀を抜いて柱を斫り、毎に人をして10)■■堪へざらしむ(シヤクニサワル)。酒殽価(ダイ)其の二三分(ワリ)を加(カ)けて之を奪ふも未だ快と為すに足らず、真に是れ11)■■夷人(ザンギリトウジン)攘すべし(ペケ)攘すべし(ペケ)。


戯訓語選択の問題。

7) 「チン」→盃が砕け散る擬態語。

9) 「リョウリバン」

10) 「シヤクニサワル」

11) 「ザンギリ」



エイカン・ソウゼン・キゼン・ホウチョウ・ヨウキョウ・リンヨ・フンモン・ハイゼン・クゼン・フンパン・コウゼン・ヒハツ





正解
7) ソウゼン=鏘然。金属や玉がさわやかに鳴る音の形容。これは「ショウゼン」もありか。良問ではなかったですね、失礼しました。

9) ホウチョウ=庖丁。料理人。「庖」は「くりや」。

10) フンモン=憤悶。むかむかして不平が抑えきれない。憤懣・忿懣(フンマン)とも。憤恚(フンイ=かっと、怒る)。

11) ヒハツ=被髪。髪を結ばないで自然のままに垂らしておくこと、ざんばら髪。被髪纓冠(ヒハツエイカン=髪の毛を振り乱したまま冠のひもを結ぶ、非常に急ぐさま)、被髪左衽(ヒハツサジン=髪の毛を振り乱し、着物を左前に着る、古代の遊牧民族をあざけることば)、被髪文身(ヒハツブンシン=髪の毛を振り乱し、からだにいれずみをする、異民族の風俗)、被髪佯狂(ヒハツヨウキョウ=髪の毛を振り乱して狂人の真似をすること)。

8) センシュ=繊手。か細い女性のしなやかな手。





隊長の怒りが爆発しました。「このあまぁ、一言も二言も多いごわす。失敬なやつめ」。下女めがけて盃を投げつけました。的は外れて蝋燭台にぶち当たり、辺り一面真っ暗に。下女は逃げ惑うばかり。火の点いた隊長は刀を抜かんとするも、周りから諫められ、仲間が押さえ、芸妓の姐さんが平謝りして、「震雷漸く収まり怒浪僅に定まる」とさ。雷引っ込み、荒波収まる。

厨房に逃げ込んだ下女の毒づきは止みません。「最近の客は狂暴すぎやしませんかね。道理の通らない理屈を酒の勢いで並べ立てては、暴力の嵐とくる。お椀やお皿を投げつけるばかりか、刀まで抜いて切りつけるなんざ、ああ腹が立ってしかたがないわよ。酒代は2、3割増しにして付けといても腹の虫がおさまらないさね。だから野蛮人は嫌だよ、ああ、征伐征伐」。

隊長の怒りはあまりにも理不尽ではありますが、相手も悪かった。此の減らず口の下女に懸かってはお題が幾らあっても足りはしませんな。



仙史曰く、太平久しければ則ち士風怠惰、12)■■(イクサ)の後士気自ら壮なり。戊辰以来殺気未だ平かならず、項荘項伯動もすれば青楼に剣舞し亜父老たりと雖も亦時に怒つて玉斗を砕く、其の勢当り難し。近来酒席新法有り、盃を人に献する多く擲つて之を其の掌上に送る。李太白桃李園の序に云ふ、13)ウショウを飛ばして月に酔ふと。当今の士人古を好む者多し、所謂新法も亦典故を此の飛の字に取る耶。蓋しショウを飛ばし盃を飛ばす。古は則ち古、新は則ち新、奇は則ち奇、達は則ち達、14)■■(ツマリ)額を破り眼を傷くるの変を生ず。〔所謂飛事(トンダコト)。〕器も亦砕け易き者、寧ろ常礼に遵つて15)ケンシュウするに如かん哉。余諸を老妓に聴く焉。


戯訓語選択の問題。

12) 「イクサ」→既出哉?

14) 「ツマリ」

フグウ・ヒッキョウ・ビンガ・カンカ・ヒッソク・ヒョウソク





正解
12) カンカ=干戈。戦争。兵戈(ヘイカ)ともいう。「たて」と「ほこ」。

14) ヒッキョウ=畢竟。結局、要するに。


13) ウショウ=羽觴。さかずきの一種。スズメが翼を広げた形につくったさかずき。羽爵(ウシャク)・羽杯(ウハイ)ともいう。

15) ケンシュウ=献酬。酒席で、相手に酒を勧めたり返杯したりすること。酒を勧めるだけなら「献杯(献盃)」=献爵(ケンシャク)・献觴(ケンショウ)。





最後は柳北先生のまとめに入ります。徳川の治めた時代は大きな戦乱も無く平和ボケに終始した。ところが、幕末動乱で地方の下級武士たちの血気は盛んになった。戊辰戦争で最高潮に達したが、その余波は未だに続いているのだ。「項荘項伯動もすれば青楼に剣舞し亜父老たりと雖も亦時に怒つて玉斗を砕く」は、項羽と劉邦の「鴻門之会」の故事を引いています。一度、日本漢詩で味わったことがあります(ここ)。



そして、近ごろは酒の席で新しい作法が生まれたようだ。すなわち、人と杯を交わす際に相手の掌に盃を投げつけるのだ。なんという野蛮な行為か。続いて引き合いに出したのが、盛唐詩人・李白の「桃李園の序」。正確には「春夜宴従弟桃花園序」ですが、弊blogでもかなり以前でありますが、既に玩わいました(ここ)。

李白が詠じたフレーズである「羽觴を飛ばす」はあまりにも著名なる成句です。柳北先生は皮肉交じりに、最近の武人は「古」を好む者が多く、くだんの「新作法」の典故をは「此の飛の字に取る耶」。このお話のおかしさは、この「飛」の意味を誤解、曲解して本当に「飛ばす」という無粋な輩が増えていると嘆く柳北の思いであります。「古は則ち古、新は則ち新、奇は則ち奇、達は則ち達」と謂い、危ないことこの上ない新作法は「飛事(トンダコト)」。この「飛」は「盃を回す」の意。「羽觴」の縁語として用いたものです。お酒だけは従来通りに注しつ注されつ、ゆったりと味わいたいもの。折角の李白ワールドの風流が台無しになってしまう。ある老妓から聞いた話として書いていますが、元儒学者、いま遊冶郎の柳北からすれば嘆かわしいことこの上ないはずで、深い溜息が聞こえてきます。

あぁ~、真の遊びは何処へ行ったのか。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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