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天地間無用の人が観た御一新後の花街とは…=「柳橋新誌」二編(1)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)二編シリーズのスタートです。同書の「解題」(93頁)を再度引用いたしますが「(柳橋新誌の)全体の価値も、この第二編に存するといつても失当ではない」という代物です。則ち、初編を柳北が書いたのが二十三歳、そして二編はその後、三十五歳と一回りも年月が経過しています。「作者はこの間、幕府倒壊といふ大きな運命悲劇を経験してゐるばかりでなく、年齢的にも老成して、その観察が現実的歴史的になつて来た」といい、「この事が、第二編の内容をして前編より著しく多角的かつ思想的にせしめたのである」と続けています。

要するに、若い時の勢いや好奇心だけで書き連ねた初編に対して、ある意味、見方が斜に構えるようになり、それでいて世の中の裏の裏まで見通して、正鵠を射るようになったのが二編であるのです。それは、自身に起きた変化の落差があまりにも激しく、その性格をも捩じ曲げてしまったからなのです。人は自分ではどうにも抗えない「運命の波」に翻弄された時、別の人格が生まれ、それまでの自分を押し殺そうとしてしまうものなのか。「天地間無用の人」を敢えて高らかに宣言したのも、「別の自分」に成り済ましたかったからなのでしょうか。自己韜晦と言ってもいいでしょう。

この変化はあまりにも如実です。同じ花街・柳橋のことを書き連ねても、滲み出る味わいが全く別のものとなるのです。このblogを通じて初編と二編の変化を追って行きますのでご期待下さい。しかも、なんと初篇は抜粋でしたが二編は全文掲載の予定。一つ一つのまとまりが初編に比べて短く面白くなっています。美辞麗句を連ね、マニュアル風だった初編とは異なり、物語のいちいちに諷刺や諷喩がたっぷりと盛り込まれています。ほぼ一カ月かかります。下手すれば年末までかかってしまうかもしれませんが、内容については期待を裏切らないつもりで取り組みます。読者諸氏には懲りずに辛抱強くフォローしきてほしいものです。

本日は「六十老人尭田大島」なる人物の手による「序」と柳北本人の「自序」を取り上げます。
「何有仙史」とは柳北を指しており、柳北の自称の辞でもあります。



余何有仙史と柳橋の巴楼に一飲して別る。指を1)れば既に三載を経たり。頃日仙史其の著す所の柳橋新誌二編を郵寄して曰く、我今無用の人為り、故に無用の書を著して以て自ら楽しむ耳。抑も子も亦無用の弁を好む者、蓋ぞ我が為に一言之に題せざると。余受けて之を読む。行文諧謔人をして々笑ひて已まざらしむ。然れども細に其の味を玩へば則ち諷刺を其の間に寓する者有り焉、感慨を其の中に挿む者有り焉、特り読者をして柳橋の遊趣如何を知らしむるのみならず、併せて東京今日の事情如何を知る也。特り東京今日の事情如何を知るのみならず、推して海内将来の形勢如何を知る也。其れ之を一大奇書と謂はざる可けんや。然れども仙史固より自ら以て無用の書と為し、而して世の之を読む者亦必ず以て無用の書と為せば、則ち之を一大無用の書と謂ふも亦不可なる無し。仙史才鋭く学博く、而して肯て2)ケンソクせず。意に任せて行ふ。世或は仙史の才の学を識りて其の3)シソウ卓然、其の事業亦称す可き者有るを識らざる也。仙史4)オウサイ職を泮林に失ひ家に窮臥す。常時人皆之を軽視す。亀崖公独り其の才を奇とし、挙げて之を用ゆ。仙史の陸軍に将たるや恩威兼ね行はれ、5)悍鷙の士と雖も皆其の制馭に服す。三兵泰西の法を習ひ其の制を一新する若きに至りては、則ち仙史の力多に居る矣。幕朝の末に当りて6)ドゾウ空竭、仙史金穀の権を統轄し、内外の費用畢く給して海陸の将士亦頼りて7)キショク無し矣。仙史亦財を生かすの道を知る歟。戊辰の変後仙史8)チシして市に隠れ、放逸自ら汗す。然れども其の窮阨困蹙の地に在るを視るに襟懐爽然、9)ゴウも憂色無し。其れ亦人に過ぎたる所の者有るに非ず耶。噫々仙史有用の材を抱いて自ら棄て、無用の書を著して以て自ら楽しむ者、其の情豈哀しからず乎。然りと雖も仙史其の有用を以て棄てて其の無用を楽しむは、仙史の以て仙史為る所也。余此の書を読む者の為に之を一言せざるを得ず。而して仙史余の文を視る必ず唾して曰はん、老奴饒舌又無用の辞を以て我が書を俗了すと。余将に甘んじて其の唾を受けんとす焉。


明治10)辛未暮春碧雲山識于芙蓉峯下11)キョウキョ
六十老人尭田大島信書





1) 僂れば=まげれば、かがめれば。音読みは「ロウ・ル」で「まるく曲げる」の意。「僂指」(ロウシ・ルシ)と用いて、「指折り数える」の意。僂傴(ロウウ=からだを前にかがめ、背をまるくする、背が曲がって小さい人)。

2) ケンソク=検束。行いを慎み、自分の身を引き締める。

3) シソウ=志操。かたく守って変えない操。志操堅固。≠思想、詩想。

4) オウサイ=往歳。過ぎ去った年、先年。往年ともいう。

5) 悍鷙=カンシ。気が強くあらあらしいさま。「悍」は「あらい」、「あらあらしい」。この語自体は辞書にないが、「鷙悍」(シカン)であるらば記載があり、「たけだけしい、勇猛である」の意。したがって、「シカン」の書き取りは出題され、「悍鷙」は読み問題で出るでしょう。鷙勇(シユウ)、鷙猛(シモウ)、鷙強(シキョウ)が同義で要注意。

6) ドゾウ=帑蔵。金蔵。「帑」は「かねぐら」とも訓み、「金品を集めてしまっておくくら」。内帑(ナイド=宮中の金庫)、帑廩(ドリン=金蔵と米蔵)。

7) キショク=饑色。飢えた気色・顔つき、ひもじい様子。飢色とも。「饑」は「うえる」。饑溺(キデキ=うえることと、おぼれること、人民の苦しむことのたとえ)、饑狼(キロウ=うえたオオカミ)、饑餒(キダイ=必要なだけ食べられず、飢えてやつれること)。

8) チシ=致仕。「シをいたす」とも訓読し、官職をやめること。致事(チジ・ジをいたす)・致政(チセイ・まつりごとをいたす)ともいう。転じて、七十歳をいうこともある。致死でないことに留意。

9) ゴウ=毫。「豪も~ない」と否定文で用いて「すこしも~ない」「いささかも~ない」の意。「毫」は「細い毛」の意。毫髪(ゴウハツ)、毫芒(ゴウボウ)、毫末(ゴウマツ)、毫毛(ゴウモウ)、毫釐(ゴウリ)などはいずれも「ほんのわずかであること」の意。少ないことを強調する語として用いられる。

10) 辛未=かのとひつじ。音読みなら「シンビ」。1871年、明治4年。

11) キョウキョ=僑居。旅先での仮住まい。僑寓(キョウグウ)ともいう。「僑」は「かりずまい」の意。僑士(キョウシ=故郷を離れて一時よその土地にいる人、僑人=キョウジン=)、僑舎(キョウシャ=宿屋、逆旅)。



「泮林」(ハンリン)は「泮宮」(ハンキュウ)、「泮池」(ハンチ)ともいい、「古代中国における諸侯の建てた学校」。孔子の生まれた魯の学校のことをいった。江戸幕府下に於いては各藩の藩校を指すようですが、ここでは林家が創業した幕府直轄の昌平坂学問所(孔子廟がある)のこと、あるいは文脈から、将軍の侍講をいうか。いずれにせよ一頓挫あって「職」を辞めさせられたということをいっています。「亀崖公」(キレイコウ)とは「松平乗謨(のりかた)」(1839-1910)。幕末の重臣で、若年寄、外国取扱 老中格・陸軍総裁を歴任し、柳北を重用しました。「金穀の権」とは、柳北が「会計副総裁」に栄進したことを指す。


柳北が友人である大島尭田氏に対して、「我今無用の人為り、故に無用の書を著して以て自ら楽しむ耳。抑も子も亦無用の弁を好む者、蓋ぞ我が為に一言之に題せざる」と、柳橋新誌二編を郵送して題詞を書いてくれと依頼してきたという。幕府から下って無用の人と成り果てた私は無用の書物ばかりを書いている。貴殿も無用の弁の立つお方。この二編に題詩をお願いしたいのですが。。。風刺に富んでいて「特り東京今日の事情如何を知るのみならず、推して海内将来の形勢如何を知る也。其れ之を一大奇書と謂はざる可けんや」と大絶賛。江戸から東京になってその最新事情が知れるばかりか、日本の将来もうかがうことができる。一大奇書だ。いやいや、「一大無用の書」と言い換えてもいいかもしれない。

そこから柳北の幕末期における華麗なる栄達のことが書かれています。ところが、「戊辰の変後仙史致仕して市に隠れ、放逸自ら汗す」と、大転換があって下野したことから、「其の窮阨困蹙の地に在る」という。ところが、柳北ときたら「襟懐爽然」「憂色無し」と明るさそのもの。決して悲観することも屈託もない。まさに大物である。。「仙史有用の材を抱いて自ら棄て、無用の書を著して以て自ら楽しむ者、其の情豈哀しからず乎」。斯くも有用なる才能のある柳北が無用の書だと悦に入っているのは哀しいこと。しかし、「仙史其の有用を以て棄てて其の無用を楽しむは、仙史の以て仙史為る所也」。その才を棄てても無用であることを楽しんでいるさまはそれこそ柳北たる所以でもあるのだ。だから、この一大奇書を読んでみたまえ。人間の機微に触れること請け合いである。柳北がどんなに照れて罵声を浴びせても私は絶対にお勧めいたします。柳北の人柄を彷彿とさせる序文です。


続いて柳北の自序です。

柳橋新誌二編

余曾て柳橋新誌を著す、今を距るに既に十有二年。12)■■(ソノコロ)自ら13)  オモヘラク)、善く其の新を記せりと。而して読む者亦或は其の新を喜ぶ焉。14)■■(ソノノチ)、世移り物換はり柳橋の遊戯一変して新誌も亦既に腐す(フルシ)矣。徳川氏西遷の後、東京府内朱門粉壁、変じて桑茶の園と為る者鮮からず。而して柳橋の妓輩15)■■(ソノママ)として其業を失はず、管絃を操つて風流場中に16)チチクす。諸を幕吏の兎脱鼠伏して生を偸む者に比すれば豈優らざらん哉。蓋し王政一新して柳橋亦一新す。而して未だ好事の者其の新を記する有らざる也。聞く17)■■(コノコロ)、我が柳橋新誌を偸み刻する者有り、而して風流子弟多く買ひて之を読むと。余此の維新の日に方つて彼の既腐の書を読むを慨く也。柳橋新誌二編を作る。



戯訓語選択の問題。12)14)15)17)の■■に当てはまる言葉を以下から選び、漢字で記せ。

ケイジツ・イゼン・イジツ・ゲシ・ジライ・トウジ・コシツ




■正解

12) 当時=トウジ。
14) 爾来=ジライ。
15) 依然=イゼン。
17) 頃日=ケイジツ。

今回の問題は比較的簡単。柳北の戯訓で語選択は自分で作成しておいて言うのも何ですが、いいでしょう?言葉を理解する上で、意味(戯訓)・音(カタカナ)・漢字の三位一体の総合力、語彙力を付けることができます。この二編ではこれからもこの趣向は採り入れていくつもりですのでご期待下さい。

13) オモヘラク=以為(らく)。漢文訓読語法。思うことには、考えてみると。以謂とも書く。「以て~と為す」と返り読んでもいい。

16) チチク=馳逐。馬に乗って速い速度で追い掛ける、競馬。



自序では柳北がなぜこの柳橋新誌二編を書き著したか、その理由が語られています。初編から12年が経過して、世の中か大きく変わった。御一新がなった。柳橋は相変わらず賑わってはいる。表面的には。。。旧幕府の臣下も明治政府に寝返った者もいるというのにこれは大したものである。しかし、その事情をつぶさに見れば時代の波をかぶって変わらざるを得なくなっているのも事実である。着実に変わっているのだ、柳橋も。誰もまだ書いていない。12年前の初編をいまだ出版して挙って読んでいる奴もいると聞く。ああ、リヴァイズせねばなるまい。いまの真の柳橋の姿を伝えることができるのはこの私を措いて他に誰がいようか?さあ、二編シリーズのスタート
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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