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華麗なる初編の大団円は“真骨頂”に向けた濫觴=「柳橋新誌」(17)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)シリーズの17回目です。いよいよ初編の最後です。とことん柳橋を美化してきました。むろん表向きはそうでしょう。鯔背な男と粋な妓女がお洒落な会話をして付き合う街。しかし、一皮むけばどろどろした欲望が渦巻く街でもある。それを取り繕うが為に文るのです。柳北にはそれが分かっていた。いわば反語。どうしてこんなにも艶やかなのだろうか?いや実はそんなことはないのに……。


余疑ふ、孫臨情を定むる(キメル)の歓、韓杳客を謝する(コトハル)の親み、必ず斯の辰(コノトキ)に在らんを。天明けたり矣。屋瓦1)■■(マツシロ)、是に於いて乎、酒を瓶に注(イレ)し爐(コタツ)を船に安じ、以て墨堤雪を観るの遊を為す。豈興尽きて還ること有らん乎。至若(シカノミナラズ)2)ネンカ将に除(ツキン)んとし、人情3)■■(イソガシキ)の際は4)ち別に分歳(トシワスレ)の宴を開き、予め春遊の契(ヤクソク)を締ぶ、吁亦快なり矣。





1)■■と3)■■は語選択の問題です。(  )内の戯訓を参照して次の中からふさわしい言葉を択び漢字で記せ。


バンキン・コントン・シュクコツ・ソウボウ・ガイハク・ガイゼン






正解

1) 皚然=白く輝くさま。「皚」は「しろい」とも訓み、「明るく白いさま」の意。皚皚(ガイガイ=雪や霜花などが明るく白いさま)。

3) 匆忙=あわただしいさま。「怱忙」でも正解です。「怱」は「いそぐ」「あわただしい」の意。匆匆(怱怱)は「あわただしいさま、転じて手紙の末尾につけて簡略をわびることば」。匆遽(怱遽=ソウキョ、急ぎあわてること)、匆卒(怱卒=ソウソツ、そわそわするさま、落ち着かないさま、倉卒)。


2) ネンカ=年華。年月、月日。歳華ともいう。年光(ネンコウ)とも。

4) 迺ち=すなわち。前後の状況に曲折がある場合に用いる。「やむなく」「意外にも」「とうとう」「やっと」「なんと」と訳す。「そこで」と軽く訳しても適した場合もある。ここでは、「歳も押し詰まり忙しいのに、なんと意外にも宴会だけは開くのだ」といったニュアンス。「すなわち」にはほかに多くの漢字が宛てられますが、『「乃ち」と「便ち」の違い』で検索して弊blogにお越しになった方もいらっしゃいました。手元にある「唐詩概説」(岩波文庫、小川環樹著、PP266~268)によりますと、「すなわち」の項があって「接続詞。微妙な差異がある」として使い訳用法が紹介されています。すなわち、「乃」は「強調の語」として唐詩での用例を示しつつ「いまこそ」、「それこそ・いかにも」、「無乃」(すなわち~なるなからんや)は「だって~ではなかろうか(反語的)」、「それに(転折の辞)」。「即」は「とりもなおさず、その場ですぐに、他ならぬ」の義。「即遣などと続くと、もし、たとい」の義。「便」は「即」の義に近いが「俗語的」という。「即便」「便即」と続く場合は意義が近いためでこの二字で「すなわち」と訓み、「もし・たとい」の義。「則・輒」は「散文用語。詩で用いることが少ない」とあり、「則」は「~とすれば」、「雖則」(すなわち~といえども)は「『詩経』の語をひきついだもので、二字で、~であってもの義」。「輒」は「そのたびに」の義で、散文で「たやすくと読み、敢(あえて)、専(ひとり、ほしいままに)と訓ぜられる場合があるが、唐詩の用例を見ない」とある。「載」は「乃」に似た義で「古語」。「曾」も「すなわち」と読む場合があり「乃に似て、それこそ、これぞの義」。「旋」は「すぐに、たちまちにの義」で「旋~、旋…」の用例があり「~したかと思うと、すぐにまた…」と訳す。「乍」(たちまち)の「乍~、乍…」と似た用例ですね。「乍晴、乍陰」(はれときどきくもり、はれのちくもり)。お分かりになりましたでしょうか?「乃」「即」はそんなに意味の違いはないです。韻文で用いられることが多く、「則」は散文で用いられることが多い。「便」はやや俗語的。




「孫臨」も「韓杳」も詳細は不明です。恐らく中国における名立たる妓女の名前なのでしょう。いずれ妓女列伝なる者を見つけ出して過日も氏素性を突き止めることが不発に終わった妓女も含めて記すつもりではいます。「斯の辰」というのは冬の夜に玩わう凍て返るような寒さをいう。夜が明ければ一面真っ白。それなのに舟に炬燵を持ちこんでどんちゃん騒ぎ。酒を呷って、隅田川の雪景色を賞でようではないか。歳も押し詰まって忙しいというのに忘年会だけは忘れない。そしてまた、年明けの新年会のアポも取り付ける。ああ、これも柳橋の風情なのである。そうそう、年中無休、開店全開なのだよ、柳橋は。

そして、オーラスに突入です。


余千古才子佳人の心を5)■■(ハカリ)し、往昔甘心得意の遊を想像(ヲモヒヤル)するに、豈此の間と6)ショウジョウの異る有るを得ん耶。夫れ風花雲月の変態、糸竹肉(ウタ)の妙趣、一悲一歓一顰一笑の7)■■(カラマリ)は以て詩すべき也、以て画すべき也。然りと雖も亦焉んぞ彼の蚩々齪々として徒に其の財を揮つて、而して豪をかし其の趣を問はず(カマハズ)して唯々美に是れ8)ヨダレ(ヨダレ)する者と与に此等の事を語るべけん乎哉。噫、後の才子佳人、余を以て無情の人とする耶、抑も亦以て多情の人とする耶、戯れに9)オクゴを記して以て問ふ焉。若し夫れ山川風月綺羅絃歌の遊は多々益々善し。豈此に尽くる有らん哉。況や其の妙籌奇訣は則ち人々の10)コウシリ(ココロノウチ)に在つて存するをや。寔に筆墨の得て形状する所に非ざる也、噫。

柳橋新誌  終





5)■■と8)■■は語選択の問題。次の中から戯訓を参照してふさわしい言葉を択び、漢字で記せ。



  ロクロ・ケンチ・ソンタク・コウリョウ・チュウビュウ・シツヨウ




正解


5) 忖度=他人の気持ちや考えをそっとおしはかる。臆度(オクタク)・揣度(シタク)・思忖(シソン)ともいう。

8) 綢繆=まつわりつく、奥深いさま、隙間なく連続するさま。「綢」は「まとう」。綢直(チュウチョク=心がこまやかで正直なさま)、綢密(チュウミツ=びっしりとこみあっているさま、物が集まりたてこんでいるさま)。

6) ショウジョウ=霄壌。天と地、天地のこと、転じて、天と地ほどの開き・違いがあるたとえ。

7) ヨダレ=涎。長くのびるよだれ。音読みは「セン(漢音)・ゼン(呉音)」。涎涎(センセン=表面がぬれたようにつやがでているさま)、涎沫(センマツ=よだれや、つばき)、垂涎(スイゼン=よだれをたらす、物を欲しがること)、「涎を流し咽に嗌ぶ」(よだれをながしのどにむせぶ=よだれがとめどなく流れてのどにつまる、味がたいへんよいことをいう)。

9) オクゴ=臆語。自分がひそかに思っていたこと。むねのうち。胸臆(キョウオク)とも同義。

10) コウシリ=腔子裏。戯訓は「ココロノウチ」。そのままですね。からだのうち、つまりこころのなか、心中。「腔」は「からだの中でがらんどうになった所。口腔、鼻腔、腔腸動物(コウチョウドウブツ=水母など)。
昔の粋な人々の胸の内を推し量ってみよう。すると、何も今を生きるわれわれと変わらないことに気が付くのだ。花鳥風月さまざまあれど、それを詩に詠み、書画に描くのは昔も今も同じことをするのである。それなのにただ華靡贅沢のみに酔いしれて、風情、風流、雅致を忘れてしまうのはなぜだろう。わたしのことを無情の人とは言わせない。かくも多情の人は今の世にはいないはずだから。ここまで思いを入れて飾りつくした文章を読んでくれれば分かるであろう。そして、その真の思いはだれあろう、読んでくれた人の胸の内にだけあるのである。どんなに筆を尽くしても言い尽くせるものではないのだから。読者の良識見識を信じたいのである。





23歳の柳北の若き、熱き思いはこうして語り尽くせぬまま筆が擱かれたのです。柳橋新誌の初編はどちらかと言えば、色街、花街攻略のためのマニュアル本と云っていいでしょう。金が一番だが、熱意と創意工夫があればなんとかなるさと男性諸氏を鼓舞する内容でもあります。突撃せよ、柳橋へ。。。。

これで初篇は終わり。愈次回からは二編に突入いたします。そして、この二編こそが成島柳北の真骨頂なのです。
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char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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