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もののあわれを詠じ尽くす23歳若造の美文=「柳橋新誌」(15)

成島柳北の「柳橋新誌」(岩波文庫、塩田良平校訂)シリーズの15回目です。花街・柳橋で生きる芸者や妓女の生きざまを詳らかにすることが、自分の役目だと自認している柳北。まだ江戸幕府の時代、23歳の若造がですよ。遊びに遊んだ遊冶郎。行き着く果ては天国か地獄か。儚き己の運命を知っていたのかもしれません。



然りと雖も人性に古今無く人情未だ木石に変ぜず、今の才子佳人も亦猶を古の才人佳人のごとき耳。風月花柳の遊に至つては、則ち豈往昔に彷彿たる者無からん乎。若し夫れ春風を解き宇気漸く佳に、江東荘々の梅南枝北枝斉しく開く。1)ヨウチョウを2)アンコウの間に携へ、娉婷を3)ソエイの傍に擁す。紅裳離披として花神の魂を奪ひ、髤屐(タメヌリ)4)鏗鏘として鶯児の簧(コエ)に和す。酔を柳島に買ひ興を墨塘に取る。況や又桃紅李白爛熳の天、別に一簇の桜雲を現はし出す。江流逾々碧に膾残(シラウホ)銀を5)ヒラメかす。金樽夕に酔ひ蘭槳(カチ)晨に泝る。大妓五六人雛妓六七人左提6)ユウケツし、春服新を競ふ。




1) ヨウチョウ=窈窕。女性の奥ゆかしく上品なさま。なまめかしいさま。詩経(周南・関雎)に「窈窕淑女、君子好逑」がある。

2) アンコウ=暗香。どこからともなく漂ってくるよいにおい。闇に漂う花のかおり。とくに梅を指す。

3) ソエイ=疎影。月光などに照らされてまばらにうつるかげ。梅の別名。覚えていると思いますが、北宋代の詩人、林逋の「山園小梅」に出て来る。↑の「暗香」とともに梅の代名詞。暗香疎影はそのまま梅のことをいう。その頷聯に「疎影横斜水清浅、暗香浮動月黄昏」がある。

4) 鏗鏘=コウソウ。金玉のうちあたるすずしげな音の形容。オノマトで表せば「カーン」か「キーン」か。これは読み問題では必須です。「コウ」や「ソウ」とはなかなか読めない。鏗鏗(コウコウ=金・石がうちあたって、かんかんと鳴る音の形容、ことばがきんきんと角張って響くさま)、鏗爾(コウジ=琴を下に置く時、コーンとなる音の形容、これも狙われる)、鏗然(コウゼン=金や石などのうちあたる甲高い音の形容、書きで出されたらこれも難問に、浩然、公然、亢然、哄然、曠然、溘然、皎然、皓然、耿然、昂然と区別できますぅ?)。

5) ヒラメかす=閃かす。「閃く」は「ひらめく」。一瞬きらりと光る、きらめく。これ突然問われたら案外書けないでしょ?音読みは「セン」。閃光(センコウ=きらりと瞬間的に強くきらめく光)、閃爍(センシャク=太陽の光がきらきらと輝く、閃鑠とも)、閃々(センセン=ちらりと動くさま、ひらりひらり)、閃電(センデン=ひらめくいなずま)。

6) ユウケツ=右挈。右手にぶらさげる、右手で引き連れること。左提右挈(サテイユウケツ)と用いて「左右に子供や部下などを引き連れていくこと、手を携えてみんな一緒に」。




人性(=人間が生まれつき持っている本来の性質)に昔も今も無い。人情(=人としての思いやりの心)は木や石とは違う血の通ったものだ。才子佳人にいたっては昔もいるし今もいる。風流を解することのできる人も昔からたくさんいるし、それは今も変わらないはずだ。ここから柳北の真骨頂。美文の始まりです。まずは梅。春風が漂い始めて梅の木々が花を咲かせる。きれいどころの芸妓を従えて梅の木を賞でてみよう。「娉婷」(ヘイテイ)は「女性の穏やかで美しいさま」。彼女たちの美しさは梅の花には負けていない。ウグイスの鳴き声も響き渡り下駄のカランコロンと調和する。「髤屐」(キュウゲキ)は「漆を塗った下駄」。「簧」は「した」とも訓み「音楽の音」。柳島で酔っ払って隅田川の畔で花を賞でる。桃や李も色鮮やかに、爛熳(ランマン=花が咲き乱れるさま、爛漫と同じ)と天を覆う景色に胸打たれる。あたかも「一簇の桜雲」のようである。隅田川の流れはみどりに悠々とし、白魚が飛び跳ね、銀の鱗が眩しい。白魚は「白魚・白飯魚・膾残・膾残魚」などがある。「カイザン」とも読む。金の酒樽で酔って、蘭の槳(カジ)で川をさかのぼる。ここは蘇東坡の「赤壁賦」にあるくだりが意識されています。侶には柳橋の一二を争う芸者連中がいるのだ。艶やかな着物で春を彩るのだ。あたかも漢詩を詠むが如き艶やかな美文です。細かい意味はどうでもいい。兎に角音読して音の美しさ、見た目の美しさをも玩わいたいところです。


加ふるに闘花拾翠(ツミクサ)の嬉有り、風詠して帰るを忘る。夫子の与否(ゆるすやいなや)を知らずと雖も、而も点也の為(シカタ)に優れり矣。7)ウト(ツキヒ)疾く奔り三春の楽事8)シュクコツ(タチマチ)夢裏に覩るが如く、緑樹満園9)子規     )雨に啼く、昨遊を10)キソウに談じ蓄情(ツモル)を幽宇(ノキ)に説く。嬌悶数旬、11)バイリン(サミダレ)方に罷む。恰も是れ開河(カハヒラキ)烟戯(ハナビ)の夜、二州橋頭万の12)チャシ千の酒舎、新帘斉しく颺り彩燈相射る。




7) ウト=烏兔。戯訓では「ツキヒ」。月日、歳月のこと。月にはウサギがすみ、太陽には三本脚のカラスがすむという伝説から。兎烏(トウ)とひっくり返してもOK。兎走烏飛(トソウウヒ=月日のはやく過ぎることのたとえ)。金烏玉兎(キンウギョクト=日と月、とくに月日のはやく過ぎる意)。

8) シュクコツ=倏忽。戯訓では「タチマチ」。たちまち、ときがあっというまにはやくすぎるさま。「倏」も「忽」も「たちまち」。倏焉(シュクエン=たちまち)、倏然(シュクゼン=さっと、たちまち)=忽然。

9) 子規=ほととぎす。もちろん「シキ」と読んでもOK。子鵑(シケン)とも書く。このほか「ほととぎす」の熟字訓・宛字は多く「時鳥」「不如帰」「杜鵑」「沓手鳥」「蜀魂」。

10) キソウ=綺窓。模様で飾った窓。「綺」は「あや」「うつくしい」の訓みがあり、綺雲(キウン=あやぎぬのように美しい雲)、綺語(キゴ=詩文などに用いるうつくしいことば、ただし仏教語ではいつわり飾ったことば、狂言綺語)、綺縞(キコウ=あやぎぬと、白いきぬ)、綺食(キショク=手がこんで贅沢なおいしい食事、ごちそう、美食)、綺疎(キソ=うつくしい模様をきざみこんだ彫刻、綺疏)、綺靡(キビ=あでやかな美しさ)、綺羅(キラ=あやぎぬと、うすぎぬ、転じて美しい着物)、綺羅星(キラボシ=うつくしく光る多くの星)、綺楼(キロウ=うつくしい高殿)。

11) バイリン=梅霖。梅の実が熟する六月ごろに、しとしとと降り続く雨、「サミダレ」に戯訓どおり。梅雨・黴雨(バイウ、日本でいうつゆ)のこと。



いつまでも外にいて春の世を謳歌したい。家になど帰りたくはなくなるから。時間は流れてはや「三春の楽事」が過ぎ、季節は夏。梅雨のころはホトトギス。そして、花火大会の頃おい。両国橋には茶店が五万と立ち並んでいるのだ。「新帘」は新装なったたれまく。いわゆる酒旗のことです。杜牧の「江南の春」みたいな風情が詠み込まれています。柳北の美文はまだまだ続きます。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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