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「阿」が一番で「小」が二番のものな~んだ?世にも貴重な芸者名簿=「柳橋新誌」(12)

成島柳北の「柳橋新誌」シリーズは12回目です。今回のテーマはずばり芸者の一覧。「徒に聞く所の名十の七八を左に列する」――。柳北が知る芸者衆の7~8割がたの名前が書き記されてあるといいます。流石は柳北先生、どこに住んで何処に所属しており、年齢や出身といった個人情報はないものの、柳橋で遊ぼうという遊冶郎連中にとっては宝の記述でしょう。先生のマニアックで几帳面な性行が伺えます。大妓と小妓に分けているところも面白い。



開府以来(エドハジマリシコノカタ)、都下の名妓容姿絶倫、技芸畢く給して名を1)ハイシ(クサボン)に伝へ2)を演劇(シバヒ)に留むる(ノコシ)者、亦3)  )無し焉。今は則ち否らず。彼此4)ハクチュウ(ミンナニタモノ)し、一も超群(ヌケタ)抜萃の人其の間に出づる無し矣。而して現今(イマデ)猶を称す可き者は独り二州橋東の阿菊(オキク)也。彼傾国の色絶世の技有るに非ずと雖も、5)センセンたる女手の力を以て大に巨閣高楼を墨水の西に営み、扁して有明楼と曰ふ。有明の名頓に都内に播く。豪士冶郎此の楼に6)イッスイせざる者無し。川口(カハクチ)平岩(ヒライハ)二楼の如き、稍々其の下に就く。而して彼、女主を以て之に主たり。其の7)キョウキ才力亦取るべきに似たり。倚頼(ヨリカカル)する所有つて此の計を成すと雖も、然も尋常(ヨノツネ)折腰妓の企て及ぶ所に非ず。其の他未だ聞かず、一女子の能く此の上に超乗する者有るを。




1) ハイシ=稗史。民間のこまごました事がらを記録した書物。戯訓の「クサボン」は「草本」。草競馬や草野球があるように正式ではない、一段見下したニュアンスが強い。稗官小説(ハイカンショウセツ)といえば、いわゆる小説のこと。

2) 迹=あと。昔の人が行った物事のあと。音読みは「セキ」。迹状(セキジョウ=人の行いのありさま、やった仕事ぶり、行迹)、不践迹(あとをふまず=先人のやり方に従わず、全く自分独自のやり方で行う)。

3) 算=かず。表外訓み。「無算」「算無し」は成句で「枚挙に遑がない、限りなく多い」。「サンなし」とも読む。「少なくて数えるまでも無い」という正反対の意味もあるので要注意です。もちろんここは「多い」の意。

4) ハクチュウ=伯仲。戯訓は「ニタモノ」。これは面白い。技量容姿の優劣に差が無く、甲乙つけがたいということです。

5) センセン=繊々。かぼそいさま。「繊」は「ほそい」「ちいさい」とも訓む。繊翳(センエイ=空のわずかなかげり)、繊婉(センエン=ほそくてあでやか)、繊芥(センカイ=わずかで少ないさま、孅介=センカイ=)、繊月(センゲツ=ほっそりした月、美しい形の三日月)、繊妍(センケン=ほっそりして美しい)、繊毫(センゴウ=わずかなさま、ほんのすこし)、繊悉(センシツ=物事のこまかいところまで行きとどくこと)、繊手(センシュ=美人のほっそりした柔らかい手)、繊嗇(センショク=金銭にこまかい。けちでものおしみすること)、繊人(センジン=神経の細かい人、つまらない人間)、繊魄(センパク=三日月)、繊腰(センヨウ=美人のほっそりした腰、細腰=サイヨウ=、楚腰=ソヨウ=、仙石官房長官が言い間違えた柳腰=ヤナギゴシ=)、繊羅(センラ=うすぎぬ)、繊麗(センレイ=ほっそりしていて美しいこと)。

6) イッスイ=次から選べ。一睡、一炊、一酔、一穂、一水。




正解=一酔。酒を飲んで酔っ払っていい気持になること


7) キョウキ=俠気。権勢のある者に服従せず、弱い立場の者を助けて正義を行おうとする心意気。「俠」は「おとこだて」や「きおい」の意味があります。ここは料亭の女将の心意気なので「きゃん」と解してもいいかもしれません。男気のある、ちょっと蓮っ葉な女性を指す。俠客(キョウカク=男気のある人、俠者=キョウシャ=)、俠骨(キョウコツ=男気のある性格)、俠少(キョウショウ=男気のある少年)、俠盗(キョウトウ=男気のある盗賊、義俠心に富む盗賊、eg.鼠小僧次郎八)、俠勇(キョウユウ=男気と勇気のあること、そのような人)。



江戸幕府開府以来、江戸市中には容姿に優れ、芸の立った芸者は多くいて、その名を物語にとどめたり、芝居の登場人物になったりしている。ところが、昨今の芸者連中は飛び抜けた者はいない。ある意味優等生というか、みんな似たり寄ったり。個性に乏しいとでもいうのでしょう。そんな中でも両国橋の阿菊は一番の芸者。絶世の美女でもなく技が際立つわけでもないのだが、有明楼を女手一つで切り盛りしており、柳橋一番の酒廛高楼と言えるだろう。さながら細腕繁昌記と言っていいでしょう。名のある名士が集う名店だ。次に川口、平岩の二楼閣が続く。これらも女主人が男勝りの才覚で起した名店だという。このほかではあまり聞かない。


柳橋の盛や至れり矣。何ぞ一人の才気雄抜(スグレ)して、名を都内に鳴らす者無き乎。余曼翁、金陵珠市の名妓を列して其の小伝を作り、佳人の跡(アト)百世朽ちず。余今柳橋の8)コウクン(ゲイシヤ)を記して以て之に9)ジュンギせんと欲す。而して未だ一個の行実記す可き者有るを詳にせず。乃ち徒に聞く所の名十の七八を左に列する而已。後の情痴余が如き者、若し其の事を索めて其の伝を作つて以て曼翁の挙に継がば、則ち一は以て10)シフンの色をして長く朽ちざらしめ、一は以て斯の地の繁華を後日に徴すべき者有らん矣。此に列する所の者は容色の美醜、技芸の巧拙に関はらず、聞くに随つて乃ち記す。阿一(オヒト)、阿三(サン)、阿金(キン)、阿栄(エイ)、阿幸(コウ)、阿弓(ユミ)、阿豊(トヨ)、阿兼(カネ)、阿文(フミ)、阿紺(コン)、阿花、阿竹、阿里、阿山(ヤマ)、阿六、阿百、阿万、阿久(ヒサ)、阿塩(シホ)、阿梅、阿大(ダイ)、阿浜(ハマ)、阿紋(モン)、阿玉(タマ)、阿蝶、阿琴(コト)、阿徳(トク)、阿常(ツネ)、阿柳(リウ)、阿綱(ツナ)、阿槙(マキ)、阿相(アイ)、阿絹(キヌ)、阿縫(ヌイ)、阿鶴、阿筆、阿簑(ミノ)、阿芳(ヨシ)、阿時(トキ)、阿線(イト)、阿半(ハン)、阿蓮(レン)、阿元(モト)、阿満(ミツ)、阿国(クニ)、阿瀧(タキ)、阿浪(ナミ)、阿雪(ユキ)、阿色(イロ)、小勝(コカツ)、小春(ハル)、小繁(シゲ)、小鶴、小万(マン)、小蝶、小花、小照(テル)、小徳(トク)、小鉄、金八(キンハチ)、久米(クメ)八、米(ヨネ)八、玉八、富(トミ)八、竹二(タケジ)、菊二(キクジ)、駒吉(コマキチ)、栄(エイ)吉、常(ツネ)吉、長(チヨウ)吉、米(ヨネ)吉、三(サン)吉、甚(ヂン)吉、亀(カメ)吉、倉(クラ)吉、春吉、浅(アサ)吉、斧(ヲノ)吉、梅吉、美代(ミヨ)、喜久(キク)、喜佐(キサ)、佐濃(サノ)、伊嘉(イカ)、都和(トワ)、延玉(ノブタマ)、伊呂波(イロハ)、豊美佐(トヨミサ)等は大妓也。阿中(ナカ)、阿清(セイ)、阿赤(アカ)、阿花、阿里、阿藤(フジ)、阿奴(ヤツコ)、阿歌(ウタ)、阿亀、阿吹(フキ)、阿房(フサ)、阿豆(マメ)、小糸(コイト)、小芳(ヨシ)、小玉(タマ)、小金(キン)、小路(ミチ)、小稲(イナ)、小松(マツ)、小藤(フヂ)、小島(ジマ)、政吉(マサキチ)、久(ヒサ)吉、三(サン)吉、千(セン)吉、種(タネ)吉、里(サト)吉、駒(コマ)吉、八重(ヤヘ)、勘(カン)八、権助(ゴンスケ)、金(キン)太郎等は小妓也。蓋し其の優劣等級は則ち人々見得て別なり矣。安んぞ其の品評を私断(ヒトリキメル)するを得ん乎。将来若し其の伝を作つて其の迹を11)かにする者有らば、則ち評論自ら定まる所有らん矣。




8) コウクン=紅裙。柳北の戯訓の通り「ゲイシャ」のこと。「裙」は「すそ」。

9) ジュンギ=準擬。よりどころにしてなぞらえること。「準」も「擬」も「なぞらえる」。

10) シフン=脂粉。べにとおしろい、女の化粧。脂膩(シジ)・脂沢(シタク)とも。

11) 晰か=あきらか。音読みは「セキ」。けじめがすっきりしている、はっきりと見分けが付く。頭脳明晰(ズノウメイセキ)。「」も同義ですが、注意すべきは「皙」(セキ、=顔の色の白いこと、白皙)とは違うこと。よ~く見てください。下が「日」と「白」です。「日」が「あきらか」で、「白」が「しろい」んです。




曼翁の「板橋雑記」には、金陵の名妓を連ねて列伝を記しているが、わたしも真似て柳橋芸者を列記しようと思う。余程、柳北は曼翁に心酔したようです。これまでだれも柳橋芸者の名前を書き記した例はない。この名を長く留めて柳橋がさびれることのないようにしたいのだ。柳北の熱い思いが迸ります。書き記した順序は美人度や芸の熟練度に拘わらず聞いたままのことに過ぎないと付記しています。

それにしても、よくもまあこれだけの名前を詳らかにしたものです。半ば呆れ、半ば感心するしかないですね。「阿~」が一番多い。大妓の半分以上を占めています。“出雲の阿国”あたりに由来するのでしょうか。続いて「小~」。「~吉」はいささか男子っぽいですが、やはり「吉(luck)」を冀ったものでしょうか。小妓の「権八」や「金太郎」は女子らしくなくちょっと可哀相な気もしますが、大妓にでもなれば出世魚のように改名するという前提でしょう。中性的ですね。

一覧の最後に、これらの芸者衆の“優劣”は読者諸氏御自身の目で確かめてほしい、と釘を刺しています。自分の個人的見解をここに書いても詮方ないであろう。もしもこのあと、だれかが私に続いて、芸者衆を品隲するコメントを書き連ねてくれれば、真の芸者ランキングが完成するのではないか。でもこれは“裏返し”でしょう。こんなことを書けるのはこの俺しかいないという「自信」のね。。。。


此の編、12)己未仲冬に成る。故に此に列する者は13)戊午未間の人なり。而して阿兼菊二小照梅吉の若き者数名は皆小妓にして14)今茲15)庚申に至つて大妓と為る者、及び米八延玉の徒は亦皆新に名を掲ぐる今年に在る者、此等は皆庚申の新秋追補して記するに係る焉。而して金八常吉若きは其の落籍(ヒツコム)午未の際に在り、阿豊栄吉の輩は亦今年従良(ミヲキメル)す、此等は皆存して削らざる也。



12) 己未=つちのとひつじ。音読みは「キミ」。安政5・6年(1859年)。仲冬ですから11月。

13) 戊午=つちのえうま。音読みは「ボゴ」。安政4・5年(1858年)。

14) 今茲=コンジ。ことし。いますぐ。ここは前者。「茲」は「ここ、いまここ」。

15) 庚申=かのえさる。音読みは「コウシン」。安政6・7年・万延元年(1860年)。




連ねた芸者の変遷、異動があることを後に注記したくだりでしょう。基本的には1858年当時の名前が書かれているのですが、小妓が出世して1年後に大妓になった「阿兼菊二小照梅吉の若き者数名」や、新しく芸者になった「米八延玉の徒」もいる。落籍されたり、従良(女郎の足抜け?)したりした者もいるが、敢てここには書きとめておいたというのです。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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