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龍之介と柳北の意外な接点=「梳櫳」が締んだ合縁奇縁―「柳橋新誌」・番外編

成島柳北の「柳橋新誌」シリーズはいったんお休みして、本日は番外編ということでご容赦ください。「多情の客若し能く之を梳(ミツアゲ)し得ば、則ち謂いつ可し、花柳場裏の至楽なりと」――。前回、年若い小妓を物にすることができれば柳橋一の幸せ者だという柳北の遊びの極意をご紹介いたしました。ここで登場した「梳」という見慣れない言葉ですが、実はあの大物作家の作品にも登場していたことに不図したことから気が付きました。

実を言いますと、この言葉はいずれの漢字も「木偏」ではなく「手偏」なのです。迂生のパソコンの辞書には登録されていません。如何したものか。ネットで検索しようにも文字が出せないわけで暗礁に乗り上げました。しゃーないか。「扌+(流-氵)」や「扌+龍」のように分解形式で表記しようかとも思いました。ところが、何の根拠も無く、これはもしかしたら「木偏」ではないか?そんな思い付きが頭に浮かんだのです。であるならば文字は変換できる。漢和辞典にも掲載がある。「梳」は「くしけずる」だし、「」は「れんじまど」の意だ。ただし、熟語としては辞書には記載がないのです。もちろん、意味は柳北の戯訓があったので一目瞭然でした。「ミツアゲ」、つまり「水揚げ」。記事には広辞苑で調べてそのまま「芸者・娼妓が始めて客に接すること」と書き記しておきました。

諄諄と前置きが長くて申し訳ないですが、記事ではこれ以上踏み込む必要はないと思いました。このため、そのままで終わったのですが、今朝になって何の気なしにネットで「梳」を検索してみたのです。すると幾つか引っ掛かった中に、なんと弊blog「髭鬚髯散人之廬」がヒットしたのです。??ん??なぜに……自分ではこの言葉をしたためた記憶が全くないのですから???です。

それは何と芥川龍之介の「開化の殺人」でした。これを見た瞬間思い出しました。そうそう、あったあった。ちなみに「梳」が出て来るくだりをblog記事からそのまま引用しておきます(リンクはここ)。




●梳(ソロウ)

 「彼が西京祇園の妓楼に、雛妓の未春を懐かざるものを梳して、以て死に到らしめしを仄聞せしも、実にこの間の事に属す。」

 →これは超難語。「」は配当外で「ロウ」「まど=櫺子窓」「(獣を入れる)細長いおり」。「梳」は1級配当で「ソ」「ショ」「くしけず・る」「す・く」「と・く」。
ある中国語のサイトで「在明清時的俗語、是指青樓女子為狎妓客「包月歡娛」、狎妓客當然須付出頗多金錢」「和妓女結婚非正式叫梳」との説明を見つけました。「金に飽かして遊女を買うこと」「金を払って身請けする・落籍(ひか)すこと」でしょうか?あるいは「凌辱」「犯す」かもしれません。
 「春を懐(いだ)く」は「色気づく」。「雛妓」は「半玉、半人前の芸妓、芸妓見習い、おしゃく、金魚、赤襟」。関西では「舞妓」(まいこ)。「年端もいかない童の半玉を身請けして、(遊ぶだけ遊んで)死なせてしまった」てな意味でしょうか?ちなみに半玉の対義語は「一本」。昔は一つのお座敷を線香一本が燃える時間で計っており、「線香一本分=一本」の単位のお花代(玉代ともいう)を頂戴して一人前の芸者といわれていたから。




はいはいはい。この時も辞書に載っていなくてどうしようか思案した揚句、ネット検索で中国語の記事からそれらしいのを何とか引っ張ってきて記事に仕立てたことを思い出しました。

「金に飽かして遊女を買うこと」「金を払って身請けする・落籍(ひか)すこと」でしょうか?あるいは「凌辱」「犯す」かもしれません。

今読んでみると、案外いい線は突いているものの、やはり不正確です。「雛妓の未春を懐かざるもの」という大ヒントがあるにもかかわらず、「水揚げ」だということに気付いていないのですから、60~70点でしょう。合格点はあげられません。芥川龍之介の作品を通じての漢字学習は迂生にとってかなり初期のころです。真摯には取り組んだものの、まだ完全には熟れていなかった。別の言い方をすれば、まだまだ手探り、“闇雲”感が否めなかったのですな。今回、成島柳北という奇妙奇天烈な人物と出会って「柳橋新誌」という作品を通じて学習を進めなかった限り、絶対に出遭うことのない言葉でしょうから、奇妙な縁は感じますね。

この話は勿論これで終わりませんよ。これからがまさに蔗境です。「開化の殺人」から引用した文をもう一度ご覧ください。「彼が西京祇園の妓楼に、雛妓の未春を懐かざるものを梳して、以て死に到らしめしを仄聞せしも、実にこの間の事に属す。」

手元にある原文に当たって前後の文脈を確かめようとしました。お手元に無い方は、青空文庫で探してみてください。「開化の殺人」は漢字検定1級試験の文章題にも取り上げられたこともあるくらい、いかにも出題されそうな語彙が彼方此方に散りばめられていますから、漢字学習で弊blogにお越しいただいている方には迚参考になると思います。

前のくだりを見てください。ほ~ら、あるでしょう。いや、いるでしょう彼が。。。。

「予が先輩にしてかつ知人たる成島柳北先生より、彼が西京祇園の…」

そうなんです、なんと柳北の名前が芥川作品に出ていたんですよ。

「快哉」。

これを見つけたときは驚きました。「開化の殺人」を読んだ当時は、成島柳北の「な」の字も知る由も無く、調べることすらしませんでしたし、誰だろうとも思いませんでした。迂生の引用の仕方が悪くて、本来なら一文を載せるべきところ、出だしのくだりを省いてしまったのです。そこに柳北の名があったとは……。

ここでいう「予」とはこの物語の主人公で、故ドクトル・北畠義一郎(仮名)です。本多子爵(仮名)に宛てた遺書という形で物語が進行します。柳北はドクトル北畠の先輩にして知人という紹介をされています。ここを芥川と置き換えてみるのはいささか強引で根拠無しでしょうね。芥川は1892年生まれですから、既に1884年に柳北は死歿しています。先輩(おそらく、大学とか出身とかではなく人生に於いての先輩であり、私淑しているくらいの意味と思われます)と呼ぶのは構わないが、知人というのは全く当たらない。

「開化の殺人」に柳北の名が出るのはここ一箇所だけです。ここで彼の名を登場させる必然性はそれほどないとも思われます。祇園の雛妓を持ちだすならやはり成島柳北という発想が当時の知識人の間で定着していたのではないかと考えられます。枕詞みたいな。芸者なら成島柳北…。言い換えれば、斯界では柳北は粋人として崇められていたのではないか。苟も作家を志す者が柳北の著述を読みこんでいたことは強ち外れた想像ではないはずです。しかも、とりわけ文明開化のころと言えばやはり柳北先生にご登場願わなければなりませんな、みたいな。。。

大いなる独断と偏見ですが、この「開化の殺人」はどこかしら「柳橋新誌」を参考にした節も感じられます。何よりも、遺書の文体が漢文調なのは大きな特徴です。その冒頭をみると、

「予は予が最期に際し、既往三年来、常に予が胸底に蟠れる、呪う可き秘密を告白し、もって卿等の前に予が醜悪なる心事を暴露せんとす」。

完全に柳北のスタイルです(真似をしているという意味ではありません)。

さらに、次のくだりが見えます。

「予はこの信念に動かされし結果、遂に明治十一年八月三日両国橋畔の大煙火に際し、知人の紹介を機会として、折から校書十数輩と共に柳橋万八の水楼に在りし、明子の夫満村恭平と、始めて一夕の歓を俱にしたり」。

なんとまあ、隅田川花火大会の描写に於いて、柳橋の「万八」という隅田川の畔にある割烹酒家すら登場しているのです。実はこの「万八」、これまで紹介しませんでしたが「柳橋新誌」に登場しているのです。

岩波文庫「柳橋新誌」初編の18頁に「酒楼の夥しき亦都下に冠たり。曰く川長(カハチヨウ)曰く万八(マンパチ)は橋の北に在り」。

また、二編(弊blogにても後日紹介します)の53頁に「河長梅川盟を橋の南北に争ひ(タテヲツク)、万八亦将に衰退の気を一振せんとし、…」。

万八は柳橋でもトップクラスの割烹酒家だったようです。それを芥川がさらりと用いているのには驚きました。明らかに「柳橋新誌」を題材にしていますね。

となると、もしかしたらほかの芥川作品にも柳北が登場しているのではないかと想像するのは自然なことでしょう?仕事帰りに大きめの書肆に趨き、芥川全集や芥川作品事典の如き彼の作品の一覧と索引が掲載されている書物に目を通しました。

索引に於いて「成島柳北」を調べたところ、2作品がありました。一つはもちろん「開化の殺人」。もう一つが芥川全集6巻にある「未定稿」という作品。これは聞いたこと無いです。見ると、冒頭にやはり成島柳北の名前が見えました。これだけで購入するのは遁巡(3000円を超えていますもの…)しましたので、こっそり書き写しました。

「当時まだ私は洋学と漢学と、どちらも中途半端な教育を、しかも駆け足で通り抜けた二十代の青年でしたが、それでも父と別懇だつた成島柳北先生の肝煎で、及ばずながら朝野新聞の編輯局へ毎日顔を出してゐました」。

ああ、朝野新聞まで登場しています。そうか、父と別懇だった成島柳北か―。この手があったな。本人よりも父親が知人というのは十分にありうる。まあ、でも朝野新聞編輯局に出入りしていたというのですから、所詮、芥川本人は無理ですがね。この作品は芥川には珍しい探偵小説なのですが、タイトル通り「未定稿」、つまり例によって完結していないのです。しかも、なんとこの作品には柳北本人も登場し、科白も用意されています。さすがにそこまで写すことはできませんでしたが、柳北が“しゃべっている”のです。思わずニヤケてしまいました。

索引を見る限り、成島柳北の名が登場するのは2作品だけです。これを多いと見るか、少ないと見るかは両方ありでしょう。シリーズものでもないのに直接の知人でもない作家を二度も登場させていること自体、明らかに芥川の中に大きなパーツを占めており意識させられていた作家の一人であったと断言してよいのではないでしょうか。憧れであったかもしれない。

芥川は明治後期から昭和初期の作家です。まだまだ安定した時代とは言えません。そんな時代を生きた彼にとって、激動の幕末から明治初期を駆け抜けた柳北という作家に惹かれるのはごく自然なこと。旧幕府下の儒家であり漢詩も自在に詠み、剰えジャーナリズムの世界にも飛び込み、明治新政府を批判し続けた稀有なる存在として、意識したのは当然でしょう。

もしかしたら、芥川にとどまらないかもしれない。有名なところでは永井荷風も柳北に心酔したと言います。岩波文庫「柳橋新誌」の校訂者である塩田良平氏の「解題」(101頁)に「『柳橋新誌』及び『柳北日記』については、大正末年永井荷風氏の貴重な文献的報告がある」とあるほか、森銑三の「明治人物夜話」(岩波文庫、57頁)にも「柳北の日記のことは、『近代文学研究叢書』の本文の中にも触れてある。私はそれを永井荷風さんの手写し、かつ手ずから製本せられたのを借りて読んだ。云々」という記述も見えます。荷風の場合はどうやら研究対象といった感じですが…。

長口舌宜しく駄文を徒に連ねてきましたが、やはりこの柳北という人物を知れば知るほどコクがあってなかなか玩わいきれない深みがあります。芥川龍之介と成島柳北のいささか強引なこじつけでしたが、こんな合縁奇縁も偶には宜しいではありませんか。再び彼の「柳橋新誌」をもっと玩わい尽くそうという気になったのは間違いないのですから。。。。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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