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金も貌も才もなくとも諦めず乏しい武器でも攻め尽くせ=「柳橋新誌」(6)

成島柳北の「柳橋新誌」シリーズ(岩波文庫、塩田良平校訂)は6回目です。冒頭のくだりは唐突ですが、前回最後に述べた「三具」をすべて備えている遊客のことを指しています。すなわち、「才・貌・金」が三拍子揃っており、芸者を好きにし放題の羨ましい連中です。

謂ひつ可し風流壇上の飛将軍(ツハモノ)、1)コウフン界裏の活仏(イキボトケ)なり矣と。此れは是れ世間多く有らざるの人。請ふ其の次を許せん。金と才と有る者は、貌無しと雖も亦以て一大快遊を為すに足れり焉。金と貌と有る者は、才無しと雖も亦以て彼が愛を得て貴客為る可し焉。金と才と無くして貌有る者、金と貌無くして才有る者、並びに是れ下等為(シカタナキ)す可からざる者也。試みに二者を錘(ハカリニカケン)せん。才は猶為す可き也、貌は為す可からざる也、何ぞや。曰く、貌は死物也、才は活物也。死物は変ずる能はずして活物は能く変ず焉。夫れ器械無くして戦はば其の敗や必せり矣。




1) コウフン=紅粉。べにとおしろい、転じて美人、遊女を指す。「紅粉界」は「色街、花街」のこと。≠興奮、口吻、黄吻。



この「三具」を備えた遊客は「風流壇上の飛将軍」であり、「紅粉界裏の活仏」だとして、柳北は「この世にそう多くはいない」と言っています。では、其の次。すなわち、「金と才」のある遊客についてはどうか。「貌」が悪いわけですが、それはそれなりに「一大快遊を為す」ことができるという。また、「金と貌」のある遊客はどうか。これは「才」がないわけですが、「彼が愛を得て貴客」となることができます。このあとの「貌」だけあって「金と才」のない遊客、「才」だけあって「金と貌」のない遊客、すなわち肝腎かなめの「金」がない遊客のことですが、柳北によれば「下等」に位置する遊客ですが、低レベルではあるものの敢えてどちらが上かを吟味するため、この二つを「ハカリニカケテ」みようという。ここで出てきた「錘」は「おもり」の意、「分銅」(フンドウ)のことです。それによると、まず柳北は「才」はこれからでも何とかなるものだが、「貌」はもうどうしようもないものだという。其の上で、「貌は死物也、才は活物也」との世間の風聞を持ちだして、「死んだ物は変わり様がないが、生きている物は変わることができる」といいます。さらに、「素手で戦を仕掛けても必ず負けるであろう」と述べながらも、中国の歴史上の具体例を引き合いに出しながら、上手く戦えば芸者を物にすることができるのだと解説します。



然りと雖も陳渉の徒は鉏耰棘矜(スキクハニテ)、草莽(イナカ)に起り、一朝に彊秦の三十六郡を打破す。清の太祖は僅に遺甲十三副(カタミノゲソク)を以て北韃に興り、竟に支那(カラ)の四百余州を奪拠す。豈変に応じて動き、時を観て発し、遂に其の志を成すに非ず耶。善い哉、子輿氏の言に曰く、挺(ツエ)を制して以て秦楚の2)ケンコウリヘイを3)たしむべし矣と。其れ此の如くなれば則ち器械無しと雖も亦以て為すこと有るべし矣。若し夫れ遊客の4)ノウテイ二三5)シュの金も亦猶清祖の遺甲陳渉の棘矜のごとき也。若し能く変に応じ時を観て其の功を謀らば、則ち焉んぞ些々(スコシ)の片金といへども能く彼の妓をして敢て去誕(ウソ)八百話を説かずして誠意奉承(モテナサ)せしめ、一時に転じ来り深草少将の九十九夜往いて而して之を挑むが如きを待たざるを知らん也哉。




2) ケンコウリヘイ=堅甲利兵。堅固な鎧と鋭利な兵器。強力な軍事力を指す。「堅甲利刃」(ケンコウリジン)ともいう。

3) 撻たしむ=うたしむ。「撻つ」は「うつ」。「むちうつ」とも訓む。うちのめす、激しい勢いでうつ、むちをうってはげます。音読みは「タツ」。鞭撻(ベンタツ=強く励ます)、撻辱(タツジョク=むちをうってはずかしめる、撻戮=タツリク=)、撻笞(タッチ=むちでうちのめす、笞撻=チタツ=)。

4) ノウテイ=嚢底。財布の底。「嚢」は「ふくろ」で、財布を指します。

5) シュ=銖。江戸時代の貨幣単位で、「一銖は、一分の四分の一」。銖積寸累(シュセキスンルイ)はぜひとも押さえて。「銖を積み寸をかさねる、わずかな物事を一つ一つ行って、大きな物事にすること」。小さなことからコツコツと。。。。西川きよし師匠の格言です。



「陳渉の徒」とは、「陳勝」のことで、秦代(前209)、呉広と共に秦に対する反乱をおこし、自身は破れたものの、後に各地で翻叛旗者が追随して現れ、秦を滅亡させる先駆けをなした。「陳勝呉広」という成句にもなり、「反乱の最初の指導者」の代名詞でもあります。「鉏耰」(ショユウ)は「すきぐわですいて土をまぶす、また、すきぐわの柄のこと」。「鉏」は「すき、すきぐわ」、「耰」は「田畑の土馴らしをする農具」。「棘矜」(キョクキン)は「いばらでつくった矛の柄」。「矜」は「え、ほこのえ、刃物をかたくとりつけるえ」。「淮南子・兵略」に「伐棘棗而為矜」があります。「草莽」は「イナカ」の戯訓。全国各地に地方をいう。江戸幕末の「草莽の志士」たちも各地方藩の志ある武士のことです。

また、「遺甲十三副」は、満州民族が17世紀に起こした清王朝の初代皇帝、太祖「ヌルハチ」が「北韃」(ホクタツ)で挙兵し明軍を撃破した際、父から頂いた十三の甲胄のこと。兵力は微々たる規模に過ぎなかったという喩えです。それでも四百州を治めた明王朝を倒して、大清帝国を築くことができた。

「豈変に応じて動き、時を観て発し、遂に其の志を成すに非ず耶」というのは実感が籠められています。物事を起こすには闇雲に突き進むものではない。時の変化を見定めて期に乗じて志を遂げるのがいいという。戦国時代の孟子先生(=子輿)も「挺を制して以て秦楚の堅甲利兵を撻たしむべし」と言っている。すなわち、皇帝が人民への善政を施すべきことを説いたありがたい教えですが、これに人民が応えて粗末な武器を手に取って強力な秦や楚の軍隊にも立ち向かってくれる。まあ、柳北がこれを「柳橋の芸者籠絡作戦」の喩えに持ち出すのは勿論皮肉たっぷりなのですが、いかがかと思う面も無きにしも非ずですね。。。

いずれにせよ、財布のお金が乏しかろうとも諦めないで、「清祖の遺甲」や「陳渉の棘矜」といった“武器”に易えることができる。タイミング良く狙ってみよう。相手の気持ちもあるから、機を見るに敏であれ。さすれば、あ~ら不思議、柳北の言葉を借りれば、「彼の妓をして敢て去誕八百話を説かずして誠意奉承せしめ」、下手なお追従やおべんちゃらなどすることもなく狙った芸者からは心からのもてなしを受けることができるだろう。「深草少将の九十九夜往いて而して之を挑むが如きを待たざるを知らん」ともいい、あの美女・小野小町をゲットしようと99日間通い続けた挙げ句に大願成就するはずの100日目に哀れ凍死してしまった深草少将の「百夜通い」ようなことにはならないよ~ん。

柳橋もノリノリですが、今一つ根拠不明ですね。金も貌も才もない男が「努力と工夫」で女をゲットするのは、「忠実(マメ=迂生の戯訓です)」しかないでしょうが、相手の「稟質(キャラ=同)」も必要不可欠ですな。要は「徼幸(オテントサマノゴカゴ=同)」ですよ。「千三つ(イチニシンボウ、ニニシンボウ、サンシガナクテ、ゴニシンボウ=同)」の覚悟があるかどうかだけ。残りの「九百九十七」の虐げられた時にでも面の皮厚く平気の平左で居られるか?これが辛くて男どもは引き籠もるのです。。。柳北は「できる」と言い切りますが。。。。根拠は不明です。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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