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転けつ転びつ芸者を転じる遊客の条件とは…?=「柳橋新誌」(5)

成島柳北の「柳橋新誌」シリーズ(岩波文庫、塩田良平校訂)は5回目です。今さらですが「リュウキョウシンシ」と読むのが正確ですので念のため。「やなぎばし」という地名は今も残っていますが、おそらく漢文ですから漢文調で読むのが正解です。さてさて、「芸」は售っても「色」は售らぬ、そんなプライド高き柳橋の芸者の気風。しかし、次第に安きに流れ落ちる「水」は柳橋にもひたひたと浸透し、「色」を売る芸者が続出し始めている。柳橋が柳橋でなくなりつつある。そんなことを柳北は言いたいのかもしれません。まだ23歳の若造ですがね。。。


此の三難三易の理を知る者、始めて与に転妓の法を語る可き1)已矣。然れども徒に其の理を知り其の法を諳んじて其の具(ドヲグ)無ければ、則ち亦能く為し難し焉。転妓の具三有り、曰く才、曰く貌(オトコブリ)、曰く金、而して金を重と為す矣。其れ徒に才貌有つて而して金無ければ、則ち計得て施し難し。譬へば猶器械無くして戦ふがごとし、必ず2)たず焉。然れども金有つて貌無ければ、則ち彼金を愛して転ずる也、我を愛するに非ず。金在れば則ち親み金尽くれば則ち離る。譬へば猶釣魚人の餌3)くれば魚即ち散るがごとし焉。




1) 已矣=のみ。~だけ、~しかない。

2) 克たず=かたず。「克つ」は「かつ」。がんばって耐え抜く、やりぬく。

3) 竭くれば=つくれば。「竭きる」は「つきる」。力や水を出しつくす。力や水がつきはてる。からからになる。音読みは「ケツ」。竭歓(ケッカン・カンをつくす=よろこびの心をつくす、非常によろこび楽しむこと)、竭蹶(ケッケツ=つまずいて倒れる、あえぎまろびつ、非常に急いでいくこと、力が足りないがなお努力しているさま)、竭尽(ケツジン=すべてを使いきる、また、使い果ててなくなる)、竭誠(ケッセイ・まことをつくす=真心をありったけ出しつくす)。




前回、柳北が指摘した「転妓」。色を售らないはずの芸者に色を售らせるように仕向ける技のことですが、三つの困難点と三つの容易点があると指摘しました。女のプライドであり、人間の欲であり。。。ここでいうのは、本当に芸者に色を售らせようと思うのなら、この「三難三易」があってそれぞれ理屈があることを認識しておく必要があるという。とはいえ、肝腎かなめの「具」がないと話は始まらない。この「転妓の具」も三つあるという。一つ目は、賢さ。二つ目は、男ぶり。三つ目にして最大のものは、金。哀しい哉、賢くて顔がよくても、金がなければその計画は実現しないだろう。素手で戦に出向くようなもので、負けること必定である。それでは、金はあるが男ぶりは悪い、つまり不細工である場合はどうか。芸者は金に寄ってくるのであって、男そのものを愛するのではない。金の切れ目が縁の切れ目。釣り人が餌がなくなれば魚が釣れなくなるようなものである。




金有つて才無ければ則ち亦詐偽百出(ウソハイロイロ)、貪惏万力(トルコトバカリ)、我れ4)懵々焉として知らず、唯其の意に充たんと欲す。久しからずして財尽き産傾く而已。譬へば猶鴉片烟(タバコ)を喫する者其の味を甘んじて其の毒を覚へず、遂に以て5)るがごとし焉。故に曰く、三具備はらざれば則ち其の理を知り其の法を諳んずと雖も亦為し難し焉。若し夫れ此の三具を兼有して而して能く三難三易を悟り得る者は則ち当に柳橋一百余名の妓をして枕を6)べて恋死せしむべき而已。何ぞ7)一転再転のみならん也哉。




4) 懵々焉=ボウボウエン。道理に暗いさま、おろかなさま。「懵」は「ボウ」で「無知」。

5) 斃る=たおる。「斃れる」は「たおれる」。からだがだめになってたおれる、たおれて死ぬ。音読みは「ヘイ」。路斃(ロヘイ=野垂れ死に)、斃死(ヘイシ=死ぬこと)、斃而后已(たおれてのちやむ=死ぬまでやりとおす、命のある限りやる)。

6) 駢べて=ならべて。「駢べる」は「ならべる」。対をなしてならぶこと。ここは枕を二つ並べて寝ること、いや一つの枕で並んで寝ることかな。。。音読みは「ヘン・ベン」。駢脅(ヘンキョウ=肋骨がつながっていて一枚の骨のように見えるもの、このような肋骨のある人は力があるとみなされていた、一枚肋)、駢偶(ヘングウ・ベングウ=語句を対句にしてならべる)、駢肩(ヘンケン・かたをならぶ=人が多くて肩を並べあう、多くの人で込み合うこと)、駢死(ヘンシ・ベンシ=首をならべて死ぬ、多くの人が死ぬこと)、駢植(ヘンチ=ならんでたつ、一緒に存在すること)、駢田(ヘンデン・ベンデン=たくさんのものがならぶさま)、駢文(ベンブン=文章の様式名。四字と六字の対句をならべそろえて用い、音調を重んじ、故事を多く引用した技巧的な文章。六朝時代に最も流行した。弊blogでも味わった陸機の「文賦」がまさにこれでした。四六駢儷文=シロクベンレイブン=とも)、駢駢(ヘンヘン・ベンベン=車馬がそろって走るさま、音がつらなってやかましいさま)、駢拇枝指(ヘンボシシ=駢拇は足の親指と第二指がくっついていること、枝指は親指の横に余分な指のあること、いずれも役に立たないものの喩え、「荘子」駢拇篇)、駢羅(ベンラ=ならびつらなる、たくさんのものがならぶこと)、駢列(ヘンレツ=たくさんのものがならぶ、、また、たくさんのものをならべる)。

7) 啻=ただ。「何(奚)啻~」と用いて「なんぞただ(に)~のみならんや」と訓読し「どうしてたんに~だけであろうか(いやそればかりではない)」と訳す。範囲・条件が限定されない反語の意を表す漢文訓読語法。



最悪なのが、金だけあって頭が悪い男のケース。これは芸者から毟るだけ毟り取られるだけ。いろいろ誑されるだけ、金が幾らあっても足りはしない。でも、本人は気がつかない。気が付くのは破産した時。はじめて自分の愚かさに身が染みる。アヘンを吸ってうまいうまいと言っているうちに其の毒に体が蝕まれて死んでいくようなものだ。だから、この三つがそろっていない男は、たとえどんなに手管を使っても芸者を物にはできぬ。もし三つとも兼ね備えているのなら、百数十人入るとされる、柳橋のどんな芸者も選り取り見取りの自由自在に遊び放題、寝放題さ。一人転じ、二人転じ、何人も転じさせること請け合いである。

男の条件分析はまだまだ続きます。そうそう簡単には柳橋で遊ぶことはできないのです。いやいや、芸者を転じさせることはできないのです。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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