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告子も孔子も易経もこの粋な街には敵いませ~ん=「柳橋新誌」(3)

成島柳北の「柳橋新誌」シリーズ(岩波文庫、塩田良平校訂)は、劈頭のくだりの続きを見ていきます。柳橋の地名の由来、その位置上の特徴から、河川交通の要衝という利点を生かして、遊び人たちが集まってできた街だということが分かりました。このあとは、街に在る肆々の様子を活写しています。そして、最大の主役である芸者・芸妓・娼妓たちの姿へと展開していきます。一段落が長いきらいがあるので、意味のまとまりで細分していきます。


至若酒楼の荘麗なる1)甍瓦相映じ、茶肆(ミセ)の瀟洒(シヤレ)たる2)幟簾互ひに3)る。炙鱣店(ウナギヤ)は4)フンコウ鼻を襲ひ、屠豚舗(モモンチイ)は鮮血5)を汚す。餅店は以て黄河の6)ヨウアツす可く、果舗(クダモノヤ)の果は以て斎囿の禽を弾尽(ウチツクス)す可し。鮓(スシ)舗麵(ソバ)舗、曰く何曰く何、欲する所飽くことを得ざる者無し。而して朝に具(シコム)ふる所の者、暮には則ち乾乾(カラカラ)売尽す焉。飲食の客此に来る者、其の夥しきこと知る可き也。而して斯の地の繁華往日(イゼン)に超えたる者は則ち此に非ずして彼に在り。彼とは何ぞ、曰く歌妓(ゲイシャ)也。





1) 甍瓦=ボウガ。いらかとかわら。むながわら。「甍」の音読みが「ボウ」。甍宇(ボウウ=かわらぶきのやね)。

2) 幟簾=シレン。のぼりとすだれ。

3) 颺る=あがる。風に吹きあげられる。音読みは「ヨウ」。不颺(あがらず=顔つきや姿がみにくくて、ぱっとしないこと)、颺言(ヨウゲン=声を張り上げていう、あからさまに言いふらす、揚言・陽言)。

4) フンコウ=芬香。よいかおり。芬烈(フンレツ=強い香り)、芬馨(フンケイ=よいかおり、立派な名声、芬芳=フンポウ=)、芬郁(フンイク=ぷんぷんとよいかおりがたちこめるさま、かおりが高いさま、芬馥=フンプク=)。

5) 屨=はきもの。わらや麻で編んだくつ。音読みは「ク」。

6) ヨウアツ=壅遏。行動をさえぎりとどめる。わく内に押しこめる。「壅」は「ふさぐ、ふさがる」とも訓み、「狭いわくの内に推しこめる、わく内にはいって外と通じないようにする」の意。壅隔(ヨウカク=わく内に押しこめて外と隔てる)、壅塞(ヨウソク=押しこめてふさぐ)、壅滞(ヨウタイ=わく内にとどこおる、渋滞)、壅蔽(ヨウヘイ=わく内に押し込めて外と隔てる、君主の耳をふさいで善言や真実を聞かせない、また、君主のそのような態度、壅敝とも)。




「至若」は「しかのみならず」と訓読されています。前段で舟の数の多さを描写したわけですが、柳橋は勿論、これだけにとどまらないよという意味です。すなわち、酒楼(飲み屋)の建物も立派なものが多い。建物同士のいらかが光を放ちあっているし、お洒落なのぼりもすだれも風に翻る。鰻屋からは美味しそうな匂い。肉屋では屠殺作業がひっきりなし。餅を売る店は黄河の豊富な水をとどめるが如く、果物屋は大庭園の鳥たちをイチコロに打ち尽くす程沢山の果物を売っている。まだまだ、すし屋、蕎麦屋、さまざまな店が軒を列ね、われわれの欲求を満たす。朝に仕込んだ食材は夜にはすっからかん。柳橋は食文化の中心でもあるのだという。しかし、この賑わいの大本は言うまでもないが、芸者の存在だ。


江都歌妓の多くして佳なる者、斯の地を以て冠(イチ)と為す。芳原品川も固より皆歌妓を7)ふ。然れども娼(ジヨロウ)を以て主と為す。妓は則ち之が役(ツケモノ)為る耳。劇街(シバヰマチ)も亦観客(ケンブツ)の為に設くるにして之を尊重するに非ず。竟に此に及ぶこと能はざる所以也。其の他新橋(シンバシ)芳坊(ヨシチヨウ)麹坊(コウジマチ)仲街(ナカチヨウ)松井街の若き者も僅に斯の地十の二三に比する而已。蓋し柳橋の妓、其の粧飾淡にして趣有り、其の意気爽にして媚びず。世俗所謂神田(カンダ)上水を飲む江戸児(ツコ)の気象なる者にして、深川の8)ヨフウを存する也。他方に9)チョウジョウする亦是を以てに非ず耶。聞く、十年の前其の10)(  )甚だ多からず、近歳月に増し日に滋く或は三十或は五十、今茲(コトシ)春夏の際は則ち一百三四十名に至ると。土人云ふ、未だ曾て有らざるの盛也と。





7) 貯ふ=たくわふ。「たくわう」。一箇所につめこんでとっておく。

8) ヨフウ=余風。前の時代から続いている風俗・習慣。

9) チョウジョウ=超乗。車にとびのる、転じて、武勇のあるさま。のりこす、おいこす。

10)員=かず。一定のわくにはいる人。員数(インズウ=人や物の数)。これは柳北の戯訓にもなっています。




美人芸者の多いことでは江戸一番だと云う。ここからは、いわゆるあそびめには二種類あることが明記されています。すなわち、芳原・品川に多くいる女郎(娼)たち。もちろん芸もするが、これは「付け足し」。春を售るのがメーン。芝居小屋もあるが人集めのためであり、客はやはり女郎を漁りに来る。新橋、芳坊、麹坊、仲街、松井街なども芸者はいるが柳橋に較べれば質量ともに全然及ばない。そして、柳橋の芸者は芸は售るが春は售らない。化粧も澹泊だけど色気はたっぷり。気風は粋にして客には阿らない。むかしの深川から受け継いでいる。さっぱり系の粋なお姉さんばかり。じとじと系の濃厚なのはいないのが特徴だ。勇ましいことこの上ない。10年前はそれほど芸者の数はなかったが、次第に増えて今年の夏に数えたら130~140人もいて、古くから知る人によれば、かつてない盛り上がりを見せていると云う。



而して酒楼朝に招き船舗(ヤド)夕に11)へ、熱鬧(ニギヤカ)の日に至りては一人の空手して家に在る者無し。蓋し妓の技を售る、一歳内二三五六七の月を以て最と為す。正四八之に次ぐ。而して声誉頗る噪ぐ者(ナノアル)者は、三冬寥索(サビシキ)の時を雖も亦一日を曠(ムナシク)せずと云ふ。夫れ都下当今の習ひ、士や商や皆自ら訴へて曰く、貧せり矣困(コマル)せり矣と。知らず、何人有りて能く斯の地に遊んで此の如きの盛を為さしむる耶。告子言ふこと有り、曰く食色は性也と。斯の地斯の二つの者に富めり、宜なる哉、客の源源(アトカラアトカラ)として来り昏昏(ワカラズ)として耽る焉。夫子嘗て水を称して曰く、水なる哉水なる哉と。易に云く、舟楫の利以て通ぜざるを済すと。斯の地亦斯の二つの者に富めり、宜なる哉、客の来り耽る者亦此に称嘆して、而して12)フツウの人も亦能く12)ツウと為ることを得る矣。豈盛ならず乎。





11) 邀へ=むかへ。「邀える」は「むかえる」。待ちうける、相手が来る所に待っていてむかえる。音読みは「ヨウ」。邀撃(ヨウゲキ=敵の来そうな所に待ちうけていてうつ、むかえうつ、邀討=ヨウトウ=)、邀幸(ヨウコウ=待ちうけた幸運にであう)、邀賓(ヨウヒン=客をむかえる)。

12) フツウ、ツウ=不通、通。それぞれ、意味が分からない無粋な人、意味を悟っている粋な人。「普通」としたら引っ掛かりです。




その繁昌ぶりと云ったら、朝な夕なにひっきりなしの客の相手で家に帰る暇もない程。一年のうちで2、3、5、6、7の各月が書き入れ時。その次が4、8月。11~1月は閑散期だが、売れっ子芸者になると御予約はいっぱいの日が続く。武士も商人も馴染みの客と為り、金が幾らあっても足らんわいとぼやくことしきり。告子はおしゃった。「食色は性也」。「食」も「色」もこの柳橋には剰るほどある。そうそう、客足が絶えることなく、どうしているのか分からないまま没溺するのだ。孔子もおっしゃった。「水なる哉水なる哉」。易経にいう。「舟楫の利以て通ぜざるを済す」。この柳橋には「水」も「舟」もたくさんあるぞ。そうそう、客が「舟」にのって「水」の上をはるばるやって来ては、この刺激的な街であきれ、おどろき、感動のためいきをつく。どんな無粋な男も粋な男になれる街。それが柳橋だぜい。盛り上がっているぜ~い。

「告子」は「中国戦国時代の思想家。孟子と論争して、性に善・不善の区別のないことを主張した」。「夫子」は孔子のこと、「易」は易経のこと。この辺はさすが奥儒者らしい引用が相次ぎます。しかし、色街の描写と儒教の一見、相淆じ合わない逆説的な「コントラスト」が面白い。色、食といった人間の欲望が渦巻くここ柳橋という街は、儒教の教えを以てしても到底敵わないというのが、柳橋が導き出した結論かもしれません。それは何も柳橋に限りません。幕末も21世紀の現在も変わらないし、欲望が存するということは変わりようがないかもしれませんな。欲望は生きる力ですから。未来を切り開く源ですから。なくなったら終わりでしょ。ただし、そのあり様はいささかの変化がありそうですがね。ありゃいいってもんじゃあないでしょう。ありゃりゃ。
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2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
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