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わが新居誇大称揚したとて何が問題じゃ?=弟子と繰り広げる珍問答

成島柳北が幕臣時代に住んだ自邸を「松菊荘」と称したことが、「濹上隠士伝」に記されていたのは既にご紹介いたしました。「松菊」といえば聊か無理矢理ですが陶淵明が想起されます。「帰去来兮辞」にある「松菊猶存」のフレーズは、そのまま淵明の境遇を言う代名詞ともなっています。官僚生活を倦んで、すべてを捨てて戻った田園の自宅には昔と変わらない松と菊がそのままの姿であったという。柳北の境遇とも重ねると徳川幕府に生涯忠誠を誓い、明治政府には「二君」に仕えることとなる故、仕えなかった。「天地間無用の人」を宣言したのですから。その自宅の名称を「松菊荘」(聞きようによっちゃあ旅館の名前でもありますな)としたのは、淵明を「範」としたことは、何処にも見えませんが強ち邪推の領域にはとどまらないでしょう。

さて、その「松菊荘」ですが、新築したころに弟子(門生)と「珍問答」を繰り広げたことを雑文に書いています。「近代デジタルライブラリー」の「柳北全集」から、全文掲載、漢字もたっぷりです。

ちなみに、冒頭の「念八日」は「二十八日」のこと。ミスではありません。「念」には「二十」の意があります。「廿」と同義です。先の「濹上隠士伝」によれば、慶応3(1867)年7月28日のこと。「松菊荘」と名付けた邸に柳北一家が引っ越ししてきました。弟子が訪ねてきて「先生おめでとうございます……」。文章はそこから始まります。



「松菊荘ノ略記」

濹上松菊荘ノ新築全ク功ヲ1)ル、濹上子乃チ七月念八日ヲ以テ2)サイドト3)キンショトヲ携ヘテ移リ住ス、門生来リ賀シ且ツ曰ク、夫子ノ新室成ル、何ゾ是レガ記ヲ作ラザル、濹上子曰ク、我レ4)近比文才大ニ退キ、序記論説ノ若キ面倒ナル者ヲ綴ル能ハズ、我レ将ニ之ヲ5)ソウシキノ諸大家ニ託セントス、然レドモ今ヤ天暑シ、俸金ヲ沢山取ル官省ノ職務サヘ休暇ヲ得テ家ニ午睡スルノ日ニ於テ、焉ンゾ我ガ有無敢テ妨ゲ無キ記文ヲ乞フ如キ無情ノ事ヲ為ス可ケンヤ、新涼入郊燈火可親ノ好時節ニナラバ、諸大家必ズ我ガ為メニ書イテ寄贈セラル可シ、門生曰ク、然ラバ何故ニ6)ショケンヲ此ノ新室ニ請フテ之ヲ落セザル、其ノ室ヲ観ズシテ之ヲ記スルハ決シテ能ハザルコトナリ、濹上子曰ク、然リ、我レ亦之ヲ慮ル、然レドモ目今午熱7)クガ如ク、而シテ我ガ村落晩来蚊雷大ニ起ル、我レ猶之ヲ畏ル、況ヤ賓客ヲヤ、故ニショケンヲ招テ室を落スル亦新涼ノ候ヲ待タントス、門生曰ク、然ラバ則チ夫子新室ノ記容易ニ成ルヲ望ム可カラズ、濹上子曰ク、我レ試ニ其ノ粉本ヲ写シ、以テショケンニ寄セン、ショケン必ズ午睡ノ際ニ於テ我ガ為メニ予メ8)フッコウヲ成サンカ、乃チ筆ヲ援キ其ノ概略ヲ記ス、曰ク、我ガ松菊荘ノ9)モンショウハ10)キュウカンニ仍ル、門ニ入テ右スレバ園ニ入ル、左スレバ11)ニ到ル、中央ハ磚石ヲ列シ、以テ客ヲ堂ニ延ク、堂ニ面シテ梅数十株ヲ栽エ、尽ク雑樹ヲ外園ニ移ス、堂ノ左ハ12)スイショウ白桜若干株ヲ排列シ、下ニ蘭菊ヲ13)テンテイス、旧14)汙池有リ、之ヲ疏鑿シテ外渠ニ通ジ、以テ墨江ノ潮ヲ引ク、15)水潦ノ腐敗シテ毒氛ヲ生ズルヲ畏ルル故ナリ、池中ニ金魚赤鯉ノ類ヲ16)ハズシテ尋常ノ17)ギョベツヲ放ツ、釣客ヲ延テ馳眺18)カンゴシ、且ツ春日墨堤ノ花ヲ望ンデ会飲セント欲スルナリ、楼南ハ我ガ梅花ニ対シ、東ハ我ガ桜花ヲ19)シ、西ト北トハ遠ク堤上ノ花ヲ望ム、命ヅケテ四顧皆花楼ト云フ、楼下ハ即チ主人読書ノ室ニシテ、其ノ背ハ家人ノ20)セイソクスル処ナリ、東隅ニ浴室ヲ設ク、濹上子浴ヲ好ム人ニ過グ、暑則チ浴シ、寒則チ浴ス、一日モ浴セザルノ日無シ、然レドモ才徳更ニ日新ノ効無ク、日ニ以テ21)ウフ、是レ嘆ズ可キ也、我ガ新居ノ結構概略斯クノ如キ22)而已、門生曰ク、夫子ノ之ヲ記スル何ゾ誇張スルノ甚ダシキ、小子ヲ以テ之ヲ視レバ其ノ23)ショウドウスル所頗ル実に過ギタリ、濹上子曰ク、否々汝言フ勿レ、某先生嘗テ某公ノ為メニ其ノ堂ニ記シ、某老人亦某君ノ為メニ其ノ園ニ記スルノ文ヲ観ルニ、其ノ24)コウソウ華麗ナル洛陽ノ名園ト雖モ及バザルガ如シ、我レ往テ之ヲ観レバ多クハ尋常ノ25)エンユウ26)ドウウナリ、其ノ他墓誌ノ功徳ヲ称シ、祭文ノ勲業ヲ述ルガ若キ、亦皆27)モウタン28)アユ人ヲシテ噴飯シテ絶倒セシムル者有リ、何ゾ特リ我ガ新居ニ私スルヲ咎メンヤ、門生曰ク、29)






1) 竣る=おわる。工事がおわる、すっくと立つ。竣功(シュンコウ・コウをおわる=建物が高くたつことから、工事が完成すること、落成、竣工=シュンコウ=、竣成=シュンセイ=)。

2) サイド=妻孥。つまとこ。妻子、妻児。「孥」は「つまこ」とも訓み、「主に対して、家中の女性や子供を指す」。孥稚(ドチ=幼い者、幼児)、孥戮(ドリク=夫や父親の罪によって、その妻や子供までも罰すること)。≠再度、彩度、済度。

3) キンショ=琴書。琴と書物。ともに知識人にとって必要なアイテム。「帰去来兮辞」でも淵明が「楽琴書以消憂」として、憂さ晴らしの書かせないものとしていました。このほか、琴棋(キンキ=琴をひくことと、碁をうつこと、文人の風流な楽しみ、琴奕=キンエキ=)、琴詩(キンシ=琴をひくことと、詩をつくること)、琴樽(キンソン=琴と酒樽、文人が酒宴を開いて詩文をつくること、琴酒=キンシュ=)、琴鶴(キンカク=琴とツル、ともに世俗を離れた高尚な人の好むものとされる)。。。。ことほど左様に「琴」は文人・知識人の嗜みであり、隠者然たる生き方に欠かせないもの。さらに淵明の場合は「無絃琴」といって絃の張っていない琴を抱えて、琴を弾けなかったものの酒を飲んで気分のいい時は「エア・ギター」ならぬ、……、あれ「琴」は英語で何と言えば……、「チャイニーズ・ハープ」?でいいか、「エア・チャイニーズ・ハープ」を楽しんだくらい「スタイル」に拘ったのです。≠禁書。

4) 近比=ちかごろ。「比」は「ころ、ころおい」とも訓む。「このごろ」とも訓み、「ちかごろ」と訳す。比来(ヒライ)、比今(ヒコン)も同じように「このごろ」とも訓み、「ちかごろ」と訳す。

5) ソウシキ=相識。知り合い、知人。≠葬式、総指揮。

6) ショケン=諸賢。賢人たち。「諸」は「もろもろ」。諸彦(ショゲン=多くのすぐれた人たち)、諸姑(ショコ=父の姉妹たち)、諸妄(ショモウ・ショボウ=さまざまな煩悩、心の迷い)。

7) 燬ク=やく。はげしい火で、やきつくす。音読みは「キ」。

8) フッコウ=腹稿。「フクコウ」とも。文章をつくったり、演説をしたりするとき、前もって心の中で考えておいた草稿。腹笥(フクシ=心にしまってある本箱、しまいこんであるたくさんの知識、博学多識なこと)。

9) モンショウ=門牆。門と土塀。門の両わき。転じて、学問をおそわる尊敬すべき師をたとえます。「牆」は「へい」。

10) キュウカン=旧慣。以前からのならわし・しきたり。旧貫とも書く。≠泣諫、急患、休刊。

11) 厨=くりや。一定の所を仕切って設けた料理場。食物をたくわえておき、必要に応じて出してくる台所。音読みは「チュウ」。庖厨(ホウチュウ=だいどころ)、厨芥(チュウカイ=調理場から出る料理くず)、厨子(チュウシ=料理人、厨人=チュウジン=、厨宰=チュウサイ=)、厨房(チュウボウ=台所、料理室、厨下=チュウカ=、厨室=チュウシツ=)。

12) スイショウ=翠松。青々とした松。「翠」は「みどり」。翠阜(スイフ=青々とした丘)、翠被(スイヒ=カワセミの羽でつくった着物)、翠翹(スイギョウ=カワセミの羽、それでつくった髪飾り)、翠雨(スイウ=青葉に降る雨、穀物の生長を助ける雨)、翠柳(スイリュウ=青々とした柳)、翠楼(スイロウ=青く塗った高殿、翠館=スイカン=)、翠鬟(スイカン=輪型に巻いた、美人のつやつやしたまげ)、翠靄(スイアイ=青みを帯びたもや)。≠水晶、吹笙、水漿、推奨。

13) テンテイ=点綴。「テンテツ」(慣用読みで推奨はしません)とも。点をうったようにあちこちに散らす、また、ほどよくとりあわせること。

14) 汙池=オチ。水たまり、たまり水の池。「汙」は「汚」の異体字。「低いみずたまり」の意。

15) 水潦=スイロウ。水たまり。雨水、雨。「潦」は「にわたずみ」とも訓み、「路上や庭にたまった水」の意。「ながあめ」の訓みもあり。潦水(ロウスイ=雨が降って、庭などにたまった溜り水、にわたずみ)、潦草(ロウソウ=なげやりで、そそっかしいこと)、潦倒(ロウトウ=老衰して張りをなくしてだれたさま、落魄れるさま、容姿がみやびやかで奥ゆかしいさま、こせこせしないさま)。「潦」は「リョウ」ではなくて「ロウ」と読むことに最大の注意を払いましょう。

16) 畜ハズ=やしなわず。「畜う」は「やしなう」。たいせつにしてかばう、かばってやしなう。この意味では音読みは「キク」となることに注意。畜養(キクヨウ=かばってやしなう、大事に育てる)。家畜などを「かう」とも訓み、畜養(チクヨウ=家畜を飼う、子供を養育する)。この読み分けに最大の注意を払いましょう。

17) ギョベツ=魚鼈。サカナとスッポン。転じて、魚全般の総称。

18) カンゴ=歓晤。にぎやかに楽しく会話する。楽しく語らう。歓言(カンゲン)・歓談(カンダン)とも。「晤」は「あう」と訓み、「面と向かって話し合う」の意。面晤(メンゴ=対面すること)、晤言(ゴゲン=顔を合わせて語る、面と向かって話す、晤語=ゴゴ=)。

19) 揖シ=ユウシ。「揖す」は「ゆうす」。敬意をあらわすために、両手を胸の前で組み、囲みをつくった形にする。揖譲(ユウジョウ=手を組み合わせてあいさつをし、へりくだること、争いごとも無く天子が位を禅譲すること、反対に兵力・武力で天子の位に就くことを「征誅」=セイチュウ=という、要は「揖譲」と「征誅」は対義語の関係)。

20) セイソク=栖息。棲息と同義。さらに、生息と同義。生活する、生きていく。生物がある所にすむこと。「栖」は「すむ」。

21) ウフ=迂腐。まわりくどくて実際の役に立たないこと。迂誕(ウタン=いうことが現実とかけはなれていて、大袈裟なこと)、迂緩(ウカン=物事をするのにぐずぐずしてのろい)、迂愚(ウグ=世事にうとくて愚かなこと)。

22) 而已=のみ。~だけ、それ以外はない。強い限定・断定の意をあらわす漢文訓読語法。「のみ」はほかに、「也已、也已矣、焉爾、焉耳、耳矣、耳、已」。

23) ショウドウ=称道。ほめていう、ほめたたえる。「称」は「ほめる」、「道」は「いう」。≠聳動、竦動、倡道、衝動、唱導、唱道。しかし、やや難語か。

24) コウソウ=宏壮。ひろくて堂堂とした風情をたたえていること。宏贍(コウセン=ひろく大きくて、内容が充実していること)、宏猷(コウユウ=大きな計画、宏図=コウト=、宏規=コウキ=、宏謨=コウボ=)。

25) エンユウ=園囿。花園と、鳥獣を飼っておく所。広い庭園。

26) ドウウ=堂宇。壮大な建物、殿堂。堂屋(ドウオク)ともいう。

27) モウタン=妄誕(ボウタンとも)。うそ、でたらめ。「誕」は「いつわる、うそ・でたらめ」の意。

28) アユ=阿諛。おもねりへつらう。人の気に入るようにふるまう。阿諛曲従(アユキョクジュウ=自分の意志を曲げてへつらう)。

29) 唯=はい。かしこまって急ぎ答える返事をあらわすことば、はいはい。類義語である「諾」は「考えてゆっくり答える返事」。唯々諾々(イイダクダク=事の善し悪しにかかわらず他人の云う通りになるさま)。唯諾(イダク=人に呼ばれたときなどの返事、承諾の返事をして承知する)。。




いかにも“すっ呆けた”風の柳北のキャラが滲み出ているお話ですね。このころは新築の家を誉める文章を記すという風習があったというのは面白い。今でいう所の引っ越し祝いみたいなものかな。柳北に対して弟子が「先生も書かれたらよろしいでしょう」と勧めるのですが、「我レ近比文才大ニ退キ、序記論説ノ若キ面倒ナル者ヲ綴ル能ハズ」とらしからぬご謙遜の逃げ口上。その後、溢れる才であれだけの文章の数々をものするのですから、嫌味としかとれませんね。裏を返せば、「んなつまらんもん誰が書くか」としか解釈できません。

だから、知り合いの「名文家」にでも代わりに書いてもらおうと考えた柳北ですが、いまは盛暑のさなか。「俸金ヲ沢山取ル官省ノ職務サヘ休暇ヲ得テ家ニ午睡スルノ日ニ於テ」=「莫大な給料を食んでいるくせに暑いからといって有給休暇をもらって家で昼寝をしている明治政府の高官たちもいるほどだ」とチクリと一刺しを入れつつ、秋の涼しいころにでも家にお招きしてしたためていただこうと言います。

ところが、弟子も引き下がらない。「そんな悠長なことではもう新築の記ではなくなりますよ」と負けずにチクリ。それならば、と柳北は自分で邸の紹介を滔々と語り始めます。(なんじゃい。要は自分で書くじゃないかよ~との突っ込みは読んでいる我々が入れましょう。)弟子君は呆然として聞いているだけです。人の家の自慢話なぞだれも聞きたくないのに。。。

柳北はここぞとばかりに美辞麗句を連ねまくります。あれこれは書きませんが一つだけ。この中では、柳北が「風呂好き」であることも明かされます。一日として風呂に入らないことはないという。あの「航西日乗」で洋上、船中で風呂に入ったときの心地よさげな描写はこんなところでつながってきます。

さて、一通り礼讃の説明が終わると、弟子は「夫子ノ之ヲ記スル何ゾ誇張スルノ甚ダシキ、小子ヲ以テ之ヲ視レバ其ノ称道スル頗ル実に過ギタリ」と、先生の御説明はいささかオーバー、誇張が過ぎやしませんかと諷ります。柳北のことを本当に尊敬しているのか?と疑いたくもなるくらいに、ツッコミを入れまくりの弟子です。「甚だしき」「過ぎたり」と、暗に(そんなに大層なものではないでしょうが)と口が裂けても言えない台詞が喉まで出かかっているかのよう。

すると、柳北はニヤリ。「おまえな、そんなこと言うけど、この間、某大先生や某老人が人に書かせた自分の家の自慢話の文を読んでごらんよ」と続けます。「其ノ宏壮華麗ナル洛陽ノ名園ト雖モ及バザルガ如シ、我レ往テ之ヲ観レバ多クハ尋常ノ園囿堂宇ナリ」。中国・洛陽の都の大庭園も見劣りするほどだと書いてあるんだが、行って観たけれど、何のことはない普通の庭付き一戸建て。喩えてみれば、「墓誌」や「祭文」だね、ありゃ。だって、死んだ人に唾を吐きかけるようなことは言わないではないか。他人にとってはどうでもいいような「功徳」や「勲業」を連ねるだけ。読む人によっちゃ、惘れて恥かしくて卒倒しかねない噴飯ものだよ。

「何ゾ特リ我ガ新居ニ私スルヲ咎メンヤ」――。お前な、おればかりを非難しちゃいけないよ。いまはそんなくだらない「見栄」ばかりが跋扈する風潮なんだよ。明治新政府で俄に金持ちとなった輩が巷に横行している世の中に、鼻持ちならなかった柳北の渾身の風刺だったのでしょうね。

はいはい、おっしゃる通りでございます。。。柳北先生。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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